異世界は流されるままに

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
92 / 190
第5章:初夏、新たなる出会い

第4話:お嬢様と契約

しおりを挟む
「れ・い・さ・まっ♪」
「どうした?」
「いえ、わたくしは幸せ者だと思いまして」

 ケイトは朝からレイに腕枕をしてもらい、天にも昇るような気持ちになっています。少し前までどん底だったからです。
 彼女は特に不幸だったわけではありません。多少わがままというか、思い込みが激しいところがありますが、基本は前向きで、積極的に悪いことができる性格ではありません。そして両親から愛情を込めて育てられました。ただ、跡取りではありません。いつかは家から出なければならないと幼いころから理解していました。そんなとき、たまたまレイが屋敷にやってきたのです。
 父親同士が話をしている間、レイとケイトはすることがありません。二人で話でもしていなさいと言われ、二人でアンガスの執務室の向かいにある図書室に入って話をすることになりました。
 正直なところ、レイは本さえ読めればそれでよかったのですが、さすがにケイトを無視するわけにもいきません。だからケイトの相手をしたのです。それでも話し方が柔らかいレイが同い年で、そしてお互いがよく似た境遇だと知ると、彼女はあっという間にレイに惚れてしまいました。
 成人すれば一緒になろう。そう思っていた彼女はレイに置いていかれたと思って絶望の淵に突き落とされて上から石を投げつけられた気分になっていました。根性ではい上がると、そこには彼女の求めていたものがあったのです。

 ◆◆◆

 二人が酒場に下りると、サラがニヤニヤしながらケイトの肩に手を置きました。

「そして少女は女になった」
「サラ、発言がおじさん臭いですわ」

 プンと文句を言うものの、ケイトは満更でもない顔をしています。金貨よりも宝石よりも、ケイトはレイのそばにいるという事実が欲しかったのです。

「レイ様、シャロンを譲ったという証拠に、これから奴隷商に赴いて契約を書き換えましょう」

 ケイトは話題を変えるかのようにそう言いました。

「別に書き換える必要まではないと思うけどな。ケイトが主人のままで不都合はないだろ?」
「いえ、これはケジメです。いずれわたくしがレイ様の妻の一人になるという覚悟も含めてのことです」
「ケイト奥様に振り回されることがなくなると思えば気が楽になりますね」

 シャロンは、ホッとした顔でその提案を受け入れました。

「誰が振り回しましたか?」
「ケイト奥様です。冒険者ギルドに向かうときとか、文字通り私のつかんで引きずり回しましたよね?」
「過去は捨てましたわ」

 前向きなのは悪いことではありませんよ。やりすぎなければ。

「それでは、私たちは先に向かっていますね」
「ああ。終わったら合流するから」

 レイはケイトとシャロンを連れて奴隷商に向かうことにしました。

 一月以上も暮らししていると、同じ道ばかりではなく、たまには別の道を通ろうと考えることもあります。すると、どこに何があるかがざっとわかるようになりました。それでもわかっているのは真ん中あたりから北にかけてで、南のほうにはどんな店があるのかはまったく知りません。必要があれば足を伸ばすことになるでしょう。

「ここだな」
「大きいですわ」
「そうだな。人が多いからだろう。冒険者ばっかりだけどな」

 その冒険者が奴隷になるということですね。以前、バーノンで奴隷商をしているヘクターが言っていましたね。普通にしていれば冒険者が奴隷になることはそれほど多くはありませんと。無理をしたか、うまい話に騙されたか、見栄を張ったか、そのあたりです。 
 ずいぶんと立派な扉を開けて三人は中に入りました。
 中はどこでも同じようなもので、まずは受付があって、そこでステータスカードをチェックするようになっています。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「この子の主人をわたくしからレイ様に変更してもらいたいのです」
「かしこまりました。店主を呼びますので、そちらの小部屋でしばらくお待ちください」

 三人は別の店員の案内で、ソファーが置かれた小部屋に案内されました。

「ここはカジュアルな感じだな」
「レイ様はよく利用されますの?」
「いや、ラケルのときの一回だけだ」

 出されたお茶を飲みながら話していると、恰幅のいい店主が部屋に入ってきました。

「レイモンド様、カトリーナ様、お待たせして申し訳ございません。店主のハイザルと申します。お見知りおきを。本日は奴隷の主人の変更をお求めとか」

 それぞれ貴族の息子と娘です。愛想をよくしておいて損はないだろうと、ハイザルは笑顔で応対します。

「はい。このシャロンですが、今年いっぱいまでわたくしの奴隷です。それをレイ様の奴隷に変更していただきたいのです」

 それを聞いたハイザルは、手続きの方法と代金について書かれた書類をテーブルに置きました。

「まず前提といたしまして、契約は神の力で行われることですので、書き換えというのは実際には不可能です。一般的に「書き換え」と言われておりますのは、現在の契約を破棄して新しく契約をやり直すことや、前の契約と齟齬がない範囲で上書きすることです。主人の変更となりますと、新規で購入される場合とは違って二回分の手数料が必要になります」

 たとえば、ケイトが主人のまま一年間契約期間を伸ばすとしましょう。その場合は「年末での契約終了後にあらためて一年間の契約をする。その際はレイが主人となる」という、今の契約と食い違わない契約を上書きでするのです。
 ただし、契約期間内での主人の変更となると、ケイトとシャロンの間に行われた契約を破棄して、あらためてレイとケイトの間で契約をするという形になります。だから手続きが二回必要になるわけです。
 新規購入の場合、特に高額の奴隷の場合は代金の中に契約に関する手数料が含まれていることが多いのですが、今回はそうではありません。シャロンはこの奴隷商とは関係のない奴隷ですからね。
 レイとケイトはそのような説明をされましたが、お金は問題にはなりません。それほど高額でもありませんしね。だからレイはさっそく契約をしてもらうことにします。

「ペナルティーなしにはできないんですよね?」
「はい。まったくなしにすることはできません。それでは奴隷である意味がありませんので。体が重くなるのが一番軽いペナルティーでしょう」

 それはラケルと同じですね。逆らえば逆らうほど体が重くなります。ちょっとしたことならまったく影響がありません。ただし、あまり軽くすると主人を害することができてしまうんです。奴隷は主人を害せないと言われていますが、それは正しくはありません。
 たとえば、シャロンがナイフを構えたまま勢いをつけてレイに飛びかかります。向かっている途中で体が重くなっても、勢いがあればそのまま刺すことができます。
 それでレイが死んだとしても、それでシャロンが奴隷から開放されることはありません。主人を殺せば、奴隷は契約の神から死を与えられるからです。だからペナルティーが軽い場合、それでもかまわないというのなら、相討ち覚悟で主人を殺すこともできてしまうということです。
 条件が決まると、あとはステータスカードを重ねて契約を行います。最初は契約の解除、次は新しい契約。どちらも問題なく終わりました。

「これでシャロンの主人はレイモンド様になりました。ペナルティーは一番下、契約期間はそのまま年内いっぱい、ということになっております」
「ハイザル殿、ありがとうございました」
「こちらこそ。また何かあれば当店をご利用くださいませ」

 頭を下げるハイザルに見送られた三人は、他のメンバーと合流するために門に向かって歩きはじめました。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!

おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました! 佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。 彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった... (...伶奈、ごめん...) 異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。 初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。 誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。 1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

処理中です...