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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生
第23話:溢れ出る忠誠心
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レイたちは次の朝、普通に南門から外に出ました。事情を知っている衛兵たちが手を降って送り出してくれました。ここまでは何も起こりませんでした。
「盗賊団の斥候が潜んでたとしても、俺たちには手を出さないか」
「むしろ逃げるよね」
万が一を考えてオスカーの町を出ることにしたレイたちですが、リーダーをはじめとして三〇人が四人に倒されたとなれば、斥候も逃げ出すでしょう。それともう一つ、バートの身内についてですが、こちらは接触があるとしても子爵のところに報告が行ってからの話になるでしょう。いずれにせよ、大丈夫なはずですが、レイはやや慎重になっているんです。
「でもレイが安心する方法が一番だからね」
「そこまで心配してないつもりなんだけど」
レイ自身は心配していないつもりです。少々気になるという程度で。ですが、シーヴもサラもよくわかっています。
「レイは自分にしか影響がないなら気にしませんけど、他の誰かがいると違いますよね?」
「レイの場合はそれがあるからね」
レイは三人が弱いと思っているわけではありません。実力的にはそう簡単に後れをとるとは考えていませんが、それはそれ、これはこれです。
「ご主人さまは仲間に優しいです」
「そうなんだよね」
レイは仲間だとみなした相手に対しては、わずかに庇護欲が出てしまいます。そこに男性か女性か、強いか弱いかは関係ありません。仲間に被害が及ばないように敵を排除しようとしてしまうんです。
ところが今回、残党狩りは兵士と冒険者ギルドが集めた冒険者たちに任せました。彼らを信用していないわけではありませんが、自分が関わっていないので、なんとなく落ち着かないのです。
四人はああだこうだと話をしながら、南へ向かって走り始めました。
◆◆◆
「ご主人さま、ロイヤルガードになりたいです!」
ラケルがそう叫んだのは、パーティーがちょうど昼食にしようとしたときでした。ラケルからステータスカードを渡されたレイがジョブ欄を見ると、そこにはいくつかの候補がありましたが、その中でロイヤルガードが燦然と輝いています。まさに上級ジョブの証拠です。
それを聞いたレイはすぐに許可は出さずに確認しました。
「シーヴ、ロイヤルガードってスキル的に盾使いとどれくらいの違うか分かるか?」
問いかけられたシーヴはメモ帳を取り出してチェックをします。
「盾使いとガーディアンとロイヤルガードが得られるスキルの種類はほぼ同じです。スキルの能力が上昇するというところでしょうか。あとから上げることもできますね。ステータスは特に防御と速度がかなり上がるはずです」
「スキルは変わらないのか……」
ここで出た盾使いとロイヤルガードの間にはガーディアンがあります。もし中級ジョブというカテゴリーがあるとすれば、ガーディアンは中級になるでしょう。
このガーディアンでしか得られない重要なスキルがあるのなら、いきなりロイヤルガードになるメリットはありません。
一方で、得られるスキルに大きな違いがないのなら、ステータスの上昇を考えてロイヤルガードになるほうがいいでしょう。一度転職すれば、次にできるのは三回新年を迎えてからですからね。問題があるとすれば、やはり上級ジョブなので成長の遅いということです。
「ラケル、一度転職したら三回新年を迎えるまでは転職できない。それに上級ジョブは強いけどレベルアップが遅い。それでもいいのか?」
「はい。ご主人さまを守るために強くなるだけです」
「そうか」
ラケルがロイヤルガードになれば、かなりの戦力アップにはなるのは間違いありません。それに四人とも上級ジョブなら、成長の違いを気にすることはないかもしれません。どうせゆっくりやろうと考えていたレイです。
「俺はラケルが転職してもいいと思う。サラとシーヴはどうだ?」
「私はいいと思うよ」
「私も問題ないと思います」
「そうか。それならラケル、アクトンに着いたら教会で転職しよう」
「はい。よろしくお願いします」
昼食後、四人は再び走り続けます。たまにすれ違う馬車や旅人におかしな顔をされますが、走って移動する冒険者がいないわけではありません。ただ、その速度が少々速いだけです。結局その日の夕方、ダンカン男爵領で一番北にあるアクトンの町に到着しました。
「かなり走ってきたみたいだが、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。日が沈む前に町に着きたかっただけですね」
この町から北は荒野が続いています。衛兵たちは、向こうから爆走してくるレイたちを見ていたわけです。
「そうだ。教会はどのあたりにありますか?」
「教会なら町の中央から東だ。しばらく真っすぐ歩いたら見えてくると思うぞ」
「ありがとうございます」
衛兵の言葉どおり、しばらく歩くと教会の尖塔が見えました。
「前は教会で暮らしてたから思うんだけど、作りがどれもこれもバラバラなんだよね」
「いろんな様式が混じってるんだろうな」
レイとサラがこれまでに見た教会はいくつもありますが、形はバラバラです。正方形に近いものもあれば、長方形に近いものもあります。モスクのようなドームがあることもあります。レンガ造りのこともあれば石造りのこともあります。ただし、どの教会にも共通しているのは鐘塔があることです。教会には鐘で時間を知らせる仕事がありますからね。
レイが教会に入ると、まだ若い司祭が立っていました。
「すみません。転職の手続きをお願いしたいんですが」
「転職はどちらの方ですか?」
「はい、私です」
「ではこちらへどうぞ」
手を上げたラケルは神像の前に案内されました。レイたちは適当な席に座ります。その間にラケルは司祭から説明を受け、コクコクとうなずいています。
説明が終わると、司祭がラケルに神像に触れるようにと促しました。ラケルが神像に触れると、体が一瞬だけ光りました。
「はい、以上で終わりです。新しいジョブで頑張ってください」
「ありがとうございます」
ラケルは頭を下げると寄進をしてからレイたちのところに戻りました。
「ご主人さま、ロイヤルガードになりましたです」
ロイヤルガードは盾使いの上級ジョブですが、仕える相手を守ることに秀でています。そのために俊敏さと頑丈さが格段に上がりました。
スキルもこれまでよりも威力が向上しています。【シールドバッシュ】は【シールドバッシュ+】に、同じく【シールドチャージ】は【シールドチャージ+】になりました。【身体強化】は変わりません。【かばう】は【自己犠牲】に、【剛力】は【怪力】なりました。【自己犠牲】は絶対に敵の攻撃が後ろに抜けないようにするスキルです。自分の体を文字どおり肉の盾にして仲間を守るスキルです。そして新しく得た【薙ぎ倒し】は、横一列に並んだ敵を一撃でまとめて吹き飛ばす、攻防一体のスキルになっています。
「これで全員で上級ジョブだね」
「ラケルには新しいスキルに慣れてもらう必要がありますね」
「明日はクラストンに向かう予定だから、道中で確認するか」
スキルの方向性はほとんど変わりませんが、効果が上がっています。ステータスも上がりましたので、多少は違和感があるかもしれません。
みんなが明日以降のことを考えていますが、ラケルはマジックバッグから盾とウォーハンマーを取り出して首を傾げました。
「どうした?」
腕を上げたり下げたりするラケルにレイが聞くと、ラケルは眉間にシワを寄せました。
「ご主人さま、お願いがあります。もっと重い武器と盾があるなら欲しいです」
「もっと重い武器と盾?」
「はい。接近してきた魔物を吹き飛ばすにはもっと重さが必要です」
ラケルには根本的な問題があります。それは体の軽さです。【シールドバッシュ+】は盾で魔物を押して体勢を崩させます。【シールドチャージ+】は盾ごと相手にぶつかって吹き飛ばします。
これまでのように他のスキルと併用するにせよ、最終的には体重が物を言います。特に【シールドチャージ+】の場合、重ければ重いほど敵に与えるダメージが大きくなります。重いだけなら動けなくなりますが、ラケルは圧倒的な脚力と腕力を持っています。バートを一撃で何十メートルも弾き飛ばしたのは、彼女の脚力があってこそです。
ところが、人間相手ならともかく、ラインベアーなどの大きな魔物相手となるとパワー不足は否めません。そこをスキルで補っていますが、かなり魔力を消耗してしまいます。
「あるかどうかはわからないけど、探すだけ探してみるか」
「お願いします」
「久しぶりの武器屋だね」
「私は消耗品の補充がありますので、たまに行きますよ」
シーヴの場合は投げナイフや矢の補充があります。矢は一度当たると、鏃が潰れたり、シャフトが歪んだりします。投げナイフはできる限り回収しますが、こちらも消耗品なのは同じです。
◆◆◆
「これです! これくらい重いのがいいです」
「こんなのを持つ犬人なんて見たことねえけどな」
喜ぶラケルを店主が呆れながら見ています。耳の先まで入れて一六〇センチしかないラケルが、縦一二〇センチ、横七〇センチ、厚さ三センチの鉄板を振り回しているからです。重さはこれまで使っていた盾のおよそ三倍、推定二〇〇キロ。彼女の体重の三倍ほどあります。
「それじゃあなんで置いてあるんですか?」
当然レイはそう聞きます。なんのための盾なのだろうと。
「そりゃミノタウロスとか小巨人とか、そういうゴツい種族用のサンプルとして作ったやつだ。作って置いてるだけだけどな。置きっぱなしでも盗られることはねえ。盗られてもどうってことねえしな」
「持って逃げることもできなさそうですね」
「持ってくことならできるかもしれねえが、何に使うかだな」
ミノタウロス族は頭に二本の角がある筋骨隆々の種族で、成人するころには身長が二メートル五〇センチを超えます。必ずしも好戦的な種族ではありませんが、体が丈夫で力が強く、冒険者になるなら壁役を担当することが多い種族です。
巨人族というのは総称で、その中には様々な種族がいます。身長は五メートルから一〇メートルくらいが多いのですが、中には三メートルほどの小巨人族という種族もいます。
この盾はそのような種族のために作られているので、とにかく重くて頑丈です。作るといっても、鉄の板に腕に固定する部分を取り付けただけですが。
「盾は決まったな。武器で重いものはありますか?」
「武器じゃないんだが、武器っぽいのならある。そっちだ」
店主が指したのは、大型ハンマーのヘッドをさらに大型にしたような、ピコピコハンマーを巨大にして柄を伸ばしたような物体です。ウォーハンマーのように鉤爪になっているわけではなく、文字どおりハンマーを巨大にしたものです。
「これもウォーハンマーです?」
「いや、それは巨人族が鍛冶で使うハンマーだ。あいつらがこれを本気で振り回せば大抵の魔物はペシャンコだろう。まあ大人しいヤツが多いから、そんな使い方はしねえだろうが」
打撃面がラケルの顔よりも広いハンマーです。巨人族以外も持てるように、取っ手の一部が改造されています。ラケルは「よっ」と言いながら右手で巨大なハンマーを持ち上げました。左手には盾を持ったままです。
「バランスがいいです!」
「嬢ちゃん、ホントに力持ちだな」
右手に巨大なハンマー、左手に巨大な盾を持ったラケルを店主が眺めます。腕力があるだけでなく、バランス感覚にも優れているようで、まったくふらついたりしません。
「このハンマーと盾で、何があってもご主人さまをお守りします」
それから「ふんす」と力を入れました。
「愛されてるね」
「ラケルの愛が重いな。でも【自己犠牲】なんて使わないほうがいいスキルだよな」
レイとしては、自分を助けるためにラケルに大怪我をしてほしくはありません。それでもラケルはそのようなジョブを選びました。
「万が一の場合でしょう。備えとして覚えておくのは問題ないと思いますよ。レイが倒れれば困るわけですから」
「それはそうだけど、心情的にはなあ」
今のところはレイが唯一の回復役なので、みんなにとってはレイが動けなくなるのが一番困るわけです。誰も大怪我をしたことはありませんが、小さな怪我なら何度もあります。だからラケルがレイを守るのは当然です。
ただし、それはそれこれはこれ。ラケルにかばわれ、かばったラケルが大怪我をするのはどこかが違うとレイは感じています。そのように思ってくれるレイだからこそ、ラケルは守りたいんです。
「盗賊団の斥候が潜んでたとしても、俺たちには手を出さないか」
「むしろ逃げるよね」
万が一を考えてオスカーの町を出ることにしたレイたちですが、リーダーをはじめとして三〇人が四人に倒されたとなれば、斥候も逃げ出すでしょう。それともう一つ、バートの身内についてですが、こちらは接触があるとしても子爵のところに報告が行ってからの話になるでしょう。いずれにせよ、大丈夫なはずですが、レイはやや慎重になっているんです。
「でもレイが安心する方法が一番だからね」
「そこまで心配してないつもりなんだけど」
レイ自身は心配していないつもりです。少々気になるという程度で。ですが、シーヴもサラもよくわかっています。
「レイは自分にしか影響がないなら気にしませんけど、他の誰かがいると違いますよね?」
「レイの場合はそれがあるからね」
レイは三人が弱いと思っているわけではありません。実力的にはそう簡単に後れをとるとは考えていませんが、それはそれ、これはこれです。
「ご主人さまは仲間に優しいです」
「そうなんだよね」
レイは仲間だとみなした相手に対しては、わずかに庇護欲が出てしまいます。そこに男性か女性か、強いか弱いかは関係ありません。仲間に被害が及ばないように敵を排除しようとしてしまうんです。
ところが今回、残党狩りは兵士と冒険者ギルドが集めた冒険者たちに任せました。彼らを信用していないわけではありませんが、自分が関わっていないので、なんとなく落ち着かないのです。
四人はああだこうだと話をしながら、南へ向かって走り始めました。
◆◆◆
「ご主人さま、ロイヤルガードになりたいです!」
ラケルがそう叫んだのは、パーティーがちょうど昼食にしようとしたときでした。ラケルからステータスカードを渡されたレイがジョブ欄を見ると、そこにはいくつかの候補がありましたが、その中でロイヤルガードが燦然と輝いています。まさに上級ジョブの証拠です。
それを聞いたレイはすぐに許可は出さずに確認しました。
「シーヴ、ロイヤルガードってスキル的に盾使いとどれくらいの違うか分かるか?」
問いかけられたシーヴはメモ帳を取り出してチェックをします。
「盾使いとガーディアンとロイヤルガードが得られるスキルの種類はほぼ同じです。スキルの能力が上昇するというところでしょうか。あとから上げることもできますね。ステータスは特に防御と速度がかなり上がるはずです」
「スキルは変わらないのか……」
ここで出た盾使いとロイヤルガードの間にはガーディアンがあります。もし中級ジョブというカテゴリーがあるとすれば、ガーディアンは中級になるでしょう。
このガーディアンでしか得られない重要なスキルがあるのなら、いきなりロイヤルガードになるメリットはありません。
一方で、得られるスキルに大きな違いがないのなら、ステータスの上昇を考えてロイヤルガードになるほうがいいでしょう。一度転職すれば、次にできるのは三回新年を迎えてからですからね。問題があるとすれば、やはり上級ジョブなので成長の遅いということです。
「ラケル、一度転職したら三回新年を迎えるまでは転職できない。それに上級ジョブは強いけどレベルアップが遅い。それでもいいのか?」
「はい。ご主人さまを守るために強くなるだけです」
「そうか」
ラケルがロイヤルガードになれば、かなりの戦力アップにはなるのは間違いありません。それに四人とも上級ジョブなら、成長の違いを気にすることはないかもしれません。どうせゆっくりやろうと考えていたレイです。
「俺はラケルが転職してもいいと思う。サラとシーヴはどうだ?」
「私はいいと思うよ」
「私も問題ないと思います」
「そうか。それならラケル、アクトンに着いたら教会で転職しよう」
「はい。よろしくお願いします」
昼食後、四人は再び走り続けます。たまにすれ違う馬車や旅人におかしな顔をされますが、走って移動する冒険者がいないわけではありません。ただ、その速度が少々速いだけです。結局その日の夕方、ダンカン男爵領で一番北にあるアクトンの町に到着しました。
「かなり走ってきたみたいだが、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。日が沈む前に町に着きたかっただけですね」
この町から北は荒野が続いています。衛兵たちは、向こうから爆走してくるレイたちを見ていたわけです。
「そうだ。教会はどのあたりにありますか?」
「教会なら町の中央から東だ。しばらく真っすぐ歩いたら見えてくると思うぞ」
「ありがとうございます」
衛兵の言葉どおり、しばらく歩くと教会の尖塔が見えました。
「前は教会で暮らしてたから思うんだけど、作りがどれもこれもバラバラなんだよね」
「いろんな様式が混じってるんだろうな」
レイとサラがこれまでに見た教会はいくつもありますが、形はバラバラです。正方形に近いものもあれば、長方形に近いものもあります。モスクのようなドームがあることもあります。レンガ造りのこともあれば石造りのこともあります。ただし、どの教会にも共通しているのは鐘塔があることです。教会には鐘で時間を知らせる仕事がありますからね。
レイが教会に入ると、まだ若い司祭が立っていました。
「すみません。転職の手続きをお願いしたいんですが」
「転職はどちらの方ですか?」
「はい、私です」
「ではこちらへどうぞ」
手を上げたラケルは神像の前に案内されました。レイたちは適当な席に座ります。その間にラケルは司祭から説明を受け、コクコクとうなずいています。
説明が終わると、司祭がラケルに神像に触れるようにと促しました。ラケルが神像に触れると、体が一瞬だけ光りました。
「はい、以上で終わりです。新しいジョブで頑張ってください」
「ありがとうございます」
ラケルは頭を下げると寄進をしてからレイたちのところに戻りました。
「ご主人さま、ロイヤルガードになりましたです」
ロイヤルガードは盾使いの上級ジョブですが、仕える相手を守ることに秀でています。そのために俊敏さと頑丈さが格段に上がりました。
スキルもこれまでよりも威力が向上しています。【シールドバッシュ】は【シールドバッシュ+】に、同じく【シールドチャージ】は【シールドチャージ+】になりました。【身体強化】は変わりません。【かばう】は【自己犠牲】に、【剛力】は【怪力】なりました。【自己犠牲】は絶対に敵の攻撃が後ろに抜けないようにするスキルです。自分の体を文字どおり肉の盾にして仲間を守るスキルです。そして新しく得た【薙ぎ倒し】は、横一列に並んだ敵を一撃でまとめて吹き飛ばす、攻防一体のスキルになっています。
「これで全員で上級ジョブだね」
「ラケルには新しいスキルに慣れてもらう必要がありますね」
「明日はクラストンに向かう予定だから、道中で確認するか」
スキルの方向性はほとんど変わりませんが、効果が上がっています。ステータスも上がりましたので、多少は違和感があるかもしれません。
みんなが明日以降のことを考えていますが、ラケルはマジックバッグから盾とウォーハンマーを取り出して首を傾げました。
「どうした?」
腕を上げたり下げたりするラケルにレイが聞くと、ラケルは眉間にシワを寄せました。
「ご主人さま、お願いがあります。もっと重い武器と盾があるなら欲しいです」
「もっと重い武器と盾?」
「はい。接近してきた魔物を吹き飛ばすにはもっと重さが必要です」
ラケルには根本的な問題があります。それは体の軽さです。【シールドバッシュ+】は盾で魔物を押して体勢を崩させます。【シールドチャージ+】は盾ごと相手にぶつかって吹き飛ばします。
これまでのように他のスキルと併用するにせよ、最終的には体重が物を言います。特に【シールドチャージ+】の場合、重ければ重いほど敵に与えるダメージが大きくなります。重いだけなら動けなくなりますが、ラケルは圧倒的な脚力と腕力を持っています。バートを一撃で何十メートルも弾き飛ばしたのは、彼女の脚力があってこそです。
ところが、人間相手ならともかく、ラインベアーなどの大きな魔物相手となるとパワー不足は否めません。そこをスキルで補っていますが、かなり魔力を消耗してしまいます。
「あるかどうかはわからないけど、探すだけ探してみるか」
「お願いします」
「久しぶりの武器屋だね」
「私は消耗品の補充がありますので、たまに行きますよ」
シーヴの場合は投げナイフや矢の補充があります。矢は一度当たると、鏃が潰れたり、シャフトが歪んだりします。投げナイフはできる限り回収しますが、こちらも消耗品なのは同じです。
◆◆◆
「これです! これくらい重いのがいいです」
「こんなのを持つ犬人なんて見たことねえけどな」
喜ぶラケルを店主が呆れながら見ています。耳の先まで入れて一六〇センチしかないラケルが、縦一二〇センチ、横七〇センチ、厚さ三センチの鉄板を振り回しているからです。重さはこれまで使っていた盾のおよそ三倍、推定二〇〇キロ。彼女の体重の三倍ほどあります。
「それじゃあなんで置いてあるんですか?」
当然レイはそう聞きます。なんのための盾なのだろうと。
「そりゃミノタウロスとか小巨人とか、そういうゴツい種族用のサンプルとして作ったやつだ。作って置いてるだけだけどな。置きっぱなしでも盗られることはねえ。盗られてもどうってことねえしな」
「持って逃げることもできなさそうですね」
「持ってくことならできるかもしれねえが、何に使うかだな」
ミノタウロス族は頭に二本の角がある筋骨隆々の種族で、成人するころには身長が二メートル五〇センチを超えます。必ずしも好戦的な種族ではありませんが、体が丈夫で力が強く、冒険者になるなら壁役を担当することが多い種族です。
巨人族というのは総称で、その中には様々な種族がいます。身長は五メートルから一〇メートルくらいが多いのですが、中には三メートルほどの小巨人族という種族もいます。
この盾はそのような種族のために作られているので、とにかく重くて頑丈です。作るといっても、鉄の板に腕に固定する部分を取り付けただけですが。
「盾は決まったな。武器で重いものはありますか?」
「武器じゃないんだが、武器っぽいのならある。そっちだ」
店主が指したのは、大型ハンマーのヘッドをさらに大型にしたような、ピコピコハンマーを巨大にして柄を伸ばしたような物体です。ウォーハンマーのように鉤爪になっているわけではなく、文字どおりハンマーを巨大にしたものです。
「これもウォーハンマーです?」
「いや、それは巨人族が鍛冶で使うハンマーだ。あいつらがこれを本気で振り回せば大抵の魔物はペシャンコだろう。まあ大人しいヤツが多いから、そんな使い方はしねえだろうが」
打撃面がラケルの顔よりも広いハンマーです。巨人族以外も持てるように、取っ手の一部が改造されています。ラケルは「よっ」と言いながら右手で巨大なハンマーを持ち上げました。左手には盾を持ったままです。
「バランスがいいです!」
「嬢ちゃん、ホントに力持ちだな」
右手に巨大なハンマー、左手に巨大な盾を持ったラケルを店主が眺めます。腕力があるだけでなく、バランス感覚にも優れているようで、まったくふらついたりしません。
「このハンマーと盾で、何があってもご主人さまをお守りします」
それから「ふんす」と力を入れました。
「愛されてるね」
「ラケルの愛が重いな。でも【自己犠牲】なんて使わないほうがいいスキルだよな」
レイとしては、自分を助けるためにラケルに大怪我をしてほしくはありません。それでもラケルはそのようなジョブを選びました。
「万が一の場合でしょう。備えとして覚えておくのは問題ないと思いますよ。レイが倒れれば困るわけですから」
「それはそうだけど、心情的にはなあ」
今のところはレイが唯一の回復役なので、みんなにとってはレイが動けなくなるのが一番困るわけです。誰も大怪我をしたことはありませんが、小さな怪我なら何度もあります。だからラケルがレイを守るのは当然です。
ただし、それはそれこれはこれ。ラケルにかばわれ、かばったラケルが大怪我をするのはどこかが違うとレイは感じています。そのように思ってくれるレイだからこそ、ラケルは守りたいんです。
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