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第7章:新春、急展開
第3話:乙女のドリームふたたび
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「人数が多いのは心強くはあるけど、ちょっと多いな」
レイたち『行雲流水』は踊り子のマルタと魔法少女のマイを加え、総勢八人という大所帯で森に来ています。この二人は戦闘経験がないので、どれだけ戦えるかを確認しておく必要があったからです。
結局マルタは白鷺亭からレイたちの家へと引っ越しました。母親のスサンから「娘をよろしくお願いします」と頭を下げられて断れなかったのです。
ディオナに戦わせることはできませんので、モリハナバチたちには家の見張りという名目で留守番をさせています。
ゴーレムたちも半数は家に残り、半数はレイたちに付いてきています。
「制限時間は五分。その間は戦闘力が上がる。クールタイムは一〇分。攻撃魔法は中級レベルまでで、治癒魔法は初級だけ。物理はレイ兄よりは弱そう」
「俺より強かったら俺が必要なくなる。それよりも鹿が来たぞ」
森から螺旋状の角を持つスパイラルディアーが現れました。
「【変身】を使う」
マイがテンション低く《変身》を使うと、体が光に包まれます。その光が落ち着くと、そこには白とピンクをベースにしたフリフリドレスを着たマイがいました。
「ゴー」
「私も行きますねぇ」
眠そうなマイのかけ声を聞いてからマルタもゆっくりと森へ向かいます。その後ろからストーンゴーレムのイツキとエリスがトテトテと歩いていきました。
「踊り子の踊りにはいろんな効果があるんだよな?」
「聞く人の気分を高揚させたり、逆に落ち着かせたり、味方の防御力を上げたり、敵を怖がらせたりとかだね」
向こうで踊るマルタを見ながら、レイはシーヴに確認をとりました。
「人数自体は少ないですね。パーティーに一人いると助かりますけど、必ずしも必要はありませんので」
冒険者全体の中で女性冒険者の数は少なく、さらにその中であえて踊り子を選ぶ人は限られるでしょう。他にも選択肢があるのなら、仕事の幅が広がる魔法職を選ぶことが多いはずです。踊り子は完全な支援職です。
「ご主人さま、マルタがあの服を着る意味はあるのです?」
ラケルが少々ジト目気味にレイを見ます。ラケルの胸は小さくはありませんが、さすがに牛人族のマルタと比べると分が悪いですね。
「あれはサラの趣味だ。俺が用意したわけじゃない」
「踊り子なら絶対にあれっしょ」
サラがマルタに選んだのは、某国民的RPGに登場する姉妹の姉に近い、ベリーダンスのような装備です。防具なのに、牛人族のマルタが着ると攻撃力が上がります。主に男性に対して。
「マルタが人間だったら絶対に無理だったな」
「獣人でよかったね」
一月の寒空の下、あの服装は着用者をかなり選ぶでしょう。獣人族は概して暑さ寒さに強く、力もあります。そんな獣人ですが、その中でも牛人族は穏やかな性格で、そもそも前衛として戦うことに向いていません。さらに、魔力が少なく魔法適正も低い種族が多いので、魔法職にも向いていません。そうなると、パーティー内では役割が限られてしまいますが、幸いなことに『行雲流水』は人数が多いので、マルタは踊り子として力を発揮することができます。
「ケイトさん、お茶をどうぞ」
「ありがとう、シャロン。あなたも座ってはどうかしら」
「いえ、私はここでけっこうです」
シャロンはテーブルの横で澄ました顔のまま立っています。結局ラケルもシャロンも、奴隷から解放されて以降もレイのことをそれぞれ「ご主人さま」「旦那様」と呼び、奴隷から解放されたという事実以外は何も変わっていません。
レイとの関係は変わらずですが、女性陣の中でお互いの呼び方が変わった部分があります。基本的にはお互いに名前かあだ名で呼んでいますが、シャロンだけはみんなの名前にさんを付けて呼んでいます。彼女が呼び捨てにしているのは元奴隷仲間のラケルだけです。
「レイ兄、鹿はどうしたらいい?」
「戻ってから解体しよう。どうだった?」
「問題ない」
問題なかったと言うマイに対し、マルタは少し困った顔でレイの顔を見ていました。
「マルタは何かあったか?」
「殴ったり蹴ったりしないのならぁ、問題なさそうですぅ。でもぉ、胸がこぼれそうでぇ」
胸を下から持ち上げてアピールします。
「文句はサラに言ってくれ」
「想像以上だったね。でもマルタ、レイの目が釘付けだよ」
慌ててレイはマルタの胸から目を離しました。
「レイさぁん、あとで生で見せてあげますよぉ。お触りも大丈夫ですぅ」
「理性が飛びそうだから遠慮しとく」
いくらレイでも限度があります。
「そうだ、マイ。変身の時のことなんだけどな……」
レイは気になったことを聞いてみました。魔法少女のマイは変身前には革鎧と短剣と丸盾、それから籠手と脛当てを装備していました。ごくごく普通の軽戦士の格好です。それが変身した途端に見た目が完全に変わりました。ピンクをベースにしたドレス。そして手には装飾過多なステッキ。それまでの装備はどこに行ったのかがレイは気になったのです。
「私には【ストレージ】というスキルがあって、そこの装備枠に入る」
「なんでも入るわけじゃないんだな?」
「ストレージ自体にはいろいろと入る。でも装備一式は別らしい」
マイがなった魔法少女というジョブは魔法戦士とは違って、直接の上級ジョブがない一般ジョブです。上級ジョブがないのは、一般ジョブなのに上級ジョブに近い能力があるからだと考えられています。もし中級ジョブというカテゴリーがあればそこに入るでしょう。
マイの身を守るのはピンクをベースにしたフリフリのドレス、レースがあしらわれた肘まである手袋、膝まであるブーツ。そして武器は一メートル以上あるステッキかと思いきや、実はこれは仕込み杖になっていました。頭の飾り部分がグリップになり、そこをつかんで引き抜くと、刃渡り一メートルほどの細剣が現れます。
マイ本人が説明したように、変身するとその時点で身に着けていた装備一式と魔法少女の装備が入れ替わるようになっています。
「ねえ、マイ。魔法少女のドレスをストレージから出してから変身したら素っ裸?」
「ストレージからは出せない。変身中に確認したけど、ストレージに入った剣も出せなかった。あの部分は完全に別枠っぽい」
「そっか。それなら脱いでから変身を解除したらどうなるんだろうね?」
「それはさっきやってみた。ドレスじゃないけど」
マイは変身を解除する前にステッキから細剣を抜いて地面に突き立てていました。それから鞘になっているステッキの胴体も地面に置き、それがどうなるかを観察しました。すると変身が解除された瞬間、ステッキも細剣も消えてなくなり、代わりに元の装備を着けていたのです。
「うっかりとドレスがない状態で変身してしまって裸になるというトラブルはないわけですね?」
「たぶんそう」
シーヴも気になるようで、マイに確認しています。話を聞いた感じでは、裸のまま変身すれば、変身が解ければまた裸になりそうです。逆はありえません。シーヴは納得してうなずいています。
「シーヴ、そんなに興味がありますの?」
「魔法少女は日本の乙女のドリームなんです‼」
「そ、それほどなのですか」
珍しくシーヴの語調が強くなり、思わずケイトは一歩引いてしまいました。
「サラさん、日本という国では魔法少女とはそれほどのポジションなのですか?」
「魔法やスキルのない世界だからジョブもないけどね。娯楽作品の中での話だけど、女の子なら子供のころに一度は夢に見るよ。なりきるためのステッキとかドレスとか。そういうのが売られてたから」
「なるほど?」
シャロンには魔法少女の魅力がシーヴほどには理解できませんでした。ジョブとしての魔法少女は魔法戦士の亜種です。変身には時間制限があります。剣は一流の剣士には劣り、魔法は黒魔法の一部が中級程度まで、白魔法の一部が初級のみ使えます。便利そうなジョブですが、レイのロードやサラのサムライと比べると、かなり器用貧乏に思えるでしょう。専用武装のない変身前でも魔法は使えますが、物理攻撃は戦士に毛が生えた程度の力しかありません。
話を聞いたシャロンには、憧れるほどのジョブではないように思えますが、そもそも根本的な部分が理解できていないのです。
この国にも娯楽作品はあります。吟遊詩人が語ることもあれば、劇団が町の広場で芝居をすることもあります。貧しい娘が森で怪我をして倒れていた若者を介抱すると、実は彼はお忍びで城を抜け出した王子だったことがわかります。王子はその娘の優しさに惚れてプロポーズするという、いわゆるシンデレラストーリー的な作品は女性に大人気です。
このように、定番の内容を子供のころから何度も耳にするのですが、それが現実的でないことを自分でわかっているのです。さらには、その娘の真似をするというのも難しく、王子が一人で行動して森で倒れるというのも簡単には想像できません。現実味がなさすぎて、憧れつつも起こりえないと思ってしまうのです。娯楽は娯楽、現実は現実です。
シーヴは元は日本人女性です。子供のころに父親におねだりして変身グッズを買ってもらった経験があります。会社では管理職にまでなり、生活費には困らなかったので、そういうグッズを大人になってから買ったこともありました。それでも、一番なりたかったものは「レイのお嫁さん」という、魔法少女とは関係ないものでしたが。
「それではマイさんが身に着けていたようなドレスを仕立てましょう。その姿を旦那様に見てもらえばいいのでは?」
「え? そ、それは……」
フリフリの格好をしてレイの前に立つのを想像して、シーヴはモジモジし始めました。
「旦那様っ! シーヴさんが魔法少女のドレス姿になりたいそうですっ! 子供のころからの夢だそうですっ! 帰ってから仕立てますねっ!」
「ちょっと、シャロン⁉」
シーヴの密かな夢が公然の夢になった瞬間でした。
◆◆◆
「これでいい?」
「ありがとうございます」
「よ~し、ちゃちゃっとやるよ」
シャロンとサラは変身したマイからドレスを渡されると採寸し、そこから型紙を作ろうとしています。変身時間は五分。クールタイムが一〇分なので、休憩を入れつつ何度も変身しては脱いでもらうことになるでしょう。
本来なら糸を解いてばらせば型紙が作りやすいはずですが、一体何で作られているのか、そのドレスにはまったく縫い目がありません。ノースリーブにポンチョを組み合わせたような上着、何枚重ねてあるのか分からないようなスカート。肘まである手袋。膝上まである靴下。編み上げブーツ。さらにアニメでは不思議な光で見えることのない、上下の下着。そして抜くと細剣になるステッキ。
何度も脱いでは戻り脱いでは戻りの繰り返しでしたが、マイはレイからハグしてもらう約束と引き換えに面倒な型紙起こしに協力しています。ちなみに、その約束が事後承諾だったことはおわかりでしょう。
「ところでマイさん。下着が少し湿っているのですが」
「レイ兄に抱かれたことを想像したら濡れた」
マイはマイでいろいろと考えているようです。
そんなこんなで型紙作りが終わりました。あとはそれをシーヴの体格に合わせて変更していくだけです。ところが、シーヴはためらっていました。
「あの……本当に?」
「シーヴさん、躊躇しているように見えて、口元の笑いが隠せていまませんが」
「……お願いします。本当は嬉しくて嬉しくて」
シャロンの冷静なツッコミに、シーヴは素直に答えました。誰でもあるでしょう。願っていたことが現実になるとわかると、急に本当なのかどうなのか、誰かが騙そうとしているのではないかと疑ってしまうことが。どこかにカメラが仕掛けられていないかと、ロッカーを開けて確認することがありますよね。
「シーヴさんはマイさんよりも背が高いので、そこに合わせて……それから尻尾を抜く穴をどこに出すかですね」
そう言いながらシャロンはシーヴを見ました。
「スカートはそのままの丈ですとやや短くなりますが、夜に旦那様にしか見せないというのであれば、攻めてもいいかもしれませんね。どうされますか?」
「攻めます」
一瞬のためらいもありませんでした。
「はい。では上着だけ少し長めにして、スカート丈はそのままで。下着と膝のちょうど中間あたりですね。前屈すると下着がしっかり見えるようにします」
「お願いします」
◆◆◆
「旦那様、いかがですか?」
「いかがですかって、壮観だな」
「はい。全員分の魔法少女ドレスを仕立ててみました」
「頑張ったよね~」
シャロンとサラの努力の成果です。本人の体格と同じサイズで作られたマネキンに、そのドレスは着せられていました。
「マイさんの分も用意しました。旦那様は五分では終わらないでしょう」
シャロンとサラは、戦闘用ではなく夜用として作りました。
「そこまでやる必要はあったのか?」
「もちろんです。サラさんに伺ったのですが、旦那様のいた世界では、様々な衣装を着て男女が肌を重ねる『イメクラ』なるお店があったとか。それと同じだと思えば」
「ちょっとでも懐かしく思えるかなって」
「俺は入ったことないぞ」
「そうなの? 男の人なら接待とかで入るんじゃない?」
「俺が入ったのは、いわゆる高級クラブだけだ」
「サラさん、その高級クラブとやらを教えていただけますか?」
後日、シャロンが着物姿になることが増えました。
レイたち『行雲流水』は踊り子のマルタと魔法少女のマイを加え、総勢八人という大所帯で森に来ています。この二人は戦闘経験がないので、どれだけ戦えるかを確認しておく必要があったからです。
結局マルタは白鷺亭からレイたちの家へと引っ越しました。母親のスサンから「娘をよろしくお願いします」と頭を下げられて断れなかったのです。
ディオナに戦わせることはできませんので、モリハナバチたちには家の見張りという名目で留守番をさせています。
ゴーレムたちも半数は家に残り、半数はレイたちに付いてきています。
「制限時間は五分。その間は戦闘力が上がる。クールタイムは一〇分。攻撃魔法は中級レベルまでで、治癒魔法は初級だけ。物理はレイ兄よりは弱そう」
「俺より強かったら俺が必要なくなる。それよりも鹿が来たぞ」
森から螺旋状の角を持つスパイラルディアーが現れました。
「【変身】を使う」
マイがテンション低く《変身》を使うと、体が光に包まれます。その光が落ち着くと、そこには白とピンクをベースにしたフリフリドレスを着たマイがいました。
「ゴー」
「私も行きますねぇ」
眠そうなマイのかけ声を聞いてからマルタもゆっくりと森へ向かいます。その後ろからストーンゴーレムのイツキとエリスがトテトテと歩いていきました。
「踊り子の踊りにはいろんな効果があるんだよな?」
「聞く人の気分を高揚させたり、逆に落ち着かせたり、味方の防御力を上げたり、敵を怖がらせたりとかだね」
向こうで踊るマルタを見ながら、レイはシーヴに確認をとりました。
「人数自体は少ないですね。パーティーに一人いると助かりますけど、必ずしも必要はありませんので」
冒険者全体の中で女性冒険者の数は少なく、さらにその中であえて踊り子を選ぶ人は限られるでしょう。他にも選択肢があるのなら、仕事の幅が広がる魔法職を選ぶことが多いはずです。踊り子は完全な支援職です。
「ご主人さま、マルタがあの服を着る意味はあるのです?」
ラケルが少々ジト目気味にレイを見ます。ラケルの胸は小さくはありませんが、さすがに牛人族のマルタと比べると分が悪いですね。
「あれはサラの趣味だ。俺が用意したわけじゃない」
「踊り子なら絶対にあれっしょ」
サラがマルタに選んだのは、某国民的RPGに登場する姉妹の姉に近い、ベリーダンスのような装備です。防具なのに、牛人族のマルタが着ると攻撃力が上がります。主に男性に対して。
「マルタが人間だったら絶対に無理だったな」
「獣人でよかったね」
一月の寒空の下、あの服装は着用者をかなり選ぶでしょう。獣人族は概して暑さ寒さに強く、力もあります。そんな獣人ですが、その中でも牛人族は穏やかな性格で、そもそも前衛として戦うことに向いていません。さらに、魔力が少なく魔法適正も低い種族が多いので、魔法職にも向いていません。そうなると、パーティー内では役割が限られてしまいますが、幸いなことに『行雲流水』は人数が多いので、マルタは踊り子として力を発揮することができます。
「ケイトさん、お茶をどうぞ」
「ありがとう、シャロン。あなたも座ってはどうかしら」
「いえ、私はここでけっこうです」
シャロンはテーブルの横で澄ました顔のまま立っています。結局ラケルもシャロンも、奴隷から解放されて以降もレイのことをそれぞれ「ご主人さま」「旦那様」と呼び、奴隷から解放されたという事実以外は何も変わっていません。
レイとの関係は変わらずですが、女性陣の中でお互いの呼び方が変わった部分があります。基本的にはお互いに名前かあだ名で呼んでいますが、シャロンだけはみんなの名前にさんを付けて呼んでいます。彼女が呼び捨てにしているのは元奴隷仲間のラケルだけです。
「レイ兄、鹿はどうしたらいい?」
「戻ってから解体しよう。どうだった?」
「問題ない」
問題なかったと言うマイに対し、マルタは少し困った顔でレイの顔を見ていました。
「マルタは何かあったか?」
「殴ったり蹴ったりしないのならぁ、問題なさそうですぅ。でもぉ、胸がこぼれそうでぇ」
胸を下から持ち上げてアピールします。
「文句はサラに言ってくれ」
「想像以上だったね。でもマルタ、レイの目が釘付けだよ」
慌ててレイはマルタの胸から目を離しました。
「レイさぁん、あとで生で見せてあげますよぉ。お触りも大丈夫ですぅ」
「理性が飛びそうだから遠慮しとく」
いくらレイでも限度があります。
「そうだ、マイ。変身の時のことなんだけどな……」
レイは気になったことを聞いてみました。魔法少女のマイは変身前には革鎧と短剣と丸盾、それから籠手と脛当てを装備していました。ごくごく普通の軽戦士の格好です。それが変身した途端に見た目が完全に変わりました。ピンクをベースにしたドレス。そして手には装飾過多なステッキ。それまでの装備はどこに行ったのかがレイは気になったのです。
「私には【ストレージ】というスキルがあって、そこの装備枠に入る」
「なんでも入るわけじゃないんだな?」
「ストレージ自体にはいろいろと入る。でも装備一式は別らしい」
マイがなった魔法少女というジョブは魔法戦士とは違って、直接の上級ジョブがない一般ジョブです。上級ジョブがないのは、一般ジョブなのに上級ジョブに近い能力があるからだと考えられています。もし中級ジョブというカテゴリーがあればそこに入るでしょう。
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マイ本人が説明したように、変身するとその時点で身に着けていた装備一式と魔法少女の装備が入れ替わるようになっています。
「ねえ、マイ。魔法少女のドレスをストレージから出してから変身したら素っ裸?」
「ストレージからは出せない。変身中に確認したけど、ストレージに入った剣も出せなかった。あの部分は完全に別枠っぽい」
「そっか。それなら脱いでから変身を解除したらどうなるんだろうね?」
「それはさっきやってみた。ドレスじゃないけど」
マイは変身を解除する前にステッキから細剣を抜いて地面に突き立てていました。それから鞘になっているステッキの胴体も地面に置き、それがどうなるかを観察しました。すると変身が解除された瞬間、ステッキも細剣も消えてなくなり、代わりに元の装備を着けていたのです。
「うっかりとドレスがない状態で変身してしまって裸になるというトラブルはないわけですね?」
「たぶんそう」
シーヴも気になるようで、マイに確認しています。話を聞いた感じでは、裸のまま変身すれば、変身が解ければまた裸になりそうです。逆はありえません。シーヴは納得してうなずいています。
「シーヴ、そんなに興味がありますの?」
「魔法少女は日本の乙女のドリームなんです‼」
「そ、それほどなのですか」
珍しくシーヴの語調が強くなり、思わずケイトは一歩引いてしまいました。
「サラさん、日本という国では魔法少女とはそれほどのポジションなのですか?」
「魔法やスキルのない世界だからジョブもないけどね。娯楽作品の中での話だけど、女の子なら子供のころに一度は夢に見るよ。なりきるためのステッキとかドレスとか。そういうのが売られてたから」
「なるほど?」
シャロンには魔法少女の魅力がシーヴほどには理解できませんでした。ジョブとしての魔法少女は魔法戦士の亜種です。変身には時間制限があります。剣は一流の剣士には劣り、魔法は黒魔法の一部が中級程度まで、白魔法の一部が初級のみ使えます。便利そうなジョブですが、レイのロードやサラのサムライと比べると、かなり器用貧乏に思えるでしょう。専用武装のない変身前でも魔法は使えますが、物理攻撃は戦士に毛が生えた程度の力しかありません。
話を聞いたシャロンには、憧れるほどのジョブではないように思えますが、そもそも根本的な部分が理解できていないのです。
この国にも娯楽作品はあります。吟遊詩人が語ることもあれば、劇団が町の広場で芝居をすることもあります。貧しい娘が森で怪我をして倒れていた若者を介抱すると、実は彼はお忍びで城を抜け出した王子だったことがわかります。王子はその娘の優しさに惚れてプロポーズするという、いわゆるシンデレラストーリー的な作品は女性に大人気です。
このように、定番の内容を子供のころから何度も耳にするのですが、それが現実的でないことを自分でわかっているのです。さらには、その娘の真似をするというのも難しく、王子が一人で行動して森で倒れるというのも簡単には想像できません。現実味がなさすぎて、憧れつつも起こりえないと思ってしまうのです。娯楽は娯楽、現実は現実です。
シーヴは元は日本人女性です。子供のころに父親におねだりして変身グッズを買ってもらった経験があります。会社では管理職にまでなり、生活費には困らなかったので、そういうグッズを大人になってから買ったこともありました。それでも、一番なりたかったものは「レイのお嫁さん」という、魔法少女とは関係ないものでしたが。
「それではマイさんが身に着けていたようなドレスを仕立てましょう。その姿を旦那様に見てもらえばいいのでは?」
「え? そ、それは……」
フリフリの格好をしてレイの前に立つのを想像して、シーヴはモジモジし始めました。
「旦那様っ! シーヴさんが魔法少女のドレス姿になりたいそうですっ! 子供のころからの夢だそうですっ! 帰ってから仕立てますねっ!」
「ちょっと、シャロン⁉」
シーヴの密かな夢が公然の夢になった瞬間でした。
◆◆◆
「これでいい?」
「ありがとうございます」
「よ~し、ちゃちゃっとやるよ」
シャロンとサラは変身したマイからドレスを渡されると採寸し、そこから型紙を作ろうとしています。変身時間は五分。クールタイムが一〇分なので、休憩を入れつつ何度も変身しては脱いでもらうことになるでしょう。
本来なら糸を解いてばらせば型紙が作りやすいはずですが、一体何で作られているのか、そのドレスにはまったく縫い目がありません。ノースリーブにポンチョを組み合わせたような上着、何枚重ねてあるのか分からないようなスカート。肘まである手袋。膝上まである靴下。編み上げブーツ。さらにアニメでは不思議な光で見えることのない、上下の下着。そして抜くと細剣になるステッキ。
何度も脱いでは戻り脱いでは戻りの繰り返しでしたが、マイはレイからハグしてもらう約束と引き換えに面倒な型紙起こしに協力しています。ちなみに、その約束が事後承諾だったことはおわかりでしょう。
「ところでマイさん。下着が少し湿っているのですが」
「レイ兄に抱かれたことを想像したら濡れた」
マイはマイでいろいろと考えているようです。
そんなこんなで型紙作りが終わりました。あとはそれをシーヴの体格に合わせて変更していくだけです。ところが、シーヴはためらっていました。
「あの……本当に?」
「シーヴさん、躊躇しているように見えて、口元の笑いが隠せていまませんが」
「……お願いします。本当は嬉しくて嬉しくて」
シャロンの冷静なツッコミに、シーヴは素直に答えました。誰でもあるでしょう。願っていたことが現実になるとわかると、急に本当なのかどうなのか、誰かが騙そうとしているのではないかと疑ってしまうことが。どこかにカメラが仕掛けられていないかと、ロッカーを開けて確認することがありますよね。
「シーヴさんはマイさんよりも背が高いので、そこに合わせて……それから尻尾を抜く穴をどこに出すかですね」
そう言いながらシャロンはシーヴを見ました。
「スカートはそのままの丈ですとやや短くなりますが、夜に旦那様にしか見せないというのであれば、攻めてもいいかもしれませんね。どうされますか?」
「攻めます」
一瞬のためらいもありませんでした。
「はい。では上着だけ少し長めにして、スカート丈はそのままで。下着と膝のちょうど中間あたりですね。前屈すると下着がしっかり見えるようにします」
「お願いします」
◆◆◆
「旦那様、いかがですか?」
「いかがですかって、壮観だな」
「はい。全員分の魔法少女ドレスを仕立ててみました」
「頑張ったよね~」
シャロンとサラの努力の成果です。本人の体格と同じサイズで作られたマネキンに、そのドレスは着せられていました。
「マイさんの分も用意しました。旦那様は五分では終わらないでしょう」
シャロンとサラは、戦闘用ではなく夜用として作りました。
「そこまでやる必要はあったのか?」
「もちろんです。サラさんに伺ったのですが、旦那様のいた世界では、様々な衣装を着て男女が肌を重ねる『イメクラ』なるお店があったとか。それと同じだと思えば」
「ちょっとでも懐かしく思えるかなって」
「俺は入ったことないぞ」
「そうなの? 男の人なら接待とかで入るんじゃない?」
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◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
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少し冷めた村人少年の冒険記
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辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
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ペット(老猫)と異世界転生
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