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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生
第21話:ある日、森の中、盗賊さんに、出会った
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オスカーで活動を初めてから五日目、今日も『行雲流水の四人は冒険者ギルドの解体所に来ています。
「いや、連日ホントに頭が下がるわ」
「そうですか?」
「ああ。毎日ギルドで見るヤツなんて他にいないだろ?」
「そもそも会うことが少ないですけどね」
レイたちに声をかけたのは職員のドニンです。彼が解体部門の責任者だということを、レイは二日目に知りました。
「ドニンさんだって毎日働いてるじゃないですか」
「俺らはこれが仕事……って、まあ同じか、そういう意味では」
レイとしては、ギルド職員は毎日働いていて、自分たちも毎日働いています。だから褒められるようなことではないと思っています。サラもシーヴも、基本的には同じように考えています。ラケルはレイが働くなら働きます。
冒険者は働いたら働いただけ収入になります。それならどうして働かないのかとレイは考えてしまいます。将来のことを考えれば、資産はどれだけあってもいいだろうと。
冒険者が引退すると、元冒険者という無職になります。ギルド職員として勧誘されることもありますが、多くは声がかかりません。そうなると、それ以降は収入がゼロです。無収入です。
装備を売って生活費を捻出することが多いですが、それにも限度があります。そうなって初めて現実に目を向けて慌てる人も出てきます。はい、貯蓄は大切ですよ。失業保険も老齢年金も生活保護もありません。村で暮らしていれば食べていくことはできますが、根無草の冒険者では、のたれ死にすることも多いのです。
「そうだ、ここで頼むのもおかしな話だが、キノコ系をもう少し狩ってきてくれないか? お前さんらくらい稼いでるなら、そういうのをもう少し混ぜても大丈夫だろ?」
ワイルドエリンギやジョギングマッシュルームなどのキノコ系の魔物は安いのであまり人気がありません。それでも安い食材として人気があります。森へ行けばいくらでも出てきます。
「それなら明日はキノコを多めにしますね」
安い魔物は冒険者には歓迎されません。ヒュージキャタピラーは今でこそ値段が上がっていますが、ホーンラビット五匹分です。ラインベアーはさらに安い値段です。どれが楽かを考えれば、確実にホーンラビットですよね。角も売れますしね。
多くの冒険者がそう考えると、誰もヒュージキャタピラーなどの大型の魔物を持ち込まなくなります。それでは魔物肉の量が確保できませんので、そのような仕事を引き受けてくれるパーティーに直接依頼を頼むことがあります。
場合によっては、冒険者ギルドの職員がマジックバッグを持って自ら狩りに出かけることもあります。ストレス発散も兼ねて暴れられますので、わりと人気ですよ。
◆◆◆
六日目。ドニンと話していたように、今日はキノコ系の魔物を多めに狩ることにしています。キノコ系の魔物は森の周辺や中によく出てきます。日の当たりにくいジメジメした場所が好きなんです。そのわりには森の外に出てくるんですけどね。
というわけで、午後になって森の中を進みながらキノコ集めをしていると、ラケルが鼻をヒクヒクさせました。
「ご主人さま、魔物避けのにおいがします」
「魔物避け? こんなところでか?」
「はい。間違いありませんです」
「たしかにわずかですがありますね」
鼻のいいラケルですので間違いはありません。同じく鼻のいいシーヴも感じているようです。
「こんな森の中で使って何になるんだ?」
魔物避けは野営のときに使うことがほとんどです。テントを大きく囲むように焚き火を配置して、その火の中に放り込んだり、少し離れた場所に撒いたりします。
「あるとすれば、何かを採集するのに魔物に寄られないためでしょうか」
「魔物が来ないようにしてから薬草とかトリュフとかを集めてたんじゃない?」
「そういう可能性もあるか」
デューラント王国にもトリュフがあります。もちろん高級食材です。
そういう話をしながら歩いていると、今度はシーヴの耳が動きました。
「何かが来ます」
その声を聞いてラケルも同じ方向を見ました。
「ご主人さま、においます。クサいのがいっぱいいます。奴隷商のほうがクサくありませんです」
ラケルが今度は顔をしかめながら言いました。
「におう? ひょっとすると盗賊か?」
レイたちは毎晩【浄化】を使って汚れや汗を落としています。だからラケルは以前に比べて嗅覚がさらに鋭くなりました。そのままでは生活に支障が出そうなものですが、獣人族の目と耳と鼻は、各自で調節できます。森を探索する間は感度を上げているんです。そこに何かが引っかかりました。
ラケルの言葉を聞いてレイは【索敵】で確認しますが、たしかに認識可能な範囲の端のあたりに何かがいるのがわかります。
「この森の奥にアジトでもあるのかもな」
シーヴとラケルの反応を聞いて、レイは少しずつ森の外へ向かうことにしました。木が多いと動きづらいからです。サラの魔法も敵に届かない場合があります。ただし、森から出たら出たで矢で狙われる可能性もあります。
「よし、走るぞ!」
「「「はい!」」」
レイの指示で森の外まで走ります。森から出たところで振り返ると、森の中だけでなく、北と南からも人が近づいてくるのがわかりました。
現れたのは、いかにも盗賊というだらしない身なりをした男たちが三〇人ほど。その中に少し身ぎれいな男が数人混じっています。
「レイ、一番強いのは正面の三人で、その近くの数人がそこそこ。残りは素人に毛が生えたようなものです」
シーヴが【鑑定】を使って盗賊たちの強さを調べていました。詳しく知ろうと思えば時間もかかる上に難易度も上がりますが、大まかな強さの確認だけなら時間はかかりません。
「数がいるだけで強くはないな」
「はい。数だけです。ただ、魔法やスキル、魔道具までは判断できません」
シーヴが【鑑定】を使ってわかるのは、いわゆる物理的な強さのみです。盗賊たちにどんな魔法やスキルがあるのか、魔道具を隠し持っているかどうかなどはわかりません。
盗賊たちは包囲を狭めつつありますが、レイたちはいつでも逃げられるように、後方だけは確保しつつ、じりじりと下がっていきます。。
周囲に気を配っていたレイの目に、隣にいるラケルが耳の毛を逆立たせているのが見えました。そんなに臭いのかとレイは思いましたが、どうも違うようです。目を細めて前を睨んでいたからです。
「ラケル、どうした?」
「真ん中にいる赤い布を頭に巻いたのがバートです」
「あれか」
三〇人ほどの中に、一人だけ毛色の違う盗賊がいるのがレイにでもわかります。金属製の胸当てを着け、腰には装飾の付いた鞘に入った剣をぶら下げています。見た目が薄汚れていますが、顔を洗って着替えれば、おそらく道ゆく女性一〇人のうち七、八人が振り返るでしょう。もちろん中身が盗賊だと気づいていなければという話ですが。
「バートです?」
ラケルは大きな声で集団に向かって声をかけた。
「あん? テメー、ラケルか? もう出てきやがったのか」
ラケルの声を聞いたバートは吐き捨てるように言いました。彼はラケルを騙して奴隷商に三〇万キールで売却しました。売値はそれ以上になるでしょう。そう簡単に買われることはないはず。買われても愛玩奴隷として買われるだけで、冒険者には戻ることはないとバートは思っていました。
「……やっぱり最初からそのつもりだったのです?」
「他に理由なんてねえだろ」
ラケルはバートに裏切られたと思っていましたが、彼を信じたいという気持ちもわずかに残っていたのです。誰にだって事情はあります。何かトラブルでもあったのではないか、だから迎えにくることができなかったのではないかと。
九九・九九九パーセントは騙されたと思いながらも、ラケルの心には、一時は仲間だったバートを信じたいという気持ちがわずかに残っていたのです。
ところが、彼女は自分が甘かったことを理解させられてしまいました。バートの言葉と表情から、彼がまったく迎えにくる気がなかったとわかったのです。挙句にバートは盗賊になって人殺しまでしています。少しでも信じたいと考えた自分が馬鹿だったと思った瞬間、ラケルの中で何かが弾けました。
「見られたからには生きたまま帰すわけには——」
バートが剣を抜いて合図をしようとした瞬間、ラケルは盾を構えて腰を落とし、ミサイルのようにバートに向かって突進しました。踏み込んだ地面が大きくえぐれて土ぼこりが舞いました。
ドゴッッッ‼
「ゲヴェッ!」
ラインベアーやカラムベアーですら足が浮く【シールドチャージ】を真正面から食らったバートは、悲鳴を上げながら派手に吹き飛びました。そのまま地面に背中を激しく打ちつけると、何度か弾んでから地面の上を転がっていきます。動きが止まったあとは、もはやピクリとも動かなくなりました。
「バ、バート⁉」
「こ、こいつら速いぞ」
「うわっ」
「イテエッ!」
「俺の足がっ!」
見敵必殺です。盗賊たちを逃すわけにはいきません。一人でも逃げれば根城を引き払う可能性が高くなります。それに仲間を呼ばれれば面倒なことになります。一人も帰らなければ、何が起きたかわからないので時間稼ぎにもなるでしょう。
逃げ出そうとした盗賊は、後ろから【火矢】と矢で足を狙われ、次から次へと倒れていきます。ラケルのウォーハンマーとレイのバスタードソードが、次々と盗賊たちを屍に変えていきます。
レイは戦いながら、三〇人いてもザコばかりだと感じていました。もしかしたらバートには指揮系のスキルでもあったのかもしれないという考えすら頭に浮かびます。
◆◆◆
戦闘が終わると、レイは一人だけ生き残った盗賊に尋問を始めました。腰にレイの蹴りを受けて骨折しているので、辛うじて生きているだけです。
「正直に答えれば怪我を治してやる。根城はどこだ? この森の中だな?」
「……そ、そうだ……おくに……いわやま……どうくつ……」
「仲間はどれくらい残ってるんだ?」
「……ま、まだ……にじゅうにんは……いる……はず……」
「捕まってる人はいるのか?」
「おんな……ろくしちにん……おれは……てをだしてねえ……したっぱだからよ……」
「約束だ。命だけは助けてやる」
レイは男に口に猿ぐつわをかませてから両手両足を縛ると、約束通り【治療】をかけましたが、ついでに【浄化】も使いました。臭かったからです。それから男の鳩尾に拳を入れて気絶させました。
初めての対人戦でしたが、レイには人を手にかけた後悔などはありません。もし日本人のままでこちらに来ていたら躊躇したかもしれませんが、この世界では盗賊とはただ迷惑な存在です。一人見つけたら三〇人はいると聞いています。ゴブリンと同じ扱いなんです。
さらに、父親のモーガンが商人で、かつ領主だということも関係しているでしょう。流通ルートを荒らす盗賊には容赦をしてはいけないと。たとえ理由があっても盗んだり殺したりしてはいけない。そういうこともレイは子供のころから教わっていました。
手分けしてステータスカードを集めて回りました。その中にはバートのものもありました。死者のステータスカードはすべてが表示されます。犯罪欄に「詐欺」「殺人」「強姦」など、一通りの悪事が出ています。
ラケルを騙すまで普通に冒険者として活動できていたのなら、ここ数か月のどこかで犯罪歴が付き、それから町を出て盗賊に成り下がったのだろうとレイは考えました。そのきっかけがラケルだったのかもしれませんし、そうでないかもしれません。でも、レイには同情するつもりはありません。
「あいつら森から出てきたよね」
「ああ。魔物除けを使って通ってたんだろうな。あの先にまだ二〇人はいるらしい。どうする? 行くか、それとも町に戻るか」
「ここはギルドや他の冒険者たちに任せてもいいのではないですか?」
シーヴは自分たちはここで下がるべきだと提案した。
「そっか。やりすぎて恨まれるってやつだね」
「それもありますが、根城に何があるかわかりません。捕らわれた人たちがいても、今の私たちには連れて帰る方法がありません」
馬車が襲われて荷物が奪われ、女性がいれば連れ去られて慰み者にされます。場合によっては同じ目的で男性も連れ去られます。用が済めば殺されることもありますが、場合によっては捕まって生きていることもあります。その人たちを連れて、森の中を移動するのは危険です。
そもそもレイたちは盗賊退治をするために来たわけではありません。ある日森の中で盗賊に出会っただけです。何も準備をしていないのです。
「それなら急いで戻るか。飛ばせば一時間もかからないだろう。その前にラケル」
「はい」
「よくやったな」
レイに頭をなでられてラケルは幸せいっぱいの顔をしました。実際には、ラケルはレイが命令する前に動きましたので、そういう意味では減点でしょう。それでも「終わりよければすべてよし」です。そうなるために、一行は走って町に戻ることにしました。
「いや、連日ホントに頭が下がるわ」
「そうですか?」
「ああ。毎日ギルドで見るヤツなんて他にいないだろ?」
「そもそも会うことが少ないですけどね」
レイたちに声をかけたのは職員のドニンです。彼が解体部門の責任者だということを、レイは二日目に知りました。
「ドニンさんだって毎日働いてるじゃないですか」
「俺らはこれが仕事……って、まあ同じか、そういう意味では」
レイとしては、ギルド職員は毎日働いていて、自分たちも毎日働いています。だから褒められるようなことではないと思っています。サラもシーヴも、基本的には同じように考えています。ラケルはレイが働くなら働きます。
冒険者は働いたら働いただけ収入になります。それならどうして働かないのかとレイは考えてしまいます。将来のことを考えれば、資産はどれだけあってもいいだろうと。
冒険者が引退すると、元冒険者という無職になります。ギルド職員として勧誘されることもありますが、多くは声がかかりません。そうなると、それ以降は収入がゼロです。無収入です。
装備を売って生活費を捻出することが多いですが、それにも限度があります。そうなって初めて現実に目を向けて慌てる人も出てきます。はい、貯蓄は大切ですよ。失業保険も老齢年金も生活保護もありません。村で暮らしていれば食べていくことはできますが、根無草の冒険者では、のたれ死にすることも多いのです。
「そうだ、ここで頼むのもおかしな話だが、キノコ系をもう少し狩ってきてくれないか? お前さんらくらい稼いでるなら、そういうのをもう少し混ぜても大丈夫だろ?」
ワイルドエリンギやジョギングマッシュルームなどのキノコ系の魔物は安いのであまり人気がありません。それでも安い食材として人気があります。森へ行けばいくらでも出てきます。
「それなら明日はキノコを多めにしますね」
安い魔物は冒険者には歓迎されません。ヒュージキャタピラーは今でこそ値段が上がっていますが、ホーンラビット五匹分です。ラインベアーはさらに安い値段です。どれが楽かを考えれば、確実にホーンラビットですよね。角も売れますしね。
多くの冒険者がそう考えると、誰もヒュージキャタピラーなどの大型の魔物を持ち込まなくなります。それでは魔物肉の量が確保できませんので、そのような仕事を引き受けてくれるパーティーに直接依頼を頼むことがあります。
場合によっては、冒険者ギルドの職員がマジックバッグを持って自ら狩りに出かけることもあります。ストレス発散も兼ねて暴れられますので、わりと人気ですよ。
◆◆◆
六日目。ドニンと話していたように、今日はキノコ系の魔物を多めに狩ることにしています。キノコ系の魔物は森の周辺や中によく出てきます。日の当たりにくいジメジメした場所が好きなんです。そのわりには森の外に出てくるんですけどね。
というわけで、午後になって森の中を進みながらキノコ集めをしていると、ラケルが鼻をヒクヒクさせました。
「ご主人さま、魔物避けのにおいがします」
「魔物避け? こんなところでか?」
「はい。間違いありませんです」
「たしかにわずかですがありますね」
鼻のいいラケルですので間違いはありません。同じく鼻のいいシーヴも感じているようです。
「こんな森の中で使って何になるんだ?」
魔物避けは野営のときに使うことがほとんどです。テントを大きく囲むように焚き火を配置して、その火の中に放り込んだり、少し離れた場所に撒いたりします。
「あるとすれば、何かを採集するのに魔物に寄られないためでしょうか」
「魔物が来ないようにしてから薬草とかトリュフとかを集めてたんじゃない?」
「そういう可能性もあるか」
デューラント王国にもトリュフがあります。もちろん高級食材です。
そういう話をしながら歩いていると、今度はシーヴの耳が動きました。
「何かが来ます」
その声を聞いてラケルも同じ方向を見ました。
「ご主人さま、においます。クサいのがいっぱいいます。奴隷商のほうがクサくありませんです」
ラケルが今度は顔をしかめながら言いました。
「におう? ひょっとすると盗賊か?」
レイたちは毎晩【浄化】を使って汚れや汗を落としています。だからラケルは以前に比べて嗅覚がさらに鋭くなりました。そのままでは生活に支障が出そうなものですが、獣人族の目と耳と鼻は、各自で調節できます。森を探索する間は感度を上げているんです。そこに何かが引っかかりました。
ラケルの言葉を聞いてレイは【索敵】で確認しますが、たしかに認識可能な範囲の端のあたりに何かがいるのがわかります。
「この森の奥にアジトでもあるのかもな」
シーヴとラケルの反応を聞いて、レイは少しずつ森の外へ向かうことにしました。木が多いと動きづらいからです。サラの魔法も敵に届かない場合があります。ただし、森から出たら出たで矢で狙われる可能性もあります。
「よし、走るぞ!」
「「「はい!」」」
レイの指示で森の外まで走ります。森から出たところで振り返ると、森の中だけでなく、北と南からも人が近づいてくるのがわかりました。
現れたのは、いかにも盗賊というだらしない身なりをした男たちが三〇人ほど。その中に少し身ぎれいな男が数人混じっています。
「レイ、一番強いのは正面の三人で、その近くの数人がそこそこ。残りは素人に毛が生えたようなものです」
シーヴが【鑑定】を使って盗賊たちの強さを調べていました。詳しく知ろうと思えば時間もかかる上に難易度も上がりますが、大まかな強さの確認だけなら時間はかかりません。
「数がいるだけで強くはないな」
「はい。数だけです。ただ、魔法やスキル、魔道具までは判断できません」
シーヴが【鑑定】を使ってわかるのは、いわゆる物理的な強さのみです。盗賊たちにどんな魔法やスキルがあるのか、魔道具を隠し持っているかどうかなどはわかりません。
盗賊たちは包囲を狭めつつありますが、レイたちはいつでも逃げられるように、後方だけは確保しつつ、じりじりと下がっていきます。。
周囲に気を配っていたレイの目に、隣にいるラケルが耳の毛を逆立たせているのが見えました。そんなに臭いのかとレイは思いましたが、どうも違うようです。目を細めて前を睨んでいたからです。
「ラケル、どうした?」
「真ん中にいる赤い布を頭に巻いたのがバートです」
「あれか」
三〇人ほどの中に、一人だけ毛色の違う盗賊がいるのがレイにでもわかります。金属製の胸当てを着け、腰には装飾の付いた鞘に入った剣をぶら下げています。見た目が薄汚れていますが、顔を洗って着替えれば、おそらく道ゆく女性一〇人のうち七、八人が振り返るでしょう。もちろん中身が盗賊だと気づいていなければという話ですが。
「バートです?」
ラケルは大きな声で集団に向かって声をかけた。
「あん? テメー、ラケルか? もう出てきやがったのか」
ラケルの声を聞いたバートは吐き捨てるように言いました。彼はラケルを騙して奴隷商に三〇万キールで売却しました。売値はそれ以上になるでしょう。そう簡単に買われることはないはず。買われても愛玩奴隷として買われるだけで、冒険者には戻ることはないとバートは思っていました。
「……やっぱり最初からそのつもりだったのです?」
「他に理由なんてねえだろ」
ラケルはバートに裏切られたと思っていましたが、彼を信じたいという気持ちもわずかに残っていたのです。誰にだって事情はあります。何かトラブルでもあったのではないか、だから迎えにくることができなかったのではないかと。
九九・九九九パーセントは騙されたと思いながらも、ラケルの心には、一時は仲間だったバートを信じたいという気持ちがわずかに残っていたのです。
ところが、彼女は自分が甘かったことを理解させられてしまいました。バートの言葉と表情から、彼がまったく迎えにくる気がなかったとわかったのです。挙句にバートは盗賊になって人殺しまでしています。少しでも信じたいと考えた自分が馬鹿だったと思った瞬間、ラケルの中で何かが弾けました。
「見られたからには生きたまま帰すわけには——」
バートが剣を抜いて合図をしようとした瞬間、ラケルは盾を構えて腰を落とし、ミサイルのようにバートに向かって突進しました。踏み込んだ地面が大きくえぐれて土ぼこりが舞いました。
ドゴッッッ‼
「ゲヴェッ!」
ラインベアーやカラムベアーですら足が浮く【シールドチャージ】を真正面から食らったバートは、悲鳴を上げながら派手に吹き飛びました。そのまま地面に背中を激しく打ちつけると、何度か弾んでから地面の上を転がっていきます。動きが止まったあとは、もはやピクリとも動かなくなりました。
「バ、バート⁉」
「こ、こいつら速いぞ」
「うわっ」
「イテエッ!」
「俺の足がっ!」
見敵必殺です。盗賊たちを逃すわけにはいきません。一人でも逃げれば根城を引き払う可能性が高くなります。それに仲間を呼ばれれば面倒なことになります。一人も帰らなければ、何が起きたかわからないので時間稼ぎにもなるでしょう。
逃げ出そうとした盗賊は、後ろから【火矢】と矢で足を狙われ、次から次へと倒れていきます。ラケルのウォーハンマーとレイのバスタードソードが、次々と盗賊たちを屍に変えていきます。
レイは戦いながら、三〇人いてもザコばかりだと感じていました。もしかしたらバートには指揮系のスキルでもあったのかもしれないという考えすら頭に浮かびます。
◆◆◆
戦闘が終わると、レイは一人だけ生き残った盗賊に尋問を始めました。腰にレイの蹴りを受けて骨折しているので、辛うじて生きているだけです。
「正直に答えれば怪我を治してやる。根城はどこだ? この森の中だな?」
「……そ、そうだ……おくに……いわやま……どうくつ……」
「仲間はどれくらい残ってるんだ?」
「……ま、まだ……にじゅうにんは……いる……はず……」
「捕まってる人はいるのか?」
「おんな……ろくしちにん……おれは……てをだしてねえ……したっぱだからよ……」
「約束だ。命だけは助けてやる」
レイは男に口に猿ぐつわをかませてから両手両足を縛ると、約束通り【治療】をかけましたが、ついでに【浄化】も使いました。臭かったからです。それから男の鳩尾に拳を入れて気絶させました。
初めての対人戦でしたが、レイには人を手にかけた後悔などはありません。もし日本人のままでこちらに来ていたら躊躇したかもしれませんが、この世界では盗賊とはただ迷惑な存在です。一人見つけたら三〇人はいると聞いています。ゴブリンと同じ扱いなんです。
さらに、父親のモーガンが商人で、かつ領主だということも関係しているでしょう。流通ルートを荒らす盗賊には容赦をしてはいけないと。たとえ理由があっても盗んだり殺したりしてはいけない。そういうこともレイは子供のころから教わっていました。
手分けしてステータスカードを集めて回りました。その中にはバートのものもありました。死者のステータスカードはすべてが表示されます。犯罪欄に「詐欺」「殺人」「強姦」など、一通りの悪事が出ています。
ラケルを騙すまで普通に冒険者として活動できていたのなら、ここ数か月のどこかで犯罪歴が付き、それから町を出て盗賊に成り下がったのだろうとレイは考えました。そのきっかけがラケルだったのかもしれませんし、そうでないかもしれません。でも、レイには同情するつもりはありません。
「あいつら森から出てきたよね」
「ああ。魔物除けを使って通ってたんだろうな。あの先にまだ二〇人はいるらしい。どうする? 行くか、それとも町に戻るか」
「ここはギルドや他の冒険者たちに任せてもいいのではないですか?」
シーヴは自分たちはここで下がるべきだと提案した。
「そっか。やりすぎて恨まれるってやつだね」
「それもありますが、根城に何があるかわかりません。捕らわれた人たちがいても、今の私たちには連れて帰る方法がありません」
馬車が襲われて荷物が奪われ、女性がいれば連れ去られて慰み者にされます。場合によっては同じ目的で男性も連れ去られます。用が済めば殺されることもありますが、場合によっては捕まって生きていることもあります。その人たちを連れて、森の中を移動するのは危険です。
そもそもレイたちは盗賊退治をするために来たわけではありません。ある日森の中で盗賊に出会っただけです。何も準備をしていないのです。
「それなら急いで戻るか。飛ばせば一時間もかからないだろう。その前にラケル」
「はい」
「よくやったな」
レイに頭をなでられてラケルは幸せいっぱいの顔をしました。実際には、ラケルはレイが命令する前に動きましたので、そういう意味では減点でしょう。それでも「終わりよければすべてよし」です。そうなるために、一行は走って町に戻ることにしました。
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