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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生
第8話:サラのお料理教室
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バーノンで二週間ほど借家を借りることにしたレイたちは、二日狩りに出かけたら一日休むというペースで動くことに決めました。休みの日は基本的に料理や保存食を作り、その合間にサラはシーヴに料理を教えます。
とりあえず今日は起きたのがそれなりの時間でしたので、午後から減った料理やスープなどをまとめて作る日になりました。
「まずはタマネギね。炒め物やオニオンスープに使うときには、形が残るように繊維に沿ってね」
「はい」
トントントントン……
まずはシーヴがどれくらい料理ができるのか、もしくはできないのかをチェックしなければなりません。サラはシーヴの包丁の使い方から指導することにしました。
「そうそう。それじゃ次ね。柔らかくしたいときは繊維を断ち切る方向でね。生で食べるときもこの向きでね。こっちのほうが水にさらしたときに辛みが抜けやすいから」
「はい」
トントントントン……
「ミネストローネみたいに他の野菜と一緒に煮込むなら、できる限り野菜のサイズをそろえるんだよ。そういうときは角切りで。ジャガイモ、ニンジン、キャベツも大きさをそろえて切ってみようか」
「はい」
トン、トン、トン……
「う~ん、普通に上手だよ」
「そうですか?」
シーヴの手元をサラがチェックしていますが、特に問題はありません。あまり慣れていないのでゆっくりと切っていますが、手を切るような危なっかしい手つきではありません。むしろ基本に忠実です。
「それじゃあ、ここからホーンラビットのモモ肉を入れたミネストローネを作るよ。ホーンラビットも角切りでね」
「はい」
トン、トン、トン……
サラはホーンラビットを使ったミネストローネのレシピをシーヴの前に置きます。料理は実践あるのみです。シーヴはレシピを確認しながら鍋を取り出しました。
「鍋を熱して……ニンニクのみじん切りと油を入れて……そこに野菜とお肉を入れて……油がなじむまで炒める」
「そうそう」
「そこにブイヨンを入れたら……トマトピューレが大さじ五で、ええっと……一……二……さ、さ、三……」
「はい、ストーーーップ!」
シーヴがワタワタしかけたあたりでサラが止めました。そして、すかさず鍋をマジックバッグに入れます。
「炒めるまでは全然問題なかったよ」
野菜と肉を切ってから炒めるまでは問題ありません。むしろサラは「料理は度胸」とばかりにザクザク切りますので、たまにスライスがつながっていたりしますが、それはご愛嬌。
「シーヴはきちんとやろうという思いが強すぎるから、何かあると焦ってタイミングを逃してるんだよね。ちょっとくらい順番が違っても、調味料の量がちょっとくらい多かったり少なかったりしても、味はそんなに変わらないから」
サラはマジックバッグから鍋を取り出すと、ぱぱっとトマトピューレを加えました。
「はい。じゃあ続きね」
◆◆◆
それからサラは、ミネストローネだけでなく、ホーンラビットやヒュージキャタピラーを使った炒め物や煮物など、この国で一般的な料理をシーヴに作らせました。するとシーヴの料理の仕方には、初心者にありがちな癖がかなりあるということがサラにはわかりました。
たとえば、調味料の計量はその都度きちんと量ろうとします。大さじ五と書かれていれば、きちんと五杯量ろうとして、時間をかけすぎてしまいます。
料理番組のように最初からすべて計量しておけばいいんでしょうが、実際にはなかなかそこまではできないものです。
そもそもこの国では、あんな小さなガラスのボウルは売っていません。近いものとしては薬剤師などが薬の調合の際に使う小皿がありますが、それを料理で使おうとはなかなか考えないでしょう。
さらにシーヴは、なにごとも順番にやりたがりました。そのあたりは性格ですね。たしかにレシピには順番が書かれています。もちろんその順番が理にかなっていることが多いのですが、多少前後してもそれほどおかしな料理はできません。
このような場合に引き合いに出されるのが、和食の基本「さしすせそ」です。砂糖・塩・酢・醤油・味噌の順番に入れましょうというものですね。二人が作っているのは和食ではありませんが、この順番はどこの料理かに関係なく通用します。
砂糖は塩に比べて分子が大きいので、塩よりも素材に染み込みにくいのです。だから先に砂糖を入れて素材を柔らかくします。
逆に塩は砂糖に比べて分子が小さいので、砂糖よりも素材に入りやすくなります。ところが、先に塩が入ってしまうと、砂糖が入りにくくなります。また、塩には食材の水分を抜いて引き締める効果があります。このあたりを考えると、塩は砂糖よりもあとのほうがいいでしょう。
酢と醤油と味噌は火を入れすぎると香りが飛んでしまいます。だから最後のほうが風味がよくなります。味噌は火を止めてから入れることが多いですね。
大雑把に言うと、砂糖と塩を使って長時間煮込む場合には先に砂糖を入れたほうが柔らかくなり、味もよく染み込みます。そうでなければ順番はさほど重要ではないんです。
ある意味では大雑把なサラの指導で、シーヴは適当に調理をするということを覚え始めます。
「シーヴが作った料理なら、レイは喜んで食べてくれるから」
「本当ですか?」
「本当だって。ね、レイ?」
「ん?」
キッチンに入ってきたレイに、サラが声をかけました。料理に自身がないシーヴですので、不味いものを作ってしまうとレイに嫌われるのではないかと気が気でなりません。
「シーヴが作ったものなら喜んで食べるでしょ?」
「そりゃもちろん。普通に調理されたものなら」
さすがのレイでも、「はいどうぞ」と消し炭をポンと渡されれば投げ捨てるでしょう。ただし、味覚のストライクゾーンがわりと広いので、よほどでなければ美味しくいただくはずです。
これまでレイが食べた中で数少ない口に合わなかった料理が、セヴァリー男爵領で口にした非常に酸っぱい料理です。それもこの年齢で食べてみればどう感じるか、本人にもわかりません。
「じゃあこれね。レイにあ~んしてあげて」
そう言ってサラはシーヴにキャタピラー炒めの入った皿を渡しました。
「レイ、あ~んしてください」
「あ~ん」
レイは口を閉じてからモゴモゴと咀嚼します。
「どうですか?」
シーヴはレイの顔を見ながら恐る恐る確認します。
「うん、美味いぞ」
「本当ですか? 嘘をついていませんか?」
「嘘ついてどうするんだよ」
レイは嘘はつきません。ストレートに言わないことならありますが。ところが、付き合いの長いサラなどは、レイの表情を見ただけで言いたいことがわかります。
「私に気を遣っているのかと」
「いや、気を遣って不味いものを大量に作られたほうが困るからな」
「それもそうですね」
今回サラがシーヴに教えるにあたって、一切味見はさせていません。味見をしすぎると、舌が慣れてしまってわからなくなってきます。それよりも、まずはレシピを覚えて、そのまま作ればどういう味になるかを覚えることを第一にしています。レシピどおりに作れるようになれば、そこからは味見をしながらアレンジしていけばいいんです。
一番やってはいけないのが、初心者がいきなり思いつきでアレンジをすることです。まずは基本を覚えましょう。
◆◆◆
サラがシーヴに指導している間、レイは裏庭で魔物の解体をしていました。それが片付いたのでジャーキーの仕込みをしようと戻ってきたのです。ジャーキーは酒の肴になりますし、スープの素にもなるからです。
ジャーキーは単に肉を干すだけではありません。調味液に丸一日ほど漬け込み、それから必要に応じて塩抜きをして、そこから干して乾燥させ、最後に燻製にします。調味液はソミュール液とも呼ばれますね。
この国で一般的に売られている干し肉にはウスターソースとエールが使われています。ウスターソースは香味野菜と香辛料を熟成させたものですので、これにエールなどを加えた調味液に肉のスライスを漬け込むのです。
レイが日本人時代に覚えたソミュール液は、水が一リットルに赤ワインが二リットルと醤油が一リットル、そこに塩が二〇〇グラムと砂糖が二〇〇グラムです。そこに各種スパイスを入れ、牛モモ肉一〇キロほどを漬け込みます。ところが、醤油がありませんので、その代わりに砂糖と塩を少し増やします。赤ワインも非常に高価ですので、リンゴのワインを使います。砂糖も塩もなかなか高価ですので、高級ジャーキーになってしまいますね。
次は何をしようかと思っていたレイに、シーヴが声をかけました。
「レイ、少しいいですか?」
「ん? 何かあったか?」
「ふと思い出したんですけどね、どうして魔石を売らないんですか?」
これはシーヴがギルドで働いていたときから思っていたことです。レイたちは肉や毛皮は売り払っていましたが、魔石を売ったのを見たことがありません。すでに一〇〇や二〇〇どころではないはずです。
冒険者ギルドで魔物を売るとき、丸ごと売っても、きれいに解体して肉と毛皮だけを売っても、値段はほとんど変わりません。つまり同じ金額を受け取っても、解体すれば魔石は手元に残せます。
実際にこれまでに狩った魔物から取り出した魔石は、きれいにしてから小さな樽にまとめて入れられています。
「いや、ハッキリとした理由はないけど、魔石は魔力を抜き出せるから、モバイルバッテリー代わりと思って、かな?」
レイには説明できるような、はっきりとした理由はありません。いずれ使うかもと思って残してあっただけです。
魔石は魔力の供給源になります。手で握って魔力を取り込むか、あるいは魔道具を動かすエネルギーとしても使われます。ただ、魔道具は高価なので、マリオンを始めとしたギルモア男爵領の町ではそれほど使われていません。
その魔道具には大きく分けると二種類あります。魔力を魔石で補うタイプと、魔力の元となる魔素を自分で集めるタイプです。
レイが暮らしていた屋敷には照明の魔道具などがありましたが、それ以外で見たのは教会やギルド内など、公的な場所でだけでした。中には生活に密着したものもありますが、なくても生活は難しくないからです。
たとえば、魔石コンロという煮炊きに使う魔道具があります。カセットコンロの魔石版ですね。あれば便利なのは間違いありませんが、マリオンでは領主であるモーガンの配慮で、薪が安価に買えるようになっています。なにも高い魔石コンロを買って、さらに消耗品の魔石まで購入する必要はありません。
水を出すための魔道具もありますが、水は川から汲むか、あるいは井戸から汲めばいいだけです。かつて井戸から水を汲むのは重労働でしたが、今では撥ね釣瓶があるので、引き上げる力は必要なくなりました。
もう一つ、魔石そのものを魔道具化する方法があります。これは専門家が専用の器具を使って魔石の表面に術式を刻み込むものです。これを使えば誰でも魔法を使うことができますが、使用回数がある上に高価です。
いずれにせよ、レイは魔石を使うことがあるかもしれないと思って残していたわけですが、実際にはこれまで一度も使っていません。戦闘中に魔法を使うこともありますが、魔力が減って困るようなことは一度もありませんでした。
「貯金と思えばいいんじゃない?」
「そうですね。腐るものでもありませんし」
実はもう少しすると、それなりに使うことになります。もちろん三人には今の段階ではそれはわかりません。
とりあえず今日は起きたのがそれなりの時間でしたので、午後から減った料理やスープなどをまとめて作る日になりました。
「まずはタマネギね。炒め物やオニオンスープに使うときには、形が残るように繊維に沿ってね」
「はい」
トントントントン……
まずはシーヴがどれくらい料理ができるのか、もしくはできないのかをチェックしなければなりません。サラはシーヴの包丁の使い方から指導することにしました。
「そうそう。それじゃ次ね。柔らかくしたいときは繊維を断ち切る方向でね。生で食べるときもこの向きでね。こっちのほうが水にさらしたときに辛みが抜けやすいから」
「はい」
トントントントン……
「ミネストローネみたいに他の野菜と一緒に煮込むなら、できる限り野菜のサイズをそろえるんだよ。そういうときは角切りで。ジャガイモ、ニンジン、キャベツも大きさをそろえて切ってみようか」
「はい」
トン、トン、トン……
「う~ん、普通に上手だよ」
「そうですか?」
シーヴの手元をサラがチェックしていますが、特に問題はありません。あまり慣れていないのでゆっくりと切っていますが、手を切るような危なっかしい手つきではありません。むしろ基本に忠実です。
「それじゃあ、ここからホーンラビットのモモ肉を入れたミネストローネを作るよ。ホーンラビットも角切りでね」
「はい」
トン、トン、トン……
サラはホーンラビットを使ったミネストローネのレシピをシーヴの前に置きます。料理は実践あるのみです。シーヴはレシピを確認しながら鍋を取り出しました。
「鍋を熱して……ニンニクのみじん切りと油を入れて……そこに野菜とお肉を入れて……油がなじむまで炒める」
「そうそう」
「そこにブイヨンを入れたら……トマトピューレが大さじ五で、ええっと……一……二……さ、さ、三……」
「はい、ストーーーップ!」
シーヴがワタワタしかけたあたりでサラが止めました。そして、すかさず鍋をマジックバッグに入れます。
「炒めるまでは全然問題なかったよ」
野菜と肉を切ってから炒めるまでは問題ありません。むしろサラは「料理は度胸」とばかりにザクザク切りますので、たまにスライスがつながっていたりしますが、それはご愛嬌。
「シーヴはきちんとやろうという思いが強すぎるから、何かあると焦ってタイミングを逃してるんだよね。ちょっとくらい順番が違っても、調味料の量がちょっとくらい多かったり少なかったりしても、味はそんなに変わらないから」
サラはマジックバッグから鍋を取り出すと、ぱぱっとトマトピューレを加えました。
「はい。じゃあ続きね」
◆◆◆
それからサラは、ミネストローネだけでなく、ホーンラビットやヒュージキャタピラーを使った炒め物や煮物など、この国で一般的な料理をシーヴに作らせました。するとシーヴの料理の仕方には、初心者にありがちな癖がかなりあるということがサラにはわかりました。
たとえば、調味料の計量はその都度きちんと量ろうとします。大さじ五と書かれていれば、きちんと五杯量ろうとして、時間をかけすぎてしまいます。
料理番組のように最初からすべて計量しておけばいいんでしょうが、実際にはなかなかそこまではできないものです。
そもそもこの国では、あんな小さなガラスのボウルは売っていません。近いものとしては薬剤師などが薬の調合の際に使う小皿がありますが、それを料理で使おうとはなかなか考えないでしょう。
さらにシーヴは、なにごとも順番にやりたがりました。そのあたりは性格ですね。たしかにレシピには順番が書かれています。もちろんその順番が理にかなっていることが多いのですが、多少前後してもそれほどおかしな料理はできません。
このような場合に引き合いに出されるのが、和食の基本「さしすせそ」です。砂糖・塩・酢・醤油・味噌の順番に入れましょうというものですね。二人が作っているのは和食ではありませんが、この順番はどこの料理かに関係なく通用します。
砂糖は塩に比べて分子が大きいので、塩よりも素材に染み込みにくいのです。だから先に砂糖を入れて素材を柔らかくします。
逆に塩は砂糖に比べて分子が小さいので、砂糖よりも素材に入りやすくなります。ところが、先に塩が入ってしまうと、砂糖が入りにくくなります。また、塩には食材の水分を抜いて引き締める効果があります。このあたりを考えると、塩は砂糖よりもあとのほうがいいでしょう。
酢と醤油と味噌は火を入れすぎると香りが飛んでしまいます。だから最後のほうが風味がよくなります。味噌は火を止めてから入れることが多いですね。
大雑把に言うと、砂糖と塩を使って長時間煮込む場合には先に砂糖を入れたほうが柔らかくなり、味もよく染み込みます。そうでなければ順番はさほど重要ではないんです。
ある意味では大雑把なサラの指導で、シーヴは適当に調理をするということを覚え始めます。
「シーヴが作った料理なら、レイは喜んで食べてくれるから」
「本当ですか?」
「本当だって。ね、レイ?」
「ん?」
キッチンに入ってきたレイに、サラが声をかけました。料理に自身がないシーヴですので、不味いものを作ってしまうとレイに嫌われるのではないかと気が気でなりません。
「シーヴが作ったものなら喜んで食べるでしょ?」
「そりゃもちろん。普通に調理されたものなら」
さすがのレイでも、「はいどうぞ」と消し炭をポンと渡されれば投げ捨てるでしょう。ただし、味覚のストライクゾーンがわりと広いので、よほどでなければ美味しくいただくはずです。
これまでレイが食べた中で数少ない口に合わなかった料理が、セヴァリー男爵領で口にした非常に酸っぱい料理です。それもこの年齢で食べてみればどう感じるか、本人にもわかりません。
「じゃあこれね。レイにあ~んしてあげて」
そう言ってサラはシーヴにキャタピラー炒めの入った皿を渡しました。
「レイ、あ~んしてください」
「あ~ん」
レイは口を閉じてからモゴモゴと咀嚼します。
「どうですか?」
シーヴはレイの顔を見ながら恐る恐る確認します。
「うん、美味いぞ」
「本当ですか? 嘘をついていませんか?」
「嘘ついてどうするんだよ」
レイは嘘はつきません。ストレートに言わないことならありますが。ところが、付き合いの長いサラなどは、レイの表情を見ただけで言いたいことがわかります。
「私に気を遣っているのかと」
「いや、気を遣って不味いものを大量に作られたほうが困るからな」
「それもそうですね」
今回サラがシーヴに教えるにあたって、一切味見はさせていません。味見をしすぎると、舌が慣れてしまってわからなくなってきます。それよりも、まずはレシピを覚えて、そのまま作ればどういう味になるかを覚えることを第一にしています。レシピどおりに作れるようになれば、そこからは味見をしながらアレンジしていけばいいんです。
一番やってはいけないのが、初心者がいきなり思いつきでアレンジをすることです。まずは基本を覚えましょう。
◆◆◆
サラがシーヴに指導している間、レイは裏庭で魔物の解体をしていました。それが片付いたのでジャーキーの仕込みをしようと戻ってきたのです。ジャーキーは酒の肴になりますし、スープの素にもなるからです。
ジャーキーは単に肉を干すだけではありません。調味液に丸一日ほど漬け込み、それから必要に応じて塩抜きをして、そこから干して乾燥させ、最後に燻製にします。調味液はソミュール液とも呼ばれますね。
この国で一般的に売られている干し肉にはウスターソースとエールが使われています。ウスターソースは香味野菜と香辛料を熟成させたものですので、これにエールなどを加えた調味液に肉のスライスを漬け込むのです。
レイが日本人時代に覚えたソミュール液は、水が一リットルに赤ワインが二リットルと醤油が一リットル、そこに塩が二〇〇グラムと砂糖が二〇〇グラムです。そこに各種スパイスを入れ、牛モモ肉一〇キロほどを漬け込みます。ところが、醤油がありませんので、その代わりに砂糖と塩を少し増やします。赤ワインも非常に高価ですので、リンゴのワインを使います。砂糖も塩もなかなか高価ですので、高級ジャーキーになってしまいますね。
次は何をしようかと思っていたレイに、シーヴが声をかけました。
「レイ、少しいいですか?」
「ん? 何かあったか?」
「ふと思い出したんですけどね、どうして魔石を売らないんですか?」
これはシーヴがギルドで働いていたときから思っていたことです。レイたちは肉や毛皮は売り払っていましたが、魔石を売ったのを見たことがありません。すでに一〇〇や二〇〇どころではないはずです。
冒険者ギルドで魔物を売るとき、丸ごと売っても、きれいに解体して肉と毛皮だけを売っても、値段はほとんど変わりません。つまり同じ金額を受け取っても、解体すれば魔石は手元に残せます。
実際にこれまでに狩った魔物から取り出した魔石は、きれいにしてから小さな樽にまとめて入れられています。
「いや、ハッキリとした理由はないけど、魔石は魔力を抜き出せるから、モバイルバッテリー代わりと思って、かな?」
レイには説明できるような、はっきりとした理由はありません。いずれ使うかもと思って残してあっただけです。
魔石は魔力の供給源になります。手で握って魔力を取り込むか、あるいは魔道具を動かすエネルギーとしても使われます。ただ、魔道具は高価なので、マリオンを始めとしたギルモア男爵領の町ではそれほど使われていません。
その魔道具には大きく分けると二種類あります。魔力を魔石で補うタイプと、魔力の元となる魔素を自分で集めるタイプです。
レイが暮らしていた屋敷には照明の魔道具などがありましたが、それ以外で見たのは教会やギルド内など、公的な場所でだけでした。中には生活に密着したものもありますが、なくても生活は難しくないからです。
たとえば、魔石コンロという煮炊きに使う魔道具があります。カセットコンロの魔石版ですね。あれば便利なのは間違いありませんが、マリオンでは領主であるモーガンの配慮で、薪が安価に買えるようになっています。なにも高い魔石コンロを買って、さらに消耗品の魔石まで購入する必要はありません。
水を出すための魔道具もありますが、水は川から汲むか、あるいは井戸から汲めばいいだけです。かつて井戸から水を汲むのは重労働でしたが、今では撥ね釣瓶があるので、引き上げる力は必要なくなりました。
もう一つ、魔石そのものを魔道具化する方法があります。これは専門家が専用の器具を使って魔石の表面に術式を刻み込むものです。これを使えば誰でも魔法を使うことができますが、使用回数がある上に高価です。
いずれにせよ、レイは魔石を使うことがあるかもしれないと思って残していたわけですが、実際にはこれまで一度も使っていません。戦闘中に魔法を使うこともありますが、魔力が減って困るようなことは一度もありませんでした。
「貯金と思えばいいんじゃない?」
「そうですね。腐るものでもありませんし」
実はもう少しすると、それなりに使うことになります。もちろん三人には今の段階ではそれはわかりません。
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