異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生

第2話:ありふれた話?

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「……ってこと」

 自分たちが借りている部屋で、サラはシーヴにこれまでのことを説明しました。タイミングは違ったものの、自分とレイは前世の記憶が戻ったこと、その記憶によると、前世では幼馴染だったことなどです。
 サラの話を聞き終わったシーヴは、一度目を伏せてからサラの方を向きました。

「なるほど。前世の記憶ですか」

 話を聞いたシーヴは二人が思っていたほどには驚かず、むしろ納得するかのようにうなずきました。

「そうじゃないかなとは思っていました。むしろそうであってほしいと」
「「……え?」」

 サラの目が猫人かと思えるほどに大きくなった。

「実は私にも前世の記憶があります」

 シーヴは自分の胸に手を当てて、はっきりとそう言いました。

「……そんなことがあるんだな」

 レイは驚きましたが、たしかにおかしな話ではないとも思えました。酒場のメニューにジャーマンポテトやヤキソーバ焼きそばなどがあったからです。ウスターソースという名前のソースもあります。それだけで以前から地球人が来ていたことがわかるでしょう。
 そうは思いましたが、自分とサラの二人がいるところに、まさかもう一人現れるとは考えていませんでした。この世界の人口がどれくらいなのかはわかりませんが、それはあまりにも都合がよすぎるだろうと。

「私も二人がそうではないかと思ったときには驚きましたね。しかも!」
「「しかも?」」

 そう聞き返した二人に、シーヴはわざとらすように引っ張ります。

「顔見知りと再会できるとは思いませんでした」
「「顔見知り⁉」」

 落ち着いたシーヴに対して、二人は先ほどから驚きっぱなしです。

「顔見知りって私の? レイの?」
「レイのほうですね」
「俺の顔見知りか」

 レイは深呼吸して落ち着くとシーヴの顔を見ますが、誰なのかわかりません。自分もサラも、見た目はまったく違っています。シーヴの顔も同じではないでしょう。
 それに間違っても猫耳(獅子耳)のある日本人はいません。コスプレでもしない限りは。

「シーヴという名前で分かりませんか?」
「いや、そんな名前の人に知り合いは……」

 レイには名前が「しーぶ」で始まる知り合いは思いつきません。そんな女性の名前を聞いたこともありません。せいぜい真ん中にを入れた「しのぶ」くらいでしょうが、知り合いはいなかったはずです。
 そこまで考えたとき、もしかすると名前ではなく名字のほうかもしれないと気づきました。その瞬間、真っ先にある知り合いの顔がレイの頭に浮かびました。

「シーヴって、ひょっとして……課長?」
「はい。よくできました、レイ君」
「そういうことか」

 声も顔も種族も何もかも違っていますが、たしかに丁寧な口調だけはレイの記憶にある彼女そのままでした。堅物に見えて、実はほんの少しだけ茶目っ気があるところも。どうしてこれまで気づかなかったのかといえば、純粋にこの世界にいると思わなかったからです。

「ねえ、私の知らない女性ひと?」
「ネタっぽく言うなよ。会社のシブサワ・ミマリ課長だ」
「ミマリって……ああ、片思いの上司⁉」
「オオイッ! ナニをバラしてるのカナ?」

 思わずレイは口調を崩してしまいした。

「片思いって、私にですか?」
「あ、ええ、まあ……」

 キョトンとした顔のシーヴを前にして、レイは頭を掻くしかありません。まさか「冗談ですよ」などと言うわけにもいかないでしょう。惚れていたのは事実だからです。
 レイが入社する少し前の異動で、元々別の課にいたミマリは、レイが入ることになる課の副課長になりました。レイが海外転勤になる前には、何度かの異動を経て課長になっていましたが、その間ずっと二人は同じ部署にいたのです。
 普通なら上司と部下がほぼ同時に同じ部署に移動を繰り返すということはありません。不正だの癒着だの、いろいろとありますからね。
 ところが、社内の異動というのはほとんどが玉突きです。動かさなければ入れないんです。そこで誰か問題なさそうな社員がいないかと人事が考えたのが、不正などには絶対に手を出さなさそうなレイでした。

「私はずっと一人身でしたけどね。自分で言うのもどうかと思いますけど、浮いた話の一つもありませんでした」
「それは俺も聞いてたけど……」

 当時のレイも、ミマリが独身なのは知っていました。ところがレイは「提灯ちょうちん釣鐘つりがね」「駿河の富士と一里塚」だと、とても自分と釣り合いがとれる相手ではないと考えていました。ミマリは彼からするとまったく欠点のない上司だったからです。

「レイは見た目も性格も悪くないのにヘタレだったからね。どうせアタックしなかったんでしょ?」
「この場合、『いい』と『悪くない』の間にはかなりの溝があるぞ」
「レイ君は自己評価が低すぎたのでは?」
「いや、サラみたいに高すぎてもなあ」

 サラは自分のことを平気で美少女や美女と呼んでいましたが、それはほぼ事実です。一方でレイは、自分の顔を面白みのない顔だと思っていました。それもまた事実でした。一〇人いれば五番目か六番目。見る人によっては四番目くらいにはしてくれるのではないかというのがレイの本心からの自己評価です。
 実際にレイを知っている女子はどうだったかというと、「ほどほど」「無難」「まあまあ」「悪くはない」と評価していました。はい、本当にほどほどだったんです。サラがレイの顔を「悪くない」と言うのは、レイのことを気にしていたからということもあるでしょう。

「一人の女性として、当時のレイはどうだった?」
「そうですねえ。真面目で頼りになる人だと思っていましたよ。けっこうな無理もお願いしました。私は顔にこだわりがありませんでしたから、結婚するならレイ君のような真面目な人がいいと本気で思っていました」

 ~~~

 ある週末、レイはミマリに頼まれて休日出勤をしていました。

「レイ君、無理を言ってすみません。アキナさんが無理になりまして」
「いえ、どうせすることもありませんからね」

 その言葉は表面的には事実ですが、レイの内心とは違っています。たとえ手の届かない女性ひとだと思っていても、頼られて同じ場所にいられれば嬉しくて当然です。

「それにしても、課長とはご縁がありますね」
「そうですね。また異動のタイミングが同じになりましたね」

 レイからすると、入社して最初の上司がミマリでした。しっかり者の秘書のような外見なのに、言葉遣いも性格もキツすぎないという、まさに彼のストライクゾーンのド真ん中です。惚れるのは仕方がないでしょう。
 さらにこの呼び方です。レイが入社した年の夏の異動で、違う漢字で同じヤマガタの名字を持つ女性が同じ部署に来ました。ヤマガタ・アキナという女性で、レイよりも年上です。
 アキナが来てから、彼女と区別するために、ミマリはそれまでヤマガタ君と呼んでいたレイのことを「レイ君」、アキナのことは「アキナさん」と呼ぶようになりました。
 ミマリは「ヤマガタ君」「ヤマガタさん」と呼び分けることもできました。上司としてはそれが普通でしょうが、彼女は少しでも親しみやすさを出そうとしてレイのことを「レイ君」と呼んでいました。
 別の見方をすると、ヤマガタ・アキナがいたことで、彼女は堂々と部下を下の名前で呼べるようになったんです。自分だけが彼を下の名前で呼んでいる、それが彼女の元気の素でした。
 それからまた異動があり、時期はズレたものの、ミマリとレイとアキナまた同じ部署になりました。そのおかげでミマリはレイのことを堂々と「レイ君」と呼び続けることができたのでした。

「レイ君は要領がいいですし、上司としては助かります。なら助かりますね」
「俺としてもやりやすいですよ」
「それはよかったです」

 ~~~

「……私なりのアピールだったんですけど」

 シーヴのその言葉を聞いてレイは肩を落としました。単に仕事を頼まれているとしか思えなかったからです。

「『よくできました』とか『合格です』とか、ずっと子供扱いされているような気がしてたんだよな……」
「……そうだったんですね。心の中では大絶賛していたんですけど……」
「二人とも意思疎通できてなさすぎ」

 サラは簡単に言いますが、恋愛下手な二人にとってはそれが限界だったんです。それにミマリは内心を悟られないようにしていたので、気づくのは難しかったでしょう。

「でもさあ、そのころレイに告白されてたら付き合ってた?」
「そうですね……」

 シーヴは天井越しに何かを見るように目線を上げました。

「年齢が一回り以上違いましたからね。子供ができたかどうかもわかりません。それでも問題ないと言ってくれれば、という条件だったでしょうね」

 レイが入社したとき、二人はそれぞれ二二歳と三五歳でした。それだけ年齢差があっても自分のことを好きになってくれるのか。お互いにそう疑問に思っても仕方がありません。家族が反対する可能性だってあるでしょう。そう考えていたのはミマリだけではありませんでした。
 お互いに気持ちを伝えられないまま時間だけが経ち、レイが死んだ時点で二九歳と四二歳になっていました。

「あのころとはお互いの年齢も違いますので、その点では気楽ですね」

 この世界では、レイとシーヴは六歳差です。それくらいの夫婦ならこの世界にはいくらでもいることを二人とも知っています。
 さらに、ステータスが高いと長生きしやすいことが知られています。人間族と獣人族の平均寿命は、どちらも九〇歳強ですが、ステータスが高いと一二〇歳から一三〇歳くらいにはなると言われています。

「ずっと冒険者ってわけにもいかないはずだから、いずれはどこかに落ち着く必要はあるな」

 どこかの町にこじんまりとした家を建て、シーヴと子供たちに囲まれて暮らすにしても、今のままでは生活基盤がありません。社会保障制度なんてこの世界には欠片ほどもありません。今のうちに稼いでおく必要があります。
 父親から準備金は受け取りましたが、それだけをアテにして生きていくわけにもいかないとレイは思っています。

「でも夫婦二人ならどうとでもなるんじゃないの?」
「いや、カツカツの人生は嫌だぞ。ある程度はゆとりが欲しい」

 人生にはある程度の心とお金の余裕は必要だとレイは考えています。「あなたがいれば何もいらない」というのは物語の中の話であって、生活にゆとりがなければ心が離れていくものです。誰だって無駄に苦労したくはありません。だからこそ今のうちにしっかりと貯めなければならないのです。
 今後どうするかを話していたところ、シーヴの体が大きく揺れました。先ほどから体が揺れていましたが、とうとうレイにもたれかかって寝てしまいました。

「寝ちゃったね」
「徹夜でバタバタしてたみたいだからな」

 レイはシーヴを起こさないようにうまく体を使って支えます。

「それじゃあ、私はギルドを覗いて情報収集してくるね」
「頼めるか?」
「問題なし」

 サラはドヤ顔でサムズアップすると出かける準備を始めます。

「二、三時間は帰らないから。終わったらシーツを交換して換気しといてね。あ、【浄化】でいいのか」
「するわけないだろ」

 サラはニヤリと笑うと部屋を出ていきました。

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