異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第16話:おでんたいやき

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 翌朝、レイとサラが酒場に入ると、すでにシーヴが席についていました。

「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはよ。私は大丈夫。レイは?」
「目を閉じたと思ったらもう朝だった。疲れてたんだろうなあ。おはよう」

 樽風呂から出たあと、サラはそのままベッドに寝転がり、シーヴは自分の部屋に戻りました。レイは二つの樽を片付けてから自分用の樽を出し、ゆっくりと入って体を温めました。
 しばらくお湯の温もりを満喫し、樽風呂から出てベッドを見たときには、サラはもう寝ていました。レイも十分疲れていたので、樽を片付けるとサラに毛布をかけ、自分も毛布にくるまって、泥のように眠ったのです。

「ビックリするくらいお腹が空いてるんだけど」
「気疲れもあったんでしょう」
「かもしれない」
「しっかりと食べておいたほうがいいよな」
「だね」

 そう口にしたレイとサラの前には、いかにもガッツリという感じのキャタピラー炒めが置かれました。昨日の夜もそれなりにしっかり食べたはずですが、それでも消費カロリーが摂取カロリーを上回ったのでしょう。山盛りの肉野菜炒めはあっという間に胃袋の中に収まっていきます。

「それにしてもよく食べますね。昨日も思いましたけど」
「そうだなあ。最近は多くなったよな」
「いくらでも入るよね」

 二人の食欲を見ながら、シーヴは首を傾げました。

「普通はステータスが上がると栄養の吸収効率が上がると言われます。食事量は変わらないはずですけどね」
「私たちは食欲が増したよね?」
「そうだなあ。去年と比べると五割くらい量が増えた気がする」

 それは屋敷にいる間にも感じたことでした。わざわざ食事量を増やしてもらうのは申し訳ないので、部屋に戻ってから買っておいた肉串などを食べていました。

「効率がよくなったのにお腹が空くということは……ステータスが上がりすぎたのかもしれませんね」
「あ、そうか。いきなり上級ジョブになったからか」
「レベルも上がったからかも」
「しばらくすると落ち着くと思いますよ」

 ステータスが上がるとエネルギー消費量が増えます。何十キロもあるプレートアーマーを着て巨大な剣を振り回す戦士の消費カロリーが三〇〇〇キロカロリー程度のはずがありません。
 ところが、消化と吸収の効率も上がるので、食物から無駄なくエネルギーが取り込めるようになります。結果として、食べる量はそれほど変わりません。普通なら。
 レイとサラの場合は、いきなり上級ジョブになった上にレベルアップしたせいもあって、エネルギー消費量が急激に増えてしまいました。いずれは落ち着くでしょうが、しばらくは食事量が多くなるはずだとシーヴは説明します。

「大食いキャラってのは嫌だなあ」
「そのうち落ち着くらしいから、しばらく我慢だな」

 一五〇センチあるかないかないのに大柄な男性以上に食べるのは、年頃の少女としては微妙な気分でしょう。サラにもそれくらいの恥じらいはあるんですよ。
 ただ、悪いことばかりではありません。エネルギー消費量が増えるので、そう簡単に太らなくなります。むしろ、食べないと体重が維持できなくなります。だからダイエットにはいいんでしょうね。

 ◆◆◆

 朝食を済ませると三人は宿屋を出てまた南に向かいます。

「あまり人がいないな」

 ライルにつながる街道には人影はそれほどありません。前方に馬車が一台、そのさらに先、見えるか見えないか、ぎりぎりのところにもう一台の馬車が見えるだけです。

「領地の端のほうに向かうわけですからね」

 旅に出るというのは故郷を離れること。だから旅人はそれほど多くはありません。領民の過半数を占める農民は、旅に出る必要はないからです。
 農民が移動の自由を制限されているということはありません。ただし、農地を捨てて別の場所に行ったとして、そこで何ができるのかということです。
 手に職がない限り、どこへ行っても畑を耕すしかありません。そう考えると、居住地を変える意味はほとんどないのが実情なのです。悪辣な領主から逃げたいとでも思わない限りは。
 町から町へ移動する必要があるのは、まずは貴族でしょう。他の貴族の領地へ行くこともありますが、自領の領民たちに顔を見せるというのも大切な仕事だからです。屋敷でゴロゴロしていてできる仕事ではありません。
 次に巡察使でしょう。地方に問題が起きていないかなどをチェックする国の役人です。抜き打ちで監査・監督し、必要があれば指導さえ行う権限を持っています。この巡察使は国王の代理であり、指示に従わなければ叛意ありとみなされることもあります。
 他には遍歴商人がいます。彼らの生涯は旅の繰り返しです。町で暮らす定住商人は手に入る商品だけで商売をする場合が多く、よほどの大店おおだなでないのなら、その町の中だけで商売は完結します。
 それ以外には吟遊詩人や大道芸人などの旅芸人がいるでしょう。町から町へと旅をし、街角で芸をするだけではなく、場合によっては領主の屋敷に呼ばれることもあります。
 そして最後が冒険者です。自分で町を出ることもあれば、護衛などの仕事で移動することもあります。

「それなら冒険者って変わり者なんだな」
「そうですね。畑仕事さえしていれば飢えることはありません。それなのにわざわざ不便な生活をしようというのが冒険者です」

 ギルモア男爵領の人口は三〇万人ほどですが、一時的な移動は別として、生まれた町や村を離れて暮らす人は多くはありません。離れる必要がほとんどないからです。
 領民の多くを占める村の住人の場合、三男四男となると耕す畑がないので近くの町に出ます。だから農地が広がらなければ村は人口が増えません。畑を分けてもらえない人たちが集まって故郷の近くに新しい村を作ることもありますが、開拓というのは一年や二年では終わりません。
 畑がなければ仕事を探しに町に出かけます。町でも仕事がなければもっと大きな町に行くしかありません。そうして最終的に集まるのが、さらに大きな都市やダンジョン都市、あるいは王都ということになります。
 それでも全員が仕事を得られるわけではないのです。大都市になるほどスラムは大きくなり、町の城壁の外には町の中で暮らせない人たちが住む掘っ立て小屋が並ぶこともあります。

「マリオンの周辺にも新しい村を作っていましたね」
「そうでもしないと人が増えないからなあ」

 モーガンは領地の人口を増やそうと開拓を進めていて、冒険者ギルドにもそのような作業の依頼を出しています。
 レイたちは期間の関係で受けませんでしたが、場合によっては新しく開拓した村で家と畑を与えられて住人になることもできます。とりあえず成人したから冒険者になったものの、なかなか食べていくのが難しいとなれば、このように開拓民になるというのも一つの考えです。
 この件に関して、昔からレイはモーガンにアドバイスをしていました。村を離れる人を減らさなければ人口は増えないと。農家の三男四男が定住できる場所を作るべきだと。ようやくそれが実を結んだ形になっています。
 新しい村は土地を集約し、集団で管理する形になっています。世帯数のわりに収穫量が多くなっていると聞き、レイは安心しました。

 ◆◆◆

 三人がそろそろ休憩を終わろうかと思ったとき、シーヴの耳が動きました。目もそちらに動きます。

「向こうから魔物が来ます。音からすると、おそらくブッシュマウスです」

 その報告を受けたレイとサラは武器を手に取りました。

「あの木の右側からです」

 レイがその方向を見ると、向こうから巨大な茶色い物体がいくつも走ってくるのが見えました。マウスという名前でも、実際にはカピバラのようなサイズです。レイたちも名前は聞いていましたが、マリオンのあたりでは見かけない魔物です。

「匂いに引き寄せられたんでしょうね」
「鼻が利くのか?」
「はい。何でも食べるそうですが、人の食事を好みます。たまに人里を襲うこともあります」
「クマやイノシシみたいだな」

 森で手に入るエサよりも美味しいものがあると知ってしまえば森から出てきます。それは動物でも魔物でも同じです。

「レイ、狩るよ」
「はいはい」

 サラは飛び出していきました。レイはやれやれとそのあとを追おうとします。

「レイ、ブッシュマウスは歯を飛ばしますので気をつけてください! 下の歯です!」
「了解」

 シーヴは馬たちが襲われないように、その場に留まって耳を澄ませます。
 二〇匹ほどのブッシュマウスたちはサラの五メートルほど前まで来ると、威嚇するように後脚だけで立ち上がりました。

「「キ「キキーーーッ!」ーッ!」キッ!」
「威嚇されたっ⁉」
「冗談言ってないでやるぞ。強くはないらしい」
「はいはい。それならサクッと——⁉」

 キンッキンッキンッ!

 サラが刀を振ります。すると何かが刃に当たって地面に落ちました。

「おおっ、歯が飛んできた」
「シーヴが言ってただろ。一度飛ばすとまた生えるまでに時間がかかるらしい。今のうちに仕留めるぞ」

 ブッシュマウスは体の大きさに対して脚が短いので、飛んでくる歯に注意すれば倒すのは難しくありません。すべてがマジックバッグに入るまでに五分もかかりませんでした。

「強くはないけど、あの歯はビックリしたね。飛んでくるのが上じゃなくて下の歯っていうのが」
「ちゃんと話を聞かないからだ。油断大敵だぞ」

 ブッシュマウスは敵が近づくと後脚で立ち上がり、大きく口を開けて威嚇します。その際に凶悪な上の前歯を見せつけますが、それに気を取られると、次の瞬間にが飛び道具のように首を目がけて飛んできます。

「わかってれば避けられるだろ」
「わかってればね。知らないとドキッとするけど」

 サラは飛んできたブッシュマウスの歯をすべて刀で叩き落としました。

「解体は……後日にするか」
「オグデンに着いてからかな? 途中で味見くらいしてもいいけど」
「そうだな。野営のときにちょっと食べてみるか」

 二人だけなら休憩時間に解体してもいいのでしょうが、今はシーヴを護衛しているという形です。町から町への移動は馬車で朝に出れば夕方には着くようになっていますが、モタモタしていると夜になってしまいます。できれば早いうちに次のライルに到着して宿屋に入りたいと思うのが当然でしょう。
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