異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第4章:春、ダンジョン都市にて

第1話:ダンジョン都市に到着

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 レイたちの向かう先に、ダンカン男爵領の領都クラストンが見えてきました。

「飛ばした町も、いつかゆっくりと見たいよなあ」
「帰省のときにでも寄ったらいいんじゃない?」
「そうですね。帰りは飛ばした町に寄るのもアリですね」
「帰省するのです?」
「いずれはな。当分そのつもりはないけど」

 アクトンからクラストンの間には、キサーンとヴァイタムという二つの町があります。それぞれ半日で到着できる距離ですが、キサーンは飛ばし、ヴァイタムで昼食をとって、急ぎ気味にクラストンまでやってきました。

「王都に近づいたからかもしれないけど、男爵領なのに立派に見えるな」
「マリオンと王都の中間あたりにあるのがこのクラストンですね。北部地域の入り口と呼んでもいいでしょう。小さくてもしっかりとした町です。ダンジョンがありますよ」
「ああ、それも関係あるか」

 王都の周辺は国王が直接統治する直轄領になっています。その広い直轄領のすぐ北側にあるのがベイカー伯爵領で、そのもう一つ北にあるのが、このダンカン男爵領です。
 領主が男爵という点ではレイの父親のモーガンも同じですが、ギルモア男爵領のほうが歴史があります。ところが、この町の賑わいにはかなわないでしょう。それはダンジョンがあるからです。
 通常の領地が農業や商工業を経済の中心にしています。ところがダンジョンがある領地は、ダンジョンによってもたらされる富がそこに上乗せされます。だから規模が小さくても裕福なことが多いんです。
 実際にこのダンカン男爵領はギルモア男爵領よりも小さくて町も少ないですが、豊かさでは南のベイカー伯爵領にも引けをとりません。
 普通に考えれば、爵位が上になればなるほど領地は広く町も多くなり、領地全体の豊かさもそれに比例します。そうなっていないのには理由があります。それは、デューラント王国では、ダンジョンがある場所を治めるのは子爵か男爵でなければならないと決められているからです。これは上級貴族に富が集中しすぎないためです。
 ダンジョンはいきなり入り口が現れることがあります。魔物は存在しますが、そこからは莫大な富が生み出されます。仮に豊かな大貴族の領地にダンジョンができればますます人が集まり、それに伴って物も金も集中します。それを避けるために、もし貴族の領地にダンジョンが現れれば、その一帯をことが国法で決まっているのです。幸いなことに、これまでのダンジョンはすべて何もないところにできていますので、それで領地が減った貴族は今のところありません。

「そうなると長期で滞在するか家を借りるか」
「空きがあるかどうかですね。領地としてはあまり大きくありませんし、宿屋のほうが多いですよ。質もピンからキリまであります」
「私は落ち着いた場所がいいなあ」
「長期滞在を考えると安い場所を選びがちですけどね。でも、居心地を考えるならそこそこ高いほうがいいでしょう。今のところ資金には十分な余裕がありますので。解体すればですけど」
「一度ゆっくりと作業したいね」

 オスカーで魔物を狩っていましたが、途中で盗賊退治をしてしまい、なんだかんだで売る暇もなく翌日になって町を出ました。マジックバッグの中には、解体していない魔物が詰まっているのです。

 ◆◆◆

「クラストンへようこそ」
「盗賊には襲われなかったか?」

 衛兵がレイたちに声をかけます。自分たちが見つけて狩りましたと言うのもどうかと思い、三人ともそこは流すことにしました。いずれ話が広がることはわかっているからです。

「大丈夫だよ、ありがとう。ねえ隊長さん、この町でオススメの宿屋ってある?」
「そうだなあ……」

 サラが持ち前の愛嬌で隊長に問いかけました。平の兵士よりもいい店を知ってそうだと考えたからです。宿屋は酒場を兼ねていることがほとんどです。それなら「いい酒場=いい宿屋」ということになります。

「宿屋は多いぞ。中央広場に近い『金鶏亭』ってとこは飯は美味い。飯が普通だが安いのはもう少しダンジョン寄りにある『緑の出窓亭』って店だな。ダンジョンに入るやつらはそこをよく使うらしい。で、ここから真っ直ぐ行ったところの北広場の角にあるのが『白鷺亭』ってとこで、高級店だから飯は文句なしに美味い。部屋もきれいだそうだ。その分だけ高いな。俺たちは酒場は使うが泊まらないから部屋までは知らないけどな」

 冒険者が多いので、宿屋の数も多くなっています。ところが、この町にいる冒険者の数から考えると、宿屋の数は全然足りていません。それはダンジョンに潜る冒険者は、ダンジョン内で寝泊まりすることが多いからです。
 もちろん滞在中ずっと部屋を借り続けてもいいのですが、泊まらないのに部屋代を払うのはもったいないでしょう。だから町に戻れば宿屋で寝泊まり、また翌日から何日も続けてダンジョンに入るという冒険者も多いのです。

「十分だよ。ありがとう」

 教えてもらった宿屋の中で彼らが選んだのは、高いけれども清潔で食事が美味いという白鷺亭です。

「まずは宿屋に入って休憩しよう。一番のオススメらしいから大丈夫だろう」

 町の中に入ると、たしかに全体的にごみごみしています。元々クラストンはダンジョンの近くに人が集まってできた町です。そのクラストンを中心にできた領地がダンカン男爵領です。貴族領の中では最も新しい領地の一つになります。現在の領主はローランド・ノックス。ダンカン男爵としては六代目になります。
 しばらく歩くとその『白鷺亭』という宿屋が見えました。名前のとおり白壁でできた小ざっぱりとした宿屋で、高いけれどもそれだけの価値はあるということです。

「いらっしゃいませぇ」

 高級店らしい清潔感のある受付で一行を出迎えたのは、少し舌足らずな話し方をする牛人の店員でした。穏やかな表情に大きなタレ目。ほんわかと優しいお姉さんという雰囲気が、兄の妻のハリエットに似ているとレイには思えました。
 そして何よりもインパクトがあるのが、服を内側から押し上げている見事な双丘。おそらくIカップかJカップはあるでしょう。
 レイは巨乳派というわけではありませんが、思わずじっと見てしまいました。女性はそのような視線には敏感です。サラたちは、レイがどこに目をやったか、もちろん気づいています。

「えっと、二人部屋を二つ。とりあえず三日ほど借りたいんだけど。場合によっては延長で」
「はぁい、空いてますよぉ。二人部屋は一部屋七〇〇キールになりますぅ。合計で四二〇〇キールですぅ。それでいいですかぁ?」
「もちろん」

 素泊まりで、一人あたり一泊三五〇キール。これまでで一番高くなっていますが、レイはつい日本時代のビジネスホテルの値段と比較してしまいますので、それでも安いと思えてしまうのです。
 支払いを済ませると階段で上に向かいます。とりあえず片方の部屋に全員で入って今後の予定を話し合うことになりました。しかし、すぐに今後の話にはならなかったのは仕方がありません。

「さすがにレイでもガン見したね」

 レイのすぐ隣にいたサラには、彼の目が大きく開いたのがわかりました。

「あのサイズは牛人族以外ではなかなかいないですからね」
「ご主人さまは巨乳派です?」

 ラケルは自分の胸と比べながら言いました。彼女の胸は極端に小さいわけではありません。牛人と比べると明らかに小さいのですが、それは比べるのが間違いでしょう。
 ちなみに三人の胸のサイズはシーヴ、サラ、ラケルの順になっています。

「いや、そういうわけじゃないけど、あれは思わず見るだろ」

 好きか嫌いか、あるいは興味があるかないかに関係なく、あまりにも大きな胸の女性がいれば思わず目がそちらを見るのは仕方がないとレイは説明します。それでも、説明すればするほど言い訳にしか聞こえなくなるのが悲しいところですね。

「ラケル、揉めば大きくなるって言われてるから、今度はしっかり揉んでもらったら?」
「そうします」
「それはガセだぞ」
「レイが好きなのであれば、次は牛人をメンバーに加えましょうか」
「別に牛人が好きとは言ってないぞ」
「穏やかな性格の人が多いって聞くけど、冒険者としてはどうなの?」
「なあ、聞いてるか?」
「知り合いにもほとんどいませんでしたが、冒険者にいなくはないですよ。性格的に後衛を望む人が多いのは間違いありませんが」
「聞けって」

 獣人族はけっして動物ではありませんが、性格や身体的特徴の一部は先祖になっている動物と似通っている部分があります。
 たとえば、犬人は忠誠心が高いのですが、突き放されることを極端に怖がります。力が強く、そして鼻が利きます。
 猫人は身軽で目と耳が優れています。愛嬌がありますが、一方で警戒心が強く、心を開くには時間がかかります。
 獅子人は誇り高い種族です。女性は家族思いなことが多く、強い男性に惹かれる傾向があります。
 牛人は穏やかな性格で、体力はありますが争いを好みません。女性は胸が大きいのが特徴です。

「これ以上増やすならどうするかなあ」
「増やしたいって言ってないだろ」
「でもレイだって相手が三人よりも四人でしょ?」
「いや、もう十分だけど?」

 レイは毎日誰かと一緒に寝ています。ノリのいいサラが「今日の相手は一人? 二人? それとも三人?」や「みんなでOKだよね?」などと煽ります。だからレイにはいつの間にか【性豪】というパッシブ型のスキルが付いていました。これがあると、そちらが元気になります。

「いい人が見つかればということにしましょうか」

 とりあえず今日はもうこのまま宿屋にいて、ギルドには明日向かうことにしましたが、レイには一つ気になるものがありました。

「シーヴ、これを出したほうがいいと思うか?」

 レイはジュードから手渡された紹介状を出してシーヴに確認しました。紹介状というものは、役に立つこともあれば、面倒ごとが舞い込むこともあると知っているからです。
 そもそも手紙を預かったのではなく紹介状を受け取っただけなので、無理に渡す必要はありません。

「あの人からすると、私たちは町にとっての恩人でしょう。悪いことにはならないと思いますよ」
「それなら渡すか」

 ジュードは「優秀な新人だからいざとなれば頼れと書いておいた」と言っていました。つまり頼られるのはレイたちということになります。それはジュードなりの冗談だろうとレイは思っています。さすがにギルドに頼られるには、実力はともかく実績が少ないからです。

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