異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第4章:春、ダンジョン都市にて

第14話:ミードの納品

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「そろそろ完成か?」

 五日ほどでミードの発酵が終わりました。熟成はまだですが、布で漉してから味の確認です。

「おー、熟成してないのに深いな」
「使っている蜂蜜が違うからでしょうか、のど越しがいいですね」
「香りもこっちのほうが強いかな?」
「今までのよりも美味しいです」

 女性陣にはエールよりもミードのほうが人気があります。ミードは蜂蜜を発酵させて作ります。糖分がアルコールに変わるため、甘みはさほど残りません。ほんのりと甘い香りのするビールという感じです。もちろん作り方によって、元の蜂蜜によって風味は変わります。それはエールだろうがワインだろうが同じです。
 日本人時代のレイは、お酒も含めて、甘いものがやや苦手でした。嫌いではありませんので、出されればきちんと食べます。それは生まれ変わってからもあまり変わりません。それでも、上品な甘さは好きなんです。

「これに蜂蜜をちょっと入れても美味いよな?」
「……レイ、それは超危険だって」
「はい。いくらお砂糖よりもカロリー控えめでも」

 その夜、サラとシーヴは自分の意志の弱さに何度も懺悔をしたのでした。
 え? ラケルですか? 彼女は細かなことは気にしません。たった一言、「太りそうなら運動すればいいだけです」と言い切っただけです。

 ◆◆◆

 レイたちは普段、冒険者ギルドに立ち寄り、依頼の掲示板をチェックするだけして何もせず、そのまま町を出ています。何かあれば声をかけてくるだろうと考えているからです。
 今日の午前中はグレーターパンダを狩って、それからミードを持っていく予定です。
 ギルドに向かいながら、シーヴが気になったことを口にしました。

「使用済みの竹と笹がかなりの量になっているはずですけど、どうしますか?」
「ああ、竹か……」

 グレーターパンダをおびき寄せるために、竹と笹とタケノコを使っています。タケノコを食べ、竹をかじって遊び始めたところに姿を現して倒すわけです。
 一度グレーターパンダがかじった竹は再利用せず、新品の竹とは別の場所に入れてあります。それがそこそこ溜まってきたのです。

「体にいいし、炭でも作る?」
「炭って、あれでか?」
「そう。無煙炭化器」

 浅い筒の下をすぼめて「丷」のような形にした金属製の道具です。木でも竹でも、適当なサイズに切ってこの中で燃やせば炭ができます。無煙といってもまったく煙が出ないわけではありませんが、火の勢いのわりには煙が出ません。

「パンダがかじった部分は切り取って、残りは炭にするか」
「その無塩炭化器はあるんですか?」
「鍛冶屋に頼めば作れるんじゃないか?」

 スピアーバード対策の兜が作れるのなら、これくらいは簡単ではないかとレイは考えたのです。

「窯がなくても炭が作れるのです?」

 ラケルはそこが気になるようです。彼女の村では、窯で炭焼きを行っていました。窯のほうが一度にたくさんできるのは間違いありませんけどね。

「ああ。木や竹を放り込むだけでできるぞ。安全のために見張っておくけどな。ていうか、マジックバッグの中で作ればいいか」
「それなら煙はどうなるの?」
「どうなるんだろうな? 結局マジックバッグで料理はしてないから、そのあたりも確認してみるか」

 そんな話をしているうちに冒険者ギルドに到着しました。いつものようにやや遅めなので、冒険者はそれほどいません。レイは顔なじみのマーシャに声をかけました。

「マーシャさん、一番近い鍛冶屋ってどこにありますか?」
「鍛冶屋ですか?」
「ええ。日用品を作ってもらおうと思いまして」

 日用品を作ってもらいたいとレイは説明しました。日用品?

「それですと、一本北の東側にドワーフのドライクさんの工房があります。武器以外なら作ってくれますよ」
「武器以外なの?」

 サラが驚いたように聞き返しました。武器を打たないドワーフがいるのかということですね。

「こだわりがあるみたいですよ。武器は扱わないポリシーだそうです」
「それならそこに行ってみます」

 鍛冶屋の場所を聞いたレイたちは、ドライクの鍛冶屋に向かいました。



 角を曲がると鍛冶屋の看板が見えました。店先まで行って中を覗くと、ドワーフの男性が座っているのが見えました。

「すみません、ドライクさんですね? 作ってもらいたいものがあるんですけど」
「どんなものだ?」
「鉄でできた、こういう形のものです」

 レイは紙に書いた絵を見せました。

「なんだこりゃ?」

 紙を手に取ったドライクはどちらが上か下からわからず、紙を何度も上下にひっくり返しました。

「こっち向きです。炭を作るための道具なんですけど」
「これで炭ができるのか?」
「ええ。家庭用なら、これで十分なんですよ」

 家庭用? このサイズなら四〇〇〇リットルはできますけどね。

「大きさはどれくらいだ?」
「ええっと、上の直径が三メートル、下が一・五メートル、高さ一メートルくらいでお願いできますか? 中で木や竹を燃やしますので、厚さは数ミリくらいでしょうか」

 ドライクは紙にサイズを記入していきます。

「サイズ的にかなり重いぞ。持って帰れるのか?」
「マジックバッグがありますので」

 特殊な形の鉄を曲げてつなげる必要がありますので、三日後ということになりました。ついでに上に乗せる蓋と下に敷く板も注文しました。蓋は単に取っ手のある板です。板の板は、そのままマジックバッグに入れるためですね。

 代金を払って注文を終えると、いつものように森に行ってグレーターパンダを狩ります。四人とも慣れましたので、もはや単純作業になりつつあります。でも、そういうときこそ危ないですからね。気を引き締めていきましょう。
 とはいうものの、特に問題なく午前のグレーターパンダ狩りが終わりました。竹や笹を片付けると、場所を変えて昼食にします。昼食が終わると移動して、今度はミードの配達です。ですが……

「ここのはず……だよな?」

 レイたちがモリハナバチの森に近づいたところ、前とは様子が違っていました。森の中心部に続いているはずの入り口がなくなっていたのです。ただし、【索敵】を使うと、蜂たちが森の中にいることがわかります。

「隠れたんじゃないよね?」
「ミードを頼まれたわけですから、侵入を防ぐ意味はないと思いますよ」

 レイたちがどうしようかと思っていると、一匹の働き蜂がやってきて空中で手招きしました。

「入り口の場所が変わったのか」
「定期的に変えてるのかな?」

 働き蜂に導かれるように、レイたちはぐるっと森を回ります。そして、完全にクラストンから反対側に来ました。そのまま森の中に入ってしばらく歩きます。すると行き先には木の枝や蔦が組み合わさった壁がありました。

 ぶぶぶ

 働き蜂が手を向けた先を見ますが、そこには壁があるだけです。よじ登ればいいのかとレイが思っていると、シーヴが壁に近づきました。

「レイ、ここから入れます」
「ここって……ああ、これはわからないな」

 離れたところから見ると壁にしか見えませんが、壁の前に立つと少し凹んでいる部分があって、そこに立つと横に細い通路があるのがわかりました。
 細い通路を通って中に入ると、そこには前に見た森が広がっていました。しばらく歩くとディオナがいる巣が見えました。

「入り口が変わったんだな」
『レイたちに頼めばいいので、普段は入れないようにした』
「そういうことか」

 モリハナバチは大人しい魔物です。自分たちから攻撃はしませんが、もちろん攻撃されたら反撃します。その前に攻撃されないように自分たちを守るための方法があります。それが【迷路作成】というスキルです。
 迷いの森と呼ばれる、入ったら出られなくなる森とは違います。日本ではトウモロコシ畑で巨大迷路を作ることがあるでしょう。あれと同じように、森に生えている木や草花を使って、あっという間に迷路を作るスキルです。
 迷路といっても植物ですので、剣や魔法で無理やりこじ開ければ進めます。ただし、そんなことをすると、モリハナバチは侵入者とみなして攻撃しますので、素直に迷路を攻略するしかありません。迷路なので、時間をかければ絶対に攻略できるんです。出入り口のない迷路というのは存在しませんからね。

「それでこれが頼まれていたミードだ。でも一度に出したら悪くなるよな」
『蜂蜜のそばに置いたら悪くならない』
「そうなのか?」

 ぶん

 不思議なことに、ブロックのままの蜂蜜には不思議な力があって、生モノが傷みにくくなるとディオナは説明します。それならまとめて置いていこうということになりました。

 レイたちが案内されたのは、前回とは違う蜂蜜貯蔵庫でした。そこにも蜂蜜のブロックが山と積まれています。

『蜂蜜の横に』
「ここだな」

 蜂蜜に並べるようにミードの樽を並べていきます。

『あげるのはこっち』

 ディオナはその隣にある蜂蜜貯蔵庫にレイたちを案内しました。そちらも蜂蜜でいっぱいです。

「いくつもあるって言ってたけど、いくつあるんだ?」
『二〇〇くらい』
「……そうか」

 元々はそこまで数がありませんでした。ところが、ミード作りが頼めなくなったので、それからは溜まる一方だとディオナは言います。
 もちろん彼女たちはこれまで何も努力をしなかったわけではありません。自分たちでも試してみました。でも無理だったのです。
 レイは何かが頭の中で引っかかっているのを感じていました。なぜミードが悪くならないのか。なぜミードができなかったのか。
 蜂蜜の近くに置いておけばミードは悪くならないとディオナは言いました。悪くならないのは腐らないということです。腐らないのは微生物が活動しないからです。蜂蜜の横にあっても、マジックバッグのように時間が止まるわけではありません。それならそういうことかもしれないと。

「以前の話だけど、村から来た人たちに渡したらできたんだよな?」

 ぶぶっ

「でも森の中で自分たちでやってみても上手くできないと」

 ぶぶっ

「謎の蜂蜜の力のせいで微生物が活動できないから発酵が進まないんじゃないか?」

 ぶっ⁉

 驚くディオナにレイは説明します。カビやバクテリアなど、微生物の働きによって物は発酵したり腐敗したりします。このとき、人は自分たちにとって有用な物ができると発酵、有害な物ができると腐敗と呼び分けます。たとえどれだけ臭かろうがカビが生えていようが、それが口にできる食品になるのなら発酵食品になります。シュールストレミングやブルーチーズなどがそれですね。

「話を聞くと、たしかにそうですよね」
「ある意味じゃ、すごい食品だよね、この蜂蜜。【浄化】が常に使われてるってことでしょ?」

 ぶ……ぶ……

 ディオナはしょげてしまいました。彼女が生まれてしばらくすると先代が出ていき、ディオナがこの森の女王になりました。それからなぜかこの森ではミード作りが上手くできなくなったのです。
 彼女は良かれと思って蜂蜜の近くでミード作りをしていたのですが、まさかそのせいで完成しないとは思いもよりませんでした。

「どこまで影響するのかわからないけど、もう少し離れた場所に発酵小屋を作ればいいんじゃないか?」

 レイはそう言いながらディオナの背中を撫でます。彼女の背中はふかふかしていました。



 ディオナが落ち着くと、前回と同じようにまたミードを使って宴会が行われました。レイはディオナと同じジョッキから飲んでいます。働き蜂も飲んでいますが、前回のように酔っ払うことはありません。

『レイが作ったほうが美味しい。またお願い』
「了解」

 レイたちはまた蜂蜜を受け取ると、働き蜂たちに見送られて森を出ました。

 森に沿って歩きながら、レイは東のほうに目をやりました。

「帰りに村があったらしい場所に寄ってみないか?」

 今さら何かが出てくるとは思えませんが、念のために見ておきたいと思ったのです。そういうときは何かが起こるのではないかと、サラもシーヴも反対はしません。

「そういう場所ってさあ、地面の下とかに何かありそうだよね」
「でも何も見つかってはないんだよな?」
「何もなかったそうですね」

 さすがにこれまで誰も調べなかったということはありません。けっして多くはありませんが、この森のあたりにも冒険者が来ることもあります。ダンジョン外で活動する冒険者もいますからね。ダンジョン内が九七パーセント、ダンジョン外が三パーセントくらいですが。

「これがもっと町に近ければ、秘密の地下道とか掘れたかもしれないけどな」
「一〇キロも掘るのは無理だよね」
「無理でしょうね。しかもクラストンにはダンジョンがありますからね」

 はい。ダンジョンは町の下にぐわっと広がっています。

「あ、そうか。ダンジョンの外から横に掘ったらどうなるか知ってる?」
「いえ、さすがに。そこを調べてみても面白いかもしれませんね」

 誰もそんなことはやったことがないでしょうね。ダンジョンを横から攻略するとか。
 ここにはダンジョンはないだろうというあたりで縦に掘っていって、ある程度の深さまで掘ったら横に掘っていけば、理屈ではダンジョンの外壁にぶつかるでしょう。
 ちなみに、上に伸びている塔タイプのダンジョンもあります。その場合は窓から入れることもあります。それでも、外壁をよじ登るのは大変ですし、いきなり上層階から攻略するのは無謀ですよ。

「あー、でもこのあたりは薬草が多いな」

 あまり人が来ない場所ということもあるでしょうが、わりとあちこちに生い茂っていますね。アーカーベリーやルーリーリーブズがわさわさと茂っています。

「まとめて集めておきましょうか」
「そうだな。薬草はそこまで安くないしな」

 残念ながら、ダンジョン内には薬草は生えていません。だから薬草はそこまで多くは集まってきませんので、そこまで安くはありません。安いのは、持ち帰りやすい小型の魔物の内臓ですね。

「それじゃあ頑張って集めて薬剤師ギルドに……あれ? ランクが上がってる?」

 サラがステータスカードを見ると、薬剤師ギルドのランクが上がっていました。

「そういえば、俺も薬剤師ギルドのほうが上がってるな」
「あんまりチェックしてないからね」

 ギルドが怒りそうですが、レイとサラは冒険者として何ができるかを楽しんでいるだけで、レベルやランクを上げることにあまり積極的ではありません。気にしたのは最初だけでしたね。
 レイはオスカーでギルド長のジュードにも話しましたが、成り上がることは考えていません。そのような性格でないことは自分が一番よくわかっています。サラもシーヴも似たようなものです。ラケルはレイの役に立って褒められればそれだけで幸せです。

「私はいつの間にかレベルが上がっていますね」
「私も三になりましたです」

 現時点で四人ともレベル三になり、冒険者ギルドのランクは、レイがC、サラがC、シーヴがB、ラケルがC。薬剤師ギルドのほうは、レイがD、サラがD、シーヴがGです。ラケルは薬剤師ギルドには未登録です。

「ラケルも登録してたら上がったかもしれないね」

 レイもサラも、ここまでは採集と解体だけでDまで上がりました。継続して売却しているからでしょう。

「しておいたほうがいいです?」
「俺の代わりに素材を売ってもらうなら登録が必要になるんだよな?」
「そうですね。それなら帰りにラケルも登録しましょうか。ついでに商人ギルドのほうもしておきますね。使わないかもしれませんけど」

 ラケルはレイと一緒にいることがほとんどですが、長く滞在するのなら別行動も増えるでしょう。
 シーヴが合流して以降、ほとんどそのまま売却しています。一度は借家を借りましたが、そのときに出た薬の素材になりそうなものは樽に入れて保管してあります。
 クラストンに来てからは解体所の端を何度か借りて解体していますが、冒険者ギルドで売らなかったものは、やはり同じように保管しています。そろそろ売ってもいいころでしょうね。

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