異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第4章:春、ダンジョン都市にて

第7話:パンダ狩りからの、予想もできない出会い

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「枝付きで三メートルくらいでいいです?」
「そうだな。マジックバッグに入るサイズにしてくれ」

 レイたちは朝から北にある森に竹を切りに来ています。パンダをおびき寄せるために使うものです。実際に効き目があるかどうかはわかりませんが、損をしないならやってもいいだろうということになりました。必要なのは竹を切る労力だけです。

「よっ、よっ、よっ」

 バシッ! バシッ! バシッ!

 レイがナタでバシバシと竹を切り倒していきます。腕力がありますので、力で倒す感じですね。それをラケルが適当な長さに切ると、束ねてからマジックバッグに入れていきます。そのままでは嵩張かさばるからです。
 マジックバッグには、それがそのまま入るわけではありません。たとえば枝付きの竹なら、それがスッポリと入る透明な箱に入っている感じです。だから枝を落とせば単なる棒になりますが、枝があるとその分だけスペースが必要になります。
 不思議なところは、枝付きの竹でも、何本もまとめると、それ全体で一つとカウントされますので、個々に入れるよりも無駄なスペースが減ります。

「よし、こんなもんでどうだ?」
「十分だと思いますよ。あっちに笹もありましたから、少し集めておきました」
「いい匂いがするね。それよりも、タケノコがけっこうあるよ」

 サラがつま先で地面をほじくりながら言います。

「タケノコです?」
「昨日も言ってたけど、パンダの好物かもしれないんだよね。それに、私たちが食べても美味しいよ。歯ごたえもいいし」
「集めます!」

 サラが園芸ゴテを使って足元からタケノコを掘り出すと、ラケルは匂いをかぎました。それから地面を見ながら歩き、園芸ゴテを突き刺します。ボコッという音がして、地面に埋まっていたタケノコが掘り起こされました。黙々とそれを繰り返します。

「すごいね」
「すごい鼻だな」

 まさに百発百中。ラケルが反応するごとにタケノコが増えていきます。タケノコは掘り出した瞬間から悪くなり始めますので、サラがマジックバッグに入れていきます。

「醤油と味醂みりんとかつお節がないのが本当に残念です」

 シーヴが悔しがります。

「土佐煮も美味しいけど、意外にサルサとかも合うよ」
「そうですか?」
「めちゃくちゃ新鮮なタケノコを生でサルサを付けたら美味しいんだから。他にもアンチョビとバジルとか」

 アンチョビもありませんけどね。
 そうこうしているうちに、サラのマジックバッグにあった空の樽がすべてタケノコでいっぱいになりました。

「こっちの樽は一杯なんだけど」
「もういいです?」
「ああ、十分だ。近いうちにキッチンを借りて、タケノコの煮物を作るか」

 竹も笹も切りました。タケノコも山のようにあります。四人はここから東にあるパンダの森へと向かうことにしました。

 ◆◆◆

「置くなら中よりも外のほうがいいよな?」
「出てきたところを倒すなら、やっぱり外でしょう」

 森から出て二、三メートルのところに切った竹や笹、それからタケノコを切って置いていきます。森の南側、よく日の当たるところに、一〇メートル間隔で五か所に置くことにしました。それくらいの数なら、一度に対処できるからです。
 置き終えれば、次はグレーターパンダが現れるのを待つのみです。

「さて、それで……この裏でで見張るのか?」
「ここまでやったら最後までやろうよ」
「いや、嫌がってるわけじゃないぞ」

 四人は木の枝を組んでバリケードのようなものを作り、その隙間から観察しています。見えないほうがグレーターパンダも出てきやすいだろうというのがサラの考えです。
 レイたちから見れば草原の中にぽつんと存在する怪しい物体ですが、森で暮らすグレーターパンダは見たことがないはずです。警戒されにくいのではないかとサラは考えました。レイすらも恐れる直感で。
 隠れてから五分、左から二番目のタケノコのところに、一頭のグレーターパンダが現れました。
 四人がこっそりと見ていると、そのパンダはタケノコをつかんで口に入れました。もしゃもしゃという音がレイたちの耳に聞こえてきます。
 そこにあるタケノコを食べ終えたグレーターパンダは、今度は足元にある竹を手で持って口に咥えました。そして——

 バキバキッ! メキッ!

 端から噛み始めます。その竹を抱えたまま、ごろんと後ろに倒れたり、そのまま空を見ながら竹をガシガシと噛んだり、戯れる姿はジャイアントパンダそのものです。ただし、サイズは巨大ですが。

「(ほら、遊んでる)」
「(悪い。俺が間違ってた)」

 レイは素直に謝りました。

「(あれを狩るのは可哀想な気もしますけど、魔物ですからね)」
「(可哀想です?)」

 そのあたりの感覚が、元日本人のシーヴと、こちら生まれのラケルでは違います。ラケルにとっては、冒険者ギルドに売れば金貨一枚になる魔物でしかありません。

「(ずっと見てる意味もないし、そろそろやるか)」
「(そうだね)」
「(いきます!)」

 バリケードの後ろから四人が姿を現します。するとグレーターパンダは動きを止めました。一瞬だけ真顔になったのをレイは見逃しませんでした。「え、見られた?」とその目が言った気がしました。
 グレーターパンダは立ち直ると、両手を地面につき、ローリングアタックでラケルを襲います。

 ドゴオンッッッ!

 ラケルは盾で受け止めると、そのまま上に向かって跳ね飛ばします。飛ばされたグレーターパンダは手足をジタバタさせながら地面に落下しました。

「よし!」

 起き上がりかけたパンダをレイが仕留めます。

「とりあえずタケノコを置き直すか。それからパンダが噛んだ竹も片付けたほうがいいか?」
「他のパンダの痕跡を嫌がるかもね」
「単独行動していますから、その傾向があるのかもしれませんね」

 彼らはグレーターパンダ研究家ではありませんので、詳しい生態はわかりません。ただ、他のパンダの匂いは消したほうがいいだろうと、先ほどのパンダがかじった竹は片付けました。
 それからしばらく待つと、次は一番右から現れました。もちろんサクッと倒します。

「やっぱり出てくるんだな」
「今日一日でどれだけ狩れるかだよね」

 昨日は森の周辺を探しても、一時間あたり三頭しか見つかりませんでした。ところが今日はすでに二匹目です。このようにして、五か所を監視しながら出てきたグレーターパンダを順番に狩っていきます。ごくまれに二体同時に現れることがありましたが、二体同時に襲ってくるのでなければラケルは対処できました。
 今日の午前中に狩ったグレーターパンダの数は三〇頭を超えました。それくらいで十分だろうと、今日のところは竹も片付け、森から離れて昼食をとることにしたのでした。

 ◆◆◆

「いやー、狩ったね」
「サラのおかげですね」
「サラさんの言ったとおりでしたです」
「間違いなくサラのおかげだな」

 森の外に遊び場のように竹と笹を敷き詰め、そこにタケノコを置きました。タケノコは食べられてしまいますが、好物を食べて満足したあとに竹で遊び始めたグレーターパンダを狩るのは簡単です。結局タケノコを三〇個以上使いましたが、タケノコ一つが金貨一枚になると思えば安いものです。
 問題はタケノコがいつまで採れるかです。日本と同じだとすれば、今が三月末ですので、ここから二月ほどでしょうか。その間にできる限り集めておこうということになりました。

「よくあんな方法を思いついたな」

 レイは素直に感心しました。森の外の五か所に好物を並べ、そこに現れたグレーターパンダを順番に狩ったのです。二頭同時に出てきたのは二回だけで、それ以外は一頭ずつしか現れませんでした。

「それはあれ、レイも知ってるでしょ?」
「なにがだ?」
「ワニワ〇パニック」

 サラはワニ〇ニパニックの要領で、出てきたグレーターパンダを順番に叩こうとしたのでした。ただ、次から次へと出てきた場合は対処できません。たまたまでしょうが、グレーターパンダは群れを作らないので、この作戦にはちょうどいいのでしょう。

「はいどうぞ。掘って一、二時間までの新鮮なタケノコなら生でも食べられるよ。食べすぎはダメだけど」

 サラはタケノコの皮をむいてスライスすると、何種類化のディップを用意しました。タケノコの刺身にしたかったようですが、醤油がありませんので、サルサ、ウスターソース、タルタルソースです。

「今は無理だけど、皮の付いたまま直火で焼いても美味しいよ」
「休みの日にタケノコづくしをやりましょうか」
「そうだね」

 タケノコはイタリアンでもフレンチでも使われます。意外にアレンジできるんですよ。

「ご主人さま、丸ごとかじってはダメです?」
「ダメじゃないけど……生でたくさん食べないほうがいいんだよな。ꅆꇰꀂꀑꇜꀆꇉ」

 レイは少し考えてタケノコに【解毒】をかけました。ラケルはタケノコの食感が気に入ったようで、【解毒】をかけてもらったタケノコを生のままガリガリと食べています。
 実はタケノコにはタキシフィリンという物質が含まれていて、それが体内で分解されると毒性を示します。もちろん大量に食べなければ問題ありませんし、茹でてアク抜きをしている間に多くが分解されてしまいます。それでも食べすぎると気分が悪くなることもありますので、注意が必要です。
 毒性も心配ですが、タケノコにはシュウ酸やホモゲンチジン酸などのエグみ成分が含まれています。掘ってから時間が経つほどエグみが強くなりますので、アク抜きをしっかりとしましょう。
 そのシュウ酸ですが、摂りすぎると結石の原因にもなります。ホウレンソウにもたくさん含まれていますね。どんなに体にいいものでも、食べすぎれば毒になるということです。

 食後にお茶を飲んでいると、ラケルの耳が動きました。

「蜂を発見しましたです」

 休憩をしていると、ラケルが指を向けた方向から黒いモヤのようなものが近づいてきました。

「このあたりにいるのならモリハナバチでしょう。人を襲うことは滅多にない大人しい魔物です。巣を作って蜂蜜を溜め込みます」

 体長三センチから五センチほどの、ずんぐりとしたモリハナバチが群れをなして飛んでいます。

「蜂蜜は採れそう?」
「危害を加えない限りは大丈夫だそうですよ。でも金属類が嫌いだそうです。普段着のような格好で近づけば蜂蜜を譲ってくれるそうです」
「それなら俺がやるか」

 レイは剣と鎧と兜を地面に置き、それからガントレットとグリーブを外し、さらにベルトも抜くと、すべてマジックバッグに入れました。そのマジックバッグもサラに預けます。金具が使われているからです。

「これで近づけばいいと?」
「そう書かれていますね。蜂は目の前まで近寄ってくるそうですが、それだけだそうです。あとは誘導に従えばいいそうです」
「ご主人さま、気をつけてくださいです」
「何かあっても【解毒】も【治療】もあるから大丈夫だろう」

 レイはシャツとズボンとブーツだけの姿になってかめを持つと、モリハナバチがいるほうへ歩いて向かいました。その後ろを距離をあけて三人が付いていきます。
 森の入口まで来ると、レイは三人を残して一人で中に入っていきました。


「怖くはないけど気になるなあ」

 レイはモリハナバチが作るトンネルの中を甕を抱えて歩いていきます。一〇分ほども歩くと、行く手に巨木と、その幹に貼り付くようにできている巨大な蜂の巣が見えてきました。
 レイが巣に到着すると、その前にはウズラよりも大きい、丸みのある大きな蜂が、ちょうどいい高さの枝に止まっているのが見えました。頭に冠のようなものがが乗っています。花粉でできた冠ですね。

「女王蜂?」

 ぶっ

 レイがそうつぶやくと、女王蜂はうなずくように頭を縦に振って羽を震わせました。それからレイをじっと見るかのようにその場に留まります。

「蜂蜜があるかなと思って来たんだけど、俺に何か言いたいことがあるとか?」

 レイがそう問いかけると女王蜂は地面に降りました。そして木の枝を持つと土の上に何かを描き始めます。

「四角と半円……家……ではない。カバン……とも違う。なるほど、こっちが下か。ここを手に持って、頭?」

 女王蜂は必死に何かを伝えようとしていますが、うまく絵が描けません。途中からジェスチャーも交えて説明しますが、レイにはなかなかうまく伝わりません。

「こういう形のものを頭……いや、顔……あ、ひょっとしてジョッキか?」

 ぶぶぶ

 女王蜂は羽を振りながらコクコクとうなずいた。

「なるほど、ジョッキか……って俺の言葉が分かるみたいだけど、字が書けたりはしないのか?」

 ぶぶっ⁉

 レイには女王蜂の顔が「その発想はなかった!」というような表情になったように思えました。女王蜂は地面の絵を消すと、そこに一つの単語を書きました。「ミード」と。

「書けるじゃないか。ミードね。もしかして飲みたいのか?」

 ぶぶぶん‼

 女王蜂を始め、この場にいたモリハナバチたちが一斉にうなずきます。

「それならすぐに持ってくるから少し待ってくれ」

 レイはサラたちがいる場所まで一度戻ることにしました。



「どうだった?」
「どうしてかは分からないけど、女王蜂はミードが欲しいらしい」
「ミード?」

 蜂蜜を水で薄めて置いておくとアルコール発酵が起きてミードが完成します。

「樽は帯鉄フープがあるからかめに入れていこう」

 レイはマジックバッグを受け取ると中から甕を取り出し、そこに樽に入ったミードを移し替えました。そして木でできた皿をありったけ布製の袋に入れると、口を縛って肩にかけました。それから甕を抱えてまた女王蜂のところに向かいました。
 レイを見送ったサラはシーヴのほうを見て口を開きます。

「蜂もミードを飲むのかな?」
「自前で用意できそうなものですけどね」
「ご主人さまは蜂と話ができるのです?」
「「……」」

 レイが帰ってきたらきちんと話を聞こうと思った三人でした。
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