異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク

第9話:どうも腑に落ちないレイ

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 レイはライナス一家のところで一泊することになっていました。普通なら授爵を記念するパーティーがあるはずですが、レイの授爵は急すぎて、パーティーまでは行われないことになったのです。
 レイとしても、そのほうがありがたかったようですね。もしかしたら国王が配慮してくれたのではと思ったようですが、普通なら授爵記念パーティーは盛大に行われます。パーティーをしないことは珍しいんです。

「レイ、よかったな」
「授爵、おめでとう」
「おめでとうございます」
「ありがとう。兄さんも義姉ねえさんもおめでとうございます」
「ああ。ありがとうな。これはレイのおかげだ」

 ハリエットはあれからすぐに第三子を妊娠しました。お腹はかなり目立っています。

「レイ、どうかしたのか?」

 そのハリエットのお腹を見るレイの表情に何かを感じたのでしょう、ライナスは気を遣うように問いかけました。

「どう言ったらいいのか、貴族の心構えをハンクス侯爵から教えられまして……」

 レイは素直に答えることにしました。結婚と子作りを急かされたと。罰則はないものの、急がないと困ることになるぞと。それを聞いたライナスとハリエットは首をかしげました。

「それが問題なの?」
「いえ、問題ではないんですよね。嫌なわけでもないんです。ただ、自分としては、独り立ちして一年ちょっとですし、まだ早いかなと」
「早くはないと思うわよ」

 悩む理由がわからないとハリエットは言います。ちょうどいい相手がいて、結婚に障害がないのなら、結婚するのが貴族の家に生まれた者にとっては常識だからです。
 もちろん好き嫌いはあるでしょう。ライナスもハリエットも成人前から何人かとお見合いをしました。しかし、長男でない彼には嫁ぎたがらない女性が多く、長男でなくてもいいという女性の中でハリエットが選ばれました。二人の恋愛はそこから始まりました。
 そのような話を聞いたレイは、自分の考えをどう説明すればいいかわかりません。レイには社会人は三年働いて一人前という、就職当時に聞いた考えが染み付いています。現実には入社半年で転職した同期が転職先で成功しましたので、成功する人は成功するし、しない人はしないとわかっています。それでも、次々と仕事を変えるのはレイには無理でした。
 彼は自分の考えがこの世界では通用しないとわかっています。しかし、そう簡単には考えは変わりません。普通に冒険者を続けるつもりだったので、代官を頼まれた際も少し悩んだくらいなのです。領主については代官の延長というくらいで割り切って考えました。しかし、そこに結婚と子供の話が飛び込んできたのです。

「俺からすると、お前は考えすぎだと思うぞ。恋人たちは嫌がっていないだろ?」
「みんなは早くてもいいと思ってますね」

 レイの頭には「いつでもどうぞ」と言いながらバンバンとお腹を叩くラケルの姿が浮かびました。

「宰相の言葉じゃないが、無理やり押し込まれたくないなら今の恋人たちと結婚すればいいだけだろう。まだ遊んでいたいというなら話は別だが」
「そういうわけでもないんですよね。自分の覚悟の問題だとは分かってるんですねど」

 まだまだ遊びたいから結婚したくないという独身貴族のようなことは言いません。

「覚悟なんてしてもしなくても同じだと思うぞ。どうせ結婚するなら早い方がいい。遅くていいことなんて一つもないはずだ。あとは領民がどう思うかだな。まだゼロだとは思うが」
「領民集めはこれからですね。集まってくれるかどうか」

 それを聞いてライナスはうなずきました。

「なかなか結婚しない領主と、たくさんの妻を持っている領主。どちらが安心して暮らせる町を作るかと考えたら、俺は後者だと思うぞ。しかも、妻たちがみんな仲がいいとなれば、揉め事も少ないだろうしな」

 貴族の正室と側室の仲がいいというのは珍しいことです。妻たちから見れば、勝者と敗者だからです。ところが、レイのところはパーティーがそのまま家族になるわけで、仲がいいのです。レイの中ではシーヴが一番なのですが、全員を大切に思っているのは間違いありません。
 貴族ではありませんが、レックスのところも同じですね。アンナとリリーの女性二人組にレックスが加わりました。レックスに助けられたステイシーとレイラがそこに加わりました。
 一つ言えることは、レイもレックスもお人好しで、集まるメンバーもお人好しが多いということです。これで他を蹴落としてリーダーの愛情を独り占めしようと考える女性がいたら、おそらく事情は変わっていたでしょう。レイやレックスなら、そのような相手には手を出さないでしょうが。
 レイは今の自分の状況が理想的だとわかりました。ライナスの言葉はストレートなだけに、どことなく納得しきれていなかったレイにしっかりと届きました。

「戻ってからみんなと話をすることにします」
「ああ、遅くていいことはないが、焦ってもいいことがないだろうからな。話をした感じではみんな真面目そうだったから問題ないだろう」
「ええ。素晴らしい恋人ばかりですよ」

 それは本心からの言葉でした。
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