異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第4章:春、ダンジョン都市にて

第4話:ラケルの弱点

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 地下三階。

「ここも普通だな」
「そうですね。ダンジョンというだけで、魔物は動物系が多いですからね」

 魔物にはいろいろな分け方があります。大きく分けると、動物系と非動物系の二種類です。頭と心臓があって生きているものが動物系、ゴーストやゴーレムのように、生きていないものが非動物系です。

「ここって動物だけなの?」
「いえ、下に行けばゴーレムがいます。ほとんど戦ったことはありませんけど」

 ゴーレムは魔法生物の一種で、体内にコアと呼ばれる魔石のようなものがあります。それを脳や心臓だと考えれば動物系とも考えられますが、石や金属でできていますからね。普通は非動物系に含められます。硬いですよ。

「まあそこまで行かなくてもいいだろ。今日のところはお試しだ」
「そうだね。でも、意外に魔物が出ないね」

 サラがそう思ったのも仕方がないでしょう。ゲームのイメージで、常に魔物が襲いかかってくると想像してしまうからです。

「他にもパーティーがいますし、すべてのパーティーが常に魔物に襲われているようなら、ダンジョンからあふれるくらいいますよ」
「それもそうだね」
「はい。特に浅い階は、冒険者がダンジョンに慣れるように、わざと少なめになっていると言われています」

 ダンジョンには意思があると言われています。そうでなければ報酬として宝箱を置いたり、死体を自分で片付けようとはしないでしょう。それに、少しずつ魔物が強くなったり、対策をしないと進めなかったりすることから、ダンジョンは生きていると言われているんです。
 たとえば、地下五〇階までのダンジョンがあるとすると、五階あたりまでがチュートリアルで、一通りのことが経験できます。そこを抜けて一〇階あたりまでが初級です。そこから先になると、ボス戦はザコ戦を繰り返して対策を考えなければクリアできないことがよくあります。強ければ必ずボスを倒せるとは限らないんです。
 そして、三〇階あたりまでが中級で、そこから五〇階までが上級と考えられています。誰でも一階ずつ、順番に進まなければなりません。ズルができないようになっているんです。

「今日のところは……進んでも五階のボスくらいまでか?」
「そうですね。時間的にも無理はしないようにしましょう」

 ダンジョンの内部は地上とは完全に切り離された空間になっていて、かなり広くなっています。このクラストンのダンジョンの場合、浅い階層は東西六キロ、南北四キロの長方形になっています。深い階層は狭くなります。冒険者が減るからではないかと言われています。

「ご主人さま、階段と安全地帯が見えます」

 そう言われてレイが目をこらすと、通路の先に地下四階に向かう階段と、その手前に安全地帯がありました。

「そろそろ休憩するか」
「そうですね。今で二時間くらいでしょうか。早めの昼食にしましょうか」

 レイたちはここで昼食にすることにしました。ダンジョンは広いのです。攻略が目的ではないので最短で進んではいないのも原因ですね。このあたりは何かがありそうなど、探検気分で進んでいます。

「ここまでは問題ないな」
「ないね」
「ラケルが頑張ってくれますからね」
「問題なしです!」

 ラケルが胸を張ります。実際にそれだけの働きをしています。
 地上とは違い、ダンジョンの中は攻撃できる範囲が限られています。今のところ通路は幅も高さも二〇メートルほどありますが、脇道がなければ魔物は正面からしか来ません。たまに天井からカメレオンゲッコーが落ちてくることもありますが、ラケルの鼻とシーヴの目という二つのセンサーから逃れることはできないのです。
 さらにラケルは【薙ぎ倒し】が使えます。魔物に囲まれてもハンマーの一振りですべてをノックバックさせた上に転倒させることもできるのです。ラケルが前にいるということは戦車の後ろを歩いているようなものです。さすがに全部それでは訓練になりませんので、ラケルを休ませつつ、交代で魔物を倒していました。

「あ、先客がいるね」
「そうね」

 レイたちの食事が終わりかけたころ、一組の男女が入ってきました。レイが見たところ、年齢は兄たちと同じくらいで、剣士の男性と魔術師の女性という組み合わせでした。レイは自分から声をかけることにしました。

「俺たちは『行雲流水こううんりゅうすい』です。これから下に向かうところだけど、お二人もこれから下に?」
「僕たちは『双輪そうりん』。三日ほど潜ってたから、少し休憩してから上に戻るところだよ」
「ん? 転移部屋を使わないポリシーとか?」
「いや、そこまでは考えてないけどね。帰りにだって魔物はいるし宝箱もあるし、僕たちは無理しない範囲で長く潜るんだ」
「なるほど」

 ただ下を目指すというのではなく、稼ぐため、鍛えるために転移部屋を使わないという場合もあります。途中までは歩いて戻り、浅い階層まで来たら転移部屋を使うというパーティーもあります。

「初めてなら四階かボス部屋のある五階までにしたほうがいいわ。四階から出るサンドフロッグは意外と疲れるから」
「カエルか」
「聞いてるかもしれないけど、水と砂を吐くのよ。足場が悪くなるから注意したほうがいいわね。疲れたまままま五階に行ってボスを相手にすると大変なことになるわ」

 女性が親切にアドバイスをしてくれます。

「ねえ、下から上がってきたらボス部屋ってどうなるの?」

 ボスを倒して下の階に行ってから上に戻ったらどうなるのかと、サラは気になりました。ボスが復活していたら不意打ちを食らわせることができるのかと。

「六階から五階に戻ると、ボス部屋の裏か横に出るのよ。だから正面に回って他に誰もいなければボスと連戦もできるわ」
「連戦かあ……」
「でも浅い階層ではボス戦の待ち列ができるし、深い階層になるとボスはかなり強いわよ。メリットは絶対に宝箱があるってことだけね」

 ボス部屋に入ると扉が閉まります。そうすると逃げ場はありません。基本的には倒さないと出られないのです。強そうだから逃げようと思っても逃げられません。

「ありがとう。それじゃまた」

 レイは二人に挨拶すると、安全地帯を出ました。そのまま近くにある階段で四階に向かいます。

「感じのいい人たちでしたね」
「そうだな。冒険者っぽくなかったな」
「でもレイだってあまり冒険者っぽく見えないけどね」
「なかなかなあ」
「ご主人さまは冒険者で収まるような人ではないです」
「ありがとう、ラケル」

 ラケルのレイに対する信頼感がインフレを起こしていました。

 ◆◆◆

 地下四階。

「サンドフロッグがいますね。水と砂に注意してください」

 五匹の巨大なカエルが口を開けたまま待ち構えていました。その口からマーライオンのように砂混じりの水が噴き出しますが、レイたちには届きません。水と砂が止まるとラケルが盾を構えて突進の準備をします。

「行きます!」
「あ、ラケル!」

 突進しかけたラケルを止めようとシーヴが声をかけますが間に合わず、ラケルは——

「ちょわっ!」

 ガッコワ~ン!

 ころびました。前に向かって飛び込むかのように。ハンマーと盾が床に当たって大きな音を立てます。

「ハッ!」

 レイはカエルの前までジャンプするとグレイブを振りました。刃がサンドフロッグの喉を切り裂きます。巨大なカエルはひっくり返って生き絶えました。サラもグレイブで、シーヴが矢で次々と倒していきます。
 サンドフロッグそのものはあまり強くはありません。ですが、油断は禁物です。

「この水と砂は油断できないな」

 レイは床に散らばった砂を手に取りました。砂と呼ぶには粒が大きいものです。小さなものは一、二ミリほどですが、大きな粒は五ミリから一センチほどもありました。もはや砂利と呼んだほうがいいでしょう。

「他の魔物と一緒に出てくると厄介ですね」
「う~、踏ん張れないです」

 ラケルの弱点が発覚しました。そういう意味では意味のある戦いだったでしょう。
 サンドフロッグは戦う前に水と砂を撒きます。それは敵の足を止めるためです。こけないようにと踏ん張っても踏ん張りが利かないので、へっぴり腰になってしまうんです。

「サンドフロッグだけは他のメンバーに任せたらいい」
「……はい」

 サンドフロッグを倒すにはレイのように砂のない場所までジャンプするか、それとも飛び道具で狙うかです。たしかに情報どおりなのですが、これほど相性の良し悪しが出る魔物も少ないでしょう。マジックバッグに盾とハンマーを入れてしまえばラケルでもジャンプできますが、着地してすぐに盾を出して装備するのは不可能です。

「でもきれいな粒だね」
「庭に敷き詰めるのによさそうですね」
「玉砂利か?」

 玉砂利にしては小さいですね。粒がそろっていますので、見た目に均一感があるでしょう。

「家を買ったら庭に撒こうよ」
「どれだけ必要になると思ってるんだ?」

 レイはそう言いましたが、【浄化】をかけた砂利を空いている樽に詰めていきました。ただ、この砂を見て、ラケルが嫌なことを思い出さなければいいなとも思いました。

 ◆◆◆

 さらに一〇匹ほどサンドフロッグを倒しました。

「む~~~~~」

 ラケルは砂利を見ながらうなっています。

「まあ、気持ちはわかるけど」

 レイにはラケルが何を考えているのか理解できます。

「ご主人さま、滑らないためにはどうすればいいです?」
「真っ直ぐ足を下ろせば滑りにくいのは間違いないけど戦闘には使えないしなあ」

 山でも雪でも、つま先や踵だけに力が入ると滑ります。ところが、ダンジョンでのんびりしていれば魔物に襲われます。

「靴底をもっとデコボコにするしかないな」

 ブーツの靴底は魔物の革を重ねて作られています。それが滑り止めになっていますが、さすがに砂利相手では分が悪いですね。特にラケルのように踏み込もうとすると確実にこけます。

「デコボコです?」
「ああ。こうやってヘコんだ部分を作ることで滑りにくくすることができる。でもこれだけ撒かれたらどこまで効き目があるかは分からないけどな」

 レイが説明したのはトレッキングシューズのような靴底でした。グリップ力を上げるために、靴底のブロックを大きく、溝を深くするしかありません。
 そのような底のブーツは見かけませんので、特別に作ってもらうか、それともサンドフロッグがいる階層はできる限り早く抜けるか、そのどちらかでしょう。

「ラケル、このまま頑張っていればどうにかなるかもしれませんよ」

 悩むラケルにシーヴが声をかけました。

「どういうことです?」
「ダンジョンはわりと親切で、対策を用意してくれることが多いんです」

 ダンジョン内で見つかるアイテムには、での戦いを有利にしてくれるものが意外に多いということです。

「私は見たことがありませんが、あるダンジョンにある、ずっと砂漠が続く階のどこかでは、水がいくらでも手に入る水袋が見つかることがあるそうです」
「手前ではないのです?」
「一度は苦労しろということなのかもしれませんね」

 ダンジョンが生き物の一種だと言われるのは、そのような面倒見のよさが関係しているからです。少し意地悪でもありますが。

 ◆◆◆

「不思議な光景だったね」
「ああ、不思議だな。箱は消えるし」
「ふわっと消えましたです」

 三人が驚いたのは、階段へ向かう途中にあった小部屋に宝箱です。シーヴが罠がないかを調べてから開けると、中には一足のブーツが入っていました。シーヴがそれを取り出すと、まるで溶けるかのように宝箱は消えていきました。

「これは……ラケル、よかったですね」
「よかった、です?」
「はい。【鑑定】で調べたら、アンカーブーツという、滑り止めの付いたブーツでした」

 シーヴがブーツを手渡すと、ラケルは手に取って靴底を見ました。

「これが滑り止めです?」
「ああ。俺がさっき言ったのはこういう靴底だ。これはマジックアイテムの一種みたいだけどな」

 宝箱には滑り防止機能の付いたブーツが入っていました。アンカーブーツという名前で、床に食いついて絶対に滑らないと説明があります。逆に滑りたくても滑れないので注意が必要です。
 たとえば、【シールドチャージ+】で魔物を吹き飛ばしてから止まろうと踏ん張ると、前につんのめって転倒したり、場合によっては足首を痛めたりすることも考えられますね。気をつけましょう。

「先ほどまで戦いたくても戦えなかったのが苦労なのかもしれませんね」
「……ご主人さま。もう一度サンドフロッグと戦いたいです」
「いいぞ。そのあたりで出くわすだろう」

 それからラケルは、先ほどまでの鬱憤うっぷんを晴らすかのように、サンドフロッグを倒して倒して倒しまくりました。彼女にしてみれば、水をかぶろうが砂が当たろうが、それは気になりません。盾を構えて突進し、ただハンマーで殴り飛ばすことを繰り返しました。その結果——

「レベル二になりましたです」

 ラケルはレベルが上がりました。

「お、俺もレベルアップした」
「私も」

 二人はそろってレベル三になりました。シーヴは少し前に上がっているので変化はありません。

「そろそろ時間だろう。五階の床を踏んで戻らないか?」
「そうですね。いつもならそろそろ帰りの準備をする時間ですね」

 シーヴがマジックバッグの中の砂時計を確認します。このマジックバッグは時間が止まりませんので、このような使い方もできるんです。

「次はボスを相手にしてみようか」
「頑張ります!」

 五階の床を踏んだ四人は地図で転移部屋を確認すると、そこから地上階へと戻りました。

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