異世界は流されるままに

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
95 / 184
第5章:初夏、新たなる出会い

第7話:シャロンの心変わり

しおりを挟む
 ケイトとシャロンが合流してから二週間少々が過ぎました。今日も早めに町に戻って夕食をとります。酒場が混む前に食事を終えるのが当たり前になっていますね。

「それじゃ、そろそろ部屋に行くか」
「はい」

 今日はシャロンの日だったので、レイはシャロンと一緒に部屋に入りました。

 ◆◆◆

「旦那様、一つお願いがございます」

 部屋に戻るとシャロンがレイに向かって深く頭を下げました。

「かしこまってどうしたんだ?」

 いつものようにふざけた雰囲気はまったくないことにレイは驚きます。

「抱いてください」
「こうやってか?」

 レイはシャロンに近づいてギュッと抱きしめます。たまに抱きついてくるので抱き返すことはよくありますが、シャロンの言いたいことは違っていました。

「いえ、今夜は夜伽の相手をさせていただけませんか?」
「……何かあったのか?」

 これまで二週間、シャロンが抱かれたいと口にしたのをレイは聞いたことがありません。五日に一度、順番でレイと同じ部屋で寝ることになっていますが、レイは手を出さず、シャロンも同じベッドに入ることはありません。ただ、同じ空間にいただけでした。
 最初のころに「旦那様に惹かれることがあればいいと思っております」とシャロンが言っていたのをレイは覚えています。それに対してレイは「別に無理して抱かれる必要はないからな」と答えています。それはレイの本心です。奴隷になったから抱くとか、そのようなつもりは彼にはありません。

「特に何かあったわけではないのですが、そろそろ抱かれるのもいいかと思いまして」

 そう言いながら、シャロンはぽつぽつと話し始めました。
 シャロンは成人すると町を離れ、いくつもの国と町を巡りました。たまたまダグラスでに遭い、メイドとしてしばらく同じ場所で過ごしていましたが、このトラブルも彼女にとって結果的に悪いことではなかったのです。
 吟遊詩人や大道芸人として暮らすハーフリングにとって、他人という存在は単なる客、つまりです。客と本気で親しくなることはあまりありません。それでもシャロンはケイトと二年以上一緒にいたことで、他人をおちょくる能力を向上させただけではなく、他人と親しく付き合うことがどういうことかと理解できたのです。
 それからレイと出会ってパーティーに加わり、シャロンはこれまで感じられなかった充実感を感じていました。何が原因だろうかと自分で分析したところ、おそらくパーティーの一員として活動していることだろうという結論に達しました。
 彼女がこの町に来ることになったのは、ケイトに強引に同行させられたからです。そのことに関しては、山ほど思うところがありますが、レイのことを好ましく思っているのは間違いありません。奴隷である自分やラケルのことを仲間の一人として扱ってくれるからです。
 しかも、シャロンは戦闘についてはまったく役に立ちません。彼女にできるのは食事の用意や後片付けだけです。それでも何かをすれば「ありがとう」と言ってもらえます。奴隷になったこと自体は不本意ですが、レイが主人ならこういう生き方も悪くないのではないかと思い始めていました。

「私のすべてを旦那様に捧げます。ただ、私は体が小さいですので……」
「無茶はさせない」

 レイは腰をかがめてシャロンにキスをすると一度お姫様抱っこをし、それからベッドに運びました。

 ◆◆◆

 レイが目を覚ますと、すぐ横にシャロンの顔がありました。

「おはようございます、旦那様」
「おはよう」

 二人は挨拶を交わすと、そのまま顔を近づけました。しばらくして唇が離れます。窓から差し込む光から、まだ早朝、しかもかなり早い時間だとわかります。

「昨夜はご満足いただけましたか?」
「ああ。最初はちょっと怖かったけどな」

 シャロンが小柄な種族だということはレイにもわかっていました。ところが、彼女は思った以上に肩幅が狭くて腕も足も細く、それこそ壊れ物を扱うかのように抱いたのです。

「旦那様からの愛情をお腹の奥深くに感じました。心よりお慕いしております。末永く可愛がってくださいませ。うふふふふふふ♡」

 いきなりシャロンが笑い始めました。彼女がこういう笑い方をするのをレイは聞いたことがありませんでしたので、思わずのけ反りそうになりました。

「申し訳ございません。旦那様がお目覚めになる少し前のことですが、何かがピンときましたのでステータスカードを見たところ、なんとっ!」
「なんと?」
「実はっ!」
「引っ張らなくていいから」
「はい」

 テレビでよくありますよね。引っ張るだけ引っ張ってCMとか。

「転職候補に上級ジョブが現れました」
「昨日まではなかったのか?」
「はい。ここしばらくのパンダ狩りでレベルは上がっておりましたが、転職候補は以前から一般ジョブばかりでした」

 シャロンのステータスカードにあったのは、シーフやスカウト、他には大道芸人や最初のジョブだった風来坊などでした。

「それで何になるつもりなんだ?」
「そのことですが……みなさまへの報告と一緒でもよろしいですか?」
「……まあいいけどな」

 みんなへの報告と一緒ということは、レイがシャロンに手を出したこともみんなの知るところとなるはずです。それでもレイはシャロンを抱いたことを後悔していません。「毒を食らわば皿まで」ではありませんが、シャロンを抱くにあたって、四人も五人も同じだとレイは割り切ることにしました。
 もちろんいずれきちんと責任をとるのは大前提です。抱くだけ抱いて捨てるというのはレイとしてはありえません。ただ、人数が増えれば大変だろうなという思いはあります。

「それなら下りる前に風呂に入るか」

 汚れを落としてから食事に行くのがレイにとっての日常です。【浄化】でも落ちますが、朝風呂はまた気分が違って気持ちがいいものです。

「旦那様、それでしたら二人で同じ樽に入ってみませんか? 私の体なら一緒に入れるはずです。外だけではなく中も温まりませんか?」
「中が温まるのはシャロンだけだろ?」
「そうでした。旦那様、私の中を温めていただけませんか?」

 ◆◆◆

 レイとシャロンが酒場に下りると、すでに他のメンバーは集まっていました。

「みなさま、おはようございます。ようやく私にも上級ジョブに転職する日がまいりました」

 シャロンが一同に向かってそう宣言します。もちろんその言い方に、誰もが何かを感じました。

「何かあったの?」
「はい。これまでは上級ジョブの候補がありませんでしたが、どうやら昨夜で条件を満たしたようです」
「昨夜?」
「メイドは主人に手を出されて初めて一人前オ・ト・ナになれるようです。きゃっ、恥ずかしいっ♪」

 サラの質問に答えつつ、あざとく両手を頬に持っていくシャロン。そのままレイの胸……には届かないので、みぞおちに頭をコツンとぶつけました。女性陣はそのポーズをあざといと思いながらも、レイが仕方ないなという顔をしながらシャロンを抱きしめるのを見守ります。ようやくかと。

「レイもだいぶ性格がくだけてきたよね。以前なら絶対にシャロンには手を出さなかっただろうし」
「男性の冒険者ならこれくらいは普通でしょう。酒場に入れば女給に声をかけるものです。むしろ最初のころが硬すぎたくらいですね」

 貴族であれ平民であれ、お金と力のある人が多くの配偶者を持つことは、この国ではおかしなことではありません。むしろ推奨されるほどです。
 逆に、レイの父親のモーガンのように、貴族の生まれで妻が正室一人だけ、側室も愛人がいないというのは珍しいことです。トリスタンもライナスもそうですね。ザカリーが言ったように、ファレル家は代々淡白な家系のようです。レイが例外ということでしょう。
 つまり、何人妻にしようが問題ありませんが、そこで責任が取れるかどうか、そのためのお金があるかどうかということが大切なんです。

「みんなで一緒に仲良しです」
「シャロンはレイ様に譲ったのですから、今さらわたくしは何も申しません。むしろ贈り物を気に入っていただけて嬉しいですわ」

 レイの恋人たちはみんな理解があります。むしろありすぎですね。それはレイの魅力が高すぎるのも影響していますが、シーヴがレイには好きに振る舞ってほしいと思っているからです。
 そのレイですが、彼は別にハーレムを望んでいるわけではありません。むしろ恋人は一人でいいと考えていました。ところがシーヴとサラの二人から告白され、二人とも受け入れることになりました。それ以降レイは、できる限りはこちらの世界の常識に合わせていこうと考えました。成功しているとは言い難いですけどね。
 サラは前世でも今世でも、自分がレイの好みのタイプではないのがわかっていました。だから諦めかけていましたが、そこをシーヴが説得しました。好みというのは時間とともに変わるもので、それにここは日本ではないと。実際には、レイの好みはキリッとした美人タイプというだけで、他が駄目というわけではありません。単純に好き嫌いで考えればサラのことは好きだったのです。
 このようにサラを引きずり込んだシーヴは「男性が好きに楽しく生きる=ハーレム状態」という、ちょっと間違った男性観を持っていました。そのあたりは日本人時代から男友達がほとんどいなかったことが影響しているでしょう。男性を理解しようといろいろな本を読みましたが、少々偏りがあったようです。
 さらには獅子人になったことも影響しています。獣人のすべてがそうではありませんが、一人の夫に複数の妻がいて、みんなで子育てをするという形は珍しくはないからです。彼女にも産みの母親だけでなく、異母兄弟姉妹の母親が何人もいるのです。
 ラケルもシーヴと似たようなものです。それに加えて、自分を磨き上げた上で強い相手の妻になることが名誉あることだと教えられています。ラケルにとってはレイは最上の相手ということになります。
 ケイトは自分が一番でないことに若干不満を感じていますが、レイに恋人が何人もいることに関しては不満はありません。貴族の家に生まれた男性はそういうものだと思っているからです。それに、シーヴはまとめ役として優秀ですので、シーヴがなら正室になってもいい考えている部分もあります。
 シャロンはここに来た経緯が経緯なので思うところは山一つ分はありますが、レイに関しては好ましく思っています。自分とラケルに対して奴隷扱いをせず、パーティーの仲間として扱ってくれるからです。その奴隷としての契約期間はあと半年ほどですが、彼女なりに精一杯仕えようと考えています。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...