異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第6章:夏から秋、悠々自適

第17話:類は友を呼ぶ

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「えっ?」

 安全地帯に入って休憩していたレイたちの耳に飛び込んできたのは、女性の驚いた声でした。レイが振り向くと、そこには見覚えのある顔が三つありました。

「あの人たちって『天使の微笑み』だよな?」
「ええ、そうですね。あれは『天使の微笑み』の二人と『ペガサスの翼』のレックスさんですね」
「ああ、そうだそうだ」

 レイの目に映ったのは、マリオンで見かけたことのある冒険者たちでした。年始から積極的に活動するパーティーは少なく、何度か顔を合わせたことがあります。特に『天使の微笑み』の二人とは一緒に飲んだこともありました。
 レイもサラも『ペガサスの翼』とはそれほど話をしませんでした。ここにいない、もう一人のヒョロっと背が高いほうがレイを睨みつけることがあったからです。そのたびに、もう一人から頭を下げられたのをレイは覚えています。
 シーヴが手を上げると三人が近くまで来ました。

「やっぱりマリオンにいたシーヴさんですよね?」
「『天使の微笑み』のアンナさんでしたね」
「覚えててくれたんですね。シーヴさんは現役復帰ですよね?」
「はい。いろいろとあって、職員を辞めまして。そういえば、『ペガサスの翼』にはもう一人……」

 シーヴが「もう一人いましたね」と確認しようとすると、レックスが手で言葉を遮りました。

「うちは解散しましてね。それで俺だけが『天使の微笑みに』加えてもらったんです」
「うちのリーダーになってもらったの」
「そのほうが馬鹿にされにくいですので」
「ま、そういうことです。シーヴさんは被害者だったから知ってると思いますが、ノーマンのやつは前から……」

 隠しても意味ないだろうと、レックスはシーヴがマリオンを去ってからのことをすべて説明しました。

「ヘコむくらいならまだしも、仕事もせずに部屋に引きこもるとなるとさすがにね。あいつとは幼馴染だし恩もあるし。でも俺にも俺の生活があるし、そこは譲れなかったってことです」

 レックスはアンナから声をかけられて『天使の微笑み』に加わることを決めました。酒場でノーマンにキッパリと解散を告げるとギルドにも報告し、それからアンナたちに合流しました。

「まさかリーダーをしてくれと言われるとは思わなかったが」
「でもレックスにリーダーになってもらってから仕事がやりやすくなったのは間違いないって」
「ええ。それなら大きな町のほうがいいのではと思いまして、転職してからこちらまで来ました」

 レックスは重戦士から重騎士、アンナは魔術師から魔法戦士に、リリーは僧侶からビショップになっています。

「聞いていいかどうか分からないけど、シーヴさんはどうしてたんですか? いきなり辞めたんだから何かあったと思うんだけど」
「ええと……もしかしたらオグデンで少しくらいは聞いたかもしれませんけど……」

 アンナから聞かれたシーヴは少し困った顔をしましたが、向こうの事情を聞いてしまった以上、自分の事情を言わないのはフェアでないように感じてしまいます。それでオグデンに移籍する経緯から簡単に説明することにしました。
 話を聞くうちに三人の顔が少しずつ引きつり始めます。そして話が終わるころには三人とも眉間に皺が寄っていました。

「誰でもそういう顔になりますよね」
「そりゃそうですよ。それでギルド職員がそれ以上は聞いてくれるなって顔になってたのか。男としては見下げ果てるしかないな」
「女でもね」
「握り潰してやりたいですね」

 女性陣の話が一瞬途切れると、レックスがレイに話しかけました。

「ええっと……レイモンド様でいいっすか?」

 年齢的にレックスたちはレイの二つ上ですが、自分たちは平民で相手は貴族の息子です。田舎育ちで、貴族や準貴族と話をした経験がないので、どのような口調で話したらいいのか、レックスは一瞬迷いました。
 レイは自分が領主の息子だといことをあまり大っぴらにしないでほしいとシーヴ経由で冒険者ギルドには伝えました。アンナとリリーはレイが町を出てからその話を聞き、レックスにも伝えています。

「いや、もう実家は出たから単にレイでいいぞ。俺もレックスって呼んでいいか?」
「ああ。それじゃあ俺からはレイで。いきなりなんだけど、この町は稼げるか?」

 そう聞いてくるということは到着してからあまり日が経っていないのだろうとレイは考えました。レイたちが今日ここにいるのは、薬の素材を集めるためです。ダンジョン探索はオマケ程度です。だから簡単にレックスたちに追いつかれたのだろうと考えました。

「ダンジョンの浅い階層でもそこそこ。宝箱もたまに見つかるし。それと俺たち以外はあまり手を出さないけど、森にいるグレーターパンダは高く売れるからオススメだ」

 レイは北東の森にいるグレーターパンダについてレックスに説明しました。ちょっとしたコツで値段が全然違うと。

「なるほど。盾役か」
「盾役が止めてひっくり返ったところをすかさず仕留めるのが一番楽だ。うちはそれでやってる」
「なるほどなあ。俺には【シールドバッシュ+】があるが……」

 重騎士は盾使いと騎士を合わせたようなジョブです。重騎士が攻撃型の盾役なら、ラケルのロイヤルガードは守備型の盾役です。それでもラケルは突撃しますが。

「ご主人さま、前の盾を譲ってはダメです?」
「ああ、あれか。もう使わないな」

 ラケルが言ったのは、彼女が最初に使っていた盾のことです。今の盾を使い始めてからは一度も使っていません。レイにも持てますが、さすがに使おうとは思いません。
 その盾は、今はレイのマジックバッグの中で眠っています。いざとなれば鉄板として使うつもりでした。厚さが一・五センチもあるので、中までじっくりと火が通るでしょう。

「レックス、もしよければこれを使わないか?」
「これは……重っ‼」

 レイから盾を受け取ったレックスは、思わず声を上げてしまいました。それから左腕を通して動作を確認します。ラケルがその様子を見ています。
 レックスはレイよりも背が低くて一七〇センチ少々ですが、がっしりとした体格をしています。ラグビーでスクラムを組むプロップのような、まさに盾役・壁役という体格です。

「その盾と【シールドバッシュ+】を組み合わせれば、パンダの突進にも耐えられます」
「これなら使えそうだ。でもラケルはいいのか?」
「私には軽すぎます」

 その言葉を聞いたレックスは、ラケルを見てから盾をもう一度見ました。この盾を軽いと言うような体格には見えないからです。実際に、この盾のほうがラケルの体重よりも重いのです。

「今のラケルの盾はミノタウロス用で、重さ二〇〇キロを超えるからな」
「にひゃっきろお?」

 レックスはラケルが床に置いていた盾を持ち上げようとしますが、少し浮いたところで諦めました。彼も上級ジョブなので持てなくはないでしょうが、使えるかどうかはまた別の話です。

「グレーターパンダは森へ行けばほぼ毎回見かけるし、毛皮だけでも十分な値段になる。今のところライバルは少ないな」
「そうか。一度やってみてもいいかもしれないな」
「今度やってみよっか?」
「ものは試しですね。向いていないと思ったらやめたらいいでしょう」
「パンダ狩りを始めたら、最初に無理をしてでもマジックバッグを買ったほうがいいよ。すぐに元は取れるし」
「私に【マジックボックス】が付いたから大丈夫。一辺三メートルくらい」

 サラのアドバイスにアンナが胸を張って答えました。魔法剣士は一般ジョブですが、収納スキルの【マジックボックス】が付きます。白魔法も黒魔法も中級までは使えるようになり、剣もそこそこ上手に扱えます。下手をすると器用貧乏一歩手前ですが、うまくレベルを上げれば魔法騎士や賢者など、重宝される上級ジョブになることもできるんです。

「それなら、ちょっと手間になるけど、その場で解体して毛皮だけ持ち帰ったほうがいいね。お肉は一部だけ持ち帰る感じで」
「え~? お肉を捨てるのもったいなくない?」
「傷のない毛皮一枚が金貨一枚なるよ。お肉は誤差だね」
「「「ええっ⁉」」」
「いや、ホント」

 三人がシーヴの顔を見ます。シーヴはそれが間違いではないとうなずきます。

「はい。グレーターパンダの買い取り価格は金貨一枚です。ここしばらく納品はほぼ一〇〇パーセント私たちだそうです。一日あたり三〇頭前後持ち込んでいます」
「すご……」
「大金持ちですね」
「毎日パンダを狩るわけではありませんけどね。それに毛皮にまったく傷がなければという条件です。だからその盾が意外に有効なんです」

 グレーターパンダは高速で回転しながら体当たりをしてくるので、それを盾で受け止めて回転を殺します。ラケルの盾はこれまでどちらも単なる鉄の板だったので、回転する体が盾の表面で滑っていたのです。
 もし木の板にハードアルマジロやアイアンアルマジロの甲皮など、硬くて凹凸がある素材を貼り付けた盾を使っていれば、毛皮がボロボロになっていたでしょう。パンダ狩りのために選んだ盾ではありませんが、結果として単なる鉄の板のような盾が一番向いていることがわかりました。

「いずれ王都の貴族に毛皮が行き渡ればギルドの買い取り価格が下がるかもしれません。のためにも、稼ぐなら今のうちですよ。ですよね?」
「そ、そうね」

 アンナは顔を赤らめてレックスを見ました。リリーも同じような表情でレックスを見つめます。視線が集中したレックスは照れながら頬をかきました。

「レイ、前に言ったのはこういうことです」
「そういうことか」

 レイは以前は理解できませんでしたが、外から見るとよくわかりました。リーダーの男性一人に恋人の女性が二人で構成されるパーティー。ここに入るとなると、男性でも女性でも居心地が悪いでしょう。自分が邪魔者に思えてしまうからです。そう考えると。自分たちがラケルを選んだのは間違いなかったと、レイはあらためて思いました。

「レックス、お互いに大変だな」
「俺はまだ二人だけど、そっちは五人か」
「気を抜くと増やされそうになるから気が抜けない」
「それだけ稼げるならそうだろうな。富める者の務めだ。頑張れ」

 日本に比べればかなり危険の多い世界なので、どうしても男性が命を落としやすく、人口は女性のほうが多くなってしまいます。だから、たくさんの女性を妻にする男性は社会的成功者とみなされるのです。
 そうはいっても、貞操観念が低いわけではありません。ただし、再婚率は高くなっています。いくら生活費が安いとはいえ、やはり一人で子供を育て上げるのは大変だからです。連れ子も珍しくはありません。

「話が途中になってしまいましたけど、さすがにそのままギルドで働くことはできないので『行雲流水』に加えてもらって、ここを拠点にしています」
「ふ~ん」

 アンナはレイとシーヴの間を見ながらニヤニヤしている。シーヴの尻尾が先ほどから隣に座っているレイに触れているのがアンナには見えたからだ。

「でもシーヴさんもレイくんと距離が近いよね」
「え? ええ、まあ」

 そう言われてシーヴは尻尾を引っ込めました。

「五人もいて満足させてもらえるの?」
「よ、夜の方はよく効く薬がありますので」
「その年で薬って……」
「あ、いえ、いつもではありませんよ? みんなで一緒のときくらいのものです」
「みんなで⁉」

 女三人寄れば姦しいといいますが、ここにはその倍ほどいます。いつの間にか女性陣が夜の生活で盛り上がって非常に姦しくなりました。

「ここは公共の場のはずなんだけどな」

 レイはぼやきます。ダンジョンの安全地帯でそのような話をしても悪くはありません。それに今は『行雲流水』と『天使の微笑み』しかいない状態です。それでも一応は公共の場ですからね。

「旦那様、みなさんにお店に来ていただいたらよろしいのでは?」
「そうだな、そっちのほうがいいな」

 後ろで聞いていたシャロンがごく真っ当な意見を口にしました。

「お店があるの?」
「ああ、町の北側になるけど店を持つことになって、それでパンダを狩ったりダンジョンに潜ったり店にいたり」

 どちちかというとパンダ狩りがメインで、むしろダンジョンにいるほうが少ないとレイは説明します。ここで会ったのは本当に偶然だと。

「今さらだが、どうしてお嬢様とメイドがいるんだ?」

 レックスが見たのはケイトとシャロン。ケイトは相変わらずキラキラドレスのようなスケイルアーマーを着けています。シャロンは魔法のメイド服です。

「ケイトはテニエル男爵の娘で、昔馴染みという感じだ。シャロンのほうはこれでもメイド超という上級ジョブだからな。装備もそれぞれ専用装備だし」

 テキパキと片付けをするシャロンを見ながらレックスは納得したような顔になりました。

「なるほど、生まれつきのメイドってわけか」
「向き不向きでいえばそうなんだろうな」

 シャロン本人は渋々メイドになったと言っていますが、意外に気に入っているようです。レイの斜め後ろに控えることが多いですが、構ってほしいと真横に来るので、つい頭を撫でてしまいます。シャロンばかり構うとラケルがすねるので、二人一緒に頭を撫でることが増えました。

「そういうわけで、店のほうはいるときといないときがある。夕方にはいることが多いから、それくらいに来てくれ」
「わかった。何かあったらお邪魔する」

 話が一段落すると安全地帯を出て、それぞれ別の方向へ進むことになりました。
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