異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第21話:サラの成長(褒めて伸ばす)

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 今日はコクランを出てラドローへ向かいます。ラドローの次が領都のオグデンになります。
 この国が建国された当時、アシュトン子爵領は一番北の領地として作られました。だから領都のオグデンを建設してからは南を中心に発展したのです。
 もちろんオグデンの北にも町がありますが、それらは北のギルモア男爵領、北東のテニエル男爵領、北西のセヴァリー男爵領など、その後にできた領地へ向かうための宿場町として作られたものです。だからオグデンは領地の真ん中よりも北寄りにあります。

「あとは今日と明日だけですね」
「いや~、いろいろと勉強になったね」
「そうだな。特にサラはな」

 宿屋での寝泊まりと野営の両方を経験した二人に理解できたことは、野営はとにかく退屈で精神的に疲れるということでした。特にレイは二晩とも一人で担当することがありましたので、余計にそう感じるんでしょうね。
 誰でもそうでしょうが、楽しくもないことをしながら一人でじっとしていると、時間が経つのが遅く感じられます。一、二、三と一秒ごとに数えていっても、三六〇〇数えてようやく一時間です。二時間で七二〇〇。普通に飽きますよね。
 だからといって何かをするにも、周囲は真っ暗です。しかも寝ている人がいるので、大きな音は出せません。静かにしているしかないんです。
 そうすると、どうしても集中力が途切れがちになります。魔物の襲撃は少ないとはいっても、うっかりと気を抜いた瞬間に襲われれば対応が遅れます。【索敵】と自分の目で警戒を続けると、かなり神経がすり減るのです。
 それもあって、昨日早めに到着したコクランではゆっくりと疲れを癒やしました。ここからは普通に町で寝泊まりできますので、そこまで疲れることはないでしょう。
 さらにサラはヒュージキャタピラーの解体を見て学ぶということもしています。彼女にとっては、たとえ時間は短くても夜番より疲れたでしょうね。

「ヒュージキャタピラーに触れる日が来るなんてね。冒険者としてレベルアップした感じだよ。ランクもレベルも上がってないけど」
「レベルアップを感じたついでに、自分の手で解体もしてみようか」
「ムリムリムリまだムリムリムリ」

 サラは首がちぎれるのではないかと思えるほど首を振りました。解体を手伝うことはどうにかできるようになりましたが、さすがに自分で解体するのはまだ無理なようです。

「それでも、最初のころからすると成長しましたよね。視界に入った瞬間に逃げ出さなくなりましたし」
「まあ、毎日見てればね」

 冒険者としての活動を始めたとき、サラはヒュージキャタピラーだけは駄目そうだと感じました。実際に森の近くで遭遇したときも、レイに任せて逃げ回っていました。
 今回の仕事の途中で、これまでに何度かヒュージキャタピラーに出くわしました。最初のころはすぐに馬車の中に飛び込むように逃げていましたが、今では落ち着いて後退するくらいには成長しています。

「そのとおりです。どんなことでも慣れですよ。アレルギーがあるのなら無理して触るのは危険ですけど、好き嫌いだけなら時間をかければ必ず治せます。一歩ずつ進めばいつかはゴールにたどり着けるものです。今日も頑張りましょう。最後には自分で解体できるようにしましょうね」
「できれば手加減してくれると嬉しいなあ」

 意外にもシーヴとレイは気が合うようで、サラのヒュージキャタピラー恐怖症を治すのに協力しています。
 レイが最初にややハードル高めな要求をすると、シーヴがもう少し下げてもいいのではと提案しますが、最終的にはレイの提案と同じところまで持っていきます。説明の仕方がいいんでしょうね。

 ◆◆◆

 昼食後、レイはサラに解体の仕方を見せています。今日は昨日よりもさらに難易度を上げていますよ。

「サラ、これを持っておいてくれ」
「ホントに?」
「ホントに」
「マジで?」
「マジで。諦めろ。ほれ」
「はい」

 レイがサラに渡したのは、ヒュージキャタピラーの内臓です。片方の端がまだ胴体に繋がっています。
 この魔物の内臓は、直径五センチほどのロープ状にまとまっていて、それをちぎってしまわないように気をつけながら、ゆっくりと剥がしていくだけです。超巨大なエビの背に切り込みを入れて背わたを取るようなものです。

「よっ……と」
「うひゃいえいえっ!」

 レイが内臓を抜き取ると、その重さがサラの両手にかかります。ずしっとした内臓の重みに、サラは思わず変な声を出してしまいました。

「ヌメッてしてて温かい」
「そういうもんだ」
「命をいただくわけですからね」
「そんな道徳教育みたいなことを言われても!」

 このヒュージキャタピラーはすでに死んでいますが、死んですぐにマジックバッグに入れたものなので、まだほのかな温かさが残っているのです。
 その内臓を手にしたサラは、脂汗を流しながら頭の中をからっぽにして、ただ時間が過ぎるのを待っているようですね。
 それでも今のところ、顔色はそこまで悪くありません。鳥肌も立っていないようですね。順調に慣れてきているようです。

「よし、それならここまでにしようか。サラ、【浄化】をかけるぞ」
「お願い、二回かけて」
「わかった」

 どうも手のひらに残った感触が気持ち悪いらしく、濡れた両手を乾かすときのように、胸の前で振っています。

「サラ、気分は大丈夫ですか?」
「たぶん。でも宇宙の大真理を感じられた気がする」

 サラは両手を空に向かって広げました。

「その勢いで解体までしてみないか?」
「解体どころか解脱げだつしちゃうよ?」

 そのようなやり取りも終わり、ヒュージキャタピラーを片付けると、再び馬車で移動を始めます。

「でも、解体のときに受け取ってもらえるようになっただけでも助かるな」
「そう? もうそれくらいならできるよ、たぶん」
「お肉も内臓も触っていますよね。もう解体するのも大丈夫なのでは?」
「外身が一番ダメなんだって。あの表面が」

 サラが成長したという話をしながらシーヴは馬車を走らせます。それから数時間後、三人の視線のずっと先にラドローの町が見えてきました。

「なんか、あっという間だったな」
「そうだね」
「慣れるとこうなりますよね。あまり油断しすぎると危ないですけど、街道にはそんなに魔物は出ませんからね」

 コクランに到着する前の野営が思った以上に長く感じたからでしょうか、普通に街道を移動する半日があっという間に感じられたのです。

「シーヴ、たまに移動中に魔物が出たけどさあ、これって多いほうなの?」
「いえ、多くはありませんね。少なくもありませんけど。こんなものじゃないでしょうか」

 魔物にだって野生の勘があります。好き好んで狩られたいと考える魔物はいないはずです。だからわざわざ森から街道に出てくる魔物はそれほど多くはありません。ただ、街道がどこを通っているかによります。
 見通しのいい大草原の真ん中を走っているなら問題ないでしょう。ですが、山裾を走ることもあれば、森のすぐ横を迂回するように走ることもあります。森を切り拓いて道を通すと、街道の両側が森になります。このように、魔物の生息地に近い場所に街道があると、当然ですが魔物は出やすくなります。

「このあたりは森が近いですから出やすいですよ。ほら」

 シーヴがそう言うと、森の中からワイルドエリンギが現れるのが見えました。

「よーし、ヘルシー食材を狩ってくる」

 サラは御者台から飛び降りると、そのままの勢いで森の方へ走っていきました。ワイルドエリンギは安いので収入にはなりませんが、食材としては食物繊維が多くて低カロリーです。空腹感を紛らわすのには一番ですね。

 ◆◆◆

「ラドローですね」
「石組みが多いみたいだな」
「領内で良質の石材が切り出せますよ」

 アシュトン子爵領の東部にはロウダイ山という山があり、そこから町の建設に必要な石が採れます。子爵領の南にあるダンカン男爵領を建設する際にも、この山の石が使われました。

「財源の一つか」
「はい。レイン男爵領でも良質の石が採れますね。あそこは岩塩もありますよ」

 ダンカン男爵領の西にあるのが、シーヴの生まれ育ったクォルクォの町があるサントン男爵領で、そのさらに西がレイン男爵領です。
 レイン男爵領の西には山脈があり、そこでは石材だけでなく岩塩も採掘できます。

「そう考えると、うちの実家にも金のなる木があったんだなあ。実ができなかったけど」
「そうですね。ギルモア男爵領でもいい石が採れましたけど、売り先がありませんでしたね」

 この国の北部でも石材が採れますが、どこでも良質の石が採れるということは、近場には販売先がないということです。
 南部の領地に売ろうとしても、そちらはそちらで取引先があるでしょう。輸送費を考えると、近場で買うほうが安く上がるものです。
 値段を下げるというのも一つの手段ですが、下げすぎて利益が出なければ意味がありません。そうなると結局は採らない・売らないということになっていまします。領内で使うだけですね。

「宿屋で馬車のことを頼んでくるね」

 宿屋の前まで来ると、サラが馬車を預かってくれるように頼みにいきました。そしてすぐに戻ってきます。

「そのまま入れて大丈夫だって」

 納屋を開けてもらって馬車を入れて馬を外すと、三人は宿屋に入りました。レイもサラも慣れたもので、着替えて食事を済ませると、また樽風呂の時間です。

「もう明日はオグデンか~。早かったような、そうでもないような」

 夕食後、樽風呂の縁に顎を乗せながらサラがつぶやきます。

「私も初めてのころはそうでしたね。こういうのって、慣れてきたころに終わるんですよ」

 その横で、顎までお湯に浸かっているシーヴが、自分の経験を話します。

「次はああしようこうしようと考えても、実際に次の機会には忘れているんですよね」
「わかるわかる。私も遠足の忘れ物しないように前もって用意しようと思うんだけど、いつもレイに指摘されてたね」
「そのうち俺のほうがサラの荷物に詳しくなってたよな」

 遠足や修学旅の前、サラは放っておくと絶対に忘れ物をしたので、夜にレイがチェックをしていました。

「遠足……ですか?」
「え? あ、ごめん、遠出のことね」
「ああ、そうですか」

 シーヴが遠足と聞いて首を傾げました。遠足では通じないと思って、サラは言い直します。
 サラもすべてをレイに任せようとしていたわけではありません。ただ、レイによる最終チェックに間違いがなかったので、ついつい気を抜いてしまうんですよね。
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