異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第4章:春、ダンジョン都市にて

第3話:初めてのダンジョン

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 レイたちは白鷺亭で朝食をとりつつ、その日の予定を考えていました。

「せっかくダンジョン都市に来たんだから、まずはダンジョンだよな?」
「シーヴに教えてもらえばいいよね」
「私が来たのはかなり前ですし、しかも上の方だけですよ」

 シーヴが現役だったのは、実質三年半程度です。そのうちクラストンにいたのはわずか数か月だけで、活動は浅い階層に限られていました。それでもそこそこの収入があったんです。

「それじゃあ今日は一度ダンジョンに潜ってみようか」
「私はOK」
「無理しない範囲ならいんじゃないでしょうか」
「何があってもお守りします!」
「頼りにしてるよ」
「はいっ!」

 ダンジョンは不思議な存在です。何もなかった場所にいつの間にか存在しています。しかも、たまに成長しますので、それまでの地図が意味をなさないこともよくあります
 内部は土の洞窟や石造りの建物のようになっていることもあれば、階層そのものが森や砂漠のようになっていることもあります。
 浅い階層は広く、深い階層は狭い傾向があります。移動には階段を使いますが、一度足を踏み入れたことのある階層にすぐに移動できる転移部屋があることもあります。エレベーターのような部屋ですね。
 また、地上と同じように魔物も現れます。深い階層まで潜れば潜るほど魔物は強くなる傾向があります。弱肉強食の理論が働いているのだろうと考えられていますが、正確なところは

 ◆◆◆

「これが現在の地図だ。あとは砂時計だったな」
「ありがとうございます」

 シーヴは冒険者ギルドに寄ったついでにダンジョンの地図と砂時計を購入しました。地図はかつて斥候役をしていたときのものがまだ手元にあります。ただ、内部が変わっているかもしれないと思って買い直すことにしたのです。

「去年いくつかの階が広くなったぞ。それからは変わってないな」
「やっぱり変わりましたか」
「上のほうなら、三階と七階だな」

 シーヴはギルド職員の説明を聞きながらメモをとります。出入り口が限られているダンジョンでは情報以上に大切なものはないからです。命は別としてですよ。

「終わりました。それでへ向かいましょうか」

 地図が手に入ると、そのままダンジョンに向かいます。

「ねえ、どうだった?」
「やっぱり変わっていましたね」

 シーヴが地図を見ながら確認しています。

「ローグライクみたいにごっそりと変わったの?」
「いえ、一部の階だけですね。私の知っている範囲では三階と七階です。他は同じだそうです。ただ……」
「ただ、どうしたんだ?」

 シーヴが困ったように眉をひそめました。

「ボス部屋やその周辺は変わっていないんですよ。外に向かって広がっただけです」
「普通なら攻略を難しくさせるためにそのへんをイジるよね?」
「そうですね。でも、本当に外側に数百メートル広がっただけなんですよ」

 ほとんどのダンジョンにはボス部屋が存在します。各階にある場合もあれば五階ごとにある場合もあるなど、ダンジョンごとに違っています。
 ボスを倒すと、必ずボス部屋の中に宝箱が出現します。ボス部屋の宝箱の中身は、通常の魔物を倒したときに見つかるものや、通路などに置かれているものよりも価値が高いことがほとんどです。
 宝箱には罠がかかっていることがありますので、【解錠】のスキルを持たない人がうかつに触ると命を落とす危険もあります。ボスを倒したと油断してうかつに開けたら、「ドカン!」となって全滅ということもあります。
 冒険者がボス部屋で全滅すると、部屋の外にステータスカードが吐き出されます。カランカランと。ボス部屋の前で順番待ちしているパーティーにはプレッシャーになりますね。

「まあ、急ぐ必要はないから、そのあたりも散策してみないか?」

 レイたちがダンジョンの前まで来ると、入り口の前で立っている兵士が数人、そして今から入ろうというパーティーが何組か、それ以外に座り込んでいる冒険者が何人もいました。

「あの人たちは何をしてるんだ?」
「あれは荷物持ちですよ。契約条件を書いた札を置いているのが見えると思います」

 荷物持ちは運搬を担当するパーティー外の冒険者のことです。収納スキルのあるかないか、どんなジョブかでも値段が違ってきます。
 主に食料や水など、なくてはならない物資を持って同行します。一日あたりいくら、ダンジョンに入ってから出るまでに得た利益の何パーセントなど、細かな条件を決めて契約します。商人ギルドから【契約】スキルを持つ職員が派遣され、雇いたい側と雇われたい側の双方で決めた内容で契約を行います。

「収納スキルがなくても、体力さえあればできる仕事です。それにきちんとした契約ですから、雇い主も適当な扱いはできません。もし約束をたがえれば困るのは自分たちになりますからね」

 シーヴのレクチャーを受けながらレイたちはダンジョンに踏み込みました。



「広いわりに音が響かないな」
「暗くもないし不思議だね」
「見やすいです」
「罠以外では真っ暗にはならないそうです」

 シーヴ以外の三人は初めてのダンジョンに驚いています。ダンジョン内では地上世界の常識は通用しません。
 照明器具もないのにダンジョンの中は明るくなっています。通路の幅はかなり広く、二〇メートルほどあるでしょう。天井の高さも同じくらいあるようで、大型の魔物でも窮屈には感じないでしょう。床や壁は石でできていますが、トンネルのように音が響き渡ることはありません。

「もう少し先に転移部屋があります。まだ意味がありませんけど、どの階からでも戻ることができます」

 転移部屋とは、その場にいるパーティーの全員が入ったことのある階層を自由に移動できる不思議空間です。残念ながらとなっていますので、深い階層まで行ったことのある人を臨時メンバーにして、その人に運んでもらうというような裏技は使えません。一度は自力でその階まで行かなければなりません。意外とこれが大変なんです。
 しかし、転移部屋がなければ、往復にかかる時間、その間の食料や水も考えなければなりません。往復だけで一か月かかるとなると、どれだけの食料が必要になるでしょうか。転移部屋があれば、前回の続きから攻略を進めることができます。

「転移部屋を基準にしてマッピングできるの?」
「いえ。すべての階で同じ位置にあるわけではありません。階と階のつながり重視でマッピングするなら、階段を中心にするほうがいいですね」

 階段は上下の階でつながっていますが、転移部屋はエレベーターとは違いますので、各階で設置されている場所が違います。しかも、転移部屋は各階に複数あるので、どこに出るかが使うたびに変わります。迷わないように、転移部屋の近くには、どの転移部屋かを誰かが書いてくれています。これを地図と照らし合わせれば、自分たちがどこにいるかがわかります。
 サラとシーヴがそのようなことを小声で話しながら歩いていると、先頭を歩くラケルの耳が動きました。

「ご主人さま、人が来ます」
「人か。仕事帰りかな?」

 奥からやって来たのは男女二人ずつの四人組パーティーでした。

「お、見ない顔だな。新顔か?」

 レイがみたところ、危険な感じはしません。手を上げて挨拶することにしました。

「俺たちは『行雲流水こううんりゅうすい』です。今日から潜ることになったんで、よろしく、先輩たち」
「おう、よろしく。俺たちは『ヴィーヴルの瞳』だ。普段は夜中に潜ることが多い。そっちのほうが人が少ないから宝箱も多いそうだ」
「多いそうって、実際のところは?」
「分からん。俺たちだけじゃないからな。それでも昼間よりは人が少ないから狩りはしやすいな」

 宝箱はボスを倒したら手に入るだけではありません。最初からどこかに置かれているものもあれば、魔物を倒すと落とすものもあります。ただし、ボス以外の魔物が落とすかどうかは運次第です。
 置かれている宝箱については、一度開けるとしばらくはその場所には現れないことはわかっています。そして、夜のほうが競争相手が少ないので見つけやすいと思われていますね。
 それから二、三のやり取りをすると『ヴィーヴルの瞳』は出口に向かっていきました。

「夜中のほうが人が少ないんだな」
「夜に潜るか? 昼夜逆転になるけど」
「お肌が心配ですね」
「【治療】で肌のダメージは治るけどな」
のために、常に綺麗でいたいという乙女心ですよ」
「そいつは失礼」

 レイは素直に謝りました。
 夜の間にダンジョンに潜るメリットは、やはり人が少ないことでしょうね。もし同時に存在する宝箱の総数が決まっているとすれば、パーティーの数が少ないほうが見つけられる可能性が上がるでしょう。
 そして、明るくなったころにダンジョンから出ますので、酒場に入ってをとってから寝ることになります。夜寝て朝起きてダンジョンに向かうパーティーが多い都合上、朝食後から夕方にかけては空き部屋が多くなります。安宿の場合、昼と夜で別の客に貸すことで回転率を上げて儲けを出しているのです。

「それで、ここが転移部屋です」

 レイたちがその部屋を覗いてみると、たしかに何もない空間でした。

「大きなダンジョンになると、各階にいくつもできるそうです。ここはそれほど古くはありませんので、二か所ずつらしいですね。階段はたくさんありますよ」

 そのまま数分歩くと、地下に下りる階段が見えました。階段だけで横幅が一〇メートルを超えています。

 ◆◆◆

 地下一階。

「注意してくださいね。ここから下は魔物が出ます」
「気合を入れていくか」
「よっしゃ」
「私が前を歩きます」

 ラケルが先頭に立ちます。その後ろにサラとレイ。シーヴは後方の警戒をします。

「向こうから何かが来ます。たぶんオークです」

 野生の勘と【索敵】で、ラケルは大まかに魔物の種類を判別していました。そして、彼女が言ったとおりに向こうから棍棒を持ったオーク三匹が近づいてきます。

 ガゴン! ガゴン! ガゴン!

 ラケルの巨大な盾が棍棒を受けます。その瞬間、ラケルは初めて【薙ぎ倒し】を使いました。

「ハアッ‼ ハッ‼ ハッ‼ ハッ‼」

 ハンマーを横に振るってオークを一斉によろめかせると、その勢いのまま右腕を振り上げます。そしてモグラ叩きのようにハンマーを上段から振り下ろしました。グシャッという音が三回続いたあと、レイは頭部を失ったオークをマジックバッグに入れました。
 倒した魔物がエフェクトと同時にドロップアイテムに変わるようなことはありません。地上と同じようにその場に残ります。倒した魔物そのものが戦利品なんです。
 ところが地上とは違い、そのまま放っておくと、魔物は床に溶け込むように消えてしまいます。だからダンジョン内は清潔に保たれるわけです。
 ダンジョンからするとそれでいいのでしょうが、冒険者からすると戦利品がなくなってしまいます。そのためにはどうしたらいいのでしょうか。実は、早いうちにある程度その場所から動かせばいいんです。倒した魔物を引きずるなどして動かすと、「あ、これは誰かが持ち帰ろうとしているんだな」とダンジョンが判断して、回収するのを遅らせてくれます。それでもそのまま放っておけば消えてしまいます。
 ちなみに、死んでしばらく経つと吸収されるのは、人でも魔物でも同じです。人の場合はステータスカードがその場に残されます。

「ラケル、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」

 ラケルは答えながらオークが落とした棍棒をレイに手渡しました。レイはそれを見ながら前に倒したオークも棍棒を取り出した。

「やっぱり棍棒に規格でもあるのか?」
「ほぼ同じだね」

 比べてみると、外にいたオークの棍棒とほとんど違いがありません。どちらも見た目は太めのバットで、木目は違いますが、長さや太さはまったく同じでした。

「腐りにくいので、先を削って杭に使ったりしますね。フォークやスプーンのように水に触れるものにもいいでしょう。使い道がなければ薪になります」
「村では割って薪にしてましたです」
「たしかに、よく乾燥してそうだな」

 レイは棍棒同士を軽くぶつけ合いながら確認しています。カンカンと高い音がします。

「魔物って魔素の淀みから生まれるとか、そういう話があったよな」
「ええ、ダンジョンに現れるのは魔素が溜まるからだそうです。森に多いのも同じ理由だそうですね」

 魔物が生まれる理屈ははっきりとはわからないとされています。突然何もない空間から現れることもありますが、親から生まれることもあります。たとえば、ドラゴンやワイバーンなどは卵から生まれます。

 四人の向かう先に大きな扉がありました。

「あれが安全地帯のマークです」

 シーヴが差した大きな石の扉には盾をモチーフにしたマークが書かれています。たとえ扉が全開でも、この中には絶対に魔物は入りません。謎の力が働いているんです。

「まだ疲れてないな」
「私も」
「私も大丈夫ですね」
「問題ありません」
「ならこのまま下に向かうか」

 一行は安全地帯を通過し、そのまま先にある階段へ向かいました。

 ◆◆◆

 地下二階。単なる通路が続いていますが、シーヴの耳が動きました。

「天井に何かがいます」

 シーヴが前方の天井を見て矢を放ちました。矢が刺さって落ちてきたのは、体長二メートルほどのワニのような魔物でした。

「カメレオンゲッコーですね」
「ゲッコーってヤモリか。色が石みたいだな。だからカメレオンなのか」
「ええ。色だけだと判断しづらいので、這い回る音に注意します。まだいますね。ラケルも覚えてください」

 そう言われたラケルの耳が動きます。

「恐ろしい魔物なの?」
「いえ。そこまで動きの速い魔物ではありませんし、噛み付いてくるだけです。顎の力は強いですけど、噛まれなければどうってことはありません。それでも落ちてきたのが直撃すると首の骨くらいは折れるでしょうね」
「地味に嫌な魔物だね」

 そこにいるのがわかっていればホーンラビットよりも危険は少ないですが、矢や魔法で攻撃できなければ、落ちてきたところを避けるか斬るかのどちらかになります。
 うっかりして頭に当たれば首の骨が折れかねません。顎の力が強いので、噛みつかれれば腕くらいは食いちぎられる可能性もあります。離れて倒すのが基本です。
 サラはカメレオンゲッコーにとどめを刺してマジックバッグに入れました。するとまたシーヴが天井のほうに目をやります。

「天井の右寄りにいますね。三匹です」
「よく見えるよね」
「目は私のほうがラケルより上のようですね。耳は似たり寄ったりでしょう。鼻は負けますけど」

 サラがそちらに向かって【水矢】を放ちます。当たった三匹は床に落ちるとサラに向かって襲いかかりますが、サラは軽快にかわしつつ頭を切り落としました。

「私も飛び道具を持ったほうがいいです?」
「いや、ラケルは今のままでいい。両手が塞がったら反応が遅れるだろ」

 ラケルは盾役のロイヤルガードです。敵を倒すよりもレイを守るのが一番の仕事でしょう。左手の巨大な盾で敵の初撃を防いで押し返します。そして、体勢を崩した敵を右手のハンマーで叩き潰します。

「飛び道具は私が担当しますから、ラケルは前方を注意してください」
「わかりましたです」
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