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第6章:夏から秋、悠々自適
第6話:慣れない贅沢を考えてみる
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レイたちが白鷺亭を引き払う日が来ました。
「ロニーさん、スサンさん、お世話になりました」
「どうも長々と使っていただいてありがとうございました。今後もお付き合いをお願いします」
「いつでも娘をもらいにきてくださいね」
今日から泊まらなくはなるものの、道を挟んで西側に移動するだけです。この町に住んでいる限り、たまに夕食を白鷺亭でとる予定ですし、魔物肉を直接販売するのもこれまでと同じです。つまり、定期的に顔を見せることになっています。だから、マルタは残念な顔をしていません。むしろ、何かと理由をつけて遊びにいこうと考えているようです。
まったく重苦しくない別れの挨拶が終わると、一行は道を挟んで西側の家に入りました。
「近すぎるね」
「引っ越した感がまったくありませんね」
「環境が変わらないのは楽でいいですわ」
これまでの違いといえば、窓から白鷺亭が見えるかどうかくらいです。
「でもお風呂があります。あれはいいものです。さすがサラさんです」
「私も久しぶりに大きなお風呂を使わせていただきました」
先日のこと、サラの力作の風呂場を試験的に使ってみた結果、ラケルが溶けました。浴槽の縁に顎を乗せてだらーんと。シャロンはダグラスの領主邸で使ったことがあります。
「でもさ、一番はあのベッドだよね。シャロンが仕上げた」
キングサイズよりもはるかに大きなベッドに合わせるマットレスがありませんでした。だから、シャロンがマットレスをつなぎ合わせて縫い、さらに隙間に綿を入れて段差をなくしたのです。シーツをかけると、まるで一枚の巨大なマットレスとしか思えません。
「気合を入れて縫いました。『夜のランタン』は設置済みです」
以前にダンジョンのボス部屋で見つけた魔道具です。これを使っている場所では体力が回復し、興奮作用もあり、さらに外に音が漏れません。まさに夜のためのランタンです。説明にも「積極的に灯しましょう」とありました。「灯す」というのは、男女がベッドであれこれすることです。ランタンですので、ダブルミーニングですね。
さて、翌日からはこの家を拠点にして、再びグレーターパンダ狩りの日々が始まることになりますが……はたしてどうなるでしょうか。
◆◆◆
「それでだ、みんな、貯めたお金をまとめて使いたいんだけど、どう思う?」
リビングに全員を集めたレイは、真面目な表情で真面目でないことを口にしました。
「パーッととはどれくらいですか?」
「とりあえず……金貨一〇〇枚くらい?」
シーヴの質問にそう答えたレイですが、実際にどれだけ使うかは考えていません。
「元々そんなにお金を使う暮らしはしてなかったし、この家も格安で手に入っただろ? 家具は買ったけど、あっという間に回収できるくらいの金額だったし、もうちょっと町にお金を落とすのも大切じゃないかって思ったんだ」
クラストンに来てから三か月が過ぎています。毎日グレーターパンダを狩っているわけではありませんが、一頭狩れば金貨一枚になる魔物を毎週一五〇頭ほど狩っています。これまで冒険者ギルドから受け取った金貨の枚数は、軽く四桁に到達しています。
しかも、収入はそれだけではありません。グレーターパンダ以外の魔物や、薬剤師ギルドに販売している濃縮タイプの体力回復薬からも得ています。グレーターパンダの売却額と比べれば微々たるものですが、普通に生活を送るには、それだけでも十分な金額になるのです。
レイは目立ちたいとかヒーローになりたいとか、ましてや褒められたいとか、そのような願望は持っていません。ただ、お金は使って循環させてこそ意味があると、あらためて思うようになりました。商人の息子ですからね。
「武器や防具は新しくしたし、欲しいものってないよね?」
「ないですね。買えるものがあまりないという問題もありますけど」
基本的な生活を送るにはそれほどお金は必要ありません。レイたちの記憶にある家電や家具の量販店や、とりあえずそこに行けばなんでも手に入るホームセンターなどはありません。あるのはほぼ個人商店のみです。
家具を新しくしようにも、並べて売っている店がない以上、注文して作ってもらわなければなりません。それはそれで面倒です。
「わたくしにも欲しいものはありませんわ。レイ様さえいてくだされば」
「私も何もいりませんです」
「私も特に欲しいものはありません。立派な装備もいただきましたので」
実は彼らの暮らしは、この国の庶民の生活を考えればかなり贅沢なのですが、そこにツッコミを入れられる人がいません。
「レイ、それなら今あるものを少しずつアップグレードするのはどうですか?」
「アップグレード?」
「はい、たとえば……マジックバッグをもっと容量の多いものに買い換えるとか」
「なるほどなあ」
マジックバッグのサイズはいろいろとあります。レイが使っているものは父親のお下がりですが、内部は一辺八メートルの立方体で、普通に手に入る中では一番大きいものになります。
サラとケイトとラケルが使っているものは一辺が三メートルです。これが一番小さなものですが、一般的にマジックバッグといえばこのサイズです。
シーヴは最初のころはマジックバッグを使っていましたが、ほぼ同じ容量の収納スキル【秘匿】が付きましたので、そのバッグはラケルが使うようになりました。
シャロンが持っていた【収納】というスキルは、転職すると【メイドのヒミツ♡】になって容量が増え、レイのマジックバッグとほぼ同じに容量になりました。
「それでしたら、マジックバッグに限らず、もっと魔道具を買ってもいいと思いますわ」
「アメニティーの向上だね」
レイたちが持っている魔道具は、ダンジョンで宝箱から出た魔石コンロ、街の道具屋で買った給湯器だけです。魔道具というのは生活を便利にするものですが、ほとんどの魔道具はなくても困りません。しかも、少し前までは白鷺亭で寝泊まりしていましたので、レイには生活用の魔道具を買うという発想がありませんでした。
「盗難防止にあの宝箱を使えばいいと思いますわ」
「そうだな。家を出る前に片付けていけばいいか」
自分の身は自分で守ります。自分の家財も自分で守るのが基本になっています。警察は存在しませんので、目撃者がいなければ泣き寝入りすることになってしまいます。
「それなら家で使う魔道具を探そうか。他に何を買うかは順番に考えよう」
いきなり何から何まで買い替えることはできません。それに、引っ越したばかりなので、買い替えるものも実はそれほどないのです。
「私としては、食と住が安定してるんだから、衣のほうをなんとかしたいんだけど」
「なんとかってのは、もっといい服ってことか?」
「値段というか質というか、もうちょっとオシャレに?」
「なんで疑問なんだ?」
サラもどう言っていいのかわかりません。
「でもサラの言いたいことはわかりますね。派手でも贅沢でもなく、それでももう少しオシャレに工夫ができないかと」
「貴族服とかは派手だからなあ」
レイはもう着ることのない貴族服を思い浮かべました。絹でできたツヤのあるスーツで、結婚式の新郎のように見えたのを覚えています。
「ああいう派手じゃないのとなると……色だな」
「あ、そうそう、もう少し色がほしい!」
「そうだな。場所ができたし、染めても面白いかもな」
平民の服は地味です。店で売っているときはそれなりに色がありますが、天然素材を天然の染料で染めているので、少しずつ色落ちしていきます。色止めもきちんとしていません。だから、しばらくすると生成りに近くなってしまいます。
「それなら、そのあたりもやろう。みんな、やりたいことを書いていってくれ」
魔道具の購入、染色、ピクニックなどなど、できるかどうかは別として、やりたいことを書き出していきます。できるといいですね。
◆◆◆
「またお越しいただきありがとうございます」
レイたちが店に入ると、先日レイの接客をした店員が寄ってきました。
「本日はどのような商品をお探しですか?」
「特にどういうものが欲しいってわけでもないんですが、家の中で使うものを一通り見せてもらおうと」
「かしこまりました」
生活家電を見て回るような感じですね。
そのような魔道具があるあたりに来ると、レイの目に使い方が想像できないものが入りました。
「それは?」
「こちらは部屋を暖めたり冷やしたりするものです。冷温碑と呼んでいます」
レイの目には、どこかで見たことのある形に思えました。縦長の長方形の下に正方形の土台があります。どこで見たのかと考えたところ、前世で見た電飾スタンド看板のようだと気づきました。下にキャスターが付いていて、店の前にゴロゴロと引っ張り出して光らせるあれです。
「上にある石から風が出ますので、部屋中に風が行き渡ります」
温度と風量はタッチパネルのようになっている部分を触ることで変更できるようになっています。
「こちらもエルフの作で、自分の魔力でも魔石でも自然界の魔力でも使えるタイプです」
「どれかしか使えないものもあるんですか?」
「はい。前回お買い求めいただいた給湯器も同じですが、これだけ細かいものはエルフにしか作れません」
温めるだけ、冷やすだけ、風量を強中弱から選ぶだけなら、実は魔道具としてはそれほど難しくはありません。ところが、すべてを選べるようにすると膨大な量の術式を基板に刻み込むことになります。普通の職人にはまず無理だと店員は説明しました。
「細かく選べるようにすればするほど術式が細かくなって、刻み込む分量が増えます。そうすると基板が大きくなりすぎます。特に最近はより小型の基板が使われているようです。基板に刻まれた術式を分析しようとした職人も多いそうですが、結局は理解できずに諦めたそうです」
単機能ならそこまで複雑な術式は必要ありません。だから、石を温める魔道具か冷やす魔道具をそれぞれ用意し、さらに風を送る魔道具を後ろに置けば、複数同時使わなければなりませんが、この冷温碑とほとんど同じ働きになります。
「値段を考えても、別々にするほうが圧倒的に安くなります」
「エルフのほうを選ぶのは……置き場の問題というだけですか」
「そうなります。他には見栄でしょうか」
「見栄ねえ」
前世であまり見栄と縁がなかったレイは、見栄と聞いても何も思いつきません。今世でも、父親も兄たちも、あまり見栄を張っていませんでした。飾り気がないほうだったでしょう。
「見栄を張る必要はないけど、これは買いたいと思う。そろそろ暑くなってきたからな」
「いいねえ。でも、涼むなら水泳かな」
「どこで泳ぐんだ?」
「川ならあるよね」
「あるけど、魔物がいるぞ」
いますね。水の中の魔物は弱いですが、それでも無防備なところを襲われれば、ただでは済まないでしょう。
「結界石はお持ちですか?」
「一応いくつかは」
それほど大した数はありません。野営に備えていくつか持っているだけです。軽微な魔物除けの効果があります。倒してはくれませんので、突進してくる魔物には効き目がありません。近づきにくくなるだけです。
「ダンジョンで発見されますが、ダンジョンでは使えませんので、どこでも余り気味で。サービスでお安くしますよ」
「それなら一山買っとこう!」
「すぐに用意いたします」
川に行くときに備えて、結界石を文字どおり一山買うことにしました。
「ロニーさん、スサンさん、お世話になりました」
「どうも長々と使っていただいてありがとうございました。今後もお付き合いをお願いします」
「いつでも娘をもらいにきてくださいね」
今日から泊まらなくはなるものの、道を挟んで西側に移動するだけです。この町に住んでいる限り、たまに夕食を白鷺亭でとる予定ですし、魔物肉を直接販売するのもこれまでと同じです。つまり、定期的に顔を見せることになっています。だから、マルタは残念な顔をしていません。むしろ、何かと理由をつけて遊びにいこうと考えているようです。
まったく重苦しくない別れの挨拶が終わると、一行は道を挟んで西側の家に入りました。
「近すぎるね」
「引っ越した感がまったくありませんね」
「環境が変わらないのは楽でいいですわ」
これまでの違いといえば、窓から白鷺亭が見えるかどうかくらいです。
「でもお風呂があります。あれはいいものです。さすがサラさんです」
「私も久しぶりに大きなお風呂を使わせていただきました」
先日のこと、サラの力作の風呂場を試験的に使ってみた結果、ラケルが溶けました。浴槽の縁に顎を乗せてだらーんと。シャロンはダグラスの領主邸で使ったことがあります。
「でもさ、一番はあのベッドだよね。シャロンが仕上げた」
キングサイズよりもはるかに大きなベッドに合わせるマットレスがありませんでした。だから、シャロンがマットレスをつなぎ合わせて縫い、さらに隙間に綿を入れて段差をなくしたのです。シーツをかけると、まるで一枚の巨大なマットレスとしか思えません。
「気合を入れて縫いました。『夜のランタン』は設置済みです」
以前にダンジョンのボス部屋で見つけた魔道具です。これを使っている場所では体力が回復し、興奮作用もあり、さらに外に音が漏れません。まさに夜のためのランタンです。説明にも「積極的に灯しましょう」とありました。「灯す」というのは、男女がベッドであれこれすることです。ランタンですので、ダブルミーニングですね。
さて、翌日からはこの家を拠点にして、再びグレーターパンダ狩りの日々が始まることになりますが……はたしてどうなるでしょうか。
◆◆◆
「それでだ、みんな、貯めたお金をまとめて使いたいんだけど、どう思う?」
リビングに全員を集めたレイは、真面目な表情で真面目でないことを口にしました。
「パーッととはどれくらいですか?」
「とりあえず……金貨一〇〇枚くらい?」
シーヴの質問にそう答えたレイですが、実際にどれだけ使うかは考えていません。
「元々そんなにお金を使う暮らしはしてなかったし、この家も格安で手に入っただろ? 家具は買ったけど、あっという間に回収できるくらいの金額だったし、もうちょっと町にお金を落とすのも大切じゃないかって思ったんだ」
クラストンに来てから三か月が過ぎています。毎日グレーターパンダを狩っているわけではありませんが、一頭狩れば金貨一枚になる魔物を毎週一五〇頭ほど狩っています。これまで冒険者ギルドから受け取った金貨の枚数は、軽く四桁に到達しています。
しかも、収入はそれだけではありません。グレーターパンダ以外の魔物や、薬剤師ギルドに販売している濃縮タイプの体力回復薬からも得ています。グレーターパンダの売却額と比べれば微々たるものですが、普通に生活を送るには、それだけでも十分な金額になるのです。
レイは目立ちたいとかヒーローになりたいとか、ましてや褒められたいとか、そのような願望は持っていません。ただ、お金は使って循環させてこそ意味があると、あらためて思うようになりました。商人の息子ですからね。
「武器や防具は新しくしたし、欲しいものってないよね?」
「ないですね。買えるものがあまりないという問題もありますけど」
基本的な生活を送るにはそれほどお金は必要ありません。レイたちの記憶にある家電や家具の量販店や、とりあえずそこに行けばなんでも手に入るホームセンターなどはありません。あるのはほぼ個人商店のみです。
家具を新しくしようにも、並べて売っている店がない以上、注文して作ってもらわなければなりません。それはそれで面倒です。
「わたくしにも欲しいものはありませんわ。レイ様さえいてくだされば」
「私も何もいりませんです」
「私も特に欲しいものはありません。立派な装備もいただきましたので」
実は彼らの暮らしは、この国の庶民の生活を考えればかなり贅沢なのですが、そこにツッコミを入れられる人がいません。
「レイ、それなら今あるものを少しずつアップグレードするのはどうですか?」
「アップグレード?」
「はい、たとえば……マジックバッグをもっと容量の多いものに買い換えるとか」
「なるほどなあ」
マジックバッグのサイズはいろいろとあります。レイが使っているものは父親のお下がりですが、内部は一辺八メートルの立方体で、普通に手に入る中では一番大きいものになります。
サラとケイトとラケルが使っているものは一辺が三メートルです。これが一番小さなものですが、一般的にマジックバッグといえばこのサイズです。
シーヴは最初のころはマジックバッグを使っていましたが、ほぼ同じ容量の収納スキル【秘匿】が付きましたので、そのバッグはラケルが使うようになりました。
シャロンが持っていた【収納】というスキルは、転職すると【メイドのヒミツ♡】になって容量が増え、レイのマジックバッグとほぼ同じに容量になりました。
「それでしたら、マジックバッグに限らず、もっと魔道具を買ってもいいと思いますわ」
「アメニティーの向上だね」
レイたちが持っている魔道具は、ダンジョンで宝箱から出た魔石コンロ、街の道具屋で買った給湯器だけです。魔道具というのは生活を便利にするものですが、ほとんどの魔道具はなくても困りません。しかも、少し前までは白鷺亭で寝泊まりしていましたので、レイには生活用の魔道具を買うという発想がありませんでした。
「盗難防止にあの宝箱を使えばいいと思いますわ」
「そうだな。家を出る前に片付けていけばいいか」
自分の身は自分で守ります。自分の家財も自分で守るのが基本になっています。警察は存在しませんので、目撃者がいなければ泣き寝入りすることになってしまいます。
「それなら家で使う魔道具を探そうか。他に何を買うかは順番に考えよう」
いきなり何から何まで買い替えることはできません。それに、引っ越したばかりなので、買い替えるものも実はそれほどないのです。
「私としては、食と住が安定してるんだから、衣のほうをなんとかしたいんだけど」
「なんとかってのは、もっといい服ってことか?」
「値段というか質というか、もうちょっとオシャレに?」
「なんで疑問なんだ?」
サラもどう言っていいのかわかりません。
「でもサラの言いたいことはわかりますね。派手でも贅沢でもなく、それでももう少しオシャレに工夫ができないかと」
「貴族服とかは派手だからなあ」
レイはもう着ることのない貴族服を思い浮かべました。絹でできたツヤのあるスーツで、結婚式の新郎のように見えたのを覚えています。
「ああいう派手じゃないのとなると……色だな」
「あ、そうそう、もう少し色がほしい!」
「そうだな。場所ができたし、染めても面白いかもな」
平民の服は地味です。店で売っているときはそれなりに色がありますが、天然素材を天然の染料で染めているので、少しずつ色落ちしていきます。色止めもきちんとしていません。だから、しばらくすると生成りに近くなってしまいます。
「それなら、そのあたりもやろう。みんな、やりたいことを書いていってくれ」
魔道具の購入、染色、ピクニックなどなど、できるかどうかは別として、やりたいことを書き出していきます。できるといいですね。
◆◆◆
「またお越しいただきありがとうございます」
レイたちが店に入ると、先日レイの接客をした店員が寄ってきました。
「本日はどのような商品をお探しですか?」
「特にどういうものが欲しいってわけでもないんですが、家の中で使うものを一通り見せてもらおうと」
「かしこまりました」
生活家電を見て回るような感じですね。
そのような魔道具があるあたりに来ると、レイの目に使い方が想像できないものが入りました。
「それは?」
「こちらは部屋を暖めたり冷やしたりするものです。冷温碑と呼んでいます」
レイの目には、どこかで見たことのある形に思えました。縦長の長方形の下に正方形の土台があります。どこで見たのかと考えたところ、前世で見た電飾スタンド看板のようだと気づきました。下にキャスターが付いていて、店の前にゴロゴロと引っ張り出して光らせるあれです。
「上にある石から風が出ますので、部屋中に風が行き渡ります」
温度と風量はタッチパネルのようになっている部分を触ることで変更できるようになっています。
「こちらもエルフの作で、自分の魔力でも魔石でも自然界の魔力でも使えるタイプです」
「どれかしか使えないものもあるんですか?」
「はい。前回お買い求めいただいた給湯器も同じですが、これだけ細かいものはエルフにしか作れません」
温めるだけ、冷やすだけ、風量を強中弱から選ぶだけなら、実は魔道具としてはそれほど難しくはありません。ところが、すべてを選べるようにすると膨大な量の術式を基板に刻み込むことになります。普通の職人にはまず無理だと店員は説明しました。
「細かく選べるようにすればするほど術式が細かくなって、刻み込む分量が増えます。そうすると基板が大きくなりすぎます。特に最近はより小型の基板が使われているようです。基板に刻まれた術式を分析しようとした職人も多いそうですが、結局は理解できずに諦めたそうです」
単機能ならそこまで複雑な術式は必要ありません。だから、石を温める魔道具か冷やす魔道具をそれぞれ用意し、さらに風を送る魔道具を後ろに置けば、複数同時使わなければなりませんが、この冷温碑とほとんど同じ働きになります。
「値段を考えても、別々にするほうが圧倒的に安くなります」
「エルフのほうを選ぶのは……置き場の問題というだけですか」
「そうなります。他には見栄でしょうか」
「見栄ねえ」
前世であまり見栄と縁がなかったレイは、見栄と聞いても何も思いつきません。今世でも、父親も兄たちも、あまり見栄を張っていませんでした。飾り気がないほうだったでしょう。
「見栄を張る必要はないけど、これは買いたいと思う。そろそろ暑くなってきたからな」
「いいねえ。でも、涼むなら水泳かな」
「どこで泳ぐんだ?」
「川ならあるよね」
「あるけど、魔物がいるぞ」
いますね。水の中の魔物は弱いですが、それでも無防備なところを襲われれば、ただでは済まないでしょう。
「結界石はお持ちですか?」
「一応いくつかは」
それほど大した数はありません。野営に備えていくつか持っているだけです。軽微な魔物除けの効果があります。倒してはくれませんので、突進してくる魔物には効き目がありません。近づきにくくなるだけです。
「ダンジョンで発見されますが、ダンジョンでは使えませんので、どこでも余り気味で。サービスでお安くしますよ」
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