異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第5章:初夏、新たなる出会い

第16話:助け出すのは美少女だけとは限らない

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 しゃらん……しゃらんしゃらん……

「いいな」
「いいですね、竹炭の音は」

 白鷺亭の店内に甲高い音が流れています。レイとシーヴが目を細めました。
 気温が高くなってくる初夏、白鷺亭は窓や扉を全開にしています。そこに竹炭風鈴の音が響いています。ガラスとも金属とも違う竹炭独特の、文字にすれば「しゃらん」とも「しゃりん」とも「ぱらん」とも表せるような音です。

 ~~~

「おう、待ってたぜ」

 レイはドライクの店に顔を出しました。店に来てほしいと連絡があったからです。

「こんな感じでどうだ?」

 ドライクがバンバンと叩いているのは浄水器です。ドライクの似顔絵と名前が入っているのはサラのアイデアです。トレードマークですね。

「そいつの前にいくつか試作品を作ったんだが、たしかに水の味が変わるな」
「どう感じました?」
「懐が深いって感じだな。奥行きがあるというか。言葉で表現するのは難しいな」

 ドワーフは大ざっぱな性格だと思われがちですが、実は味覚が繊細です。そうでなければ醸造なんてできません。わずかな味の違いを感じることができるんです。それならどうして大ざっぱと思われているかというと、作ることと飲むことは別だからです。
 酒造りは徹底してこだわります。不味いなどと言われたら末代までの恥とでも考えているかのように。ですが、自分が飲む際には喉を焼く熱さがあればいい、酔えればいいと考えるのです。「それはそれ、これはこれ」が極端なんですね。

「それを俺たちが泊まっている宿屋に付けてもらうことはできますか?」
「おう、できるぞ。設置の方法も確認したいからな。でも、許可はとってるのか?」
「いえ、まだです。もちろん勝手にはしませんよ」

 現物は確認しました。宿屋に設置も可能です。それから設置の許可をもらおうと考えているのです。先にロニーに説明して、設置できないとなったら申し訳ありませんからね。

「そういや、前に風鈴がどうこうって言ってなかったか?」
「風鈴ですか? 一応サンプルで作ってはみたんですけど、もう一つで」

 レイは竹炭の風鈴を取り出しました。手が空いたときに作っていたものです。いくつかの大きさの竹炭を縦につなげ、それをいくつか並べたものです。

 カラン、カラン……

「ほほう。いい音がするな」
「できればもう少し繊細というか、澄んだ音が鳴ればいいと思うんですよね」

 レイがその昔聞いた竹炭風鈴は、割れたガラスが舞い落ちるような、しゃらしゃらとした音でした。それと比べると、お手製の風鈴はカンカンと硬い音が鳴ってしまいます。

「炭の形と薄さと重さ、穴の位置、紐の素材、重なり具合だな。俺がやってみようか?」
「お願いできますか?」
「おう。こいつのあとでな」

 まずは浄水器ですね。

「ちょっとだけ音がするからな。都合がいい日を聞いておいてくれ」
「わかりました。それじゃ、また来ます」

 レイは竹炭を置いて白鷺亭に戻りました。

 ◆◆◆

「ロニーさん、ちょっと相談いいですか?」
「何か面白い料理でも?」
「いえ。水を美味しくしませんか?」
「水を?」

 レイは水を美味しくする道具を作ってもらっていることを説明します。

「水が美味しくなれば料理の味がもっと上がると思うんです」
「それはたしかにそうですが……」
「第一号ということで、費用は俺たちが払います。この水甕のところに設置したいので、その許可が欲しいと思いまして」

 ロニーは水甕を見ました。井戸から汲んだ水を溜め、それを料理に使っています。

「何かを壊したりするわけではないですよね?」
「もちろんです。何かあったら弁償しますので」
「いえ、弁償はいいですよ。その代わりに娘をもらっていただければと」

 絶対に失敗することはできないなとレイは強く感じました。

 ~~~

 カッコーン……

「まさか鹿威ししおどしまで設置されるなんてね」
「面白い音です」
「頭の中が空っぽになるような音ですわ」

 竹があるならこういうのもありだろうとレイが教えたものをドライクが作ってしまいました。それをレイが庭の隅に設置しました。

「どこで水が流れてるの?」
「今はエリスがやってる」

 ゴーレムのエリスが井戸から水を汲んで鹿威しのところに流しています。いつまでレイが白鷺亭にいるかはわかりませんが、わりと自由にさせてもらっていますので、水汲みなどはゴーレムたちが交代でやっているので、そのついでです。
 そのゴーレムたちですが、主人であるレイの命令を受けて動く存在ですので、何もしないよりも何かをするほうが嬉しいようです。喜んで水汲みをしていますよ。

「ものすごく涼しげな音ですねぇ」
「涼しいからって抱きつくなよ」
「いけずぅ」
「いけずで悪いか」

 レイが目を閉じて音を楽しんでいると、マルタがくっついてきました。レイも慣れてきたのか、それとも動くのが面倒なのか、もうマルタの好きにさせています。

「旦那様、これはこれでいいのですが、今日はどうされますか?」
「そうだなあ……」

 シャロンに予定を聞かれて、レイはマジックバッグをチェックします。

「そろそろパンダを狩らないとな」

 グレーターパンダのストックがなくなりかけていました。

「すみません。わたくしがわがままを言ったばっかりに」
「いや、ケイトのせいじゃないって。せっかくダンジョン都市にいるんだから、入りたくなるのは当然だろう」

 レイたち『行雲流水こううんりゅうすい』にケイトとシャロンが入ってからしばらくの間はグレーターパンダ狩り三昧でした。ケイトのがあれば、ラケルとのコンビネーションであっと言う間に一頭狩れるからです。
 それからケイトの希望でダンジョンに入り、専用装備を整えてもう一度ダンジョンに入り、さらにゴーレムのニコルが配下になったので、その仲間を確保するためにまたダンジョンに入りました。その期間、パンダ狩りに出かけていなかったため、グレーターパンダのストックが減っています。
 全員にマジックバッグか収納スキルがあるパーティーなので、帰るまでに見つけたグレーターパンダはすべて狩っておき、週に四、五回は冒険者ギルドに売りに行きます。
 狩りに行かない場合は、レイは薬剤師ギルドに薬を作りに出かけます。他のメンバーは料理をしたり買い物に出かけたりしています。
 普通のパーティーなら連日何かをするということは滅多になく、大きな稼ぎがあればしばらくは酒場に入り浸ることが多くなります。ところがこの六人のうち、レイとサラとシーヴの三人はわりと勤勉です。ケイトはレイが何かをするなら一緒にいたがります。ラケルとシャロンはレイの奴隷なので、レイが働いているのにダラダラすることはできないと思っています。結果として、みんなが常に何かをしていますね。

「実入りはパンダのほうがいいけど、たまにはダンジョンもいいよね」
「そうですね。気分転換の手段は多いほうがいいでしょうね」

 みんながフォローしてくれたおかげで、ケイトはほっとしました。無責任なところも多いケイトですが、レイに見放されるというのが一番怖いのです。

「とりあえず森まで行こうか」
「賛成」

 ◆◆◆

 今日は冒険者ギルドに寄らず、白鷺亭からそのままパンダの森に来ました。そして五〇頭ほど倒して、これから昼食です。

「みなさま、昼食の準備が終わりました」

 シャロンの合図でみんながいつもの場所に向かいます。そこではニコルたちストーンゴーレムがシャロンの手伝いをしていました。
 ゴーレムなら給仕の手伝いよりも戦闘のほうが向いていると思うかもしれませんが、動きがあまり早くない上に戦闘用のスキルもありません。だからレイはニコルたちにシャロンの護衛と手伝いを任せています。

「今日は大量だったな」
「しばらく空きましたからね」

 普段なら昼までで目標の三〇頭を狩り、場合によっては昼食後にさらに一〇頭ほど狩ることが多いのですが、しばらく来ていなかったからか、午前だけで簡単に五〇頭以上狩ることができました。

「ラケルとケイトが大活躍だったね」
「まだまだ戦えますわ」
「私も同じです!」
「パンダは今日のところはもういいだろ。午後からはブッシュマウスやハードアルマジロを狩りながら帰ろう」

 まだマジックバッグに余裕はありますが、無理はしないというのが彼らの方針です。それに、自分たちが口にする魔物肉も手に入れなければならなりません。

「それでは私は片付けを始めます」
「ああ、頼むよ」
「はい」

 シャロンが食器を【清浄】できれいにしている間に、ゴーレムたちが椅子とテーブルをたたんで片付けます。たたまれたテーブルをシャロンが収納しました。

「ああっ、旦那様の硬いものが私の中に入ってきます」
「俺が作ってもらったテーブルがお前の収納スキルにな」

 流れるような動作で片付けを終わらせると、そのままレイの隣に来てぴったりとくっつきます。レイは思わずシャロンの頭を撫でてしまいました。まるで撫でろと言わんばかりに寄ってくる猫のようだと思えたからです。

「シャロンもいい感じに馴染んできましたね」
「最初から馴染んでなかったか?」

 シーヴの言葉にレイは首を傾げました。どう思い返しても最初から馴染んでいただろうと。

「やはり女同士だからでしょうか、馴染み方が最初と違うのがわかりますね」

 シーヴから見ると、最初のころのシャロンはケイトをダシに使ってレイに絡んでいました。ここのところは直接レイとのやり取りを楽しんでいるように思えたのです。理由の一つは、レイの奴隷になったことで直接レイと話をする機会が増えたことです。そしてもう一つは、レイと関係を持つようになったことでしょう。

「はい、私のココは旦那様のアレにずいぶんと馴染んだと思います」
「お前はそっちばかりか?」
「そうはおっしゃいますが、昨日の夜も大変お元気でした。はち切れんばかりに」
「よし、そこまで言うなら次は完全に馴染ませてやるからな」
「きゃ~」

 レイはシャロンを捕まえて抱きかかえます。他のメンバーたちは、そんなレイとシャロンを見ています。

「シーヴはああいうレイでよかったんだよね?」
「はい。男性はあれくらい奔放ほんぽうでもいいでしょう。レイは頭のどこかで自分は真面目でなければならないと思っているふしがありましたからね」
「それはあるよね」

 サラは当たり前のように答えましたが、レイがそうなった原因がほとんど自分のせいだとは思っていません。ある意味では「レイは私が育てた」と言えるのです。

「楽しいご主人さまも好きです」
「わたくしも抱き上げられたいですわ」

 ケイトはレイにお姫様抱っこされるシャロンを羨ましそうに見ています。

「言ったらやってくれると思うよ」
「ですが、女性の側から求めるのはふしだらでは?」
「どこが? ケイは変なところを気にするよね。でもケイなら大丈夫だって。レイ、ケイが抱っこして回ってほしいって!」

 女性陣全員がお姫様抱っこに満足するまで二〇分ほどかかりました。

 ◆◆◆

 一行が西にある街道に向かって歩いているときにそれは起きました。

「レイ、向こうを」

 シーヴの声を聞くと、レイは街道のほうに目を向けました。かなり距離がありますので、レイの目には何が起きているのかわかりません。かろうじて前方やや北寄りで土煙が上がっているのが見えました。

「何かわかるか?」
「タスクボアーが馬車を襲っているようです」
「よし、シーヴとラケルは先行してくれ」
「「はい」」
「サラは俺と一緒に。ケイトはシャロンを守ってくれ。急がなくていい。ニコルたちは二人の護衛を頼む」

 そう言うと、レイはシーヴとラケルを追って走り出しました。



 鋭い牙を持った三頭のタスクボアーが馬車を囲んでいます。そのうちの一頭が馬車に体当たりをして牙を突き立てていました。車体が大きく揺れて悲鳴が上がります。タスクボアーたちが馬車を囲んでいるので、魔法は使えません。
 そのうちの一頭が走り寄るラケルに気づき、頭を下げて突進を開始しました。

「ラケル、気をつけてください」
「負けませんですっ!」

 ゴウンッ‼

 スキルを使ったラケルがタスクボアーにぶつかると鈍い音が響き渡りました。次の瞬間、タスクボアーが吹き飛ばされて宙を舞います。
 その間にもシーヴの放った矢が別のタスクボアーの目に刺さり、痛みで馬車から離れました。そこに到着したレイとサラが斬り込みます。あとから到着したケイトがでタスクボアーを弾き飛ばしました。
 ケイトはレイたちに合流するまでは攻撃魔法を使うこともありましたが、ここ最近は物理攻撃ばかりです。結局のところ、ラケルが加わってもケイトが加わっても、全員が全力でタコ殴りという脳筋的な戦いしかできないところがこのパーティーの残念なところです。
 ところが、彼らが作戦を立てて石橋を叩きながら戦わなければいけない相手はほとんどいないでしょう。そのような敵が現れたら、そのときはその場で考えればいいとレイは開き直っています。

 三頭のタスクボアーが動かなくなると、レイは車輪が割れて傾いた馬車に駆け寄りました。

「おい、大丈夫か——って兄さん⁉」

 壊れかけた扉を開けようとしていたのは、レイの兄のライナスでした。
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