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第5章:初夏、新たなる出会い
第19話:倒れないために飲むもの、それがポーション
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翌朝、レイが酒場に入ると、レジナルドを抱いたハリエットがすでにいました。その顔にはにこやかな笑みを浮かべています。
「義姉さん、おはようございます。調子よさそうですね」
「今日はお肌の調子がいいみたいで」
ハリエットは毎日欠かさず化粧をしますが、今日はしていません。いつもとは違って肌が瑞々しく感じられたからです。
そもそもライナスがシーヴと同い年で、ハリエットはその二つ下です。化粧をしなくても十分なハリと潤いがある年齢なんです。それでも化粧をするのは嫁いだ家が家だからです。身だしなみの一つですね。
「あの薬は人を興奮させるものです。興奮すれば体が芯から活性化して元気になります。一番その影響が出るのが肌や髪ですね」
「それでなのね」
ハリエットは両手を頬に当て、頬が手のひらに吸い付く感触を確認しています。玉の肌ですね。
「あの薬はあれだけしかないの? 二人で使うとあっという間になくなりそうなんだけど」
「いえ、まだまだありますよ」
「それならここを離れる前にまたもらえるかしら? 材料が高いならもちろん買わせてもらうわ」
「いえいえ、材料は自分たちで集めた魔物や薬草なので、ほぼ無料です。一度作ると大量にできますので、いくらでも渡しますよ」
ライナス一家が住む場所がわかればいくらでも送ることができます。薬そのものも濃度一〇〇倍で作ったものを埋めればいいだけです。
「ところで兄さんは?」
「もう少ししたら来ると思うわ。ちょっと疲れたみたいだけど」
「それなら体力回復薬でも渡しましょう」
そんなことを話していると、ライナスがウェンディーと一緒に下りてきました。
「なるほど。これを飲むとどれだけ疲れていても無理ができると。無理をさせて回復させてまた無理をさせると。俺を壊す気か?」
ライナスは赤いポーションを受け取るとレイを睨みました。
「まさか。そこまで無理はできませんよ。ちょっとした疲労が消えるくらいです」
これは下級体力回復薬の五倍濃縮タイプです。二〇倍のものを薄めたものですね。効き目が優しいので眠くなりにくいタイプです。
「お? おお? 体が軽い」
「筋肉の疲れを取り除きます。目の疲れや肩こりにもいいですよ」
濃度が五倍になると、錠剤では即効性はそれほどではなくなります。ポーションのほうが効くのが早いのです。
「そうだ。今日は運送屋ギルドに案内してもらえるか?」
「ええ、いいですよ。事情の説明も必要でしょうし」
朝食が終わると、レイはライナスを連れて商人ギルドに向かうことにしました。
◆◆◆
「タスクボアーに襲われたのは、町から北に二時間少々の場所だった」
「救出した時にはこうなっていました。車輪は交換して引いてきましたが」
レイは運送屋ギルドの裏手で壊れた馬車と死んだ馬をマジックボックスから出して説明しました。御者の遺髪とステータスカードをライナスが渡します。
「なるほど。事情はわかりました。遺髪とステータスカードはこちらで預かります」
職員はステータスカードを検めると、書類に何かを書き込みました。
「ギルドとしてましても、できれば早めに用意したいところですが……」
そこまで言って、職員は申し訳なさそうな顔をします。
「今は多くの馬車が出払っていまして、戻ってくるまでは不足気味なんです。もう少しすれば戻ってくるとは思いますが」
町の中だけで荷運びをする御者ならいくらでもいますが、町から町へ、領地から領地へとなると、ある程度の腕っ節が求められます。
ライナスたちはベイカー伯爵領を抜けて王都に向かう予定です。そのための箱馬車とそれを引く馬、そしてその馬車を操る御者。さらには護衛。どれもが不足気味です。
ギルドは国の組織なので、まずは国の指示に、次は助成金を出してくれる領主の指示に従います。今はアシュトン子爵領のほうに物資を運ぶために多くの馬車が使われています。そのために馬と馬車だけでなく御者も足りなくなっていました。
レイはどこか頼れる場所がないかと考えます。するともう一か所だけ力を貸してくれそうなところがありました。
「兄さん、俺はもう一か所だけ確認してきます。そこなら確実にあるんですが、貸してくれるかどうかまではわからなくて、確認だけしてきます」
「いや、俺も行く」
レイが向かうのは、もちろん冒険者ギルドです。普段から恩を売っていますからね。
◆◆◆
「すぐ近くなんだな」
「新しい町だからか、この町はギルドが集まってますね」
ライナスは王都から北にある町の多くに行ったことがあります。それは独立後に鳥使いというジョブを活かすためです。だからギルドに行くのも大切な仕事なのです。
二人がギルドに入ると、レイの顔を見たマーシャがカウンターから外へ出ました。
「レイさん、今日はお連れさんと一緒ですか?」
「ええ。こちらは兄のライナスです。ギルド長に少し相談がありまして、時間をとってもらえそうですか?」
「大丈夫だと思いますが、確認してみます。少し待ってください」
ほんの一、二分で戻ってきたマーシャに、レイとライナスはギルド長室に案内されました。
「久しぶりだな、ライナス」
「ザカリーさん、ご無沙汰です。元気でしたか?」
ソファーに座る三人に、マーシャがお茶を淹れます。
「で、レイがここまで連れてきたってことは、俺に挨拶をさせるためじゃないんだろ?」
「わかりますか? 実は昨日、兄さんたちの乗っていた馬車が襲われまして……」
レイは昨日の昼間に見たことをザカリーに説明します。そして、代わりの馬車がないので困っていると訴えます。
ライナスとあの馬車とはクラストンまでの契約でしたが、場合によってはそこからさらに南まで契約し直すこともできたでしょう。ところが、御者が死に、馬車も壊れました。契約延長もできません。
「たしかに馬車もあるし、御者も馬も用意できる。俺もなんとかしてやりたいんだが……私用で長期間使わせるのはなあ」
「やっぱりそうだよなあ」
ザカリーはライナスに同情しますが、すぐには首を縦に振りません。それは二人の話を横で聞いていたレイも想像できました。
ギルドの所有物は国のものです。それを簡単に貸し出すわけにはいきません。ところが、レイには秘策がありました。秘策と呼べるほどのものではありませんが、貸し出す理由がなければ作ればいいのです。
「ザカリーさん、俺から依頼を出しますので、それで兄さんたちに護衛を付けて運んでもらうというのはどうですか? 王宮で働く役人の運搬ということで」
「依頼か? たしかにそれなら形としては問題ないな」
「そんなのでいいのか?」
ライナスは驚きましたが、たとえどれほどの屁理屈に聞こえても、筋が通っていれば問題ありません。しかも、レイがまったくギルドの役に立っていなければ論外ですが、ギルドも功労者には融通くらいはするものです。
今のところ、ギルドに持ち込まれるグレーターパンダのほとんどが『行雲流水』が持ち込んだものです。しかも、どれも最高品質。それで領主が喜ばないわけがありません。
レイが冒険者ギルドに依頼を出します。依頼内容は役人であるライナスとその家族を王都まで安全に運ぶこと。そのために馬と馬車と御者が運送屋ギルドで見つかりません。代わりに冒険者ギルドに相談すると公用のものがあることはあるので、それを頼んで借りることにします。護衛は冒険者に依頼します。念の為に領主に確認すると、問題なしという返事が返ってきます。これで形は整います。
「依頼に関する費用は算出しておいてください。あとできちんと払いますので」
「よし、わかった。それで準備しておこう。護衛はこっちで探しておく。準備に二日、出発まで三日はかかると思ってくれ」
「わかりました。それでお願いします」
「ザカリーさん、頼みます」
足の確保に成功すると、二人は礼を言ってギルドを出ました。
「レイ、いろいろすまないな」
「いえいえ。これくらい」
ライナスはレイに向かって頭を下げますが、これはレイが好きでやっていることです。面倒などと思ったことはありません。
レイは子供のころから面倒を見てくれたライナスが好きでした。兄が困っているならいくらでも手を貸そうというものです。以前に自分にはなんの力もありませんでした。ところが、今は力もありますしお金もあります。役人になろうとしているライナスよりも、おそらく融通の利く人生が送れるでしょう。
◆◆◆
「それではザカリーさん、レイ、みんな、世話になった」
「ありがとうございました」
「ありがとう」
予定どおり、ザカリーに頼んでから三日後の朝、ライナス一家がクラストンを離れるときになりました。
「まさか『パンダキラー』の依頼とはなあ」
「俺たちも『ヴィーヴルの瞳』だとは聞いてませんでしたよ」
冒険者ギルドがライナスたちの護衛を頼んだのは、レイたちが初めてダンジョンに入ったときに顔を合わせた四人組パーティーです。双剣使いのアルヴィン、バーサーカーのカーティス、ビショップのバーバラ、魔術師のパール。このダンジョンではトップクラスの実力者です。
「でもちょうどよかった。ここでお別れというのも残念だが、先に王都で待っている。見かけたら声をかけてくれ」
「ええ。そのときを楽しみにしてます」
レイはアルヴィンと握手をします。『ヴィーヴルの瞳』はダンジョンでお金を貯めながら、いずれは王都に向かって仕官先を探したいと思っていました。ところが、ここのダンジョンで十分以上に稼げてしまうので、思ったよりも長く滞在してしまいました。どこかのタイミングで離れようと思っていましたが、それが今になったわけです。
◆◆◆
「王都なあ……」
馬車を見送ったレイはボソッとつぶやきました。それを聞いてサラが心配そうな顔を向けました。
「もう少ししたら行く?」
「いや、ここも居心地がいいからなあ」
「そうだね。焦って王都に行かなくてもいいかなとは思うよ」
「行こうと思えばいつでも行ける距離なんだよな」
王都には人も物も集まります。王都に出て一旗揚げるというのは、冒険者に限らず様々な分野で野心的な人が考えていることです。ところが、王都は人が多くて競争が激しいので、やっていけずに地元に戻る人も多いのです。
冒険者というのはなかなかモチベーションを維持するのが難しい仕事です。レイはマリオンの冒険者ギルドで登録した初日にシーヴから聞いた言葉を思い出しています。最初は頑張って活動するものの、Cランクあたりになるとモチベーションを保つのが難しいと。レイはモチベーションが下がっているわけではありませんが、常に上を目指すというのは大変な忍耐力が必要だとわかってしまいました。
いずれは王都を拠点にして活動を。それはレイとサラがマリオンを離れるときに考えていたことでした。ずっと王都にいるかどうかはわかりませんが、一度くらいは行ってみようと。最初からそれくらいの軽い気持ちだったので、本気で王都に行きたいのかどうかと聞かれると、「はい」とは答えにくいでしょう。
そんなレイですが、当面はクラストンから離れられないことになります。家を買うことになったからです。
——————————
第5章はここで終わりです。しばらく間をあけてから第6章に入ります。
「義姉さん、おはようございます。調子よさそうですね」
「今日はお肌の調子がいいみたいで」
ハリエットは毎日欠かさず化粧をしますが、今日はしていません。いつもとは違って肌が瑞々しく感じられたからです。
そもそもライナスがシーヴと同い年で、ハリエットはその二つ下です。化粧をしなくても十分なハリと潤いがある年齢なんです。それでも化粧をするのは嫁いだ家が家だからです。身だしなみの一つですね。
「あの薬は人を興奮させるものです。興奮すれば体が芯から活性化して元気になります。一番その影響が出るのが肌や髪ですね」
「それでなのね」
ハリエットは両手を頬に当て、頬が手のひらに吸い付く感触を確認しています。玉の肌ですね。
「あの薬はあれだけしかないの? 二人で使うとあっという間になくなりそうなんだけど」
「いえ、まだまだありますよ」
「それならここを離れる前にまたもらえるかしら? 材料が高いならもちろん買わせてもらうわ」
「いえいえ、材料は自分たちで集めた魔物や薬草なので、ほぼ無料です。一度作ると大量にできますので、いくらでも渡しますよ」
ライナス一家が住む場所がわかればいくらでも送ることができます。薬そのものも濃度一〇〇倍で作ったものを埋めればいいだけです。
「ところで兄さんは?」
「もう少ししたら来ると思うわ。ちょっと疲れたみたいだけど」
「それなら体力回復薬でも渡しましょう」
そんなことを話していると、ライナスがウェンディーと一緒に下りてきました。
「なるほど。これを飲むとどれだけ疲れていても無理ができると。無理をさせて回復させてまた無理をさせると。俺を壊す気か?」
ライナスは赤いポーションを受け取るとレイを睨みました。
「まさか。そこまで無理はできませんよ。ちょっとした疲労が消えるくらいです」
これは下級体力回復薬の五倍濃縮タイプです。二〇倍のものを薄めたものですね。効き目が優しいので眠くなりにくいタイプです。
「お? おお? 体が軽い」
「筋肉の疲れを取り除きます。目の疲れや肩こりにもいいですよ」
濃度が五倍になると、錠剤では即効性はそれほどではなくなります。ポーションのほうが効くのが早いのです。
「そうだ。今日は運送屋ギルドに案内してもらえるか?」
「ええ、いいですよ。事情の説明も必要でしょうし」
朝食が終わると、レイはライナスを連れて商人ギルドに向かうことにしました。
◆◆◆
「タスクボアーに襲われたのは、町から北に二時間少々の場所だった」
「救出した時にはこうなっていました。車輪は交換して引いてきましたが」
レイは運送屋ギルドの裏手で壊れた馬車と死んだ馬をマジックボックスから出して説明しました。御者の遺髪とステータスカードをライナスが渡します。
「なるほど。事情はわかりました。遺髪とステータスカードはこちらで預かります」
職員はステータスカードを検めると、書類に何かを書き込みました。
「ギルドとしてましても、できれば早めに用意したいところですが……」
そこまで言って、職員は申し訳なさそうな顔をします。
「今は多くの馬車が出払っていまして、戻ってくるまでは不足気味なんです。もう少しすれば戻ってくるとは思いますが」
町の中だけで荷運びをする御者ならいくらでもいますが、町から町へ、領地から領地へとなると、ある程度の腕っ節が求められます。
ライナスたちはベイカー伯爵領を抜けて王都に向かう予定です。そのための箱馬車とそれを引く馬、そしてその馬車を操る御者。さらには護衛。どれもが不足気味です。
ギルドは国の組織なので、まずは国の指示に、次は助成金を出してくれる領主の指示に従います。今はアシュトン子爵領のほうに物資を運ぶために多くの馬車が使われています。そのために馬と馬車だけでなく御者も足りなくなっていました。
レイはどこか頼れる場所がないかと考えます。するともう一か所だけ力を貸してくれそうなところがありました。
「兄さん、俺はもう一か所だけ確認してきます。そこなら確実にあるんですが、貸してくれるかどうかまではわからなくて、確認だけしてきます」
「いや、俺も行く」
レイが向かうのは、もちろん冒険者ギルドです。普段から恩を売っていますからね。
◆◆◆
「すぐ近くなんだな」
「新しい町だからか、この町はギルドが集まってますね」
ライナスは王都から北にある町の多くに行ったことがあります。それは独立後に鳥使いというジョブを活かすためです。だからギルドに行くのも大切な仕事なのです。
二人がギルドに入ると、レイの顔を見たマーシャがカウンターから外へ出ました。
「レイさん、今日はお連れさんと一緒ですか?」
「ええ。こちらは兄のライナスです。ギルド長に少し相談がありまして、時間をとってもらえそうですか?」
「大丈夫だと思いますが、確認してみます。少し待ってください」
ほんの一、二分で戻ってきたマーシャに、レイとライナスはギルド長室に案内されました。
「久しぶりだな、ライナス」
「ザカリーさん、ご無沙汰です。元気でしたか?」
ソファーに座る三人に、マーシャがお茶を淹れます。
「で、レイがここまで連れてきたってことは、俺に挨拶をさせるためじゃないんだろ?」
「わかりますか? 実は昨日、兄さんたちの乗っていた馬車が襲われまして……」
レイは昨日の昼間に見たことをザカリーに説明します。そして、代わりの馬車がないので困っていると訴えます。
ライナスとあの馬車とはクラストンまでの契約でしたが、場合によってはそこからさらに南まで契約し直すこともできたでしょう。ところが、御者が死に、馬車も壊れました。契約延長もできません。
「たしかに馬車もあるし、御者も馬も用意できる。俺もなんとかしてやりたいんだが……私用で長期間使わせるのはなあ」
「やっぱりそうだよなあ」
ザカリーはライナスに同情しますが、すぐには首を縦に振りません。それは二人の話を横で聞いていたレイも想像できました。
ギルドの所有物は国のものです。それを簡単に貸し出すわけにはいきません。ところが、レイには秘策がありました。秘策と呼べるほどのものではありませんが、貸し出す理由がなければ作ればいいのです。
「ザカリーさん、俺から依頼を出しますので、それで兄さんたちに護衛を付けて運んでもらうというのはどうですか? 王宮で働く役人の運搬ということで」
「依頼か? たしかにそれなら形としては問題ないな」
「そんなのでいいのか?」
ライナスは驚きましたが、たとえどれほどの屁理屈に聞こえても、筋が通っていれば問題ありません。しかも、レイがまったくギルドの役に立っていなければ論外ですが、ギルドも功労者には融通くらいはするものです。
今のところ、ギルドに持ち込まれるグレーターパンダのほとんどが『行雲流水』が持ち込んだものです。しかも、どれも最高品質。それで領主が喜ばないわけがありません。
レイが冒険者ギルドに依頼を出します。依頼内容は役人であるライナスとその家族を王都まで安全に運ぶこと。そのために馬と馬車と御者が運送屋ギルドで見つかりません。代わりに冒険者ギルドに相談すると公用のものがあることはあるので、それを頼んで借りることにします。護衛は冒険者に依頼します。念の為に領主に確認すると、問題なしという返事が返ってきます。これで形は整います。
「依頼に関する費用は算出しておいてください。あとできちんと払いますので」
「よし、わかった。それで準備しておこう。護衛はこっちで探しておく。準備に二日、出発まで三日はかかると思ってくれ」
「わかりました。それでお願いします」
「ザカリーさん、頼みます」
足の確保に成功すると、二人は礼を言ってギルドを出ました。
「レイ、いろいろすまないな」
「いえいえ。これくらい」
ライナスはレイに向かって頭を下げますが、これはレイが好きでやっていることです。面倒などと思ったことはありません。
レイは子供のころから面倒を見てくれたライナスが好きでした。兄が困っているならいくらでも手を貸そうというものです。以前に自分にはなんの力もありませんでした。ところが、今は力もありますしお金もあります。役人になろうとしているライナスよりも、おそらく融通の利く人生が送れるでしょう。
◆◆◆
「それではザカリーさん、レイ、みんな、世話になった」
「ありがとうございました」
「ありがとう」
予定どおり、ザカリーに頼んでから三日後の朝、ライナス一家がクラストンを離れるときになりました。
「まさか『パンダキラー』の依頼とはなあ」
「俺たちも『ヴィーヴルの瞳』だとは聞いてませんでしたよ」
冒険者ギルドがライナスたちの護衛を頼んだのは、レイたちが初めてダンジョンに入ったときに顔を合わせた四人組パーティーです。双剣使いのアルヴィン、バーサーカーのカーティス、ビショップのバーバラ、魔術師のパール。このダンジョンではトップクラスの実力者です。
「でもちょうどよかった。ここでお別れというのも残念だが、先に王都で待っている。見かけたら声をかけてくれ」
「ええ。そのときを楽しみにしてます」
レイはアルヴィンと握手をします。『ヴィーヴルの瞳』はダンジョンでお金を貯めながら、いずれは王都に向かって仕官先を探したいと思っていました。ところが、ここのダンジョンで十分以上に稼げてしまうので、思ったよりも長く滞在してしまいました。どこかのタイミングで離れようと思っていましたが、それが今になったわけです。
◆◆◆
「王都なあ……」
馬車を見送ったレイはボソッとつぶやきました。それを聞いてサラが心配そうな顔を向けました。
「もう少ししたら行く?」
「いや、ここも居心地がいいからなあ」
「そうだね。焦って王都に行かなくてもいいかなとは思うよ」
「行こうと思えばいつでも行ける距離なんだよな」
王都には人も物も集まります。王都に出て一旗揚げるというのは、冒険者に限らず様々な分野で野心的な人が考えていることです。ところが、王都は人が多くて競争が激しいので、やっていけずに地元に戻る人も多いのです。
冒険者というのはなかなかモチベーションを維持するのが難しい仕事です。レイはマリオンの冒険者ギルドで登録した初日にシーヴから聞いた言葉を思い出しています。最初は頑張って活動するものの、Cランクあたりになるとモチベーションを保つのが難しいと。レイはモチベーションが下がっているわけではありませんが、常に上を目指すというのは大変な忍耐力が必要だとわかってしまいました。
いずれは王都を拠点にして活動を。それはレイとサラがマリオンを離れるときに考えていたことでした。ずっと王都にいるかどうかはわかりませんが、一度くらいは行ってみようと。最初からそれくらいの軽い気持ちだったので、本気で王都に行きたいのかどうかと聞かれると、「はい」とは答えにくいでしょう。
そんなレイですが、当面はクラストンから離れられないことになります。家を買うことになったからです。
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