異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生

第11話:男のロマンと乙女のドリーム

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 二日は魔物狩りをしましたので、今日は休日です。三人で料理をしています。

「レイ、少しいいですか?」
「どうした?」

 サラから手ほどきを受けつつ煮込み料理を作っていたシーヴは、後ろでラビットジャーキーの確認をしていたレイに声をかけました。

「現役に戻ったこともありますし、転職しようかと思います。どう思いますか?」

 シーヴは前に転職してから、すでに三年が経過しています。ギルド職員をしている限りは上級ジョブになる意味がありませんので、残しておいたんですね。

「転職か。シーヴは転職の経験は?」
「成人した時は狩人でした。それから転職でスカウトになりました」
「どっちも支援系か。でも獣人族はかなり力があるよな」
「種族によって違いがかなりありますよ」

 おそらく人間の町で一番よく見かけるのが猫人と犬人でしょう。猫人を基準とすれば、犬人は素早さの面では落ちますが、その代わりに力と頑丈さと持久力ではかなり上回ります。
 獅子人と虎人は能力的によく似ていて、猫人に比べるとどちらも瞬発力は落ちますが、持久力が強い種族です。

「転職の候補はあるのか?」
「ニンジャかくノ一かアサシンを考えています。ステータス的にはほとんど同じです」

 それを聞いたサラが何かを思い出したかのように前のめりになりました。

「ニンジャは何も着てない時が一番強いんだって。だからシーヴは夜がすごいんだね」
「それはゲームか何かの話では?」

 某古典的RPGウィザードリィの忍者は装備品がないほうが防御力が上がります。レベルが上がれば上がるほど防御力が上がります。それでも普通にプレイするだけでは限度があって、実際には店売りの武器と防具で固めたほうが強くなるのが事実です。
 それはともかく、候補に上がったニンジャはスカウト、シーフ、レンジャーなどから転職できますが、上級ジョブだけあって条件がかなり厳しくなっています。本人の筋力と素早さはかなりの高さが求められます。

「筋力と素早さか。ある程度までは比例するかもしれないけど、途中からは逆だよな」
「そうですね。その点では獣人に向いているのは間違いありません」

 走るには走るのに適した筋肉があります。俊敏さを上げようと足の筋力を上げすぎると、逆に動きが悪くなるでしょう。ただし、獣人はそこが人間とは違っています。生まれ持った身体能力で、どちらも高めることができるんです。
 人間はある意味では無難なステータスをしています。何をするにしてもできます。一方で、獣人族は魔法、特に放出系の魔法とは相性がかなり悪いんです。

「どちらも基本は変わらないと思いますけど、アサシンは言葉の響き的にどうかと思いまして」
「どっちかというと暗殺のイメージがあるからな」

 一般的には忍者は密偵、アサシンは暗殺者という認識でしょうが、ジョブとしてはほとんど違いがありません。
 たとえば、闘士とファイターに違いがないように、ニンジャ、くノ一、アサシンはほぼ同じです。スキル名が違う場合もありますが、大半は名前が違うだけで、実際の効果は同じということが多くなっています。

「それならニンジャかくノ一だな」
「でも名前だけなんだっけ?」
「そうです。だからこそ選びにくいというのもあります。違いがあれば選ぶ際の参考になるんですけどね」

 実際にはニンジャは男女どちらでもなれるのに対して、くノ一は女性のみという制限がありますが、それを除けば違いはありません。

「シーヴがくノ一になったらイメージどおりだよね」
「というと?」
「背後からでサクッて感じ」
「それは仕事人ですね。裏稼業という点では同じですけど」

 話し合いの結果、シーヴは女性限定のくノ一よりも、男女どちらでもなれるニンジャを選びました。

 ◆◆◆

 レイたちはバーノンの中央教会の前にいます。敬虔な信者は週に一度は教会へ行きますが、三人はどうでしょうか。
 レイは記憶が戻る前は屋敷にある礼拝堂で祈りを捧げていましたが、マリオンを出てからは何もしていません。サラは教会育ちなので聖書を丸暗記するほど読んでいましが、それは他に読むものがなかったからで、敬虔かどうかといえば微妙でしょう。シーヴも二人と大きな違いはありません。
 この世界には多くの神がいます。そのことは三人にもわかってはいますが、元日本人として、神々を信じろと言われてもピンとこないのです。

「では向こうで手続きをしてきます」

 シーヴが中に向かうと、レイとサラは椅子に座って終わるのを待つことにしました。

「そういやさ、レイは前に頭がよくなるジョブがいいって言ってたよね?」
「子供の時な。家を継ぐことはできないし、それなら王都で働くって考えてたからなあ」

 レイはずっとマリオンにいるつもりはありませんでした。暮らしやすい町だとは思いますが、刺激がないという点で田舎町でしかありません。王都がどれほどのものかわかりませんが、マリオンの一〇倍も二〇倍も大きいだろうと考えています。
 レイもサラも頭はいいのですが、この世界の情報をあまり持っていません。屋敷の図書室でいろいろな本を読み漁り、モーガンや守衛たちから話を聞いています。それでもリアルタイムに現在の社会情勢を知る方法がありませんので、王都がどれくらい大きいかは自分の目で確認するしかないのです。
 二人で過去のことを話していると、シーヴが戻ってきました。

「スキルがいくつか増えました」

 ニンジャでは【忍び足】が【隠形】になり、マジックバッグと似たような働きのある【秘匿】、さらに【抜き取り】が使えるようになりました。
 この中の【抜き取り】はスリにも使えますが、他人からステータスカードを抜き取ることができるスキルです。ただし、書き換えることはできず、非表示にされた部分を見ることもできません。その間にをすることができますが、もちろんそれを犯罪に使えば賞罰欄に「詐欺」が付くでしょう。

「いいなあ。でも私とレイは転職しにくいからなあ」
「サラはまだしも俺はなあ……」
「レイは特にでしょうね」

 レイのジョブはロードで、これは上級ジョブの中でも上のほうになります。ここから上となると国王、王、皇帝、帝、覇王、キング、エンペラー、カイザーなどになります。
 このあたりのジョブは、実際にその立場になることが転職の条件だと言われています。ちなみにこのロードという言葉は封建領主や権力者、貴族という意味です。
 サラのサムライも上級ジョブですが、上にはまだハタモトとミフネがあります。

「でも、せっかく異世界にいるわけですから、一番上を目指しませんか?」
「それって謀反人になるよな?」

 日本で政治家になって首相を目指すのとは訳が違います。天皇になりたいと言うようなものです。

「国をおこせばいいんです」
「おっ、国を興してスローライフ?」
「いや、国を興すのはどう考えてもスローじゃないだろ」

 追い出されて田舎でスローライフを始めて国を興すというラノベやマンガを、レイはサラに渡されて読んだことがありますが、そんなに簡単にいけば苦労はないと思っています。〇を一にするのはものすごく大変ですからね。一〇を一〇〇にするほうがよほど楽ですよ。

「それでさあ、シーヴは武器は変えるの?」
「武器ですか?」
「そう、忍者刀とか手裏剣とか」

 サラは形から入るタイプですが、シーヴはそうではありません。そもそも、忍者刀と呼ばれるものは、刃渡り四〇センチほどの直刀をした日本刀のことです。忍ばないこの世界のニンジャにとって、武器としては少し心もとないでしょう。
 手裏剣も苦無くない飛苦無とびくないも普通には作られていません。投げナイフならあります。

「腕力が上がりましたので、むしろ武器を威力のあるものに変えられます。苦無は見たことがありませんね。弓を変えるか、投げナイフをもう少し重いものにするのもいいですね」
「ロマンがないじゃん」
「ロマンが欲しいなら、サラは宇宙船に乗るかドリルでも装備すればいいのでは?」
「それは男のロマンでしょ? 乙女のドリームなら、基本は白馬に乗った王子様だよね。でもドリルもいいなぁ。レイ、ドリルを使いそうなジョブって何がある?」
「え? 穴を空けるなら坑夫じゃないか?」

 いきなりドリルを使いそうなジョブを聞かれても、レイにはそれくらいしか出てきませんでした。

「そもそもサムライになりたかったんだろ?」
「それはそうなんだけど、生きてくためなら転職もアリだと思うよ。ミフネならありかなあ。『七人の侍』いいよね」
「まあ転職はゆっくり考えたらいいとして、武器だけ変えたらどうだ? これなんてドリルになるぞ」

 レイはスパイラルディアーの頭を取り出しました。先ほどまでこのシカ型の魔物を狩っていたところです。
 スパイラルディアーの角は鋭い状になっていて、これで突き刺すように襲ってきます。正面から牽制しつつ横から首を狙えば倒すのは簡単です。
 この角と毛皮が高値で売れます。当然傷が少ないほうが高くなりますよ。レイとシーヴが牽制し、横からサラがグレイブで首を狙っていました。

「それを武器にするんですか?」
「けっこう硬いし、刺さることは刺さりそう。武器屋で頼んでみようかな」
「勧めておいてなんだけど、さやはどうするんだ?」
「鞘っていうか……なんだろ、ロードコーン? あ、あの兜なら入るかな?」

 サラはマジックバッグからスピアーバード対策の兜を取り出しました。

「一応これには入るね。ちょっと隙間が大きいけど。でもこれなら人に怪我はさせないかな」
「それは道を歩くのに邪魔なのは間違いないでしょうね」

 腰に大きなロードコーンを取り付けて歩けば邪魔でしょうね。

「ところでさあ、シーヴにとっての乙女のドリームってなに?」
「……それを今さら聞きますか?」

 シーヴは一度驚いたような表情をしてから微笑みました。

「レイのお嫁さんです。もう叶いましたけど」
「あ、そうだったね」

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