異世界は流されるままに

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
123 / 190
第6章:夏から秋、悠々自適

第15話:店と商品開発、そして娘

しおりを挟む
「……薬屋か」
「細かいとこは始めてみてからでいいんじゃない?」
「無理をして毎日お店を開ける必要はないと思いますわ」
「たしかに、無理して一般向けにする必要はないか。開ける日もあるというくらいで」

 どうして薬屋の話をしているかというと、薬屋っぽいことを始めることになったからです。

 ~~~

「レイさん、お願いします。薬をっ! もっと薬をっ! あれがないとダメなんです~~~」
「そんな中毒患者みたいに言わないでくださいよ」

 薬剤師ギルドのダーシーがレイたちの家に押しかけてきました。頼み事の内容は、レイが作ったおかしな持続性体力回復薬の販売量を増やすことです。店として使える建物があるのならもっと作れるはずだと押しかけてきたのです。
 市場や店で販売するなら、商人ギルドの販売許可証が必要になります。市場のほうは無料ですが、店舗を構えるなら有料になります。ポーションや薬などの販売をするなら薬剤師ギルドの許可証が必要です。こちらも有料ですが、レイはすでに登録しています。いつ店を開いても問題はありません。

「ファンが多いんですよ。あれを使うと頭がスッキリするって」
「作り方は教えましたし、俺がいなくてもできるんじゃないですか?」

 レイは作り方を薬剤師ギルドに教えました。ギルドのほうが人の手は多いはずです。材料もあるはずなので、いくらでも作れるはずだと思っても不思議ではありません。

「それが、みんなで作っても思ったほど効果がないんですよ~~~」
「わかりましたわかりました。増やしますから常用はやめてくださいよ」

 勢いに負けて、レイは増産を約束しました。ただ、自分抜きで作った場合に効果がないというのが気になったので、詳しく聞くことにしました。
 レイから作り方を教わったメンバーで作ったところ、一度体力は回復しましたが、それだっけだったとダーシーは説明しました。要するに、回復量の多い体力回復薬というだけです。持続性がありません。魔法で出した水を使って丁寧にすり潰し、同じように作っていることをレイは確認しました。何も違いはありません。だから理由がわかりません。

「よく考えたら、本来はそれが正しいんじゃないかと思いますけどね」
「それはそうかもしれませんが、眠くならないというのはすごいですよ。仕事の効率が上がりっぱなしで」
「あんまり頼りっきりにならないでくださいね。体を壊しますよ」
「それは『俺の子を産むまで健康でいろよ』ということですか?」
「違います」

 デスマーチの際の疲労軽減用です。なかなかブラックな使用目的ですね。

「ちなみにですね、濃度五倍の微濃縮タイプも作りました。こちらはごく普通の体力回復用です」
「……でも五倍あるんですよね? それで微濃縮っておかしくないですか?」
「他にいい言い方がなかったんですよ。二〇倍が濃縮タイプ、一〇倍が弱濃縮タイプなので」
「レイさん、濃縮しないと気が済まないんですか?」

 ~~~

 このようなやり取りがあり、仕方なく増産することになりました。それなら店でも始めたらいいのではないかという流れになり、なんとなく薬屋になったのです。薬屋というよりもドラッグストアですね。

「精力剤は商品として十分売れるでしょう」
「豊胸剤も売れるに違いありませんです!」

 豊胸薬を作ってからそれほど日が経っていませんが、ラケルは二センチ、シャロンは一センチ大きくなりました。実はサラも一センチ大きくなりました。サラとラケルは年齢的なものもあるだろうとレイは思っていますが、サンプル数が少なすぎてよくわかりません。筋トレの影響も否定できないからです。

「毛皮は要望があったから、少し売ろう」
「パンダ?」
「いや、あれは問題になりそうだから、別の毛皮で。それでも真っ白だから、俺たちのパンダの毛皮が十分に紛れそうだ」

 木を隠すなら森の中。グレーターパンダの真っ白な毛皮を目立たなくするには、他の魔物の真っ白な毛皮をたくさん売ればいいのです。それがグレーターパンダなのかスパイラルディアーなのか、そんなことは気にならなくなるでしょう。

「あまり手間がかからない、売れる商品をたまに販売するってことでいいか」
「旦那様、あまり開ける日数が少ないと、行列ができるのではありませんか?」
「多少は煽るのもありだとは思うけど、待ちが長すぎるのは好きじゃないな」

 日本でのことですが、店に入るまでに何時間もかかるような列ができる店の前をレイは通ったことがありましたが、そのやり方に疑問を持っていたのです。
 列に並ぶのは客の勝手でしょう。嫌なら別の店を選べばいいだけです。しかし、待たせすぎるというのは、客や周囲の店のことを考えていないと思っていたのです。客を待たせるよりも、整理券を配ったり予約制にしたり、他にやり方はあるだろうと。レイがグレーターパンダをせっせと狩っているのも、その考えがあってのことです。もちろん、店の商品とは違うことくらいは理解しています。

「開けたいと思った日だけ開ければいいと思いますわ。客に媚びる必要はありませんもの」
「媚びはしないけど、次はいつ開けるのかと言われるのもなあ」

 レイは人がいいので、なし崩し的に毎日開けることになりそうです。でも、それでは意味がありません。

「朝市に出すのもありではないですか?」
「そうか。そっちを使うのもありだな」

 無理して店で売る必要はありません。朝市に出してもいいのです。売り切れたら終わりにすれば問題ありません。

「ミードも売れそうなら売ったら?」
「そんなに量はできないと思うぞ」

 うかつなことを口にすべきではないとレイが思ったのは、その数日後のことでした。

 ◆◆◆

 ぶ~~~ん

 レイの耳に虫の羽音が聞こえました。もはや聞き慣れたモリハナバチの羽音です。
 モリハナバチは魔物ですが、植物の受粉をしてくれるので益虫とみなされています。街中にいても誰も手を出しません。出しませんが、ここは家の中です。しかも、体長が三センチほどあります。どこから入ってきたのでしょうか。

「旦那様、手紙のようです」
「手紙?」

 シャロンの手のひらに降りたモリハナバチの働き蜂が紙片を持っていました。

「え~と、『娘が生まれた』と。娘?」
「新しい女王蜂が生まれたのでは?」

 続きを読むと、これまでの巣を新しい女王蜂に譲り、前の女王蜂が一部の働き蜂と一緒に森を離れる分封ぶんぽうが行われることになりました。そのため家を持っているレイに場所を用意してほしい。そのように書かれています。

「どう思う?」
「蜂蜜採り放題では?」

 ぶんぶんぶん

 シャロンの手のひらの上で働き蜂は首を縦に振ります。

「場所ってあの巣が収まるくらいあればいいのか?」

 ぶんぶんぶん

「分かった。こっちに来てもらっていい。でも一度に移動すると大騒ぎになるから少しずつ来てくれ」

 モリハナバチは無害な魔物ですが、それでも怒れば刺します。毒だってあります。体が大きいだけに針も太く、刺されれば痛いどころではありません。

 ◆◆◆

 先日の働き蜂の訪問から三日後、働き蜂たちに守られながらディオナがやってきてテーブルに降りました。

 ぶぶっ

 羽を振りながらディオナが前脚を上げて挨拶します。

「場所を考えておいたんだけど、庭の端でもいい。家の中なら、四階が一番使ってないから選びたい放題だぞ。雨も当たらないし」

 レイがそう言うと、ディオナは庭を見てから三階と四階を飛び回り、それから四階の一番奥の部屋に降りました。

「ここか」

 ぶん

『窓から出入りできるので都合がいい』
「それならここは好きに使ってくれ。必要なものはあるか?」
『自分たちで用意できる』
「分かった」

 しばらくすると、働き蜂たちが続々と入ってきました。さながら養蜂場にでもなったような光景です。

「俺たちは冒険者だから、昼間は家にいないことも多い。なにもないと思うけど注意してくれ」
『家を守るのは妻の務め』
「……誰が妻だって?」

 ぶっ

 ディオナは前脚で自分を差した。みんなには心なしかディオナの顔が赤いように思えました。

『ディオニージアは私とレイの娘』
「どうやって?」

 何がどうなればそうなるのか、レイにはまったくわかりません。いくら意思疎通ができるとはいえ、いつ自分は魔物の娘を持つことになったのだろうと。ところが、レイの周囲はそれほど驚いていません。驚いたとすれば、「またか」という驚き方でしょう。
 レイたちが驚くのを見て、ディオナは説明しました。レイはディオナと同じ皿に入ったミードを飲みました。もちろんレイは何もしていません。ディオナですら理屈は理解できないようですが、そこで魔力の交換が行われた結果として娘ができたそうです。ミードは女王蜂を生むための儀式に必要だったのです。

「そういうことですか。たしかに、蜂蜜には強壮作用もありますからね」
「でも、さすがレイだね。魔物まで、しかも人型ですらないとか」
「まさかあれがそうだとは」

 どう考えてもおかしいと思ったレイですが、そういうものだと聞いて、それ以上考えるのはやめました。生きていくためには割り切りは大切です。

「とりあえず、窓は少しだけ開けたままにしておいて、他は塞ぐ。出入り口はそれでいいか?」

 ディオナを含め、モリハナバチたちが窓から出入りできるように、少しだけ開けた状態で固定します。四階なので問題はないかもしれませんが、雨や雪が入らないように工夫をしつつ、ある程度は塞ぐことにします。
 ダストシュートを使うことも考えましたが、何かの都合で扉が閉まったしまうと、モリハナバチの力では開かないので、窓を使うことにしたのです。
 レイは部屋の床に木の板を敷き詰めました。床板の敷いてある方向に対して垂直に並べ、床を補強していきます。これはゴブリンやオークの棍棒ではなく、店の内装や什器にでも使おうと買っていた木材です。
 働き蜂たちがその上に木の枝を使ってジャングルジムのようなものを作ると、それを骨格にしてさっそく巣作りを始めました。

「って、もう巣作りか」
『隣の部屋に蜂蜜を並べる』
「それなら棚を用意しておく」

 レイは隣の部屋に移動すると、蜂蜜ブロックを並べるための棚を作ることになりました。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!

おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました! 佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。 彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった... (...伶奈、ごめん...) 異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。 初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。 誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。 1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

処理中です...