異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第4章:春、ダンジョン都市にて

第2話:様子見の初日

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 クラストンに到着した翌日、今日は様子見ということで、あまり焦らずにゆっくりめに冒険者ギルドに到着しました。
 ギルドのロビーに入ると、人はそこまで多くはありませんでした。好条件の依頼を探しにくるパーティーは朝一番が多く、そうでないならダンジョンに向かうからです。
 レイたちは空いている窓口に並びます。そこにいたのは笑顔に特徴のある女性でした。ホッとする笑顔といえばいいでしょうか。それがレイにとっての第一印象でした。

「初めての方ですよね? 冒険者ギルドへようこそ。担当はマーシャです」
「すみません。借家の空きは確認できますか?」
「借家ですか。少々お待ちください」

 ここに来るまでに借家を扱っている斡旋屋を回ってみたものの、予想どおりすべて貸し出し中ということでした。そもそも大きな町ではないので、借家よりも宿屋のほうが多いのです。あとはギルドなどの公的機関で確認するしかありません。

「すべて借りられていますね。ギルド以外が管理している物件以外はわかりませんが」
「やっぱりそうですか。ありがとうございます。それでもう一件ですが、ギルド長宛ての紹介状を預かっていますので、確認をお願いします」
「はい……確認してきますので、しばらくお待ちください」

 レイが渡した紹介状の裏表を確認すると、マーシャはそれを持って後ろに消えました。それから三分して、またカウンターに戻ってきました。

「『行雲流水こううんりゅうすい』のみなさん、こちらへどうぞ」

 レイたちは横の扉から裏手に案内されました。扉を通ると、その先は廊下になっていて、その途中に階段があります。

「これってひょっとしてイベント発生?」
「いや、紹介状を渡された時点で発生してるんじゃないか?」

 ギルド長からギルド長への紹介状という時点で明らかにイベントです。何も起きないと考えるほうがおかしいでしょう
 レイたちがマーシャに案内されてギルド長室に入ると、座っていた筋骨隆々の男性がにこやかな笑みを浮かべて立ち上がりました。

「レイ、大きくなったな」

 男性はそう言いながらレイに抱きつきます。レイは一瞬誰なのかわからず、反応が遅れました。

「えっと……ザカリーさん?」
「覚えてたか。一瞬忘れられたかと思ったぞ」

 ギルド長はニヤリと笑いました。

「レイ、知り合い?」

 サラには見覚えのない顔でした。レイですら、最後に会ったのは五つになったころです。冒険者をしていることは聞いていましたが、それ以降はマリオンで会ったことはありません。

「母上の弟のザカリーさん。俺の叔父になる。お兄さんがナコルズの代官をしてるはず」
「その通りだ」

 レイの母親のアグネスは代々ギルモア男爵家に仕える騎士の家系の出身です。兄のパスカルが家を継いでいて、弟がレイの目の前にいるザカリーになります。
 騎士は代官として町の管理・運営を任されることもあります。ザカリーの実家はそのような家一つです。緊急時には兵を率いて領都に駆けつけるのも仕事です。幸いにもこれまでそのような事態は一度もありませんでしたが。
 ひょっとしてジュードは自分とザカリーの関係を知っていて紹介状を書いたのだろうかとレイは想像しました。それなら紹介状を渡されたときの言葉も理解できるからです。

「それにしても、お前も一人前の女たらしになったか」
「いや、まあ、その……」

 ザカリーはニヤニヤしながらレイの肩をバンバンと肩を叩きました。タイプはそれぞれ違いますが、美女と美少女を連れていれば目立ちます。特に今のように、建物内で兜を脱いでいれば。

「いや、こう言うとなんだが、モーガンはあまり女に興味がないだろ?」
「母上しかいませんからね。兄上たちもそうですが」

 モーガンとトリスタンとライナスには正室しかいません。若いころに他に相手がいたかどうかまではレイにもわかりませんが、とりあえず今は正室のみという状態です。
 一途なのが悪いわけではありませんが、貴族にとっては必ずしも褒められた話ではないんです。子供が少ないと婚姻政策で困るということになるからです。
 たとえば、ギルモア男爵領の多くの町の代官は領主の家系と繋がりがあります。レイの母親はナコルズの前代官の娘です。このように領主に嫁いでくることもあれば、逆に領主の娘を代官に嫁がせることもあります。それぞれの町と良好な関係を維持しなければなりません。そのためには子供の数も重要なんです。

「やっぱりそうか。どうも昔から淡白な家系らしいな。だが、男として生まれたのなら好きなように女を抱く。それがロマンだろう」

 ザカリーの言葉を聞いてラケルが身を乗り出しました。

「ご主人さまは毎晩みんなで一緒でも問題ありませんです!」
「おい、ラケル」

 ラケルの言葉を聞いたザカリーは笑いながら身を乗り出しました。

「そいつは豪気なことだな」
「はい。豪気な方です」
「そうかそうか。はっはっはっ」

 ザカリーには妻が三人います。まだ三〇代なのでそちらのほうも現役なんですね。

「まあレイがお盛んなのはいいとしてだな、ここで活動するんだよな?」
「はい。ダンジョンがあることですし、しばらくレベルを上げながら稼ごうと」
「ああ。優秀な冒険者はいくらでも欲しい。どうも最近では他のダンジョンに冒険者を奪われがちだからな」

 ダンジョンは国内に七つあります。クラストンのダンジョンはその中でも一番新しいものです。
 ここのダンジョンが他の六つと比べて特に劣っている部分はありません。一番新しいので、一番浅いのは仕方がありませんね。ただ、北部は盗賊が多いという噂が広がったせいで、冒険者の数がやや減っています。

「それでしたら、こちらは二つほどお願いがあります。可能であればでかまいませんが」
「俺にできることなら聞こう」

 レイの言葉にザカリーは前のめりになって大きくうなずしました。

「どうも借家の空きがないようですが、なんとかなりませんか? ここに来るまでに少しバタバタしましたので、この町ではしばらく腰を落ち着けたいと思いまして」

 レイがそう言うとザカリーは渋い顔をしました。

「なんとかしてやりたいが、本当に空きがない。この町はそれほど大きくないからな。領主様は拡張したいようなんだが」

 町を拡張しようとすると、今の城壁の外側にもう一つ城壁を作らなければなりません。そうなるとキロ単位で大規模な土木工事になります。かなりの人手と日数がかかるので、工事は農閑期に始めるのが一般的です。
 さらには予算というものがあります。クラストンにはダンジョンがありますので経済的には潤ってはいますが、それでも何百人もの労働者を長期間雇うのは、財政的な負担も大きいのです。

「俺に情報が入れば、可能な範囲で優先しよう。それは約束する」
「ありがとうございます。もう一つはギルドの解体所を貸してほしいんです」

 レイは解体前の魔物が溜まっていることを説明しました。肉は確保して毛皮などは売却予定ですが、その解体をする場所がありません。一匹や二匹なら町の外でもいいのですが、まとめてするなら魔物の寄ってこない場所に限ります。丸ごと売ってもいいのですが、自分たちが使うためにある程度は解体がしたいのです。

「解体所か。丸ごと売ってくれたほうがギルドとしても儲かるが……」

 ザカリーはあごに手をやって考えました。ギルド長としてはギルドが儲かるのが一番です。ギルドが解体すると手間がかかりますが、買い取り価格は下げられます。
 この町にはダンジョンがありますので、持ち込まれる魔物は普通の町に比べると多くなります。できる限りコストを下げたいというのがギルド長としての本音です。
 ところが、レイたちがいれば、ザカリーには助かることも多いのです。まだ若いですが、どうやら将来有望そうなパーティーです。それに叔父と甥という関係なので、他のパーティーには頼みにくいことでも頼むことができる押し付けられるでしょう。ここで恩を売っておく意味は十分にあります。

「解体所はいくつかあるから空いていれば使ってくれてかまわない。ただし、うちが使っている場合もある。その場合はうちを優先してくれ。急ぎの場合もあるからな。それと、少しでいいから丸ごと売ってくれ」
「もちろん一部は丸ごと売ります」
「よし。マーシャ、一緒に行って伝えてくれ」
「わかりました」

 ◆◆◆

 レイたちはマーシャの案内でギルドの建物の裏に来ました。ここには倉庫のような解体所が集まっていて、持ち込まれた魔物を解体をすることになっています。ちょうど今は解体作業は行われていません。

「マーシャか、こんなところにどうした?」

 頭にタオルを巻いた職員が立ち上がりました。

「セスさん、この方々にしばらくここを貸してほしいんです。ギルド長の許可は出ています」
「午前中は少ないから大丈夫だろう。夕方から夜にかけては忙しいけどな。とりあえず今は大丈夫だ」

 ギルドは魔物丸ごとか解体された素材を買い取ります。取り扱っている量が多いので、丸ごと渡して肉だけ持って帰りたいと言っても返してくれません。それなら最初から自分で解体しろと言われるだけです。だから解体は面倒だから丸ごと売って、肉は肉屋で買えばいいと考える冒険者が多いんです。冒険者が肉屋で肉を買うことは少ないですけどね。
 冒険者たちは朝から出かけて夕方に売りに来ることが多くなります。もちろん夜中にダンジョンに潜って明け方に出てくるパーティーもいますので、午前中でもある程度は仕事がありますが、忙しいのはほとんどが夕方以降です。

「それじゃ、やるか」
「「「はい」」」

 レイの合図で四人が二組に分かれて解体を始めます。まずはラインベアー。群れで襲ってくるので数が多くなりがちです。肉は硬くて安いのですが、なにせ量が量なので、解体すればそれなりの金額になります。毛皮は硬くて丈夫なので、雨具や敷物などに利用されます。

「レイ、【浄化】をよろしく」
「OK」

 レイは一頭解体を終えるごとに全員に【浄化】をかけます。ついでに汚れた解体用テーブルもきれいにしておきます。まめにきれいにするほうが作業がしやすいことがわかっています。
 続いてはスパイラルディアーです。肉は柔らかくて美味いですね。毛皮は中価格帯、つまり庶民向け高級品の女性用コートによく使われます。角は薬の素材になります。
 それからブッシュマウス。他の魔物に比べれば小さいですが、これも数が多い魔物です。肉は程よく柔らかく、毛皮はコートなどに使われます。
 ワイルドエリンギは、エリンギに手足が生えた姿をしています。倒すときは繊維に沿って縦に割ります。その時点で活動を止めますので、あとは手足を切り取るだけです。

「うへえ」
「そろそろ慣れてくれよ」

 サラが悲鳴を上げたとおり、最後がヒュージキャタピラーです。サラも顔をしかめながら参加します。
 これでも最初のころよりはずいぶんとマシになりました。視界に入ったからといって逃げることはありません。それでも「うげっ」「ぎゃっ」「ひょえっ」のように、あまり上品ではない悲鳴が上がります。

「とりあえずこんなものか」

 一時間半後、レイが持っていた大物に関してはあらかた片付きました。サラのマジックバッグに入っていた小物もほぼなくなっています。一部は丸ごと売る約束なので、その分は残しています。毛皮はすべて売り払います。内臓のうち、心臓などの食べられる部分や薬の材料になる部分は確保し、残りは捨てます。それでもかなり減りました。

「お前さんら、仕事が早いな」
「腕力があるからでしょうね」

 全員が上級ジョブになっているので、一般ジョブからくらべると、かなり腕力があるでしょう。それも一つの理由ですが、四人のうち三人には前世の知識があるというのも大きいのです。
 さすがに自分の手で動物をさばいたことはありませんでしたが、人体模型やテレビの映像などを通じて、骨格、筋肉、靭帯、腱、内臓、脂肪など、何がどういう働きをしているかは大まかにわかっています。それが大きいんです。

「空いてるならいつでもいいぞ。きれいに使ってくれるようだからな」

 ザカリーの紹介ということもあり、今後も解体所が忙しくなければ使わせてもらえることになりました。一部は丸ごと渡し、解体したものについては食べる部分と薬の素材になる部分はレイが確保し、それ以外はギルドに売却することも決まりました。

「マーシャさん、ずっとここにいてもよかったんですか?」

 解体の間もずっとここにいたマーシャにレイはそう聞きました。迷惑ではなかったのかと。ですが、マーシャの答えは簡潔でした。

「もちろんです。私一人くらいいてもいなくてもギルドは大丈夫ですよ」

 マーシャの笑顔に見送られ、レイたちはギルドを後にしました。

 ◆◆◆

 ギルドを出た四人はそのまま商業地区を歩きます。レイの目には、マリオンと比べるとかなり活気があるように思えました。ところが、これでも活気がなくなっているのです。初めてこの町に来たレイにはそこまではわかりません。
 ザカリーの説明にもあったように、アシュトン子爵領で大規模な盗賊団が活動しているので、北部に来る人が減りました。レイたちがその盗賊団の主力を潰し、兵士と冒険者の合同討伐隊が残党を排除しましたが、その話が広まるにはもう少し時間がかかるでしょう。
 そのような話をしながら道を歩いていると、そこかしこから食欲をそそる匂いが漂ってきました。そろそろ昼食の時間です。

「朝夕は宿屋で食べるとして、昼食をどこで作るかだな」
「焼くくらいはどこでもできるけど、さすがに煮込みはね」
「このマジックバッグでどこまでできるかですね」

 シーヴが肩にかけているマジックバッグは故障品で、内部の時間が止まりません。だから煮込みかけた鍋を中に入れればそのまま煮込めるのではないかと考えていますが、まだ試したことがありません。
 さらに、鍋を乗せるをどうするかです。普通なら石を組んで作りますし、これまでも必要があればそうしていました。ところが、石を組んだだけのかまどをそのままマジックバッグに入れることはできません。

「魔石コンロを買うか」
「鉄の板の上にかまどを作ったらどうですか?」
「あの盾を使うです?」
「いや、あれでは小さいな。薄くてもいいから、もう少し長い鉄の板が必要だな」

 鉄の板の上にかまどを作ります。そうして鉄の板ごとマジックバッグに収納すれば、マジックバッグの中で煮込み続けることができるでしょう。
 ラケルを除く三人は、ライルとコクランの間で二晩ほど野営をしましたが、そのときは焚き火の種火をマジックバッグに保管していました。鉄の板に乗せれば、焚き火ごと保存できていたのです。
 ガスバーナーのように火の出るレイの【火弾】を使えば火をつけるのに時間はかかりませんが、楽ができるのなら楽がしたいと考えるのが人の常です。

「それだけじゃ全部は無理だから、たまに宿屋でお願いするか」
「長期で滞在という前提なら、食材などと交換ということで空いている時間に使わせてもらえるかもしれません」
「お肉ならいっぱいあるからね」

 ◆◆◆

「キッチンですかぁ?」
「ああ、今すぐじゃなくていいんだけど貸してほしいんだ。料理をしたくて」
「はぁい。たまにそのようなお客さんもいますのでぇ、かち合わなければ大丈夫ですよぉ。キッチン全部というのは無理ですけどぉ」

 長期滞在をすると、自分で作りたいという客もいます。午前か午後の空いている時間ならキッチンを貸すこともあります。ただし、暗くなる前は客は少ないとはいえゼロということはありません。ほとんどがエールかミードと軽いつまみという程度ですが、客が注文すれば作らなければなりません。貸せるのは半分だけ。食材は持ち込み。調味料などは使った分だけ支払う。そのような条件だとレイは説明を受けました。

「それならまた今度頼む」
「伝えておきますねぇ」
「よろしく」

 レイと話をするマルタを見ながらサラとシーヴは顔を見合わせました。ラケルはマルタの胸を見ています。

「やるね」
「なかなかやりますね」

 マルタはレイを見ると、トレイを持ち直すように見せかけながらさりげなく両腕を寄せ、胸の谷間をさらに深くしていました。あまりにも自然な動作だったので、レイはマルタがわざとそうしているとは気づいていないでしょう。別に彼は巨乳好きというわけではありませんからね。
 昨日マルタの胸を凝視してしまったのは、あまりにも立派な胸だったからです。レイは女性をジロジロ見るようなことはしません。それは日本人時代に身に付いたマナーでもありますが、魅力と幸運が高いので、何が起きるかわからないと警戒しているからでもあります。火に近づかなければ火傷はしないのです。

「牛娘には負けませんです」

 そんなレイの心の内とは関係なく、ラケルはメラメラと闘志を燃やしていました。
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