125 / 190
第6章:夏から秋、悠々自適
第17話:類は友を呼ぶ
しおりを挟む
「えっ?」
安全地帯に入って休憩していたレイたちの耳に飛び込んできたのは、女性の驚いた声でした。レイが振り向くと、そこには見覚えのある顔が三つありました。
「あの人たちって『天使の微笑み』だよな?」
「ええ、そうですね。あれは『天使の微笑み』の二人と『ペガサスの翼』のレックスさんですね」
「ああ、そうだそうだ」
レイの目に映ったのは、マリオンで見かけたことのある冒険者たちでした。年始から積極的に活動するパーティーは少なく、何度か顔を合わせたことがあります。特に『天使の微笑み』の二人とは一緒に飲んだこともありました。
レイもサラも『ペガサスの翼』とはそれほど話をしませんでした。ここにいない、もう一人のヒョロっと背が高いほうがレイを睨みつけることがあったからです。そのたびに、もう一人から頭を下げられたのをレイは覚えています。
シーヴが手を上げると三人が近くまで来ました。
「やっぱりマリオンにいたシーヴさんですよね?」
「『天使の微笑み』のアンナさんでしたね」
「覚えててくれたんですね。シーヴさんは現役復帰ですよね?」
「はい。いろいろとあって、職員を辞めまして。そういえば、『ペガサスの翼』にはもう一人……」
シーヴが「もう一人いましたね」と確認しようとすると、レックスが手で言葉を遮りました。
「うちは解散しましてね。それで俺だけが『天使の微笑みに』加えてもらったんです」
「うちのリーダーになってもらったの」
「そのほうが馬鹿にされにくいですので」
「ま、そういうことです。シーヴさんは被害者だったから知ってると思いますが、ノーマンのやつは前から……」
隠しても意味ないだろうと、レックスはシーヴがマリオンを去ってからのことをすべて説明しました。
「ヘコむくらいならまだしも、仕事もせずに部屋に引きこもるとなるとさすがにね。あいつとは幼馴染だし恩もあるし。でも俺にも俺の生活があるし、そこは譲れなかったってことです」
レックスはアンナから声をかけられて『天使の微笑み』に加わることを決めました。酒場でノーマンにキッパリと解散を告げるとギルドにも報告し、それからアンナたちに合流しました。
「まさかリーダーをしてくれと言われるとは思わなかったが」
「でもレックスにリーダーになってもらってから仕事がやりやすくなったのは間違いないって」
「ええ。それなら大きな町のほうがいいのではと思いまして、転職してからこちらまで来ました」
レックスは重戦士から重騎士、アンナは魔術師から魔法戦士に、リリーは僧侶からビショップになっています。
「聞いていいかどうか分からないけど、シーヴさんはどうしてたんですか? いきなり辞めたんだから何かあったと思うんだけど」
「ええと……もしかしたらオグデンで少しくらいは聞いたかもしれませんけど……」
アンナから聞かれたシーヴは少し困った顔をしましたが、向こうの事情を聞いてしまった以上、自分の事情を言わないのはフェアでないように感じてしまいます。それでオグデンに移籍する経緯から簡単に説明することにしました。
話を聞くうちに三人の顔が少しずつ引きつり始めます。そして話が終わるころには三人とも眉間に皺が寄っていました。
「誰でもそういう顔になりますよね」
「そりゃそうですよ。それでギルド職員がそれ以上は聞いてくれるなって顔になってたのか。男としては見下げ果てるしかないな」
「女でもね」
「握り潰してやりたいですね」
女性陣の話が一瞬途切れると、レックスがレイに話しかけました。
「ええっと……レイモンド様でいいっすか?」
年齢的にレックスたちはレイの二つ上ですが、自分たちは平民で相手は貴族の息子です。田舎育ちで、貴族や準貴族と話をした経験がないので、どのような口調で話したらいいのか、レックスは一瞬迷いました。
レイは自分が領主の息子だといことを自分たちが町にいる間はあまり大っぴらにしないでほしいとシーヴ経由で冒険者ギルドには伝えました。アンナとリリーはレイが町を出てからその話を聞き、レックスにも伝えています。
「いや、もう実家は出たから単にレイでいいぞ。俺もレックスって呼んでいいか?」
「ああ。それじゃあ俺からはレイで。いきなりなんだけど、この町は稼げるか?」
そう聞いてくるということは到着してからあまり日が経っていないのだろうとレイは考えました。レイたちが今日ここにいるのは、薬の素材を集めるためです。ダンジョン探索はオマケ程度です。だから簡単にレックスたちに追いつかれたのだろうと考えました。
「ダンジョンの浅い階層でもそこそこ。宝箱もたまに見つかるし。それと俺たち以外はあまり手を出さないけど、森にいるグレーターパンダは高く売れるからオススメだ」
レイは北東の森にいるグレーターパンダについてレックスに説明しました。ちょっとしたコツで値段が全然違うと。
「なるほど。盾役か」
「盾役が止めてひっくり返ったところをすかさず仕留めるのが一番楽だ。うちはそれでやってる」
「なるほどなあ。俺には【シールドバッシュ+】があるが……」
重騎士は盾使いと騎士を合わせたようなジョブです。重騎士が攻撃型の盾役なら、ラケルのロイヤルガードは守備型の盾役です。それでもラケルは突撃しますが。
「ご主人さま、前の盾を譲ってはダメです?」
「ああ、あれか。もう使わないな」
ラケルが言ったのは、彼女が最初に使っていた盾のことです。今の盾を使い始めてからは一度も使っていません。レイにも持てますが、さすがに使おうとは思いません。
その盾は、今はレイのマジックバッグの中で眠っています。いざとなれば鉄板として使うつもりでした。厚さが一・五センチもあるので、中までじっくりと火が通るでしょう。
「レックス、もしよければこれを使わないか?」
「これは……重っ‼」
レイから盾を受け取ったレックスは、思わず声を上げてしまいました。それから左腕を通して動作を確認します。ラケルがその様子を見ています。
レックスはレイよりも背が低くて一七〇センチ少々ですが、がっしりとした体格をしています。ラグビーでスクラムを組むプロップのような、まさに盾役・壁役という体格です。
「その盾と【シールドバッシュ+】を組み合わせれば、パンダの突進にも耐えられます」
「これなら使えそうだ。でもラケルはいいのか?」
「私には軽すぎます」
その言葉を聞いたレックスは、ラケルを見てから盾をもう一度見ました。この盾を軽いと言うような体格には見えないからです。実際に、この盾のほうがラケルの体重よりも重いのです。
「今のラケルの盾はミノタウロス用で、重さ二〇〇キロを超えるからな」
「にひゃっきろお?」
レックスはラケルが床に置いていた盾を持ち上げようとしますが、少し浮いたところで諦めました。彼も上級ジョブなので持てなくはないでしょうが、使えるかどうかはまた別の話です。
「グレーターパンダは森へ行けばほぼ毎回見かけるし、毛皮だけでも十分な値段になる。今のところライバルは少ないな」
「そうか。一度やってみてもいいかもしれないな」
「今度やってみよっか?」
「ものは試しですね。向いていないと思ったらやめたらいいでしょう」
「パンダ狩りを始めたら、最初に無理をしてでもマジックバッグを買ったほうがいいよ。すぐに元は取れるし」
「私に【マジックボックス】が付いたから大丈夫。一辺三メートルくらい」
サラのアドバイスにアンナが胸を張って答えました。魔法剣士は一般ジョブですが、収納スキルの【マジックボックス】が付きます。白魔法も黒魔法も中級までは使えるようになり、剣もそこそこ上手に扱えます。下手をすると器用貧乏一歩手前ですが、うまくレベルを上げれば魔法騎士や賢者など、重宝される上級ジョブになることもできるんです。
「それなら、ちょっと手間になるけど、その場で解体して毛皮だけ持ち帰ったほうがいいね。お肉は一部だけ持ち帰る感じで」
「え~? お肉を捨てるのもったいなくない?」
「傷のない毛皮一枚が金貨一枚なるよ。お肉は誤差だね」
「「「ええっ⁉」」」
「いや、ホント」
三人がシーヴの顔を見ます。シーヴはそれが間違いではないとうなずきます。
「はい。グレーターパンダの買い取り価格は金貨一枚です。ここしばらく納品はほぼ一〇〇パーセント私たちだそうです。一日あたり三〇頭前後持ち込んでいます」
「すご……」
「大金持ちですね」
「毎日パンダを狩るわけではありませんけどね。それに毛皮にまったく傷がなければという条件です。だからその盾が意外に有効なんです」
グレーターパンダは高速で回転しながら体当たりをしてくるので、それを盾で受け止めて回転を殺します。ラケルの盾はこれまでどちらも単なる鉄の板だったので、回転する体が盾の表面で滑っていたのです。
もし木の板にハードアルマジロやアイアンアルマジロの甲皮など、硬くて凹凸がある素材を貼り付けた盾を使っていれば、毛皮がボロボロになっていたでしょう。パンダ狩りのために選んだ盾ではありませんが、結果として単なる鉄の板のような盾が一番向いていることがわかりました。
「いずれ王都の貴族に毛皮が行き渡ればギルドの買い取り価格が下がるかもしれません。三人の将来のためにも、稼ぐなら今のうちですよ。ですよね?」
「そ、そうね」
アンナは顔を赤らめてレックスを見ました。リリーも同じような表情でレックスを見つめます。視線が集中したレックスは照れながら頬をかきました。
「レイ、前に言ったのはこういうことです」
「そういうことか」
レイは以前は理解できませんでしたが、外から見るとよくわかりました。リーダーの男性一人に恋人の女性が二人で構成されるパーティー。ここに入るとなると、男性でも女性でも居心地が悪いでしょう。自分が邪魔者に思えてしまうからです。そう考えると。自分たちがラケルを選んだのは間違いなかったと、レイはあらためて思いました。
「レックス、お互いに大変だな」
「俺はまだ二人だけど、そっちは五人か」
「気を抜くと増やされそうになるから気が抜けない」
「それだけ稼げるならそうだろうな。富める者の務めだ。頑張れ」
日本に比べればかなり危険の多い世界なので、どうしても男性が命を落としやすく、人口は女性のほうが多くなってしまいます。だから、たくさんの女性を妻にする男性は社会的成功者とみなされるのです。
そうはいっても、貞操観念が低いわけではありません。ただし、再婚率は高くなっています。いくら生活費が安いとはいえ、やはり一人で子供を育て上げるのは大変だからです。連れ子も珍しくはありません。
「話が途中になってしまいましたけど、さすがにそのままギルドで働くことはできないので『行雲流水』に加えてもらって、ここを拠点にしています」
「ふ~ん」
アンナはレイとシーヴの間を見ながらニヤニヤしている。シーヴの尻尾が先ほどから隣に座っているレイに触れているのがアンナには見えたからだ。
「でもシーヴさんもレイくんと距離が近いよね」
「え? ええ、まあ」
そう言われてシーヴは尻尾を引っ込めました。
「五人もいて満足させてもらえるの?」
「よ、夜の方はよく効く薬がありますので」
「その年で薬って……」
「あ、いえ、いつもではありませんよ? みんなで一緒のときくらいのものです」
「みんなで⁉」
女三人寄れば姦しいといいますが、ここにはその倍ほどいます。いつの間にか女性陣が夜の生活で盛り上がって非常に姦しくなりました。
「ここは公共の場のはずなんだけどな」
レイはぼやきます。ダンジョンの安全地帯でそのような話をしても悪くはありません。それに今は『行雲流水』と『天使の微笑み』しかいない状態です。それでも一応は公共の場ですからね。
「旦那様、みなさんにお店に来ていただいたらよろしいのでは?」
「そうだな、そっちのほうがいいな」
後ろで聞いていたシャロンがごく真っ当な意見を口にしました。
「お店があるの?」
「ああ、町の北側になるけど店を持つことになって、それでパンダを狩ったりダンジョンに潜ったり店にいたり」
どちちかというとパンダ狩りがメインで、むしろダンジョンにいるほうが少ないとレイは説明します。ここで会ったのは本当に偶然だと。
「今さらだが、どうしてお嬢様とメイドがいるんだ?」
レックスが見たのはケイトとシャロン。ケイトは相変わらずキラキラドレスのようなスケイルアーマーを着けています。シャロンは魔法のメイド服です。
「ケイトはテニエル男爵の娘で、昔馴染みという感じだ。シャロンのほうはこれでもメイド超という上級ジョブだからな。装備もそれぞれ専用装備だし」
テキパキと片付けをするシャロンを見ながらレックスは納得したような顔になりました。
「なるほど、生まれつきのメイドってわけか」
「向き不向きでいえばそうなんだろうな」
シャロン本人は渋々メイドになったと言っていますが、意外に気に入っているようです。レイの斜め後ろに控えることが多いですが、構ってほしいと真横に来るので、つい頭を撫でてしまいます。シャロンばかり構うとラケルがすねるので、二人一緒に頭を撫でることが増えました。
「そういうわけで、店のほうはいるときといないときがある。夕方にはいることが多いから、それくらいに来てくれ」
「わかった。何かあったらお邪魔する」
話が一段落すると安全地帯を出て、それぞれ別の方向へ進むことになりました。
安全地帯に入って休憩していたレイたちの耳に飛び込んできたのは、女性の驚いた声でした。レイが振り向くと、そこには見覚えのある顔が三つありました。
「あの人たちって『天使の微笑み』だよな?」
「ええ、そうですね。あれは『天使の微笑み』の二人と『ペガサスの翼』のレックスさんですね」
「ああ、そうだそうだ」
レイの目に映ったのは、マリオンで見かけたことのある冒険者たちでした。年始から積極的に活動するパーティーは少なく、何度か顔を合わせたことがあります。特に『天使の微笑み』の二人とは一緒に飲んだこともありました。
レイもサラも『ペガサスの翼』とはそれほど話をしませんでした。ここにいない、もう一人のヒョロっと背が高いほうがレイを睨みつけることがあったからです。そのたびに、もう一人から頭を下げられたのをレイは覚えています。
シーヴが手を上げると三人が近くまで来ました。
「やっぱりマリオンにいたシーヴさんですよね?」
「『天使の微笑み』のアンナさんでしたね」
「覚えててくれたんですね。シーヴさんは現役復帰ですよね?」
「はい。いろいろとあって、職員を辞めまして。そういえば、『ペガサスの翼』にはもう一人……」
シーヴが「もう一人いましたね」と確認しようとすると、レックスが手で言葉を遮りました。
「うちは解散しましてね。それで俺だけが『天使の微笑みに』加えてもらったんです」
「うちのリーダーになってもらったの」
「そのほうが馬鹿にされにくいですので」
「ま、そういうことです。シーヴさんは被害者だったから知ってると思いますが、ノーマンのやつは前から……」
隠しても意味ないだろうと、レックスはシーヴがマリオンを去ってからのことをすべて説明しました。
「ヘコむくらいならまだしも、仕事もせずに部屋に引きこもるとなるとさすがにね。あいつとは幼馴染だし恩もあるし。でも俺にも俺の生活があるし、そこは譲れなかったってことです」
レックスはアンナから声をかけられて『天使の微笑み』に加わることを決めました。酒場でノーマンにキッパリと解散を告げるとギルドにも報告し、それからアンナたちに合流しました。
「まさかリーダーをしてくれと言われるとは思わなかったが」
「でもレックスにリーダーになってもらってから仕事がやりやすくなったのは間違いないって」
「ええ。それなら大きな町のほうがいいのではと思いまして、転職してからこちらまで来ました」
レックスは重戦士から重騎士、アンナは魔術師から魔法戦士に、リリーは僧侶からビショップになっています。
「聞いていいかどうか分からないけど、シーヴさんはどうしてたんですか? いきなり辞めたんだから何かあったと思うんだけど」
「ええと……もしかしたらオグデンで少しくらいは聞いたかもしれませんけど……」
アンナから聞かれたシーヴは少し困った顔をしましたが、向こうの事情を聞いてしまった以上、自分の事情を言わないのはフェアでないように感じてしまいます。それでオグデンに移籍する経緯から簡単に説明することにしました。
話を聞くうちに三人の顔が少しずつ引きつり始めます。そして話が終わるころには三人とも眉間に皺が寄っていました。
「誰でもそういう顔になりますよね」
「そりゃそうですよ。それでギルド職員がそれ以上は聞いてくれるなって顔になってたのか。男としては見下げ果てるしかないな」
「女でもね」
「握り潰してやりたいですね」
女性陣の話が一瞬途切れると、レックスがレイに話しかけました。
「ええっと……レイモンド様でいいっすか?」
年齢的にレックスたちはレイの二つ上ですが、自分たちは平民で相手は貴族の息子です。田舎育ちで、貴族や準貴族と話をした経験がないので、どのような口調で話したらいいのか、レックスは一瞬迷いました。
レイは自分が領主の息子だといことを自分たちが町にいる間はあまり大っぴらにしないでほしいとシーヴ経由で冒険者ギルドには伝えました。アンナとリリーはレイが町を出てからその話を聞き、レックスにも伝えています。
「いや、もう実家は出たから単にレイでいいぞ。俺もレックスって呼んでいいか?」
「ああ。それじゃあ俺からはレイで。いきなりなんだけど、この町は稼げるか?」
そう聞いてくるということは到着してからあまり日が経っていないのだろうとレイは考えました。レイたちが今日ここにいるのは、薬の素材を集めるためです。ダンジョン探索はオマケ程度です。だから簡単にレックスたちに追いつかれたのだろうと考えました。
「ダンジョンの浅い階層でもそこそこ。宝箱もたまに見つかるし。それと俺たち以外はあまり手を出さないけど、森にいるグレーターパンダは高く売れるからオススメだ」
レイは北東の森にいるグレーターパンダについてレックスに説明しました。ちょっとしたコツで値段が全然違うと。
「なるほど。盾役か」
「盾役が止めてひっくり返ったところをすかさず仕留めるのが一番楽だ。うちはそれでやってる」
「なるほどなあ。俺には【シールドバッシュ+】があるが……」
重騎士は盾使いと騎士を合わせたようなジョブです。重騎士が攻撃型の盾役なら、ラケルのロイヤルガードは守備型の盾役です。それでもラケルは突撃しますが。
「ご主人さま、前の盾を譲ってはダメです?」
「ああ、あれか。もう使わないな」
ラケルが言ったのは、彼女が最初に使っていた盾のことです。今の盾を使い始めてからは一度も使っていません。レイにも持てますが、さすがに使おうとは思いません。
その盾は、今はレイのマジックバッグの中で眠っています。いざとなれば鉄板として使うつもりでした。厚さが一・五センチもあるので、中までじっくりと火が通るでしょう。
「レックス、もしよければこれを使わないか?」
「これは……重っ‼」
レイから盾を受け取ったレックスは、思わず声を上げてしまいました。それから左腕を通して動作を確認します。ラケルがその様子を見ています。
レックスはレイよりも背が低くて一七〇センチ少々ですが、がっしりとした体格をしています。ラグビーでスクラムを組むプロップのような、まさに盾役・壁役という体格です。
「その盾と【シールドバッシュ+】を組み合わせれば、パンダの突進にも耐えられます」
「これなら使えそうだ。でもラケルはいいのか?」
「私には軽すぎます」
その言葉を聞いたレックスは、ラケルを見てから盾をもう一度見ました。この盾を軽いと言うような体格には見えないからです。実際に、この盾のほうがラケルの体重よりも重いのです。
「今のラケルの盾はミノタウロス用で、重さ二〇〇キロを超えるからな」
「にひゃっきろお?」
レックスはラケルが床に置いていた盾を持ち上げようとしますが、少し浮いたところで諦めました。彼も上級ジョブなので持てなくはないでしょうが、使えるかどうかはまた別の話です。
「グレーターパンダは森へ行けばほぼ毎回見かけるし、毛皮だけでも十分な値段になる。今のところライバルは少ないな」
「そうか。一度やってみてもいいかもしれないな」
「今度やってみよっか?」
「ものは試しですね。向いていないと思ったらやめたらいいでしょう」
「パンダ狩りを始めたら、最初に無理をしてでもマジックバッグを買ったほうがいいよ。すぐに元は取れるし」
「私に【マジックボックス】が付いたから大丈夫。一辺三メートルくらい」
サラのアドバイスにアンナが胸を張って答えました。魔法剣士は一般ジョブですが、収納スキルの【マジックボックス】が付きます。白魔法も黒魔法も中級までは使えるようになり、剣もそこそこ上手に扱えます。下手をすると器用貧乏一歩手前ですが、うまくレベルを上げれば魔法騎士や賢者など、重宝される上級ジョブになることもできるんです。
「それなら、ちょっと手間になるけど、その場で解体して毛皮だけ持ち帰ったほうがいいね。お肉は一部だけ持ち帰る感じで」
「え~? お肉を捨てるのもったいなくない?」
「傷のない毛皮一枚が金貨一枚なるよ。お肉は誤差だね」
「「「ええっ⁉」」」
「いや、ホント」
三人がシーヴの顔を見ます。シーヴはそれが間違いではないとうなずきます。
「はい。グレーターパンダの買い取り価格は金貨一枚です。ここしばらく納品はほぼ一〇〇パーセント私たちだそうです。一日あたり三〇頭前後持ち込んでいます」
「すご……」
「大金持ちですね」
「毎日パンダを狩るわけではありませんけどね。それに毛皮にまったく傷がなければという条件です。だからその盾が意外に有効なんです」
グレーターパンダは高速で回転しながら体当たりをしてくるので、それを盾で受け止めて回転を殺します。ラケルの盾はこれまでどちらも単なる鉄の板だったので、回転する体が盾の表面で滑っていたのです。
もし木の板にハードアルマジロやアイアンアルマジロの甲皮など、硬くて凹凸がある素材を貼り付けた盾を使っていれば、毛皮がボロボロになっていたでしょう。パンダ狩りのために選んだ盾ではありませんが、結果として単なる鉄の板のような盾が一番向いていることがわかりました。
「いずれ王都の貴族に毛皮が行き渡ればギルドの買い取り価格が下がるかもしれません。三人の将来のためにも、稼ぐなら今のうちですよ。ですよね?」
「そ、そうね」
アンナは顔を赤らめてレックスを見ました。リリーも同じような表情でレックスを見つめます。視線が集中したレックスは照れながら頬をかきました。
「レイ、前に言ったのはこういうことです」
「そういうことか」
レイは以前は理解できませんでしたが、外から見るとよくわかりました。リーダーの男性一人に恋人の女性が二人で構成されるパーティー。ここに入るとなると、男性でも女性でも居心地が悪いでしょう。自分が邪魔者に思えてしまうからです。そう考えると。自分たちがラケルを選んだのは間違いなかったと、レイはあらためて思いました。
「レックス、お互いに大変だな」
「俺はまだ二人だけど、そっちは五人か」
「気を抜くと増やされそうになるから気が抜けない」
「それだけ稼げるならそうだろうな。富める者の務めだ。頑張れ」
日本に比べればかなり危険の多い世界なので、どうしても男性が命を落としやすく、人口は女性のほうが多くなってしまいます。だから、たくさんの女性を妻にする男性は社会的成功者とみなされるのです。
そうはいっても、貞操観念が低いわけではありません。ただし、再婚率は高くなっています。いくら生活費が安いとはいえ、やはり一人で子供を育て上げるのは大変だからです。連れ子も珍しくはありません。
「話が途中になってしまいましたけど、さすがにそのままギルドで働くことはできないので『行雲流水』に加えてもらって、ここを拠点にしています」
「ふ~ん」
アンナはレイとシーヴの間を見ながらニヤニヤしている。シーヴの尻尾が先ほどから隣に座っているレイに触れているのがアンナには見えたからだ。
「でもシーヴさんもレイくんと距離が近いよね」
「え? ええ、まあ」
そう言われてシーヴは尻尾を引っ込めました。
「五人もいて満足させてもらえるの?」
「よ、夜の方はよく効く薬がありますので」
「その年で薬って……」
「あ、いえ、いつもではありませんよ? みんなで一緒のときくらいのものです」
「みんなで⁉」
女三人寄れば姦しいといいますが、ここにはその倍ほどいます。いつの間にか女性陣が夜の生活で盛り上がって非常に姦しくなりました。
「ここは公共の場のはずなんだけどな」
レイはぼやきます。ダンジョンの安全地帯でそのような話をしても悪くはありません。それに今は『行雲流水』と『天使の微笑み』しかいない状態です。それでも一応は公共の場ですからね。
「旦那様、みなさんにお店に来ていただいたらよろしいのでは?」
「そうだな、そっちのほうがいいな」
後ろで聞いていたシャロンがごく真っ当な意見を口にしました。
「お店があるの?」
「ああ、町の北側になるけど店を持つことになって、それでパンダを狩ったりダンジョンに潜ったり店にいたり」
どちちかというとパンダ狩りがメインで、むしろダンジョンにいるほうが少ないとレイは説明します。ここで会ったのは本当に偶然だと。
「今さらだが、どうしてお嬢様とメイドがいるんだ?」
レックスが見たのはケイトとシャロン。ケイトは相変わらずキラキラドレスのようなスケイルアーマーを着けています。シャロンは魔法のメイド服です。
「ケイトはテニエル男爵の娘で、昔馴染みという感じだ。シャロンのほうはこれでもメイド超という上級ジョブだからな。装備もそれぞれ専用装備だし」
テキパキと片付けをするシャロンを見ながらレックスは納得したような顔になりました。
「なるほど、生まれつきのメイドってわけか」
「向き不向きでいえばそうなんだろうな」
シャロン本人は渋々メイドになったと言っていますが、意外に気に入っているようです。レイの斜め後ろに控えることが多いですが、構ってほしいと真横に来るので、つい頭を撫でてしまいます。シャロンばかり構うとラケルがすねるので、二人一緒に頭を撫でることが増えました。
「そういうわけで、店のほうはいるときといないときがある。夕方にはいることが多いから、それくらいに来てくれ」
「わかった。何かあったらお邪魔する」
話が一段落すると安全地帯を出て、それぞれ別の方向へ進むことになりました。
66
お気に入りに追加
542
あなたにおすすめの小説

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!
おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました!
佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。
彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった...
(...伶奈、ごめん...)
異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。
初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。
誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。
1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる