70 / 184
第4章:春、ダンジョン都市にて
第7話:パンダ狩りからの、予想もできない出会い
しおりを挟む
「枝付きで三メートルくらいでいいです?」
「そうだな。マジックバッグに入るサイズにしてくれ」
レイたちは朝から北にある森に竹を切りに来ています。パンダをおびき寄せるために使うものです。実際に効き目があるかどうかはわかりませんが、損をしないならやってもいいだろうということになりました。必要なのは竹を切る労力だけです。
「よっ、よっ、よっ」
バシッ! バシッ! バシッ!
レイがナタでバシバシと竹を切り倒していきます。腕力がありますので、力で倒す感じですね。それをラケルが適当な長さに切ると、束ねてからマジックバッグに入れていきます。そのままでは嵩張るからです。
マジックバッグには、それがそのまま入るわけではありません。たとえば枝付きの竹なら、それがスッポリと入る透明な箱に入っている感じです。だから枝を落とせば単なる棒になりますが、枝があるとその分だけスペースが必要になります。
不思議なところは、枝付きの竹でも、何本もまとめると、それ全体で一つとカウントされますので、個々に入れるよりも無駄なスペースが減ります。
「よし、こんなもんでどうだ?」
「十分だと思いますよ。あっちに笹もありましたから、少し集めておきました」
「いい匂いがするね。それよりも、タケノコがけっこうあるよ」
サラがつま先で地面をほじくりながら言います。
「タケノコです?」
「昨日も言ってたけど、パンダの好物かもしれないんだよね。それに、私たちが食べても美味しいよ。歯ごたえもいいし」
「集めます!」
サラが園芸ゴテを使って足元からタケノコを掘り出すと、ラケルは匂いをかぎました。それから地面を見ながら歩き、園芸ゴテを突き刺します。ボコッという音がして、地面に埋まっていたタケノコが掘り起こされました。黙々とそれを繰り返します。
「すごいね」
「すごい鼻だな」
まさに百発百中。ラケルが反応するごとにタケノコが増えていきます。タケノコは掘り出した瞬間から悪くなり始めますので、サラがマジックバッグに入れていきます。
「醤油と味醂とかつお節がないのが本当に残念です」
シーヴが悔しがります。
「土佐煮も美味しいけど、意外にサルサとかも合うよ」
「そうですか?」
「めちゃくちゃ新鮮なタケノコを生でサルサを付けたら美味しいんだから。他にもアンチョビとバジルとか」
アンチョビもありませんけどね。
そうこうしているうちに、サラのマジックバッグにあった空の樽がすべてタケノコでいっぱいになりました。
「こっちの樽は一杯なんだけど」
「もういいです?」
「ああ、十分だ。近いうちにキッチンを借りて、タケノコの煮物を作るか」
竹も笹も切りました。タケノコも山のようにあります。四人はここから東にあるパンダの森へと向かうことにしました。
◆◆◆
「置くなら中よりも外のほうがいいよな?」
「出てきたところを倒すなら、やっぱり外でしょう」
森から出て二、三メートルのところに切った竹や笹、それからタケノコを切って置いていきます。森の南側、よく日の当たるところに、一〇メートル間隔で五か所に置くことにしました。それくらいの数なら、一度に対処できるからです。
置き終えれば、次はグレーターパンダが現れるのを待つのみです。
「さて、それで……この裏でで見張るのか?」
「ここまでやったら最後までやろうよ」
「いや、嫌がってるわけじゃないぞ」
四人は木の枝を組んでバリケードのようなものを作り、その隙間から観察しています。見えないほうがグレーターパンダも出てきやすいだろうというのがサラの考えです。
レイたちから見れば草原の中にぽつんと存在する怪しい物体ですが、森で暮らすグレーターパンダは見たことがないはずです。警戒されにくいのではないかとサラは考えました。レイすらも恐れる直感で。
隠れてから五分、左から二番目のタケノコのところに、一頭のグレーターパンダが現れました。
四人がこっそりと見ていると、そのパンダはタケノコをつかんで口に入れました。もしゃもしゃという音がレイたちの耳に聞こえてきます。
そこにあるタケノコを食べ終えたグレーターパンダは、今度は足元にある竹を手で持って口に咥えました。そして——
バキバキッ! メキッ!
端から噛み始めます。その竹を抱えたまま、ごろんと後ろに倒れたり、そのまま空を見ながら竹をガシガシと噛んだり、戯れる姿はジャイアントパンダそのものです。ただし、サイズは巨大ですが。
「(ほら、遊んでる)」
「(悪い。俺が間違ってた)」
レイは素直に謝りました。
「(あれを狩るのは可哀想な気もしますけど、魔物ですからね)」
「(可哀想です?)」
そのあたりの感覚が、元日本人のシーヴと、こちら生まれのラケルでは違います。ラケルにとっては、冒険者ギルドに売れば金貨一枚になる魔物でしかありません。
「(ずっと見てる意味もないし、そろそろやるか)」
「(そうだね)」
「(いきます!)」
バリケードの後ろから四人が姿を現します。するとグレーターパンダは動きを止めました。一瞬だけ真顔になったのをレイは見逃しませんでした。「え、見られた?」とその目が言った気がしました。
グレーターパンダは立ち直ると、両手を地面につき、ローリングアタックでラケルを襲います。
ドゴオンッッッ!
ラケルは盾で受け止めると、そのまま上に向かって跳ね飛ばします。飛ばされたグレーターパンダは手足をジタバタさせながら地面に落下しました。
「よし!」
起き上がりかけたパンダをレイが仕留めます。
「とりあえずタケノコを置き直すか。それからパンダが噛んだ竹も片付けたほうがいいか?」
「他のパンダの痕跡を嫌がるかもね」
「単独行動していますから、その傾向があるのかもしれませんね」
彼らはグレーターパンダ研究家ではありませんので、詳しい生態はわかりません。ただ、他のパンダの匂いは消したほうがいいだろうと、先ほどのパンダがかじった竹は片付けました。
それからしばらく待つと、次は一番右から現れました。もちろんサクッと倒します。
「やっぱり出てくるんだな」
「今日一日でどれだけ狩れるかだよね」
昨日は森の周辺を探しても、一時間あたり三頭しか見つかりませんでした。ところが今日はすでに二匹目です。このようにして、五か所を監視しながら出てきたグレーターパンダを順番に狩っていきます。ごくまれに二体同時に現れることがありましたが、二体同時に襲ってくるのでなければラケルは対処できました。
今日の午前中に狩ったグレーターパンダの数は三〇頭を超えました。それくらいで十分だろうと、今日のところは竹も片付け、森から離れて昼食をとることにしたのでした。
◆◆◆
「いやー、狩ったね」
「サラのおかげですね」
「サラさんの言ったとおりでしたです」
「間違いなくサラのおかげだな」
森の外に遊び場のように竹と笹を敷き詰め、そこにタケノコを置きました。タケノコは食べられてしまいますが、好物を食べて満足したあとに竹で遊び始めたグレーターパンダを狩るのは簡単です。結局タケノコを三〇個以上使いましたが、タケノコ一つが金貨一枚になると思えば安いものです。
問題はタケノコがいつまで採れるかです。日本と同じだとすれば、今が三月末ですので、ここから二月ほどでしょうか。その間にできる限り集めておこうということになりました。
「よくあんな方法を思いついたな」
レイは素直に感心しました。森の外の五か所に好物を並べ、そこに現れたグレーターパンダを順番に狩ったのです。二頭同時に出てきたのは二回だけで、それ以外は一頭ずつしか現れませんでした。
「それはあれ、レイも知ってるでしょ?」
「なにがだ?」
「ワニワ〇パニック」
サラはワニ〇ニパニックの要領で、出てきたグレーターパンダを順番に叩こうとしたのでした。ただ、次から次へと出てきた場合は対処できません。たまたまでしょうが、グレーターパンダは群れを作らないので、この作戦にはちょうどいいのでしょう。
「はいどうぞ。掘って一、二時間までの新鮮なタケノコなら生でも食べられるよ。食べすぎはダメだけど」
サラはタケノコの皮をむいてスライスすると、何種類化のディップを用意しました。タケノコの刺身にしたかったようですが、醤油がありませんので、サルサ、ウスターソース、タルタルソースです。
「今は無理だけど、皮の付いたまま直火で焼いても美味しいよ」
「休みの日にタケノコづくしをやりましょうか」
「そうだね」
タケノコはイタリアンでもフレンチでも使われます。意外にアレンジできるんですよ。
「ご主人さま、丸ごとかじってはダメです?」
「ダメじゃないけど……生でたくさん食べないほうがいいんだよな。ꅆꇰꀂꀑꇜꀆꇉ」
レイは少し考えてタケノコに【解毒】をかけました。ラケルはタケノコの食感が気に入ったようで、【解毒】をかけてもらったタケノコを生のままガリガリと食べています。
実はタケノコにはタキシフィリンという物質が含まれていて、それが体内で分解されると毒性を示します。もちろん大量に食べなければ問題ありませんし、茹でてアク抜きをしている間に多くが分解されてしまいます。それでも食べすぎると気分が悪くなることもありますので、注意が必要です。
毒性も心配ですが、タケノコにはシュウ酸やホモゲンチジン酸などのエグみ成分が含まれています。掘ってから時間が経つほどエグみが強くなりますので、アク抜きをしっかりとしましょう。
そのシュウ酸ですが、摂りすぎると結石の原因にもなります。ホウレンソウにもたくさん含まれていますね。どんなに体にいいものでも、食べすぎれば毒になるということです。
食後にお茶を飲んでいると、ラケルの耳が動きました。
「蜂を発見しましたです」
休憩をしていると、ラケルが指を向けた方向から黒いモヤのようなものが近づいてきました。
「このあたりにいるのならモリハナバチでしょう。人を襲うことは滅多にない大人しい魔物です。巣を作って蜂蜜を溜め込みます」
体長三センチから五センチほどの、ずんぐりとしたモリハナバチが群れをなして飛んでいます。
「蜂蜜は採れそう?」
「危害を加えない限りは大丈夫だそうですよ。でも金属類が嫌いだそうです。普段着のような格好で近づけば蜂蜜を譲ってくれるそうです」
「それなら俺がやるか」
レイは剣と鎧と兜を地面に置き、それからガントレットとグリーブを外し、さらにベルトも抜くと、すべてマジックバッグに入れました。そのマジックバッグもサラに預けます。金具が使われているからです。
「これで近づけばいいと?」
「そう書かれていますね。蜂は目の前まで近寄ってくるそうですが、それだけだそうです。あとは誘導に従えばいいそうです」
「ご主人さま、気をつけてくださいです」
「何かあっても【解毒】も【治療】もあるから大丈夫だろう」
レイはシャツとズボンとブーツだけの姿になって甕を持つと、モリハナバチがいるほうへ歩いて向かいました。その後ろを距離をあけて三人が付いていきます。
森の入口まで来ると、レイは三人を残して一人で中に入っていきました。
「怖くはないけど気になるなあ」
レイはモリハナバチが作るトンネルの中を甕を抱えて歩いていきます。一〇分ほども歩くと、行く手に巨木と、その幹に貼り付くようにできている巨大な蜂の巣が見えてきました。
レイが巣に到着すると、その前にはウズラよりも大きい、丸みのある大きな蜂が、ちょうどいい高さの枝に止まっているのが見えました。頭に冠のようなものがが乗っています。花粉でできた冠ですね。
「女王蜂?」
ぶっ
レイがそうつぶやくと、女王蜂はうなずくように頭を縦に振って羽を震わせました。それからレイをじっと見るかのようにその場に留まります。
「蜂蜜があるかなと思って来たんだけど、俺に何か言いたいことがあるとか?」
レイがそう問いかけると女王蜂は地面に降りました。そして木の枝を持つと土の上に何かを描き始めます。
「四角と半円……家……ではない。カバン……とも違う。なるほど、こっちが下か。ここを手に持って、頭?」
女王蜂は必死に何かを伝えようとしていますが、うまく絵が描けません。途中からジェスチャーも交えて説明しますが、レイにはなかなかうまく伝わりません。
「こういう形のものを頭……いや、顔……あ、ひょっとしてジョッキか?」
ぶぶぶ
女王蜂は羽を振りながらコクコクとうなずいた。
「なるほど、ジョッキか……って俺の言葉が分かるみたいだけど、字が書けたりはしないのか?」
ぶぶっ⁉
レイには女王蜂の顔が「その発想はなかった!」というような表情になったように思えました。女王蜂は地面の絵を消すと、そこに一つの単語を書きました。「ミード」と。
「書けるじゃないか。ミードね。もしかして飲みたいのか?」
ぶぶぶん‼
女王蜂を始め、この場にいたモリハナバチたちが一斉にうなずきます。
「それならすぐに持ってくるから少し待ってくれ」
レイはサラたちがいる場所まで一度戻ることにしました。
「どうだった?」
「どうしてかは分からないけど、女王蜂はミードが欲しいらしい」
「ミード?」
蜂蜜を水で薄めて置いておくとアルコール発酵が起きてミードが完成します。
「樽は帯鉄があるから甕に入れていこう」
レイはマジックバッグを受け取ると中から甕を取り出し、そこに樽に入ったミードを移し替えました。そして木でできた皿をありったけ布製の袋に入れると、口を縛って肩にかけました。それから甕を抱えてまた女王蜂のところに向かいました。
レイを見送ったサラはシーヴのほうを見て口を開きます。
「蜂もミードを飲むのかな?」
「自前で用意できそうなものですけどね」
「ご主人さまは蜂と話ができるのです?」
「「……」」
レイが帰ってきたらきちんと話を聞こうと思った三人でした。
「そうだな。マジックバッグに入るサイズにしてくれ」
レイたちは朝から北にある森に竹を切りに来ています。パンダをおびき寄せるために使うものです。実際に効き目があるかどうかはわかりませんが、損をしないならやってもいいだろうということになりました。必要なのは竹を切る労力だけです。
「よっ、よっ、よっ」
バシッ! バシッ! バシッ!
レイがナタでバシバシと竹を切り倒していきます。腕力がありますので、力で倒す感じですね。それをラケルが適当な長さに切ると、束ねてからマジックバッグに入れていきます。そのままでは嵩張るからです。
マジックバッグには、それがそのまま入るわけではありません。たとえば枝付きの竹なら、それがスッポリと入る透明な箱に入っている感じです。だから枝を落とせば単なる棒になりますが、枝があるとその分だけスペースが必要になります。
不思議なところは、枝付きの竹でも、何本もまとめると、それ全体で一つとカウントされますので、個々に入れるよりも無駄なスペースが減ります。
「よし、こんなもんでどうだ?」
「十分だと思いますよ。あっちに笹もありましたから、少し集めておきました」
「いい匂いがするね。それよりも、タケノコがけっこうあるよ」
サラがつま先で地面をほじくりながら言います。
「タケノコです?」
「昨日も言ってたけど、パンダの好物かもしれないんだよね。それに、私たちが食べても美味しいよ。歯ごたえもいいし」
「集めます!」
サラが園芸ゴテを使って足元からタケノコを掘り出すと、ラケルは匂いをかぎました。それから地面を見ながら歩き、園芸ゴテを突き刺します。ボコッという音がして、地面に埋まっていたタケノコが掘り起こされました。黙々とそれを繰り返します。
「すごいね」
「すごい鼻だな」
まさに百発百中。ラケルが反応するごとにタケノコが増えていきます。タケノコは掘り出した瞬間から悪くなり始めますので、サラがマジックバッグに入れていきます。
「醤油と味醂とかつお節がないのが本当に残念です」
シーヴが悔しがります。
「土佐煮も美味しいけど、意外にサルサとかも合うよ」
「そうですか?」
「めちゃくちゃ新鮮なタケノコを生でサルサを付けたら美味しいんだから。他にもアンチョビとバジルとか」
アンチョビもありませんけどね。
そうこうしているうちに、サラのマジックバッグにあった空の樽がすべてタケノコでいっぱいになりました。
「こっちの樽は一杯なんだけど」
「もういいです?」
「ああ、十分だ。近いうちにキッチンを借りて、タケノコの煮物を作るか」
竹も笹も切りました。タケノコも山のようにあります。四人はここから東にあるパンダの森へと向かうことにしました。
◆◆◆
「置くなら中よりも外のほうがいいよな?」
「出てきたところを倒すなら、やっぱり外でしょう」
森から出て二、三メートルのところに切った竹や笹、それからタケノコを切って置いていきます。森の南側、よく日の当たるところに、一〇メートル間隔で五か所に置くことにしました。それくらいの数なら、一度に対処できるからです。
置き終えれば、次はグレーターパンダが現れるのを待つのみです。
「さて、それで……この裏でで見張るのか?」
「ここまでやったら最後までやろうよ」
「いや、嫌がってるわけじゃないぞ」
四人は木の枝を組んでバリケードのようなものを作り、その隙間から観察しています。見えないほうがグレーターパンダも出てきやすいだろうというのがサラの考えです。
レイたちから見れば草原の中にぽつんと存在する怪しい物体ですが、森で暮らすグレーターパンダは見たことがないはずです。警戒されにくいのではないかとサラは考えました。レイすらも恐れる直感で。
隠れてから五分、左から二番目のタケノコのところに、一頭のグレーターパンダが現れました。
四人がこっそりと見ていると、そのパンダはタケノコをつかんで口に入れました。もしゃもしゃという音がレイたちの耳に聞こえてきます。
そこにあるタケノコを食べ終えたグレーターパンダは、今度は足元にある竹を手で持って口に咥えました。そして——
バキバキッ! メキッ!
端から噛み始めます。その竹を抱えたまま、ごろんと後ろに倒れたり、そのまま空を見ながら竹をガシガシと噛んだり、戯れる姿はジャイアントパンダそのものです。ただし、サイズは巨大ですが。
「(ほら、遊んでる)」
「(悪い。俺が間違ってた)」
レイは素直に謝りました。
「(あれを狩るのは可哀想な気もしますけど、魔物ですからね)」
「(可哀想です?)」
そのあたりの感覚が、元日本人のシーヴと、こちら生まれのラケルでは違います。ラケルにとっては、冒険者ギルドに売れば金貨一枚になる魔物でしかありません。
「(ずっと見てる意味もないし、そろそろやるか)」
「(そうだね)」
「(いきます!)」
バリケードの後ろから四人が姿を現します。するとグレーターパンダは動きを止めました。一瞬だけ真顔になったのをレイは見逃しませんでした。「え、見られた?」とその目が言った気がしました。
グレーターパンダは立ち直ると、両手を地面につき、ローリングアタックでラケルを襲います。
ドゴオンッッッ!
ラケルは盾で受け止めると、そのまま上に向かって跳ね飛ばします。飛ばされたグレーターパンダは手足をジタバタさせながら地面に落下しました。
「よし!」
起き上がりかけたパンダをレイが仕留めます。
「とりあえずタケノコを置き直すか。それからパンダが噛んだ竹も片付けたほうがいいか?」
「他のパンダの痕跡を嫌がるかもね」
「単独行動していますから、その傾向があるのかもしれませんね」
彼らはグレーターパンダ研究家ではありませんので、詳しい生態はわかりません。ただ、他のパンダの匂いは消したほうがいいだろうと、先ほどのパンダがかじった竹は片付けました。
それからしばらく待つと、次は一番右から現れました。もちろんサクッと倒します。
「やっぱり出てくるんだな」
「今日一日でどれだけ狩れるかだよね」
昨日は森の周辺を探しても、一時間あたり三頭しか見つかりませんでした。ところが今日はすでに二匹目です。このようにして、五か所を監視しながら出てきたグレーターパンダを順番に狩っていきます。ごくまれに二体同時に現れることがありましたが、二体同時に襲ってくるのでなければラケルは対処できました。
今日の午前中に狩ったグレーターパンダの数は三〇頭を超えました。それくらいで十分だろうと、今日のところは竹も片付け、森から離れて昼食をとることにしたのでした。
◆◆◆
「いやー、狩ったね」
「サラのおかげですね」
「サラさんの言ったとおりでしたです」
「間違いなくサラのおかげだな」
森の外に遊び場のように竹と笹を敷き詰め、そこにタケノコを置きました。タケノコは食べられてしまいますが、好物を食べて満足したあとに竹で遊び始めたグレーターパンダを狩るのは簡単です。結局タケノコを三〇個以上使いましたが、タケノコ一つが金貨一枚になると思えば安いものです。
問題はタケノコがいつまで採れるかです。日本と同じだとすれば、今が三月末ですので、ここから二月ほどでしょうか。その間にできる限り集めておこうということになりました。
「よくあんな方法を思いついたな」
レイは素直に感心しました。森の外の五か所に好物を並べ、そこに現れたグレーターパンダを順番に狩ったのです。二頭同時に出てきたのは二回だけで、それ以外は一頭ずつしか現れませんでした。
「それはあれ、レイも知ってるでしょ?」
「なにがだ?」
「ワニワ〇パニック」
サラはワニ〇ニパニックの要領で、出てきたグレーターパンダを順番に叩こうとしたのでした。ただ、次から次へと出てきた場合は対処できません。たまたまでしょうが、グレーターパンダは群れを作らないので、この作戦にはちょうどいいのでしょう。
「はいどうぞ。掘って一、二時間までの新鮮なタケノコなら生でも食べられるよ。食べすぎはダメだけど」
サラはタケノコの皮をむいてスライスすると、何種類化のディップを用意しました。タケノコの刺身にしたかったようですが、醤油がありませんので、サルサ、ウスターソース、タルタルソースです。
「今は無理だけど、皮の付いたまま直火で焼いても美味しいよ」
「休みの日にタケノコづくしをやりましょうか」
「そうだね」
タケノコはイタリアンでもフレンチでも使われます。意外にアレンジできるんですよ。
「ご主人さま、丸ごとかじってはダメです?」
「ダメじゃないけど……生でたくさん食べないほうがいいんだよな。ꅆꇰꀂꀑꇜꀆꇉ」
レイは少し考えてタケノコに【解毒】をかけました。ラケルはタケノコの食感が気に入ったようで、【解毒】をかけてもらったタケノコを生のままガリガリと食べています。
実はタケノコにはタキシフィリンという物質が含まれていて、それが体内で分解されると毒性を示します。もちろん大量に食べなければ問題ありませんし、茹でてアク抜きをしている間に多くが分解されてしまいます。それでも食べすぎると気分が悪くなることもありますので、注意が必要です。
毒性も心配ですが、タケノコにはシュウ酸やホモゲンチジン酸などのエグみ成分が含まれています。掘ってから時間が経つほどエグみが強くなりますので、アク抜きをしっかりとしましょう。
そのシュウ酸ですが、摂りすぎると結石の原因にもなります。ホウレンソウにもたくさん含まれていますね。どんなに体にいいものでも、食べすぎれば毒になるということです。
食後にお茶を飲んでいると、ラケルの耳が動きました。
「蜂を発見しましたです」
休憩をしていると、ラケルが指を向けた方向から黒いモヤのようなものが近づいてきました。
「このあたりにいるのならモリハナバチでしょう。人を襲うことは滅多にない大人しい魔物です。巣を作って蜂蜜を溜め込みます」
体長三センチから五センチほどの、ずんぐりとしたモリハナバチが群れをなして飛んでいます。
「蜂蜜は採れそう?」
「危害を加えない限りは大丈夫だそうですよ。でも金属類が嫌いだそうです。普段着のような格好で近づけば蜂蜜を譲ってくれるそうです」
「それなら俺がやるか」
レイは剣と鎧と兜を地面に置き、それからガントレットとグリーブを外し、さらにベルトも抜くと、すべてマジックバッグに入れました。そのマジックバッグもサラに預けます。金具が使われているからです。
「これで近づけばいいと?」
「そう書かれていますね。蜂は目の前まで近寄ってくるそうですが、それだけだそうです。あとは誘導に従えばいいそうです」
「ご主人さま、気をつけてくださいです」
「何かあっても【解毒】も【治療】もあるから大丈夫だろう」
レイはシャツとズボンとブーツだけの姿になって甕を持つと、モリハナバチがいるほうへ歩いて向かいました。その後ろを距離をあけて三人が付いていきます。
森の入口まで来ると、レイは三人を残して一人で中に入っていきました。
「怖くはないけど気になるなあ」
レイはモリハナバチが作るトンネルの中を甕を抱えて歩いていきます。一〇分ほども歩くと、行く手に巨木と、その幹に貼り付くようにできている巨大な蜂の巣が見えてきました。
レイが巣に到着すると、その前にはウズラよりも大きい、丸みのある大きな蜂が、ちょうどいい高さの枝に止まっているのが見えました。頭に冠のようなものがが乗っています。花粉でできた冠ですね。
「女王蜂?」
ぶっ
レイがそうつぶやくと、女王蜂はうなずくように頭を縦に振って羽を震わせました。それからレイをじっと見るかのようにその場に留まります。
「蜂蜜があるかなと思って来たんだけど、俺に何か言いたいことがあるとか?」
レイがそう問いかけると女王蜂は地面に降りました。そして木の枝を持つと土の上に何かを描き始めます。
「四角と半円……家……ではない。カバン……とも違う。なるほど、こっちが下か。ここを手に持って、頭?」
女王蜂は必死に何かを伝えようとしていますが、うまく絵が描けません。途中からジェスチャーも交えて説明しますが、レイにはなかなかうまく伝わりません。
「こういう形のものを頭……いや、顔……あ、ひょっとしてジョッキか?」
ぶぶぶ
女王蜂は羽を振りながらコクコクとうなずいた。
「なるほど、ジョッキか……って俺の言葉が分かるみたいだけど、字が書けたりはしないのか?」
ぶぶっ⁉
レイには女王蜂の顔が「その発想はなかった!」というような表情になったように思えました。女王蜂は地面の絵を消すと、そこに一つの単語を書きました。「ミード」と。
「書けるじゃないか。ミードね。もしかして飲みたいのか?」
ぶぶぶん‼
女王蜂を始め、この場にいたモリハナバチたちが一斉にうなずきます。
「それならすぐに持ってくるから少し待ってくれ」
レイはサラたちがいる場所まで一度戻ることにしました。
「どうだった?」
「どうしてかは分からないけど、女王蜂はミードが欲しいらしい」
「ミード?」
蜂蜜を水で薄めて置いておくとアルコール発酵が起きてミードが完成します。
「樽は帯鉄があるから甕に入れていこう」
レイはマジックバッグを受け取ると中から甕を取り出し、そこに樽に入ったミードを移し替えました。そして木でできた皿をありったけ布製の袋に入れると、口を縛って肩にかけました。それから甕を抱えてまた女王蜂のところに向かいました。
レイを見送ったサラはシーヴのほうを見て口を開きます。
「蜂もミードを飲むのかな?」
「自前で用意できそうなものですけどね」
「ご主人さまは蜂と話ができるのです?」
「「……」」
レイが帰ってきたらきちんと話を聞こうと思った三人でした。
66
お気に入りに追加
490
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される
こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる
初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
こちらの作品も宜しければお願いします
[イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ドラゴネット興隆記
椎井瑛弥
ファンタジー
ある世界、ある時代、ある国で、一人の若者が領地を取り上げられ、誰も人が住まない僻地に新しい領地を与えられた。その領地をいかに発展させるか。周囲を巻き込みつつ、周囲に巻き込まれつつ、それなりに領地を大きくしていく。
ざまぁっぽく見えて、意外とほのぼのです。『新米エルフとぶらり旅』と世界観は共通していますが、違う時代、違う場所でのお話です。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる