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第6章:夏から秋、悠々自適
第19話:初めての客
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「お邪魔します……ってすっごい毛皮!」
「多いですね」
「こりゃすごいな」
レイたちの店に『天使の微笑み』がやってきました。普段から店にいるわけではないので、もし何かあれば白鷺亭に連絡をしてほしいと伝えています。
「最初は全部ギルドに売ってたんだけど、少しずつ自分たちで鞣すようになって、それでストックが溜まってきたんだ」
冒険者ギルドに持ち込まれたパンダの毛皮は王都に運び込まれて処理されます。最初はすべて丸ごと売り払っていたレイたちでしたが、店を手に入れてからは全部は売らずに一部を残し、自分たちで鞣して保管するようになりました。
その際に、他の毛皮も鞣すようになりました。アンナが驚いたように、作業場にはたくさんの毛皮が干されています。ちなみにどの毛皮も真っ白です。ラインベアーやカラムベアーの毛皮もあります。
レイがダーシーとラケルから聞いて作った漂白剤は、毛皮を真っ白にしてしまいます。ある意味ではどの魔物の毛皮でも違いがなくなってしまうという、ありがたみがあるのかないのか、わかからない状態です。
さすがにグレーターパンダの毛皮は隠してありますが、それ以外は干しっぱなしです。
「その蜂はそこにいてもいいのか?」
レックスが指を向けたのは、部屋のそこかしこに止まっているモリハナバチの働き蜂たちです。数は一〇や二〇ではないでしょう。すると、レックスに指を向けられた働き蜂たちが、一斉に彼に向かって手を振りました。思わずレックスは手を振り返しました。
「彼らはモリハナバチって魔物で、家族兼取引相手ってとこだな」
「魔物が家族って……」
「女王蜂と縁ができて、俺たちが不在の間は女王蜂を守るついでに店を守ってくれてるんだ」
ぶんぶんぶん
働き蜂たちはうなずいてから胸を叩きます。レイは「任せておけ」と言っているように受け取っていますが、働き蜂たちからすると、レイはディオナの夫、つまり王配という扱いになります。むしろ「殿下、お任せください!」に近いでしょう。四階には彼らの城とも呼ぶべき巨大な巣があり、そこには彼らが守るべき女王がいるのです。
モリハナバチは大人しい魔物ですが、それでも針も毒もあります。いくら泥棒が入ってきても、数百数千の働き蜂から襲われれば命はないでしょう。外で戦うとすれば範囲魔法で撃退できるかもしれませんが、このような狭い場所ではかなりの脅威です。
「一階は未完成の店舗だから、上にあるリビングにどうぞ」
レイは一行を二階へと案内しました。
◆◆◆
「ハーブティー? 美味しっ!」
アンナが緑茶を口にして飛び上がります。
「ここの庭に生えていた木から採った茶葉を使ったやつだ。手をかけられてなかったからもう一つだけど、来年はもっといいのができるはず」
「こんなに美味しいのにもう一つなんですか?」
「美味いのは間違いないけどな」
「ところで『天使の微笑み』はいつの間に増えたんだ? それに二人は怪我をしてるみたいだけど」
レイの知っている『天使の微笑み』は三人です。ところが、今日ここには五人います。そのうち見たことのない二人はレックスとアンナに背負われていました。
「ダンジョンで知り合った槍使いのステイシーと僧侶のレイラだ」
「初めまして、ステイシーです」
「レイラです。よろしく」っていました。
ソファーに座らされた二人は、それぞれ手足の一部を失
「あれから何度か潜ったんだが、そこでトラブルを目撃してしまってな」
レックスたち『天使の微笑み』はレイたちと別れてからもう少し潜ろうと、下に向かいました。
~~~
「やめてっ——」
小さな声でしたが、三人の耳には悲鳴らしき声がはっきりと聞こえました。
「様子を見にいくか」
「戦ってるだけかもしれないからね」
「とりあえず向かいましょう」
他のパーティーが魔物と戦っているだけのこともあります。助けを求められれば手を貸しますが、そうでなければ割り込みになってしまいます。割り込みは大きなマナー違反です。まずは近づいて状況を見なければなりません。
「助けは必要——⁉」
レックスが声をかけようとすると、そこにいたのは無数のカメレオンゲッコーと、その合間から見える人の手足でした。
「待ってろ、助けてやる」
カメレオンゲッコーには特殊な能力はありませんが、天井に擬態します。一〇〇キロを超える魔物が直撃すればそれなりのダメージになります。そして、倒れたところに噛みつかれると、顎の力が強いので簡単には引き剥がせません。
レックスは近づくと、複数の女性が噛みつかれているのが見えました。一体ずつ倒していき、女性たちが牙から開放されたのは五分以上経ってからのことでした。
「アンナ、リリー、二人の治療を」
「すみません魔力に余裕がありません。これを彼女たちに使います」
リリーは先ほどレイから受け取った体力回復薬を取り出します。商品のサンプルとして渡されたものです。
「いきなり役立つとは思わなかったな」
ダンジョンに潜る冒険者たちには一つ悪い癖があります。それはあまり余力を残さないことです。
町の外で魔物を狩る場合は、帰りの体力や魔力を考えておかなければなりません。ところがダンジョンの場合、ギリギリの状態になっても、転移部屋に入れば生きて地上階まで戻ることができます。そして、地上階には魔物はいません。だから、戻る直前にはあと一戦できる程度の魔力しか残っていないことが多いのです。
「……ありがとう……ござい……ます……」
「た……助かったんですね」
「血は止まったが……」
一人は右腕の肘から先と両膝から下をなくし、もう一人は左肘から先と両足首から先をなくしていました。それだけではなく、顔にも体にも無数の傷ができています。レイから渡された体力回復薬で血は止まりましたが、欠損は治りません。
レックスたちは二人から話を聞くと、この二人は最初六人でパーティーを組んでいたことがわかりました。
「私たちが怪我をしたのがいけなかったのですが……」
二人は戦闘中にその場に置いていかれました。ステイシーはそう言いましたが、それが偶然だったのかそうでなかったのか、それは誰にもわかりません。わかっていることは、この二人が入っていた『ハンニバル』というパーティーが、怪我をした二人を捨てて逃げ出したこと、そして二人がパーティーから外されていたことです。
~~~
「それで助けたのはいいんだが……」
「欠損か?」
「ああ。二人を治すには上級の回復薬が必要になるらしい。俺たちにはそれを手に入れる伝手はない。伝手があるとすればレイだろうと思って」
レックスたちはこの二人を連れてダンジョンから出ました。そして治療院に行ったところ、これ以上は回復の見込みはないと言われました。これだけの欠損を治したければ上級薬が必要だと。
上級の体力回復薬は目玉が飛び出るほど高い薬です。死んでさえいなければ命が助かるような薬だからです。だから、街中で売っているような代物ではありません。大金を払って素材を集めてもらって作ってもらうものです。
それなら他に治す方法がないかというと、【再生】という魔法でも治すことができます。ただし、かなり高位の魔法ですので、使える人は限られています。レイやケイトではまだ無理です。
高位の回復魔法というと、紹介状を持って王都の大聖堂に行き、相当額の寄進をすればかけてもらえるかもしれません。とりあえず、そのレベルの魔法です。
「さすがに俺にも上級の回復薬はないし作れない。中級ならあることはあるけど……」
レイがそう言うと、レックスはテーブルに頭を擦り付けました。
「今は手持ちが足りない。グレーターパンダを狩って必ず払うから、薬を手に入れてくれないか?」
レックスが真面目で責任感が強い男だということはレイにはわかっています。マリオンにいたころもそう感じていましたし、先日ダンジョンで話をしたときもそうでした。踏み倒して逃げるようなことはないでしょう。そこはレイも心配はしていません。
そもそも、レックスたちはこの二人をたまたまダンジョンで見つけただけで、彼が責任を感じる必要はまったくありません。冒険者は自分の力だけで生き抜く仕事です。怪我で仕事なできなくなったり命を落としたりするのは、力不足だっただけです。ところが、そんな二人を助けたいと頭を下げたレックスだからこそ、レイは力を貸したいと思いました。
そう思っても、さすがのレイでも上級の体力回復薬は作れません。ところが、中級なら作っています。そして下級薬と同じく、濃縮タイプと超濃縮タイプ、さらに超超濃縮タイプを用意していています。
「実は欠損の治療に使える新しい薬があるんだけど、まだ試したことがないんだ。それをテストしてくれるなら金はいらない」
「金がいらない?」
「ああ。薬の効き目を試すにはその状態にならなければならないだろ? 怪我が治るかどうかは怪我人に使ってもらわないとわからない。自分で腕を切り落とすわけにもいかない」
その薬がどれだけの効果があるのか、どれだけの怪我が治るのか、それは怪我をしてみなければわかりません。だからといって、自分の腕を斬り落として試すわけにもいきません。
「これである程度は欠損が治ることは保証する」
レイはそう言いながら超濃縮タイプ中級回復ポーションを二人の前に置きました。二人はためらいもせず、それに口を付けました。
「あ、手が!」
「私も足が」
驚くステイシーとレイラですが、欠損は完全には治っていません。二人の肘から先の欠損は手首の手前まで、膝下の欠損は脛の真ん中あたりまでは戻りましたが、そこで止まっています。足首から先を失っていたレイラの両足は完全に戻りました。
「でも完全には戻っていないか。もう一つ、これはさっきのよりも成分が多い。今のでここまで戻ったのなら、これなら確実に治るはず」
レイは二人に超超濃縮タイプの錠剤を渡しました。一見するとドラジェにしか見えません。
「いいんですか?」
「かまわない。俺は情報を得る。二人は体が治る。お互いに損はないはずだ」
「では頂戴します」
「口の中でよく噛んで溶かしてくれ」
レイに言われたとおりに二人が錠剤を噛んでから飲み込むと、先ほどよりも速く欠損部分が補われ、これで二人の手足は完全に治りました。それを見てレイは安心するとともに頭を下げました。
「二人とも、実験台にして悪かった」
それはレイの本心です。効くことはわかっていますが、どれだけ効くかがわかりません。データが欲しいのですが、気軽には試せません。ダンジョンに潜って大怪我をしている冒険者に話しかけるのは違うような気がします。
偶然にも、薬剤師ギルドの協力で、二〇倍濃縮の下級薬でほんの数ミリ、二〇倍の中級薬で指一本の欠損が治ることをレイは知りました。それなら一本目に渡した中級薬一〇〇本分でどれだけ欠損が治るかということです。腕や足なら三、四センチも治ればいいと思っていたところ、一〇センチ少々が戻りました。二本目はさらにその一〇倍なので、ほとんどの欠損は治るはずです。
これでレイは高濃度の薬を継続的に作ることを決めました。使う機会がないほうがいいと思いますが。
「いえ、体が治ったのですから問題ありません」
「はい。私も同じです。これでまた普通に生活できます」
「注意点として、しばらく眠くならないかもしれないけど、突然眠気に襲われるはずだ。切れた瞬間にパタンと倒れないようにだけ注意してくれ」
「多いですね」
「こりゃすごいな」
レイたちの店に『天使の微笑み』がやってきました。普段から店にいるわけではないので、もし何かあれば白鷺亭に連絡をしてほしいと伝えています。
「最初は全部ギルドに売ってたんだけど、少しずつ自分たちで鞣すようになって、それでストックが溜まってきたんだ」
冒険者ギルドに持ち込まれたパンダの毛皮は王都に運び込まれて処理されます。最初はすべて丸ごと売り払っていたレイたちでしたが、店を手に入れてからは全部は売らずに一部を残し、自分たちで鞣して保管するようになりました。
その際に、他の毛皮も鞣すようになりました。アンナが驚いたように、作業場にはたくさんの毛皮が干されています。ちなみにどの毛皮も真っ白です。ラインベアーやカラムベアーの毛皮もあります。
レイがダーシーとラケルから聞いて作った漂白剤は、毛皮を真っ白にしてしまいます。ある意味ではどの魔物の毛皮でも違いがなくなってしまうという、ありがたみがあるのかないのか、わかからない状態です。
さすがにグレーターパンダの毛皮は隠してありますが、それ以外は干しっぱなしです。
「その蜂はそこにいてもいいのか?」
レックスが指を向けたのは、部屋のそこかしこに止まっているモリハナバチの働き蜂たちです。数は一〇や二〇ではないでしょう。すると、レックスに指を向けられた働き蜂たちが、一斉に彼に向かって手を振りました。思わずレックスは手を振り返しました。
「彼らはモリハナバチって魔物で、家族兼取引相手ってとこだな」
「魔物が家族って……」
「女王蜂と縁ができて、俺たちが不在の間は女王蜂を守るついでに店を守ってくれてるんだ」
ぶんぶんぶん
働き蜂たちはうなずいてから胸を叩きます。レイは「任せておけ」と言っているように受け取っていますが、働き蜂たちからすると、レイはディオナの夫、つまり王配という扱いになります。むしろ「殿下、お任せください!」に近いでしょう。四階には彼らの城とも呼ぶべき巨大な巣があり、そこには彼らが守るべき女王がいるのです。
モリハナバチは大人しい魔物ですが、それでも針も毒もあります。いくら泥棒が入ってきても、数百数千の働き蜂から襲われれば命はないでしょう。外で戦うとすれば範囲魔法で撃退できるかもしれませんが、このような狭い場所ではかなりの脅威です。
「一階は未完成の店舗だから、上にあるリビングにどうぞ」
レイは一行を二階へと案内しました。
◆◆◆
「ハーブティー? 美味しっ!」
アンナが緑茶を口にして飛び上がります。
「ここの庭に生えていた木から採った茶葉を使ったやつだ。手をかけられてなかったからもう一つだけど、来年はもっといいのができるはず」
「こんなに美味しいのにもう一つなんですか?」
「美味いのは間違いないけどな」
「ところで『天使の微笑み』はいつの間に増えたんだ? それに二人は怪我をしてるみたいだけど」
レイの知っている『天使の微笑み』は三人です。ところが、今日ここには五人います。そのうち見たことのない二人はレックスとアンナに背負われていました。
「ダンジョンで知り合った槍使いのステイシーと僧侶のレイラだ」
「初めまして、ステイシーです」
「レイラです。よろしく」っていました。
ソファーに座らされた二人は、それぞれ手足の一部を失
「あれから何度か潜ったんだが、そこでトラブルを目撃してしまってな」
レックスたち『天使の微笑み』はレイたちと別れてからもう少し潜ろうと、下に向かいました。
~~~
「やめてっ——」
小さな声でしたが、三人の耳には悲鳴らしき声がはっきりと聞こえました。
「様子を見にいくか」
「戦ってるだけかもしれないからね」
「とりあえず向かいましょう」
他のパーティーが魔物と戦っているだけのこともあります。助けを求められれば手を貸しますが、そうでなければ割り込みになってしまいます。割り込みは大きなマナー違反です。まずは近づいて状況を見なければなりません。
「助けは必要——⁉」
レックスが声をかけようとすると、そこにいたのは無数のカメレオンゲッコーと、その合間から見える人の手足でした。
「待ってろ、助けてやる」
カメレオンゲッコーには特殊な能力はありませんが、天井に擬態します。一〇〇キロを超える魔物が直撃すればそれなりのダメージになります。そして、倒れたところに噛みつかれると、顎の力が強いので簡単には引き剥がせません。
レックスは近づくと、複数の女性が噛みつかれているのが見えました。一体ずつ倒していき、女性たちが牙から開放されたのは五分以上経ってからのことでした。
「アンナ、リリー、二人の治療を」
「すみません魔力に余裕がありません。これを彼女たちに使います」
リリーは先ほどレイから受け取った体力回復薬を取り出します。商品のサンプルとして渡されたものです。
「いきなり役立つとは思わなかったな」
ダンジョンに潜る冒険者たちには一つ悪い癖があります。それはあまり余力を残さないことです。
町の外で魔物を狩る場合は、帰りの体力や魔力を考えておかなければなりません。ところがダンジョンの場合、ギリギリの状態になっても、転移部屋に入れば生きて地上階まで戻ることができます。そして、地上階には魔物はいません。だから、戻る直前にはあと一戦できる程度の魔力しか残っていないことが多いのです。
「……ありがとう……ござい……ます……」
「た……助かったんですね」
「血は止まったが……」
一人は右腕の肘から先と両膝から下をなくし、もう一人は左肘から先と両足首から先をなくしていました。それだけではなく、顔にも体にも無数の傷ができています。レイから渡された体力回復薬で血は止まりましたが、欠損は治りません。
レックスたちは二人から話を聞くと、この二人は最初六人でパーティーを組んでいたことがわかりました。
「私たちが怪我をしたのがいけなかったのですが……」
二人は戦闘中にその場に置いていかれました。ステイシーはそう言いましたが、それが偶然だったのかそうでなかったのか、それは誰にもわかりません。わかっていることは、この二人が入っていた『ハンニバル』というパーティーが、怪我をした二人を捨てて逃げ出したこと、そして二人がパーティーから外されていたことです。
~~~
「それで助けたのはいいんだが……」
「欠損か?」
「ああ。二人を治すには上級の回復薬が必要になるらしい。俺たちにはそれを手に入れる伝手はない。伝手があるとすればレイだろうと思って」
レックスたちはこの二人を連れてダンジョンから出ました。そして治療院に行ったところ、これ以上は回復の見込みはないと言われました。これだけの欠損を治したければ上級薬が必要だと。
上級の体力回復薬は目玉が飛び出るほど高い薬です。死んでさえいなければ命が助かるような薬だからです。だから、街中で売っているような代物ではありません。大金を払って素材を集めてもらって作ってもらうものです。
それなら他に治す方法がないかというと、【再生】という魔法でも治すことができます。ただし、かなり高位の魔法ですので、使える人は限られています。レイやケイトではまだ無理です。
高位の回復魔法というと、紹介状を持って王都の大聖堂に行き、相当額の寄進をすればかけてもらえるかもしれません。とりあえず、そのレベルの魔法です。
「さすがに俺にも上級の回復薬はないし作れない。中級ならあることはあるけど……」
レイがそう言うと、レックスはテーブルに頭を擦り付けました。
「今は手持ちが足りない。グレーターパンダを狩って必ず払うから、薬を手に入れてくれないか?」
レックスが真面目で責任感が強い男だということはレイにはわかっています。マリオンにいたころもそう感じていましたし、先日ダンジョンで話をしたときもそうでした。踏み倒して逃げるようなことはないでしょう。そこはレイも心配はしていません。
そもそも、レックスたちはこの二人をたまたまダンジョンで見つけただけで、彼が責任を感じる必要はまったくありません。冒険者は自分の力だけで生き抜く仕事です。怪我で仕事なできなくなったり命を落としたりするのは、力不足だっただけです。ところが、そんな二人を助けたいと頭を下げたレックスだからこそ、レイは力を貸したいと思いました。
そう思っても、さすがのレイでも上級の体力回復薬は作れません。ところが、中級なら作っています。そして下級薬と同じく、濃縮タイプと超濃縮タイプ、さらに超超濃縮タイプを用意していています。
「実は欠損の治療に使える新しい薬があるんだけど、まだ試したことがないんだ。それをテストしてくれるなら金はいらない」
「金がいらない?」
「ああ。薬の効き目を試すにはその状態にならなければならないだろ? 怪我が治るかどうかは怪我人に使ってもらわないとわからない。自分で腕を切り落とすわけにもいかない」
その薬がどれだけの効果があるのか、どれだけの怪我が治るのか、それは怪我をしてみなければわかりません。だからといって、自分の腕を斬り落として試すわけにもいきません。
「これである程度は欠損が治ることは保証する」
レイはそう言いながら超濃縮タイプ中級回復ポーションを二人の前に置きました。二人はためらいもせず、それに口を付けました。
「あ、手が!」
「私も足が」
驚くステイシーとレイラですが、欠損は完全には治っていません。二人の肘から先の欠損は手首の手前まで、膝下の欠損は脛の真ん中あたりまでは戻りましたが、そこで止まっています。足首から先を失っていたレイラの両足は完全に戻りました。
「でも完全には戻っていないか。もう一つ、これはさっきのよりも成分が多い。今のでここまで戻ったのなら、これなら確実に治るはず」
レイは二人に超超濃縮タイプの錠剤を渡しました。一見するとドラジェにしか見えません。
「いいんですか?」
「かまわない。俺は情報を得る。二人は体が治る。お互いに損はないはずだ」
「では頂戴します」
「口の中でよく噛んで溶かしてくれ」
レイに言われたとおりに二人が錠剤を噛んでから飲み込むと、先ほどよりも速く欠損部分が補われ、これで二人の手足は完全に治りました。それを見てレイは安心するとともに頭を下げました。
「二人とも、実験台にして悪かった」
それはレイの本心です。効くことはわかっていますが、どれだけ効くかがわかりません。データが欲しいのですが、気軽には試せません。ダンジョンに潜って大怪我をしている冒険者に話しかけるのは違うような気がします。
偶然にも、薬剤師ギルドの協力で、二〇倍濃縮の下級薬でほんの数ミリ、二〇倍の中級薬で指一本の欠損が治ることをレイは知りました。それなら一本目に渡した中級薬一〇〇本分でどれだけ欠損が治るかということです。腕や足なら三、四センチも治ればいいと思っていたところ、一〇センチ少々が戻りました。二本目はさらにその一〇倍なので、ほとんどの欠損は治るはずです。
これでレイは高濃度の薬を継続的に作ることを決めました。使う機会がないほうがいいと思いますが。
「いえ、体が治ったのですから問題ありません」
「はい。私も同じです。これでまた普通に生活できます」
「注意点として、しばらく眠くならないかもしれないけど、突然眠気に襲われるはずだ。切れた瞬間にパタンと倒れないようにだけ注意してくれ」
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