異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第5章:初夏、新たなる出会い

第13話:テンション高くダンジョンへ、そして……

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「レイ様、さっそくまいりますわよ!」
「はいはい」

 キラッキラの装いでヒューの店を出たケイトは、レイを引っ張るかのようにダンジョンに向かいます。ダンジョンよりも外のほうがいいと言っていたのは誰だったのでしょうか。新しいドレス装備品を買うとパーティーダンジョンに出かけたくなりますよね。そう思っておきましょう。
 ケイトは少々性格に問題がありますが、あれが普段は欲しいこれが欲しいと言うようなことはありません。むしろ物欲は少ないほうでしょう。彼女はレイの側にいられればそれで幸せなんです。



 昨日よりもやや遅めの時間になりましたが、地下六階から攻略を再開することになりました。

「レイ、六階からは植物の魔物が多いそうです」
「植物?」
「トレントとかマンドレイクとかパッ〇ンフラワーじゃない?」
「ああ、そういうのか」

 サラはすぐにいくつか名前を挙げましたが、レイはサラに言われるまでわかりませんでした。そのレイでも、サラが挙げた名前くらいはわかりました。

「植物なら燃やせばいいはずですわ」
「燃やしたら素材が採れないです」
「ケイト奥様の魔法では無理でしょう」

 燃やせばいいというのは間違っていませんが、相当な熱量が必要になりますよ。ケイトはほとんど【火球】を使っていませんので、まったく成長していません。

「なんだあれ?」
「あれがマンドレイクじゃないの?」
「気持ち悪い歩き方ですわ」

 話をしながら進んでいるレイたちの目に飛び込んできたのは、人間サイズの茶色いダイコンのような魔物でした。それが五匹。二股に分かれた先の部分を足のように使って歩いています。胴体の左右からひょろっと腕のようなものが出ていますが、顔はありません。それらが腰をくいっくいっとさせるモデル歩きをしているので、ケイトが気味悪がっています。

「旦那様、ウォーキングラッパという名前だそうです」

 シャロンが調べて報告しました。

「ウォーキングラッパ?」
「ラッパって、どこがラッパ?」
「歩くゴボウですね。学名がなんとかラッパだったはずです。きちんとした名前は忘れましたけど」

 ゴボウはアルクティウム・ラッパですね。さすがのシーヴでも、レイに直接関係ないことはすらすらとは出てこないようです。

「ニンジンは?」
「なんとかカロタだったと思います」

 ダウクス・カロタです。キャロットから思い出しやすいですね。

「ダイコンは?」
「サラ、私は植物学を学んでいたわけではありませんよ?」

 ラファヌス・サティウスです。
 今は学名はどうでもいいでしょう。ゴボウがゆっくりと近づいていますよ。

「強そうです?」
「いえ、おそらく気持ち悪いだけだと思いますよ。強さ的には……弱いですね。ワイルドエリンギと同程度です」

 シーヴが【鑑定】で調べた情報を伝えています。数が増えると危ないですが、そもそも攻撃手段が倒れ込んで潰すくらいしかありません。

「私のほうでは『食用』と出ています。歯ごたえがいいそうです」
「歯ごたえがいいのです?」
「そう出ています」

 シャロンが口にした情報にラケルが食いつきました。歯ごたえという部分ですね。

「私のほうには歯ごたえまでは出ませんね。【メイドは見た!】は【鑑定】とは似て非なるスキルなんでしょう」
「こちらは下ごしらえの方法やオススメ料理のレシピまで出ています」

 シャロンの【メイドは見た!】はメイド用のスキルだからでしょうね。作る人は食べる人の分まで考えなければなりません。

「倒していいんだよね?」
「繊維に沿って縦に切ると風味が落ちにくいそうです」
「ほいほい」

 サラがシャロンのアドバイスどおりに縦に真っ二つにすると、ぴくりとも動かなくなりました。ワイルドエリンギと同じですね。

「弱すぎて歯ごたえがないね」
「歯ごたえがないです?」
「食べるほうじゃないよ。強くないってこと。どう考えてもサンドフロッグのほうが厄介だよね」

 剣を手にすれば、子供でも倒せるのではないかと思えるくらいでした。倒したあとはすぐに回収して先に進みます。

「ねえ、シーヴも初めて見たような顔してたけど、前に戦ったんじゃないの?」
「いえ、なかったですね。あのころは一階から五階と六階から一〇階では違いがほとんどありませんでした」

 ダンジョンは内部の構造が変わることがあります。その際に出現する魔物も変わることもあるんです。

「魔物が変わることもあるんだな」
「みたいですね。内部も一部の階が少しだけ広くなりましたし」

 ダンジョンが成長して内部の構造が変わることがあります。その際に現れる魔物も変わる場合があります。ダンジョンに入っている最中に変化がある場合もあるんです。いきなり転移部屋への道が変わったり、今までいなかった魔物が現れたりすれば、命に関わります。



「ご主人さま、ゴボウの色違いがいます」

 しばらく歩くと、今度はオレンジ色の集団が現れました。

「あれはダンシングカロタですね。ニンジンです。これも弱いですよ」
「弱くても不気味ですわ」

 ケイトが鳥肌を立てながら声を震わせました。向こうからニンジンが踊りながら歩いてきます。腕を上下左右に動かしているのが名前の由来です。

「これも歯ごたえがいいと出ています。蒸すと甘みと弾力が増すそうです」
「狩ります!」

 ラケルがハンマーではなくショートソードで叩き割っていきます。一分も経たないうちに一〇匹ほどのダンシングカロタは巨大な食材に変わりました。

「弱かったです」
「だろうな」

 すべて一振りで真っ二つでした。ラケルの力ではオーバーキルですね。



「また色違いですわ。なんなんですの?」

 階段を降りると、今度は緑色の野菜が現れました。

「あれはツイスティングククミスです。キュウリですね」
「こちらはパキッとした食感だそうですね」
「本人(?)はパキッとしてないよね」

 そこにはぐねぐねと体を動かしながら歩いている巨大なキュウリがいました。キュウリの学名はククミス・サティウスです。

「これも縦に割ればいいです?」
「みたいですね。縦に割るとパリパリ感が増すそうです」

 シャロンの説明を聞くと、ラケルは面白くもなさそうに巨大キュウリを倒していきます。

「サラ、キュウリの料理ってどんなのがあった?」
「ん~、叩いてウメとシソで和えたり、ゴマで和えたりとかじゃない? あとはぬか漬けとか」

 一応それは魔物ですから、きちんと火を通しましょう。加熱が前提の料理となると、肉と一緒に炒めることが多いですね。【浄化】を使えば生でもいけるでしょうが、気分的にはどうでしょう。



 今度は、やや太さと長さが違う、二種類の白い野菜が現れました。

「細いほうがトロッティングラファで、太いほうがラッシングブラッシカです。ダイコンとカブですね」
「どちらもじっくりと火を通すと甘みが増すそうです」

 ダイコンはやや背が高くて細く、カブはやや背が低くて太めです。並べれば違いがわかりますが、単独で見たらどちらがどちらかわからないでしょう。

「トロットとラッシュって、どっちも急ぐって意味だよなあ」
「急いでるわりには急いでないです」
「これは私が倒すね」
「私もやりますね」

 サラとシーヴが、ちょこちょこと走り回るダイコンとカブの間を通り抜けるようにして倒していきます。



「どうして野菜ばかりですの?」

 ケイトがとした表情をしています。くねくねと動く野菜たち——色が違うだけで見た目はほとんど同じ——に精神的にやられたようです。六階から一〇階まで、一度も闘気が出ていません。

「一階から五階がお肉が多かったから、この五階分は野菜が中心なのかな?」
「そんな栄養バランスみたいにはいかないだろ。この下はゴーレムだぞ」

 たしかに一階から五階はお肉ばかりでしたね。でも、ゴブリンもいましたよ。あれは食べられません。



 レイたちはボス部屋の前まで来ました。待っているパーティーはあまり多くありません。うまみが少ないですからね。食べると美味しいものばかりですが、お金にはなりません。
 五階のボスは一階から五階までに現れる魔物のどれか、あるいはその上級種です。数は一から三となっていました。レイたちが相手をしたのは超巨大なイモムシの魔物、キングキャタピラーでした。
 一〇階にいるボスは六階から一〇階にいる魔物のどれか、あるいはその上位種だと決まっています。数に関しては決まっていません。
 ここまでに見た魔物は野菜ばかりです。しかも、どれもこれも一撃で倒せるものばかりです。

 ガチャリとボス部屋の扉から音がしました。これでレイたちの順番が来たことになります。

「さて、ボスはどいつだ?」

 ダンジョンは不思議な空間です。全員が中にはいってドアが閉まると、そこにいたのは……

「朝市の会場か?」
「他に表現しようがないね」

 巨大な野菜の群れでした。ダイコン、ニンジン、タマネギ、カブ、ゴボウ、キュウリ、ズッキーニ、ナス、トマト、ピーマン、ネギ、ブロッコリー、カリフラワー、ロマネスコ、カボチャ、キャベツ、ハクサイ、レタスなどなど、どれもこれも二本足で歩く野菜ばかりです。

「全部弱いみたいですね。ケイトのためにさっさと終わらせましょうか」
「そうだな。速度重視でいくぞ」

 ◆◆◆

「で、五分で終わりか」
「思ったよりも時間がかかったね」
「数が多かったからな」

 五〇匹いようが一〇〇匹いようが、強さはさほどではありません。レイとサラ、シーヴ、ラケルの四人でさくっと倒してしまいました。盛り上がりもなにもあったもんじゃありません。それでも数が多かったので五分ほどかかりました。

「どうして一〇階のボスだったんでしょうか?」
「一階から五階と六階から一〇階が逆でもいいです」

 シーヴとラケルが魔物の強さについて考えています。普通に考えたら逆でもよさそうです。野菜が相手なら武器さえあれば怪我をしないでしょう。

「あ、旦那様、あんな場所に宝箱が出たようです」
「なんであんなに端なんだ?」
「すぐに調べますね」

 報酬の宝箱が部屋の端に現れました。シーヴとラケルが走っていきました。普通なら倒した魔物の近くに現れるはずですが、今回はずっと離れた壁際です。

「レイ、これはマジックバッグ型ではないようですね」

 宝箱を調べたシーヴが中身を取り出すと、その宝箱は溶けるように消えました。

「ご主人さま、壁が変です」
「壁が?」

 シーヴのそばに立っていたラケルが宝箱に近い壁を指しました。そこにケイトとシャロンが近寄ります。

「旦那様、隠し部屋です」

 壁を調べていたシャロンが、壁の向こうに部屋があることを確認しました。

「危険がなさそうなら開いてみてくれ」
「わかりましたわ。ハイッ!」

 ドコッ! ガラガラガラ……

 ケイトのメイスで壁が崩れると、その奥に小部屋がありました。部屋の中央に一つのランタンが置かれています。上に取っ手があり、手で持ったりぶら下げたりすることができる、定番の形です。

「隠してあるってことは魔道具か?」
「ええっと……」

 ランタンを調べ始めたシーヴが紅い顔をしてレイのほうに向き直りめした。

「名前は『夜のランタン』だそうです。『恋人たちへの贈り物。ムード満点です。積極的にともしましょう』だそうです」
「灯すって、やっぱりそっちの意味か?」
「でしょうね。効き目があるのは夜だけのようです」

 男女が体を重ねることを「灯す」と呼ぶことがあります。

「さらに【遮音結界】と同じような効果があるようですね」
「音漏れ防止か」
「はい。それに軽い体力回復作用と軽い興奮作用もあるようです。いずれも夜にだけ効果があるようです」

 どこかで誰かがゴクリと唾を飲み込みました。でもみなさん、今さらの話じゃないですか? たまに体力回復薬とか媚薬とかを使ってガンガンやっていますよね?



 ボス部屋を抜けて階段を降りると、少し先に転移部屋が見えました。

「ケイト、今日はこのあたりでやめるか?」
「いいえ、まだまだいけますわ」

 気を遣って聞いたレイに向かって、ケイトは胸に手を当てながら言いきりました。気持ち悪い野菜を見ただけで終わりたくはないと思ったのです。

「無理はするなよ。怪我をするぞ」
「心配には及びません。この体に触れていいのはレイ様だけですわ」

 実際にケイトが攻撃を受けたことはありません。攻撃される前に頭を吹き飛ばすからです。

「ですが、もし怪我をしたら手当てをお願いできますか?」
「わざと当たるなよ」
「そんなことはいたしません。傷があってはレイ様に申し訳ありませんもの」

 この体はレイのもの。もし体に傷ができてしまえば申し訳ないとケイトは思っています。ケイトには【治療】があります。万が一にも怪我をしたら、自分でこっそりと治すでしょう。
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