異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生

第6話:勢いと開き直り

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「それじゃあ、おかしなタイミングになったけど、この三人で『行雲流水こううんりゅうすい』の再始動スタート再開!」
「意味がかぶりまくってるぞ」
「いいのいいの! 雰囲気だから! せっかく三人で楽しく飲むんだから! はい、かんぱ~い!」
「「乾杯!」」

 まずは飲み放題にしてもらったエールとミードで乾杯です。しばらくして料理が運ばれてきました。その匂いに釣られるように客がぱらぱらと集まり始めます。
 ここしばらく酒場は閑古鳥が鳴いていました。酒場は酒を飲むための場所なのは間違いありませんが、普通に食事をする場所でもあるからです。ある意味では、飲み屋・兼・ファミレスなんです。
 現代の日本のように、この世界では気軽に料理はできません。火を使うなら薪が必要です。水も自分で汲まなければなりません。アルミやステンレス、フッ素加工の調理器具なんてありません。鉄の鍋やフライパンは気を抜くと簡単に錆びてしまいます。きちんと手入れができるくらいなら、最初から料理人でも目指すでしょう。
 さらには、火が使えない場所に部屋を借りている場合もあります。主に二階から上の部屋ですね。そうするとお湯すら沸かせませんので、食事はすべて外食かテイクアウトになります。
 冷たい食事でいいなら、エールと黒パン、それにソーセージかハムかチーズを足します。温かいものが食べたければ、屋台でスープを買って鍋に入れてもらい、家に帰って食べたりするんです。その屋台も食材がなければ店ができません。

「これでしばらく解体しなくても大丈夫だな」
「そうですね。スープはまだありますよね?」
「料理もスープもまだあることはある。そろそろ追加したいけどな」

 料理といっても、炒めたものや煮込んだものが中心で、ナポリタンやチキンピカタ、トンカツなどは、さすがのレイでも最初から用意していませんよ。

 ◆◆◆

 一時間ほど酒場にいると、ほぼ席が埋まりました。

「席を空けて部屋で飲む?」
「そうだな。まだお開きには早いだろうしな」
「部屋に戻って頂いたワインを開けましょうか」

 三人は女将に挨拶すると、階段を上がって部屋に入りました。

「しかし盗賊か」

 レイは直接聞いてはいませんが、オグデンを拠点に活動している冒険者のラックがシーヴに伝えていました。オグデンから南では盗賊が増えていると。

「この先にいるかもしれないんだよね」
「そうだな。避けようと思えば遠回りか?」
「そうですね。まっすぐ南ではなく、西から回るのもありかもしれません」

 わざわざ盗賊がいるとわかっている場所に近づかなくても、そこを迂回すればいいだけです。あとは危険性をどう考えるかですね。
 盗賊団がいるのはオグデンから南だと言われていますが、本当はどこにいるかは誰にもわかりません。情報がないからです。

「でもみんながみんな襲われるわけでもないと」
「荷馬車は襲われやすいみたい」
「金目の物を持っていると思われたんでしょうね」

 歩いている旅人が狙われることはあまりありません。盗賊たちからすると、割のいい仕事ではないからです。まとめてドンと金品が手に入るのは荷馬車です。

「金目の物があるかどうかは別として、サラとシーヴなら格好のターゲットになるだろうな」
「それなりに強いつもりだけど」
「そうですね。いきなり遠距離から魔法を使われない限りは大丈夫でしょう」
「いや、強いとか弱いとかじゃなくて、見た目の話だぞ」

 盗賊が真っ先に狙うのは馬車で運ばれている商品や金ですが、その次には女性を狙います。高く売れそうなら売り飛ばし、そうでなければ壊れるまで使んです。それが盗賊たちの女性の扱いです。

「いしし。レイは私のこともそう思ってくれてたんだ」

 サラはわざといやらしい笑い方をしましたが、レイは冷静です。

「ああ、日本にいたころから可愛いと思ってたぞ」
「え? あ、ありがと」

 レイに可愛いと言われて、サラは思わず顔を赤くします。これまで一度も言われたことがなかったからです。幼馴染に向かって使う言葉ではないでしょうね。

「毎週のように紹介してくれないかって相談があったからな。全部断ってたけど」
「え、そんなのあったの?」
「ああ、中学のころの話な。たぶん紹介は嫌だろうって思ったから断ったんだけど」

 サラは背は低かったものの、可愛さならクラスで上位にいました。学年でも上のほうだったでしょう。
 ゲームにラノベにマンガにアニメに、いろいろなものにハマりながらも、成績は上の下あたりにいて、しかも運動も得意でした。つまり、目立つ存在だったんです。
 そんなサラと幼馴染だと知られていたレイは、ある時期からサラを紹介してほしい、あるいは自分をサラに紹介してほしいと頼まれるようになりました。それをレイはすべて断っていました。
 レイはサラに彼氏を作ってほしくなかったわけではありません。逆に、早く彼氏を作ってほしいと考えていました。当時のサラの趣味中二病に付き合えるような彼氏が見つかればいいと。
 レイが紹介を断っていたのは、サラが他人から相手を紹介されるのが嫌いだとわかっていたからです。回りくどいのは嫌いですからね。しかも、サラが自分に対して淡い恋心を抱いていることを感じていたので、余計に紹介はできませんでした。
 そのレイは男子たちに向かって言っていました。「自分で声をかける勇気がないなら諦めたほうがいいぞ。あいつはそういう性格だ」と。
 レイという防波堤のようなそうでないような存在があったからか、サラが中学時代に告白された回数は両手の指の数を超えませんでした。一方で、レイに頼もうとした男子の人数は、三人が両手両足の指を使ってギリギリ数えられるくらいになっていました。

「レイはサラのことをよく見ていたんですね」
「なんだかんだで一緒だったからな」
「私をられたくなかったんじゃないの?」

 うりうりと脇腹をつついてくるサラに、レイは「違う」と答えました。レイが気にしていたのは、サラが嫌がるかどうかだけでした。
 サラは隣の家に住む幼馴染ですが、ある意味では妹のような存在でした。家族を守るためならレイはいくらでも苦労を背負しょいこもうとします。

「サラ、ものすごく愛されていたんじゃないですか」
「そうかもしれないけど、それって家族愛だよね?」
「幼馴染は負け属性だと言われるじゃないですか。のほうが上だと思いますよ?」
「そう?」

 恋愛云々うんぬんを除けば、レイにとっては大切なのはまず家族で、次に隣家の四谷家でした。ただし、サラたちはレイからすると、単なる幼馴染を超えていました。

「そろそろワインを開けますか?」
「そうだな。それにしても、こうやってゆっくりワインを飲むのはは久しぶりだな」

 レイはコルクを抜いて、それぞれのグラスに注ぎました。マリオンでも一般的なリンゴを使ったワインです。冒険者としては高価なものですが、貴族の息子としては慣れ親しんだものです。
 最後にワインを口にしたのは夜番の前です。体が冷えますからね。本来はそんなもったいない飲み方をするものではありません。体を温めるために飲むならキツめの蒸留酒でしょう。ただし、シーヴもサラも蒸留酒があまり得意ではないのでワインにしたんです。

「レイ、乾杯の音頭をお願いします」
「ここで乾杯って必要か?」
「まあまあ。可愛い恋人たちのリクエストだよ」
「男は度胸ですよ」
「度胸も何もないだろう」

 別に乾杯の音頭をとるのが嫌なのではありません。このタイミングで何を言えばいいか、微妙に困ったからです。

「それなら、えーと……いきなりドタバタから始まった『行雲流水』だけど、今後も自分たちらしく、急がず慌てず堅実にやっていきましょう。では、乾杯」
「「乾杯」」

 ◆◆◆

 翌朝、三人は目が覚めると、そろって二日酔いのような表情になりました。実際には酔いは残っていませんし、頭痛もしていません。なぜそんな顔になったかというと、部屋の惨状を見たからです。

「……酒に弱くなったわけじゃないのにな」
「……雰囲気に酔ったんだよね、私もシーヴも」
「……そうですね。まあ……私もサラもレイの恋人になったから問題ないでしょう。むしろ喜ばしいことですね」

 ここはベッドの上。目が覚めると三人は裸で抱き合っていました。シーツはしわくちゃで、いろいろな体液がシーツにこびりついています。まぎれもない事後ですね。最初は二人がいいと二部屋借りたのはなんだったんでしょう。

「まさかシーヴが人差し指を立てて『カモ~ン』てやるとは思わなかったよ」
「言わないでください!」

 これまで自分を抑えてきた反動からか、あれからすぐにシーヴのテンションがおかしくなりました。

「たしかにあれは危険だった」

 レイは「ふうっ」と額の汗を手でぬぐう素振そぶりをします。

「危険だったもなにも、ルパンダイブみたいにシーヴの胸に飛び込んだじゃん」
「まあな。ああいうのはサラの領分だと思ってたから新鮮で、思わずやってしまった」
「うん、たぶん私の領分だね。レイ、カモ~ン」
「いや、もういいだろ。朝からはおかしいし」
「じやあこっちからいくよ」

 レイが乗り気でないとわかると、サラは自分からレイの胸に飛び込みました。サラを受け止めた勢いでレイは後ろに倒れてしまいました。そのまま二人は無言でキスを交わします。

「ようやくレイに抱かれたんだなあ」
「俺もサラを抱くことになるとは思ってなかったな」

 これはこれで自分たちらしいかもしれないとレイは感じていました。日本で幼馴染として生まれ、お互いに意識はしながらも恋人にならないまま死んでしまった二人です。生まれ変われば主従関係のある幼馴染で、独り立ちしてからようやく恋人同士。なかなかできない遠回りでしょう。
 レイは中学でも高校でも、さらには大学でも、友達はたくさんいました。ところが、恋人となるとあまり作る気になりませんでした。それは彼の性格のせいです。
 レイは子供のころから理屈っぽいところがありました。そんな彼は、タイプでない女性と付き合うのは相手に対して失礼だと考えていました。
 中学に入ったあたりから、なんとなくサラが自分に好意らしきものを持っているのはわかっていました。それでも付き合おうとしなかったのには、そのような理由があったからです。
 レイとサラのやり取りを聞いていたシーヴは、レイに腕枕をしてもらうことにしました。彼女はこれが一番落ち着きます。顔を見るのは気恥ずかしいのか、シーヴはずっと天井を見ていましたが、そこにサラから声がかかりました。

「ねえ、シーヴも三人欲しいんだったよね?」
「そ、そんな話もしていましたね」

 酔いが回ってきたころ、子供は何人欲しいか、二人は競い合うように話していたのをレイは覚えています。

「二人とも男女男の三人って言ってたよな」

 それを聞いてシーヴは顔を赤くします。

「し、獅子人は安産ですから、作ってもらえるなら何人でも大丈夫です」
「いずれはそうなるとしても、その前にきちんとした拠点が必要か」

 さすがに根無草で子供を作るほどレイは無責任な男ではありません。むしろ責任感だけは他人の何倍もあるでしょう。子供が欲しくなれば、そのときはどこかの町で庭付きの家を用意しよう、そうレイは考えていました。
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