異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生

第15話:ラケルの勘違い(でもギルドのせい)

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「ラケルをローテーションに入れますか?」

 夕食時、シーヴがレイに確認しました。

「ローテーションとはなんのことです?」
「レイと同じ部屋で寝る順番ですよ。今のところサラと私で交互でしたから」

 最初二人は交互にと考えていましたが、三人で一緒に寝ることもありますので、実際にはローテーションなんてあってないようなものです。それでも思い出したように交互になることもあります。今がちょうどそのタイミングですね。

「私もいいのです?」
「まだ抱かないからな。同じ部屋で寝るくらいだぞ。ベッドも別だ」
「ご主人さまになら毎晩抱かれてもいいです。バンバン子供を産みたいです。でも契約がありますので我慢します」

 ラケルはそバンバン産みたいと言いながらお腹をバンバンと叩きますが、契約があることはわかっています。犬人族は忠誠心が高いので命令に逆らうようなことはしません。レイが手を出さないと言ったのならラケルはそれに従うだけです。
 ちなみに、昨日がシーヴで、今日がサラの順番です。その後ろにという話ですので、ラケルは明日ということになります。

「でも抱いたらダメなの?」
「そうなると契約違反ということで、解放が三か月早くなる」

 ラケルは年内に上級ジョブに転職できれば奴隷から解放されます。レイはご褒美として彼女を抱くことになっています。年内に上級ジョブになれなければ来年末で奴隷から解放します。抱くのは上級ジョブになって以降です。これが契約内容です。
 もし、上級ジョブになっていないラケルを抱いてしまえば、レイのほうから契約を破ったことになります。だから解放が三か月早くなってしまいます。

「まったく意味のないペナルティーですね。抱かない意味がないのでは?」
「そうなんだよな」

 レイにはラケルを使い潰すつもりはありません。きちんとパーティーメンバーの一人として扱うつもりです。契約期間の話も、正直なところはどうでもいいのです。
 ラケルは優しい主人のために一生懸命に働こうと思っていて、奴隷であるかどうかはあまり気にしていません。解放されてもレイのもとを離れるつもりはまったくなさそうです。
 このような関係なので、すぐに抱いて解放が早くなっても何も問題はありません。せいぜいハーレム度が上がることくらいでしょう。レイとしてはそれのほうが問題かもしれませんが。

「一応きちんとした契約だからな。あまり破りたくないんだ」
「私にとって、ものすごく都合のいい契約です」
「悪いよりはいいだろ」
「もちろんです。優しいご主人さまが大好きです」

 そう言いながらラケルがレイに抱きつきます。それを見たサラとシーヴの二人は、レイが想像するよりも早くラケルが根性で上級ジョブに転職しそうだと思いました。

 ◆◆◆

 夕食が終わってそれぞれ部屋に戻ります。今日のレイの相手はサラなので、シーヴはラケルと少し話をすることにしました。順番のこともありますが、シーヴは自分のほうが年上ということもあり、放っておくことができなかったのです。

「いい主人に拾われたと思いますよ」
「はい。そう思います」

 ラケルは身振り手振りを交えてレイが自分と契約したときの話をしました。

「やっぱりご主人さまは貴族様だったのです?」
「ええ。もう家を出ていますので、あまり関係はありませんけどね」

 デューラント王国では、貴族と名乗れるのは爵位を持つ当主とその配偶者のみです。レイの実家なら父親のモーガンと母親のアグネスのみが貴族と名乗れるのです。
 跡取りのトリスタンはというと、今の段階では貴族家の一員ですが、貴族ではありません。貴族の公子というだけです。もちろんそれでも領民たちからは十分な敬意は払われます。
 子供は成人するまでは貴族家の一員ですが、跡継ぎ以外はほとんどが家から出ることになります。ライナスやレイたちのことです。ずっと実家で暮らすこともできなくはありませんが、いつまで経っても独り立ちできないと思われるだけです。
 独立する際には親から騎士号を与えられて町や村の代官をすることが多いのですが、レイは騎士号はもらわず、そのまま親元を離れることを選びました。ライナスも王都で役人をする予定です。
 レイもライナスも生まれが貴族ということは間違いありませんので、家を出ても完全な平民にはなりません。そもそも家名持ちの平民はほとんどいませんので、ステータスカードを見ればすぐにわかります。

「ラケルはどうしてレイのことをそこまで気に入ったのですか?」
「ものすごく大きな人だと思ったからです」

 ラケルは動物的直感でレイの強さを理解していました。そしてその強さに惹かれました。そこは幼いころの教育方針が影響しています。
 彼女はシャンペ村という犬人族が中心の村で生まれ育ちました。そこでは「勝者こそが強者」という脳筋に近い方針で子供が育てられていました。

「負け惜しみを口にしてもパンの一欠片すら得られない。泣いている暇があれば立って戦え。戦って勝て。たとえ自分が正しいと主張しても、負けてしまえば意味がないぞ」

 彼女が子供のころに叩き込まれたのはこのようなことです。特に男の子は厳しく育てられ、泣いていると家にすら入れてもらえないほどだったのです。
 そのような村で育ったラケルなので、ソロで半年以上頑張り、ランクもレベルも根性で上げました。頑丈な犬人に盾使いのジョブは相性がよかったのです。
 ところが、彼女はバートに騙されてしまいました。騙されたということは自分が至らなかったということです。バートに腹が立つというよりも、騙された自分が不甲斐ない、そう彼女はそう思っています。
 そんな自分にやり返す機会を与えてくれたのがレイです。優しいのに自分より強く、リーダーとしてパーティーを引っ張っています。もし奴隷になる前にレイと出会っていたとしたら、ラケルは頼み込んででもレイに付いていこうとしたでしょう。実際にレイのことを話す際には尻尾が大きく揺れます。彼女にとってレイは、すでにすべてを捧げるべき主人なのです。
 レイ自身はそこまで自分がすごいと思っていませんので、そこのギャップが面白いところです。ラケルはレイを持ち上げますが、持ち上げられすぎてレイが困る、そのような様子が見られることでしょう。

 ◆◆◆

「はっ!」

 ガキッ‼

「グモーーー!」

 ラケルの【シールドバッシュ】でオークがよろけて地面に手をつきます。

「よっと」

 その頭をサラの刀が斬り落としました。

「やっぱり効率が上がりますね」
「そうだな。迷わなくなったな」

 これまでは誰が前に出るかで一瞬迷うことがありました。三人ともが前衛をできるという弊害です。ところが、ラケルが入ったことにより、彼女がまず前に出るというパターンができあがりました。

「ラケル、魔力の減りはどうだ?」

 オークの集団を片付けてから、レイはラケルに確認します。

「三割くらい減りましたです」
「ここまでで三割か。それならこれを使ったらいい」

 レイはこれまで溜めてあった魔石を袋に入れてラケルに渡しました。中を見てラケルが驚いた顔をします。

「こんなにいいのです?」
「俺たちは滅多に使わないし、他にもまだあるから、好きなだけ使っていい」
「ありがとうございます」

 ラケルは受け取った袋を、まるで宝物のように抱きしめてからマジックバッグにしまいました。

「それじゃ解体するか」
「お手伝いします」

 大きな魔物を解体するには手足の長いレイが一番向いていますが、ラケルにはレイに勝るとも劣らないどころか、レイを軽々と上回る腕力があります。軽々とオークをひっくり返しました。

「ラケルにも【解体】はあったよな?」
「はい。持ってます」

 レイはラケルと話をしながら解体を進めます。その途中で、無視できない言葉が聞こえました。

「犬人だから足元を見られましたです」

 彼女は寂しそうにそう呟きました。

「足元を見られた?」
「はい。人間の冒険者よりも何割も安くなってましたです」
「シーヴ、種族で買取価格が違うなんてことはあるのか?」

 レイは真面目な顔でシーヴに確認します。種族差別は認められていません。民間レベルならどうしてもゼロにはなりませんが、まさか国の組織である冒険者ギルドが率先して差別することはないはずです。

「いえ、ギルドごとに値段は違いますが、査定は誰に対しても共通です。誰が売ろうとも同じ金額になりますよ」

 そこまで言ってから、シーヴは一瞬目線をラケルから外しました。

「ひょっとしてラケルは、高く売るためのコツを種族の違いのせいだと勘違いしていませんか?」
「差別されたのとは違うのです?」
「違いますよ。ギルドが同じなら誰でも値段は同じです。丸々売るよりも解体したほうが高くなりますが、手間のかけ方で値段がかなり変わります。【解体】がある人でも処理の仕方が悪ければ高く売れませんよ」
「……それは知りませんでしたです」

 部位ごとに分けるとギルドとしても手間が省けます。だから手数料分を上乗せして買い取ってくれるのです。きれいに解体すれば、最低でも二割は買い取り価格を上げてくれます。ですが、解体が適切でなければ下がることもあるのです。
 レイとサラにはシーヴが説明しましたね。自信がないなら丸ごと売ったほうがいいですよと。きちんと解体しないと値段が下がりますよと。
 毛皮が例としては一番わかりやすいでしょう。穴だらけでは値段は上がりません。できる限りきれいに仕留めてきれいに解体するのが高く売るためのコツです。
 ただし、そのことばかりを気にしすぎると、倒すのに時間がかかったり、場合によっては怪我をしたり、さらには死んでしまったりすることもあります。

「そのあたりは最初に説明されるはずですけどね。読めない方には口頭で説明もしますし」

 ラケルはギルド職員の説明を聞かずに仕事を始めるようには見えません。

「登録したときにこれを渡されましたです。読んでおけ、で終わりましたです」

 三人がその紙を覗き込みます。ほとんど何も持っていなかったラケルですが、ほんの少しだけ持ち物がありました。この紙はそのうちの一つです。
 そこに書かれていたのは「ルールを守れ」「職員の指示に従え」「報酬に文句を言うな」「ギルドメンバー同士で争うな」「ギルドの建物内で騒ぐな」など、最低限のことだけでした。

「これはそのギルドにも問題があるな」
「もしくはマリオンのギルドが丁寧なのか、だね」
「初心者の方々には丁寧に説明するようにと教えられましたね。説明を求められれば、という条件付きですけど」

 この世界にコピー機はありません。活版印刷に近いものならありますので、レイとサラが受け取った冊子もそれで作られています。
 マリオンの冒険者ギルドでは職員が交代で刷って小冊子を作っています。一番その仕事が得意なのがギルド長のブルースだとシーヴは言います。

「上になると交渉か事務仕事か雑用しかないとぼやいていましたね」
「元冒険者なら体を動かしたいんだろうな」

 毎日何十人も冒険者になるわけではありません。それでも聖別式が終わった直後は一気に希望者が増えるので、それに備えて普段から作っているのです。少なくともマリオンではそうでした。
 ちなみに薬剤師ギルドにはそのような冊子はありません。冒険者ギルドに比べると注意すべき項目が少ないからです。だから壁に貼り出されているだけでした。

「できましたです」
「ああ、いいじゃないか。でも、ここはもう少し気をつけたほうがいいな」
「はい」

 ラケルは故郷の村では、子供のころから解体をしていました。数はこなしているようですが、レイが見たところ、どうしても粗が目立っています。
 彼女は腕力がありますので、どうしても力任せになりやすいのです。毛皮は不要で肉だけあればいいというのなら話は別ですが、毛皮も商品にしようと思えば、それなりに丁寧にナイフを入れなければなりません。高値で売りたいのなら、毛皮の裏側に付いたままの脂肪もきちんと削り落としましょう。
 シーヴがどこを注意すべきかを説明しながらもう一匹を解体します。指導の甲斐あって、すぐにラケルはコツを覚えました。飲み込みが早い子なんです。教えればどんどん吸収しますよ。
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