異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第5章:初夏、新たなる出会い

第6話:シャロンとの語らい

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「それじゃあ戻るか」
「そうだね。帰って……タケノコの下ごしらえでもする?」
「お手伝いします!」

 ラケルとケイトの頑張りで、午前だけで予定の三〇頭を超えて五〇頭近くのグレーターパンダを狩ることができました。根こそぎ狩るつもりはありませんので、昼食が終わると早々と町に戻ることにします。
 レイたちが「パンダの森」と呼んでいる森からクラストンまでは、のんびり歩いて二時間ほどです。

「あっ、あちらに魔物ですわ!」
「一人では危ないです」

 どうやら魔物相手に戦うのが楽しくなったらしく、ケイトが走っていきます。慌ててラケルが追いかけます。サラとシーヴはいつでも助けに入れるようにしています。シャロンはケイトがいきなり何かをするのに慣れているのか、隣にいるシャロンと話をすることにしました。

「シャロンが生まれたのは違う国なんだよな?」
「はい。もっと西にあるドノリーという国です。あの山脈の南端あたりからぐるっと回れば、西のほうへ向かうことができます」
「西のほうか」

 レイはクラストンの町の向こうに目をやります。この世界に正確な地図はありません。国によっては地図は機密になっています。だから国と国、領地と領地がどうつながっているかを簡単に描いた略図のようなものしかありません。レイはこの世界の地図を見たことはありませんが、話を聞いた限りでは、シャロンが生まれたドノリーとデューラント王国の間には二つ国があるようです。

「特定の種族が多いとか、何か特徴があるって聞いたことはあるか?」
「そうですね。やや精霊族が多かったでしょうか。極端に多くはなかったと思いますが」

 きちんとした戸籍がない国がほとんどです。もちろんデューラント王国にもありません。統計的なものがあるとすれば、教会で洗礼式と福音式と聖別式を受けた人数や、葬儀を行った件数などです。
 教会にある資料を見れば、大まかな増減くらいならわかるでしょうが、国の支援を受けずに暮らしている種族もいます。あくまで参考程度にしかならないでしょう。

「そういえば、のんびりした性格だって言ってたけど、旅に出たくはならないのか?」
「それは定住することについてですね?」
「ああ」
「それは大丈夫です。ある意味では誤解ですので」
「誤解?」
「はい。私たちは定住したくないわけではありません」

 ハーフリングは定住せずに旅をする種族だと言われています。どうして旅をするのでしょうか。単に落ち着きがないだけとも言われることもありますし、スリを生業なりわいにしているので大都市を渡り歩くとも言われています。それはあくまで一面であって、実際は違っているんですよ。
 大道芸にせよ歌にせよ、客がいるのが前提です。だから広場などで投げ銭を受け取ることを期待します。ところが、周りがみんなハーフリングでは客の奪い合いになって商売になりません。だからわざと集まらないんです。
 さらに、同じ歌ばかり、同じ芸ばかりでは飽きられて当然です。だから新しい芸や歌を集めるために遠出をするというわけなんです。
 結局のところ、ハーフリングたちが旅をするのは、お互いの生活の邪魔をしないためです。集まるのは情報交換をするときだけ。だから旅に向いていないハーフリングだって存在します。

「私はあまり冒険心がありませんので、メイドとしてお仕えしても問題ないということになります」
「そうか」

 レイはシャロンが窮屈なのではないかと心配していたのです。ケイトはどうも思い込みが激しいので、シャロンに無理をさせていたのではないかと。

「旦那様は優しい方ですね」
「優しいというか、気になるだろ。外へ出たいのに出られないってのはストレスになるんじゃないかってな」

 さすがに女性相手に「ハゲたら困るだろう」とは口にしません。男性相手でも、言う相手を選ぶでしょうね。
 レイは損得勘定抜きで他人に優しくできる性格です。たまにそれで好意があると勘違いされて余計な悩みを抱えることもありましたが、それは誰のせいでもなく自分のせいです。

「シャロンは将来こうなりたいとか、希望みたいなものはあるのか?
「単純といいますか、ベタかもしれませんが、お嫁さんに憧れます」
「お嫁さんね」

 ハーフリングは生活スタイルからして人間とは違います。人間からすると不思議な一生を送るのです。
 一般的なハーフリングの場合、成人すると親と別れて町から町へと渡り歩き、旅先で気に入った相手が見つかったら結婚します。それからも子供ができるまでは旅を続けます。子供が産まれればしばらくその町に留まりますが、子供が独り立ちすればまた夫婦で旅に出ます。
 このような生活スタイルですので、一度離れた親子やきょうだいが再会することは滅多にありません。だから目の前にいるのが自分の弟や妹だと気づかないこともあります。それでも、それがハーフリングの人生です。「人生とは終わりのない旅路である」という言葉をで行くのがハーフリングという種族です。

「中には二度と同じ道を通らない人もいると聞きます」
「何がそこまでさせるんだろうな?」
「さあ」

 一方で、シャロンのように定住を望むハーフリングが存在するのも事実です。彼女はあまりスリルを求めない性格なので、むしろメイドとして働くのが向いているでしょう。ただし、周囲がやや混乱するのは彼女の性格を考えれば仕方がありません。
 このような話はハーフリングに限りません。魔法が苦手で美形でないエルフもいます。手先が不器用で下戸のドワーフもいます。高いところが苦手なハーピーもいます。足の遅いケンタウロスもいます。もちろん多くはありません。ですが、みんながみんな同じではないんです。

「定住しないことが多いのは事実ですので、同じ種族と会うことは珍しいですね。この国に来てからはほとんど見かけません。王都には何人かいましたが」
「移動を繰り返していたら出会いがないな」

 仕事の縄張りがかぶらないようにするのが目的なので、同じ場所に何人も集まるというのは考えにくいことです。もちろん情報交換のために近づくことはあります。

「私の場合は相手の種族にこだわっていませんので、そこは惚れた相手と、ということになると思います」

 シャロンはそう言いながらレイの顔を見上げました。

自惚うぬぼれてるつもりはないけど、俺に抱かれたいとか、そういうわけでもないんだよな?」
「失礼を承知で申し上げます。旦那様は種族の違う私が見ても、かなり魅力のある殿方に思えますが、我々ハーフリングはお金にシビアで猜疑心が強い種族です。他人は金ヅルでしかありません。ですので、そう簡単に他人を信じないようになっています。うまい儲け話があれば話は別ですが」
「一番ダメなパターンじゃないか」

 お金につられて芸をしに出かけて失敗し、それでケイトの奴隷になりましたからね。

「旦那様に惹かれることがあればいいと思っております」
「別に無理して抱かれる必要はないからな」

 シーヴとサラ、さらにラケルとケイト。四人もいれば相手はもう十分という思いがレイにはあります。

「やはり旦那様は普通の冒険者とは違いますね」
「そうか? 普通の冒険者になりたいんだけど、なかなかなあ」

 レイは兜に手をやります。

「これまでいくつもの町でたくさんの冒険者を見てきましたが、大半は実力に関係なく自信満々でしたね」
「まあ、虚勢を張る必要もあるだろ」

 冒険者は自分の力だけで生きていかなければなりません。だからこそ自信がないとやっていけないでしょう。さらには、他にできることがないので冒険者になるという人が多いので、けっして上等な職業とはみなされていません。
 日本に置き換えると、冒険者はアルバイトや日雇い労働者です。体力的に冒険者ができるのが成人してから三〇代くらいまでと考えると、フリーターと考えてもいいかもしれません。
 ところが、本当に実力があれば貴族から声がかかることもあります。お抱えの騎士になることができれば、あっという間に出世です。伸るか反るかの一発逆転があるのも冒険者の特徴なんです。大半は夢を見るだけで終わってしまうのですが。

「以前に酒場で見たパーティーですが、そこはリーダーの男性と彼の恋人たちでできていました。しばらく経って別の町の酒場でそのリーダーを見かけたのですが、恋人たちを奪われて、他のパーティーに加わっていました」
「何があったんだ?」
「さあ。ただ、酔って叫んでいたことは覚えています。『ちくしょー』と」
「それなら仕方ないよなあ」

 恋人を他の冒険者に奪われるという話はそこそこあるんですよ。「実力がある=稼ぎがある」という職業ですからね。誰だって恋人が金欠よりも裕福なほうがいいでしょう。冒険者は稼げなくなれば意味がないんです。

「恋人たちを奪った相手よりも魅力がなかったってことだからな。そこは自分のせいだろ」
「それはそうでしょうが、旦那様のようにサラッとそう言える人は少ないでしょう」
「そうか?」

 そうですよ。レイの場合は少し特殊ですけどね。割りきりがすごいので。
 デューラント王国でモテる庶民の男性がどのような人物かを考えてみましょうか。考えなくてもわかるでしょうが、一番の条件はダントツで甲斐性です。一が甲斐性、二が甲斐性、三四がなくて五が外見くらいでしょうか。一人よりも二人、二人よりも三人の妻を持つほうが評価されます。それは、この世界は危険が多いということが関係しています。
 町や村の中にいれば危険は少ないですが、一歩外に出れば、魔物や盗賊などに襲われる可能性があります。そして、そのようにして命を落とすのは男性が多いのです。
 生活費が安い国ですので、夫を失ったとしても一人で暮らすことはできるでしょう。ところが、社会のセーフティーネットはありません。幼い子供がいるとすれば大変です。だから未亡人の再婚率は高いですね。未亡人を二人目三人目の妻として迎えるのは、社会貢献の意味もありますので、そういう男性は一目置かれるわけです。
 ただ、妻が多ければ多いほどいいというわけではありません。複数の妻がいる場合、平等に扱うというのが原則です。愛想を尽かされて出ていかれるのは男としては恥です。
 こう考えて、レイが第三者に恋人を奪われる可能性があるかどうかを考えてみると、まあないでしょうね。稼ぎは十分すぎます。むしろ貯まる一方です。貴族生まれなのに平民どころか奴隷に対しても気安く接します。そんなレイから離れようとする恋人なんていないでしょう。要するに、『行雲流水こううんりゅうすい』は平和なんです。

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