異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生

第7話:家庭的という言葉は、時に人を傷つける

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 三人は着替えて朝食を済ませました。さて、今日はこれからどうするかですね。

「もう少し離れとく?」
「さすがにここまでは何もないと思いますが」
「でもあまり大きい町じゃないからな。もう一つ先はどうなんだ?」

 もう少し移動するか、それともこの町でしばらく活動するか、どちらがいいかを話し合っています。
 シーヴはこの町でもいいのではないかと言いましたが、レイとサラはもう少し移動したほうがいいのではないかと考えています。安全の確保、それと町の規模を考えてのことです。

「南に半日のところにバーノンがあります。ここよりも大きいですね。サイズ的にはマリオンといい勝負かもしれません。人口はマリオンのほうが多いでしょうけど」
「それならそこまで行っとこうよ。安心でしょ?」
「いいですか? すみません」
「遠慮しない遠慮しない。バーノンで一息つこうよ」

 シーヴは自分だけが関わることならわりと遠慮する性格だとサラにはわかってきました。だから少々強引にでも話を進めたほうが早く決まります。

 ◆◆◆

 森を回り込むように街道を進むと、道の先に城壁が見えました。ここまで盗賊の姿は見ていません。
 レイたち三人には【索敵】があります。レーダーほどはっきりと位置がわかるわけではありませんが、誰か、あるいは何かがいることはわかります。それに引っかからないのは、本当にいないのか、それとも気配を隠すことができるのか、そのどちらかでしょう。

「あれだよね?」
「はい。バーノンですね」
「たしかにそこそこの規模だな」
「領地の南部から中心地に入る最初の町です。まだ街道も多いですからね」

 ギルモア男爵領に比べると、アシュトン子爵領は倍以上の町があります。ただし、日本と違って道が整備されているわけではありません。
 街道と呼ばわれているものは、人と馬と馬車によって踏み固められた道ですが、標識が立っているわけではありません。どこにつながっているかはパッと見ただけではわからないこともあります。
 太陽ソルの方向を参考にすれば間違うことは少ないでしょうが、一本間違っただけで全然違う町に到着することもありえるんです。だからすれ違う人や馬車に確認するのが一般的ですね。

「魔物のストックが減ったから、そろそろ補充したいからな」

 オグデンのギルドでまとめて売却し、さらにメルフォートの酒場でも残りの一部を売りました。まだ少し残っていますが、人はたくさんあったものが急に減ると不安になるものです。

「まだ私のほうに少しあるけど解体する必要があるし、それなら借家かな。気楽だしね」
「ええ、借家なら夜はいくらでも声が出せますね」

 それを聞いたサラは、驚いたようにシーヴの顔をまじまじと見ました。

「シーヴって性格変わった?」
「私だってレイとイチャイチャしたいですよ」

 少し拗ねたようにシーヴが漏らします。

「ごめん。そりゃそうだよね」
「そうです。だからレイ」

 シーヴがレイに向かって催促するように両手を広げました。

「鎧を着てるのにか?」

 鎧があるかどうかは関係ありませんよ。レイが腕を広げるとシーヴはその胸に飛び込みました。もちろんサラも同じことを求めたのはおわかりでしょう。

 ◆◆◆

 三人はメルフォートから半日の距離にあるバーノンに到着しました。

「借家があれば借りて、なければ宿屋だな」
「借りるならどれくらい?」
「まあ一週間か二週間くらいだろう。あればだけど」

 オグデンはマリオンから比べれば大都市です。住民も旅人も多く、借家はすべて借りられていました。借りたとしても飛び出したので意味がなかったでしょうが。
 レイとサラは、最初の予定では王都まで真っ直ぐ向かうつもりでした。ところが、シーヴがオグデンのギルドで働くと聞いて、しばらくオグデンを拠点にしようとしました。王都へ急いで行く理由はありませんからね。結果としてバタバタとオグデンを出ましたので、そのあたりがうやむやになってしまいました。

「この町も食材不足かもしれませんね」
「酒場もあそこと同じかもしれないな」

 アシュトン子爵領の南部に大規模な盗賊団がいると言われています。襲撃を避けるため、商人たちは商隊を組み、多くの冒険者を雇って他の町へと向かっています。だから魔物肉をギルドに販売する冒険者が減っています。
 それぞれの町の備蓄はゼロではないでしょうが、かなり減っているのは間違いないようです。代官が領主に陳情していると酒場の女将ですら言っていました。盗賊団がいなくならない限り、状況がよくなることはないでしょう。
 魔物肉が足りないとなると奪い合いになります。その結果、値上げが続いているのです。どこかで限度を超えてしまうでしょう。

「冒険者ギルドで借家を借りたいと言うと、長期で住むことを期待されるかもしれませんね」
「面倒ごとになりそうか?」
「いえ。できるだけたくさん魔物を狩ってきてほしいとは頼まれるくらいでしょう。ギルドも無理は言いませんよ」
「私たちも補充したいよね」

 まずは自分たちの分を用意したいところです。ギルドに売るなら、そのあとになるでしょう。三人は手短に話し合うと、城門に向かいました。

「町に借家を斡旋してくれる場所はありますか?」

 門のところでレイは衛兵に話しかけました。

「冒険者ギルド以外でか?」
「ギルド以外にもあるのなら聞いておきたいと思いましてね」

 ギルドの厄介にならずに済めばいいということはここでは口にしません。

「それなら……まっすぐ進むと広場が一つある。そこで左に曲がってわりと奥の方だな、道の北側にレンガの建物がある。そこが斡旋屋だ。町の南のほうにもあるが、そっちは向こうで聞いたほうがいいと思うぞ」
「ありがとうございます」

 衛兵に斡旋屋の場所を聞き、三人はとりあえず北の斡旋屋に行ってみることにしました。そこでいい物件があればそれでよし、なければ南の斡旋屋かギルドで聞けばいいだけです。それでもないなら、もう一つ南のキャンベルまで行って探すのもありです。
 宿屋でなく借家がいいのは、まとめて魔物を解体したりからです。ついでに料理もですね。スープはまだ残っていますが、それ以外がかなり減っています。
 なんでも屋のダニールが言ったように、最初から食事の準備しておく冒険者はほとんどいません。外での食事にそこまで気合いを入れるのは無駄だからです。それでもレイはそこにこだわりたいんですよね。

「おっと、ここだな」

 目の前には説明されたとおりの建物がありました。

 ◆◆◆

「はい、いらっしゃい」

 斡旋屋のカウンターには小綺麗な服装をした、高齢の女性が座っていました。

「レイといいます。借家を探してるんですが、空き物件はありますか?」
「あたしゃここの主人で、ミランダっていうんだ。空きの物件ね。いくつかあるね。広さの希望は?」
「そんなに広くなくてもいいです」
「う~ん、小さいのはないね。今は広めのが三つだね。それでいいなら好きなのを選んだらいいよ。値段は同じさ。二週間で一万二〇〇〇キール。悪いけど、小さいのはみんな借り手がいてね」

 手渡された書類を見ると、かなりの広さがある借家が二週間で一万二〇〇〇キールという値段で貸し出されていました。宿屋と比べると割高ですが、キッチンがあるので宿屋よりも使い勝手は上です。
 二週間で一万二〇〇〇キール、一か月で二万四〇〇〇キール、一年で二八万八〇〇〇キール。かなり高額なので、長期で使うことを想定していない値段でしょう。ただし、レイたちには十分支払える金額です。

「この物件を見せてもらえますか?」
「ああ、案内してあげるよ。おーい、ジャイス」

 ミランダが奥に声をかけると、中から二〇代くらいの男性が出てきました。

「お客さんの案内をしてくるから、あんたはしばらく店番をしてな」
「はい、いってらっしゃい」

 三人はミランダの案内で、物件に案内してもらうことにしました。


「あれはあたしの孫でね、そろそろ結婚してもいい年齢なんだけど、ずっと家にいてねえ。誰かいい相手を知らないかい?」

 歩きながら、ミランダがいきなりそうレイに問いかけました。

「今日この町に来たばかりの俺たちに聞かれても」
「ま、そりゃそうだね」

 レイは魅力が高いので信用されやすく、このように個人的な相談を持ちかけられやすくなっています。

「おお~、いいね」
「キレイですね」
「そうだな。ここでいいんじゃないか?」

 ずっと住むわけではありません。しばらく借りるだけなので、そこそこ清潔で周囲がやかましくなければ十分です。歓楽街のど真ん中なら気になるでしょうが、ごく普通の町外れの借家でした。

「使い方としては、商隊が荷物置き場として使うってとこかね」
「なるほど。何組かで共同で使うならこれくらいのほうがいいだろうなあ」

 家というよりも、小さな公民館や集会所という趣があります。共同スペースといくつかの個室ですね。外には馬車が何台か入れられる納屋もあります。

「家具があるのがありがたいな」
「ベッドもあるね」
「レイの【浄化】があれば安全ですね」
「誰が使ったか分からないからな。それじゃここにします」

 その場で契約書を交わして代金を支払い、鍵を受け取ります。とりあえず期間は二週間。今のところは次の予約がないので、前日までに連絡をすれば延長も可能ということになりました。

「久しぶりにゆっくりできるな」
「ゆっくりと激しく大胆に、だね」
「急に性格を変えるなよ」
「私は前からこうじゃない?」

 そう言われてレイは思い出そうとしましたが、たしかにそうでした。冗談にかこつけてレイにアピールし、レイはそれをかわしたのです。もう躱す必要はありませんね。

 ◆◆◆

「もう……朝か……」
「日が昇ってるね」
「こんな時間に起きたのは生まれて初めてかもしれません」

 翌日、三人はいつもよりもかなり遅い時間に起き出しました。遅かった理由は夜に頑張りすぎたからです。

「今日は家で解体したりスープを仕込んだりするか」
「そうですね。その前にちょっと腰が……」
「待ってくれ。【治療】をかける」
「ありがとうございます」

 三人とも【浄化】で体をきれいにしてから着替え、朝食を済ませました。今日は時間も時間なので、家の中でできることをしようということになりました。

「それでさあ、さっきはストックしてあった分を食べたけど、今日からご飯は順番に作ろっか。ねえ、シーヴ?」

 サラがそう言いながらシーヴの顔を見ると、シーヴが固まっているのが見えました。

「あれ? どしたの?」
「……実はですね……私は家事が……得意ではなくて」

 シーヴはだらだらと脂汗を流し始めました。ついに事実を話すときが来てしまったと。

「そうなの? 意外だね。髪だってふんわりシニヨンできれいにまとめてるし、割烹着を着て、すんごく美味しそうなお味噌汁を作りそうなんだけど」
「髪だけはどうにかまとめられるようになったんです。これ、わりと楽なんですよ。不器用な私でもできますから」

 シーヴは料理を始めとした家事全般が苦手でした。それは日本人時代からずっとそうなんです。美人で仕事ができる、非の打ち所のない女性だとレイは思っていましたが、実はとことん家事が苦手だったんです。
 日本人ミマリ時代、彼女は恋心を抱いていたレイが死んでからも独身を貫きました。金のかかる趣味を持っていたわけではありませんので、生活費で困ることは一度もありませんでした。自炊はすぐに諦め、昼食は社食、夕食は外食で済ませてから帰っていました。
 キッチンを使うのは食パンを焼くのとコーヒーを淹れるためだけ。それくらいなら彼女でもできました。さすがにトースターを爆発させたり、目玉焼きを黒い円盤にするようなことは一度もありませんでしたよ。
 会社の机の上など、他人に見られる場所はきれいに使いますが、自分しか入らない自室などは物が山積みでした。押し入れは物を詰め込む場所になっていたほどです。
 今回マリオンを離れるにあたって部屋の片付けができず、それで出発が遅れました。ちょうどレイとサラが町を離れるタイミングと重なったので、結果としては悪くありませんでしたが。

「生まれ変わってからも煮るか焼くかくらいしかできません。冒険者時代はその程度で大丈夫でしたし、夜はギルドの酒場で食べていましたから」

 家事の中でも特に料理が苦手でした。調味料はきちんと計量します。レシピどおりにやっているはずです。それなのに肉や魚は焦げ、煮物は芯が残るか崩れます。

「じゃあ私が教えてあげる。私でも【料理】や【掃除】があるし、レイにも【料理】は生えたからね」
「いつの間にかあったんだよなあ。出発前にスープを仕込んだりしてたからだろうな。だからシーヴにもすぐに付くと思うぞ」

 スキルによってはなくても影響のないものがあります。たとえば【料理】や【掃除】ですね。これらのスキルがなくても、もちろん料理や掃除はできます。でもあれば、料理の手際がよくなりますし、掃除は細かなところまで目が行き届くようになります。
 このあたりの日常的なスキルは、スキルが付いたからできるようになったというよりも、できるようになったからスキル一覧に表示されたわけですね。
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