異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生

第10話:サラがさらっとさらなる試練を乗り越えること

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「サラが言ったとおりだな」
「本当ですね」

 レイとシーヴが感心しています。

「おおう、なんであんなに?」
「サラが引き寄せているんじゃないですか?」
「私そんなにアレに好かれてるの?」

 三人は今日も魔物を狩りに森の近くまで来ています。するとサラが発見したのはヒュージキャタピラーの群れでした。サラの天敵ですね。

「もうヒュージキャタピラーセンサーだな」
「やめてよね。否定できないけど」

 理由はわかりませんが、【索敵】で魔物の反応をチェックすると、なぜかサラはヒュージキャタピラーばかり見つけます。嫌いだから余計に反応してしまうのかもしれませんね。

「でも、探す手間が省けましたよ」
「それはそうだけどさあ……」

 昨日レイが言ったように、今日はサラがとうとうヒュージキャタピラーを相手にする日です。そのために探しにやってきたわけですが、あっさりとサラが見つけました。
 誰にでも得手不得手えてふえてはあるでしょう。ちょっと苦手なくらいならレイもシーヴもどうこう言いませんが、サラのヒュージキャタピラー恐怖症はかなりの重症でした。だから苦手意識を払拭ふっしょくするために、少しずつ慣らしてきたのです。
 最初は解体を見せることから始めました。それからは解体中に肉の塊を手渡したり、取り出した内臓を渡したりして、どうにか自分の手で解体できるくらいにはなりました。解体しながら「うひゃ」とか「ひょえっ」とか、悲鳴が出ますけどね。
 そこまでくれば、あとは自分で倒せるようになるだけです。正直なところ、倒すよりも解体するほうが嫌だとレイには思えますが、サラにはあの巨体が向かってくるほうが嫌なようです。

「一、二、三、四……全部で一四か」
「はい。六万キールくらいになりそうですね」
「みんなもっと狩りにきたらいいのにな」

 レイは本気でそう思います。別に自分たちの稼ぎが減ってもいいと思っているわけではありませんよ。

「大型の魔物はマジックバッグがないと大変ですけどね」
「それはわかるけど、ブッシュマウスでも十分稼げるんだから、そのうち貯まるよな?」

 現在のところ、バーノンの冒険者ギルドがヒュージキャタピラーを買い取る価格は、一匹あたり四〇〇〇キールを超えています。魔物を運ぶことのできる荷車をギルドで借りて、三匹運べば一万三〇〇〇キールほどになります。三日で四万キール前後にはなるでしょう。
 ブッシュマウスは、丸ごとなら七〇〇キールです。サイズを考えればこちらのほうが楽ですので、みんなこちらを狩るに決まっています。ただ、それでは十分な量の肉が集まりませんのでギルドは困っているんです。

「それまで我慢できるかどうかなんですよね、ほとんどの場合は」

 ギルド職員だったシーヴにはわかります。マリオンでは一日で五〇〇〇キール以上稼ぐ冒険者は多くはなく、さらには連日稼ぎに出かけるパーティーもそれほどいません。稼いでは休む、稼いでは休むの繰り返しです。それで十分やっていけるわけです。それなら、なにをわざわざ連日働いて貯金しなければならないのか、そう考えるんですね。
 たしかにマジックバッグがあれば一桁多く稼ぐことができるでしょうが、マジックバッグ代を稼ぐまで我慢できるかどうかがポイントです。

「俺とサラにマジックバッグがなければどうだったんだろうなあ」

 レイはあらためて考えます。もしマジックバッグがなければ、出だしはもっとゆっくりだったでしょう。ガンガン稼ぐことはできなかったはずです。それに、樽風呂やスープの鍋を持ち歩くことも無理です。ダニールにバタフライテーブルを作ってもらうこともなかったでしょう。
 そもそもの話として、マリオンを離れるタイミングが違ったでしょう。それならシーヴと一緒にオグデンに向かうことも、このように一緒にパーティーを組むこともなかったかもしれません。

「まあ、それを言っても今さら意味ないか。サラ、諦めはついたか?」

 レイはヒュージキャタピラーのほうを見ているサラに声をかけました。武者震いかどうかはわかりませんが、サラの体が小刻みに震えています。

「……うん」
「ほら、じゃあこれな」
「う~~~っ」

 サラは唸りながら、渡されたメイスをじっと見つめました。

「まあ……いつかはやらなくちゃいけないとはわかってるんだよね」

 まるで自分の宿命でも再認識したかのように、サラはメイスを見ながら「ふうっ」と一つ息を吐きました。

「私は退かない‼ 媚びない省みない‼」
「たまにはちゃんと省みろよ」

 レイが冷静にツッコミを入れます。

「まあまあ、レイ。これで仕上げなわけですし、うまくできたらサラにご褒美をあげたらいいんじゃないですか?」

 それを聞いたサラは、急に背筋がぴんと伸びました。

「あ、それいいね。私の希望を一つ聞くってのはどう?」
「希望か。まあ……俺にできることならいいぞ」

 レイは少し考えると、はっきりとそう言いました。

「聞いたよ。よっし、それじゃ頑張ってこよ」

 サラは吹っ切れたようにそう言うと、メイスを抱えてヒュージキャタピラーの群れの中へと入っていきました。

 ◆◆◆

「あぁあぁあぁあぁ……」
「どうした?」
「手の感触が、手の感触が……」

 サラは両手を体の前でぷるぷると振っています。メイスでヒュージキャタピラーを殴りつけた感触が我慢できないようです。

「ドブッていったよ、ドブッて」
「ボジュッて感じじゃないか?」
「そうだったかもしれない。それはどっちでもいいんだけど、ああ、手のひらが気持ち悪い」

 先ほどまで、サラは襲いかかるヒュージキャタピラーの横をすり抜けながら倒すという作業をしていました。ただ力任せに振るだけです。一度に二匹の相手をしないように、常に位置関係を把握していれば、サラには難しいことではありません。

「ちゃんと倒せたじゃないか」
「私はできる子だからね。まあ、やってみたらできたというか……なんというか……」

 サラは両手をじっと見ます。そして、感触を忘れるためか、両手をにぎにぎします。

「サラくらいの力があれば一撃でしょうからね」
「私くらいって、コレって一撃で倒せるんじゃないの?」
「いえ、なかなか倒せませんよ。駆け出しの冒険者が全力でメイスを振っても、傷を付けられるくらいでしょうね。私がメイスを持っても無理ですよ」

 はい。レイもサラも、攻撃力が高いので、よほどでなければ一撃で倒せます。ヒュージキャタピラーはシーヴでも無理なので矢で頭を狙っていたんです。

「へえ。レイは知ってた?」
「いや、俺も最初から一撃だったから気づかなかったな」
「二人ならそうでしょうね。普通は何度も攻撃して、ようやく倒せる魔物ですよ。それに、傷を負ったら暴れますから、強いというよりも倒しにくいというところでしょうか」

 一番相手をしやすいのは、人に近い魔物です。弱点も似ていますからね。
 逆に相手をしにくいのは、人型ではない魔物です。さらに、急所が狙いにくい位置にあれば、余計に倒しにくいでしょう。
 ヒュージキャタピラーの弱点は頭ですが、その頭は人間の膝よりも下、脛の真ん中あたりにあります。剣では斬りにくく、だからといって正面から突き刺そうとすれば踏み潰されます。どうしても打撃系の武器が必要になりますね。メイスやクラブ、ウォーハンマーなどをゴルフクラブのように振るしかありません。そうでなければ矢でチクチクとやるしかありません。

「てことは、私たちってかなり強い?」
「そう思いますよ。実戦経験は少ないでしょうけど、戦えばかなり上の方だと思います」
「そう言われても実感がないよな」
「そうだね」

 二人とも最初から上級ジョブですからね。しかも知り合いが少ないので、比べようがありません。

「あ、でも、ジョブをもらったときにステータスが上がるんだよね? 私あんまり違いを感じなかったんだけど」
「それは人それぞれでしょうね。目や耳がよくなれば気づくでしょうけど」
「それもそっか」

 聖別式でジョブをもらった瞬間から、人はステータスが上がります。サラはその実感がありませんでしたが、それは仕方がありませんね。もらった直後は、ただレイと話しながら屋敷に戻っただけですので。

「俺もたぶん気づいてなかったな」

 レイはまだ記憶が戻っていなかったので微妙ですが、記憶を掘り返しても、強くなった実感はなかったように思えました。

「でも、強くなったんだからいいよ。それよりも、レイに何をしてもらおっかなあ」
「手加減はしてくれよ」
「無茶は言わないって」

 三人は引き続き魔物を探しては倒し、今日も冒険者ギルドに感謝されるのでした。

 ◆◆◆

「お嬢様、お茶とお茶菓子でございます」
「ありがと、セバス」

 執事服を着て真面目な顔をしたセバスレイが、ドレスを着たお嬢様サラの前に紅茶とクッキーを置きます。

「セバス、肩を揉んでくれる?」
「はい、かしこまりました」

 執事がお嬢様の肩を揉んでいます。不思議な絵面えづらですね。

「あ~。今日は精神的に疲れたからちょうどいい……」
「お嬢様はよく頑張られましたね」
「だよね? もっと褒めて褒めて」

 甘やかすと決めたからには甘やかします。レイは嘘はつきません。

「私もやってほしくなってきました」
「うちのセバスならいつでもやってくれるでしょ?」
「いつでもか?」
「頼めばいつでも」

 これくらいで喜んでくれるなら、たまにはニンジンになってもいいかとレイは思います。
 ところで、自分でこのように執事の格好をしてみて、レイは違和感を感じました。

「執事喫茶って、この世界に来たらおかしいのがよくわかるな」
「だね。お嬢様のお世話をするのは、普通は女性だからね」

 レイはメイド喫茶にも執事喫茶にも入ったことはありません。それでも話には聞いていました。それを再現しているわけですが(肩揉みは別として)、この国での現実との違いを感じています。
 こちらで生まれ変わると本物の貴族の息子でした。幼いころから使用人たちを見ていたので、その原因がよくわかります。
 執事は場合によっては従者を兼ねますので、着替えを手伝うために寝室に入ることすらあるわけです。だから女性の世話をするのは女性に限られます。男性に仕えるのは男性です。

「でもサラはレイに仕えていたんですよね?」
「どっちかっていうと、話し相手をしてもらってた感じだな」
「そうだね。お互いに話し相手が少なかったからね」
「どうでもいい話なら誰とでもできたんだけどな」

 レイがサラと出会ったのは二人がまだ八歳のときでしたが、もう家の中では学ぶことがなくなっていました。家の中にある本という本をすべて読み終え、たまに父親に頼んで外へ連れていってもらっていたのでした。
 モーガン自身があまり社交に積極的ではなかったこともあり、その息子たちも外へ出る機会は多くはありませんでした。そうでなければ、三男とはいえ、もう少し外に出してもらえたでしょう。
 数少ない外出の際には、訪問先で本を読ませてもらうのがレイの楽しみでした。

「今になって考えると、なんであんなに本ばかり読みたがったんだろうって不思議なんだけどな」
「記憶が戻るのに何かが必要だったのかもしれませんね」

 今のレイにはそこまで知識を詰め込みたいという気分はありません。ただ、この世界に関する知識が少なすぎるとは感じています。そのためには、人が集まる王都に行くのが近道ではあるんですよ。
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