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第2章:冬、活動開始と旅立ち
第12話:頼りにされる人ほど別れを惜しまれる
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「そろそろかなあ」
「そろそろなんだろうけどなあ」
レイとサラが悩んでいます。二人が冒険者として活動を始めてから一か月少々が過ぎました。魔物の売却で十分な利益を出す目処が立ちました。むしろ十分すぎるほど稼いだでしょう。
一年で最も寒いこの時期は、誰でも外に出たがらないものです。雪はあまり積もりませんが、それでも屋外に出た瞬間に息は真っ白になり、しばらくすると顔が痛くなり始めます。
ところが、上級ジョブになったおかげで寒さに強くなったレイとサラは、多くの冒険者が活動していないこの時期でも稼ぐことができています。
それで、何を悩んでいるかというと、いつになったらマリオンを発つかということです。当初の予定では、一か月を目処に王都に向かうことにしていましたが、なかなかその気分になれません。冒険者になってみると、マリオンが思った以上に居心地のいい町だったからです。
「とりあえずギルドに行くか」
「思い切ってマリオンを離れるって言ってみる?」
「ああ、それもアリだな。言ったのにずっといたら恥ずかしいからな」
職員たちはレイが領主の息子だということ、冒険者活動に慣れるまでマリオンで活動することを知っています。その「慣れるまで」という部分をどう受け取るかには個人差があるでしょうが、ずっとマリオンにいては実家を使って冒険者ごっこをしていると思われるかもしれません。
レイはそう思っていますが、実際のところは、二人の評価は職員たちの中ではかなり高いので心配いりません。きちんと解体して売却し、コツコツと納品しています。たとえやる気のある新人でも、なかなかそうはいかないのが実際のところなんです。
◆◆◆
「シーヴさん、そろそろ南に向かうことにします」
「一応週明けの予定で」
レイたちは窓口に立つと、思い切ってシーヴに報告することにしました。報告は義務ではありませんが、登録からここまで、シーヴにはお世話になっています。二人にとっては〝頼れる姉〟のような存在だったからです。
「そうですか。体には気をつけてくださいね、と見送りたいところでしたけど、事情があって見送れなくなってしまいました」
「どゆこと?」
かなりくだけた口調でサラが聞きました。シーヴが小さく手招きしたので、二人は顔を寄せました。
「実は少し前にアシュトン子爵領のギルドに移籍することが決まりまして、来週そちらに向かうことになっています」
シーヴはこのギルドでは主事、つまり平職員でした。南にあるアシュトン子爵領の冒険者ギルドで主任のポジションが空いたので、そちらから声がかかったのです。主任はその部署のまとめ役で、主事の一つ上で管理職の下。つまり出世になります。
ギルドは国の組織ですが、職員はそれぞれのギルドが雇う形になっています。国家公務員というよりも地方公務員、あるいは独立行政法人に近い形ですね。
マリオンのギルドからすると、優秀な職員を引き抜かれるのは痛いですね。新しく雇わなければなりません。ギルド長のブルースは引き留めようと思いましたが、他の職員たちはシーヴに向かって「これはいい機会だからぜひ」と声をそろえて言いました。それを聞いてブルースも渋々と移籍を認めることになりました。
「荷物がありますから、オグデンまで馬車を借ります。幌馬車なので乗り心地はよくないかもしれませんが、一緒に向かいませんか? お二人への護衛の依頼という形にしますので」
「いいんですか?」
「ええ。一人も退屈ですから。話ばかりするわけにもいきませんけどね」
「うっしゃっ! 馬車の旅だっ!」
サラが小声のままガッツポーズを作ります。馬車なら何度も乗っているだろうと、レイは喜ぶサラを見ながら思いました。
「そんなに乗りたかったのか?」
「だって、これまでずっと箱馬車だったから」
「あの、サラさん。貴族様の箱馬車のほうが乗る機会は少ないですよ?」
シーヴはそう言いますが、レイにはサラの言いたいことがわかります。貴族が使う箱馬車には乗ったことがあるので、ファンタジー感満載の幌馬車に乗りたいのだろうと。荷馬車に揺られる、いわゆる馬車の旅に憧れているのだろうと。
「それなら来週の火の日の朝にギルドの裏に来てください」
「三日後ですね。わかりました」
「それまでに最後の準備だね」
二人はシーヴに挨拶するとギルドを出ました。
やや無理やり気味ですが、レイとサラはマリオンを離れる決意をしました。二人とも王都に行きたいとは思っていましたが、マリオンが好きだったのは間違いありません。ここの雰囲気が日本で生まれ育った町によく似ていたのが大きかったでしょう。
故郷が嫌なら離れる理由になるでしょうが、そうでないなら重い腰を上げるというのはなかなか大変なことです。こういう機会でもなければ、なかなか旅立てなかったでしょう。
「最後に教会に行こうと思う」
サラが真面目な顔で言った。
「ああ、ルーサー司教にはきちんと報告はした方がいいだろう」
「うん」
サラはモーガンに引き取られてからも教会を訪れています。自分一人で出かけたことは一度もなく、常にモーガンのお付きの一人としてでした。
モーガンはルーサー司教に相談に乗ってもらうことが多く、出かける際にはサラに教会に行くかどうか聞きました。サラは毎回レイに行っていいかどうかを確認していましたが、レイがそれを拒否したことは一度もありません。
「教会だけじゃなくて、明日にでも知り合いのところを回るか?」
「そうだね。準備の確認もあるから」
ここ一か月の間、毎日町の外に行っていたわけではありません。雪が多ければ屋敷で剣や魔法の練習をしたり、街に出て食料品を買い込んだり、野営の道具を増やしたり、そのように準備を整えていたのです。
「そうか。準備はしっかりとな。最後の詰めを間違えるなよ」
「はい、荷物はすべて確認しました」
レイは屋敷に戻ると父親のモーガンに報告しました。三日後の朝にこの町を発つと。
マリオンからなら一か月半ほどかかる王都ですが、ずっと王都にいるとは限りません。行ってみたものの自分たちに合わない可能性も当然あります。それでも、とりあえず行ってみようと。
「それなら義理は欠かないようにしなさい」
「はい。明日から二人でお世話になった人たちに挨拶して回ります」
冒険者ギルド、薬剤師ギルド、ダニールのなんでも屋、そして教会。教会はサラが育てられた場所で、その横にある共同墓地には彼女の両親の遺灰が納められています。
人は死ぬとステータスカードが体からはじき出されます。ステータスカードが魂そのものだとも考えられているのは、死者のステータスカードを教会の聖像の側に置いておくとかき消えるようになくなってしまうからです。だから肉体は単なる器だとみなされています。
遺体は火葬され、遺骨は小さな壺に入れて共同墓地に収めるのが一般的です。
◆◆◆
「そうですか。二人の旅の無事を祈っています」
「ありがとうございます」
「これまでお世話になりました」
レイとサラが頭を下げます。
「それにしても、世間でいうところの娘が嫁ぐ気分というのはこういうものなのでしょうね。私には妻子はおりませんが」
ルーサー司教は感無量という表情でサラを見ました。その表情を見てレイは今さらながらおやっと思います。
「司教は妻帯を禁じられていましたっけ?」
「いえ、そういうわけではありませんが、私は神に身を捧げておりますので、この道に進んだ時点で結婚はしないと決めております」
「なるほど。だからサラを娘のように思っていたわけですね?」
「ええ、よくできた娘ですよ」
挨拶を終えた二人は教会の裏手に回ります。サラの両親が眠る墓地に向かって手を合わせ、それから静かに教会をあとにしました。
◆◆◆
「そうか、気をつけてな」
「元気で過ごしてくださいね」
「はい。お世話になりました」
「ありがとうございました」
ギルド以外となると、レイたちが一番お世話になったのがダニールのなんでも屋です。武器や防具だけでなく、鍋やテーブルなども買っています。
「試しにあのテーブルを店先に置いたらかなり注文が入ってな。今じゃ何屋かわからねえくらいになったなあ」
テーブルを持ち運ぶという発想が誰にもありませんでした。ところが、持ち運べるテーブルがあるなら使いたいと思う人は多かったのです。
「最初は武器屋だと思ったよね」
「まあ武器が一番多いけどな」
旅で必要になりそうなものを購入すると、レイはダニールと握手をしてから別れました。
◆◆◆
「定期的に持ってきてもらえたので助かっていたのですが、仕方ないですね」
「すみませんね。これが最後の納品ということになります」
薬剤師ギルドでレイとサラはホーンラビットの角、ピッチフォークスネークの頭、その他いろいろな素材を、手持ちの半分ほど売り払いましいた。
「まだこれだけ隠されていたとは」
「隠してたつもりじゃないんですけど」
レイがマジックバッグから取り出した山盛りの素材を見てチェルシーが驚いています。レイはこれまで、一気に持ち込むよりも少しずつ継続的に売ったほうがいいのではないかと思い、勝手に小出しにしていました。
「というか、もっと冒険者にアピールしたほうがいいですよ。うちに売ったらお得ですよと」
「していますよ。ですが、そもそも冒険者の方が来てくれませんからね」
「数少ない知り合いには勧めておきましたが」
「『天使の微笑み』のお二人ですね。こちらにも登録してくれました」
レイとしても冒険者仲間が儲かるほうがいいので、だからたまに会う『天使の微笑み』には話をしました。
一日は挨拶回り、その次の日は荷物の確認と最後の料理作り。このように二日が過ぎていきました。
◆◆◆
「この部屋ともお別れか」
旅立ちの前の夜、夜更かしをしながら、レイはこれまで過ごした部屋を見ながらつぶやきました。
「長かったのか短かったのか分からないね」
「俺にとっては一か月半しか使ってないからなあ」
レイは二歳から、サラは八歳からここを使ってきましたが、レイが日本人時代の記憶を取り戻したのは一か月半ほど前のこと。
もちろん貴族の息子として暮らしていた記憶は残っていますが、それは日本人としてのレイの記憶に吸収されるような形で消えてしまいました。今の自分は日本人だった自分にここでの一五年間の記憶がある、そうレイは感じています。
「この部屋はジェラルドが大きくなったら使うんだろうな」
「サイモンがここに移るかもしれないね。『にいさまの部屋がいい』って言って」
「よく懐いてくれてたからなあ……ふわあ」
レイの口からあくびが出ました。
「ちょっと疲れたね」
明日からはまったく違った生活が始まります。その高揚感もあったのかもしれませんが、二人は珍しく夜更かしをしています。
前世のこと、こちらで知り合った人たちのこと、これからのこと。ベッドに座りながら話をしているうちに、二人ともそのまま後ろに倒れて寝てしまいました。
「そろそろなんだろうけどなあ」
レイとサラが悩んでいます。二人が冒険者として活動を始めてから一か月少々が過ぎました。魔物の売却で十分な利益を出す目処が立ちました。むしろ十分すぎるほど稼いだでしょう。
一年で最も寒いこの時期は、誰でも外に出たがらないものです。雪はあまり積もりませんが、それでも屋外に出た瞬間に息は真っ白になり、しばらくすると顔が痛くなり始めます。
ところが、上級ジョブになったおかげで寒さに強くなったレイとサラは、多くの冒険者が活動していないこの時期でも稼ぐことができています。
それで、何を悩んでいるかというと、いつになったらマリオンを発つかということです。当初の予定では、一か月を目処に王都に向かうことにしていましたが、なかなかその気分になれません。冒険者になってみると、マリオンが思った以上に居心地のいい町だったからです。
「とりあえずギルドに行くか」
「思い切ってマリオンを離れるって言ってみる?」
「ああ、それもアリだな。言ったのにずっといたら恥ずかしいからな」
職員たちはレイが領主の息子だということ、冒険者活動に慣れるまでマリオンで活動することを知っています。その「慣れるまで」という部分をどう受け取るかには個人差があるでしょうが、ずっとマリオンにいては実家を使って冒険者ごっこをしていると思われるかもしれません。
レイはそう思っていますが、実際のところは、二人の評価は職員たちの中ではかなり高いので心配いりません。きちんと解体して売却し、コツコツと納品しています。たとえやる気のある新人でも、なかなかそうはいかないのが実際のところなんです。
◆◆◆
「シーヴさん、そろそろ南に向かうことにします」
「一応週明けの予定で」
レイたちは窓口に立つと、思い切ってシーヴに報告することにしました。報告は義務ではありませんが、登録からここまで、シーヴにはお世話になっています。二人にとっては〝頼れる姉〟のような存在だったからです。
「そうですか。体には気をつけてくださいね、と見送りたいところでしたけど、事情があって見送れなくなってしまいました」
「どゆこと?」
かなりくだけた口調でサラが聞きました。シーヴが小さく手招きしたので、二人は顔を寄せました。
「実は少し前にアシュトン子爵領のギルドに移籍することが決まりまして、来週そちらに向かうことになっています」
シーヴはこのギルドでは主事、つまり平職員でした。南にあるアシュトン子爵領の冒険者ギルドで主任のポジションが空いたので、そちらから声がかかったのです。主任はその部署のまとめ役で、主事の一つ上で管理職の下。つまり出世になります。
ギルドは国の組織ですが、職員はそれぞれのギルドが雇う形になっています。国家公務員というよりも地方公務員、あるいは独立行政法人に近い形ですね。
マリオンのギルドからすると、優秀な職員を引き抜かれるのは痛いですね。新しく雇わなければなりません。ギルド長のブルースは引き留めようと思いましたが、他の職員たちはシーヴに向かって「これはいい機会だからぜひ」と声をそろえて言いました。それを聞いてブルースも渋々と移籍を認めることになりました。
「荷物がありますから、オグデンまで馬車を借ります。幌馬車なので乗り心地はよくないかもしれませんが、一緒に向かいませんか? お二人への護衛の依頼という形にしますので」
「いいんですか?」
「ええ。一人も退屈ですから。話ばかりするわけにもいきませんけどね」
「うっしゃっ! 馬車の旅だっ!」
サラが小声のままガッツポーズを作ります。馬車なら何度も乗っているだろうと、レイは喜ぶサラを見ながら思いました。
「そんなに乗りたかったのか?」
「だって、これまでずっと箱馬車だったから」
「あの、サラさん。貴族様の箱馬車のほうが乗る機会は少ないですよ?」
シーヴはそう言いますが、レイにはサラの言いたいことがわかります。貴族が使う箱馬車には乗ったことがあるので、ファンタジー感満載の幌馬車に乗りたいのだろうと。荷馬車に揺られる、いわゆる馬車の旅に憧れているのだろうと。
「それなら来週の火の日の朝にギルドの裏に来てください」
「三日後ですね。わかりました」
「それまでに最後の準備だね」
二人はシーヴに挨拶するとギルドを出ました。
やや無理やり気味ですが、レイとサラはマリオンを離れる決意をしました。二人とも王都に行きたいとは思っていましたが、マリオンが好きだったのは間違いありません。ここの雰囲気が日本で生まれ育った町によく似ていたのが大きかったでしょう。
故郷が嫌なら離れる理由になるでしょうが、そうでないなら重い腰を上げるというのはなかなか大変なことです。こういう機会でもなければ、なかなか旅立てなかったでしょう。
「最後に教会に行こうと思う」
サラが真面目な顔で言った。
「ああ、ルーサー司教にはきちんと報告はした方がいいだろう」
「うん」
サラはモーガンに引き取られてからも教会を訪れています。自分一人で出かけたことは一度もなく、常にモーガンのお付きの一人としてでした。
モーガンはルーサー司教に相談に乗ってもらうことが多く、出かける際にはサラに教会に行くかどうか聞きました。サラは毎回レイに行っていいかどうかを確認していましたが、レイがそれを拒否したことは一度もありません。
「教会だけじゃなくて、明日にでも知り合いのところを回るか?」
「そうだね。準備の確認もあるから」
ここ一か月の間、毎日町の外に行っていたわけではありません。雪が多ければ屋敷で剣や魔法の練習をしたり、街に出て食料品を買い込んだり、野営の道具を増やしたり、そのように準備を整えていたのです。
「そうか。準備はしっかりとな。最後の詰めを間違えるなよ」
「はい、荷物はすべて確認しました」
レイは屋敷に戻ると父親のモーガンに報告しました。三日後の朝にこの町を発つと。
マリオンからなら一か月半ほどかかる王都ですが、ずっと王都にいるとは限りません。行ってみたものの自分たちに合わない可能性も当然あります。それでも、とりあえず行ってみようと。
「それなら義理は欠かないようにしなさい」
「はい。明日から二人でお世話になった人たちに挨拶して回ります」
冒険者ギルド、薬剤師ギルド、ダニールのなんでも屋、そして教会。教会はサラが育てられた場所で、その横にある共同墓地には彼女の両親の遺灰が納められています。
人は死ぬとステータスカードが体からはじき出されます。ステータスカードが魂そのものだとも考えられているのは、死者のステータスカードを教会の聖像の側に置いておくとかき消えるようになくなってしまうからです。だから肉体は単なる器だとみなされています。
遺体は火葬され、遺骨は小さな壺に入れて共同墓地に収めるのが一般的です。
◆◆◆
「そうですか。二人の旅の無事を祈っています」
「ありがとうございます」
「これまでお世話になりました」
レイとサラが頭を下げます。
「それにしても、世間でいうところの娘が嫁ぐ気分というのはこういうものなのでしょうね。私には妻子はおりませんが」
ルーサー司教は感無量という表情でサラを見ました。その表情を見てレイは今さらながらおやっと思います。
「司教は妻帯を禁じられていましたっけ?」
「いえ、そういうわけではありませんが、私は神に身を捧げておりますので、この道に進んだ時点で結婚はしないと決めております」
「なるほど。だからサラを娘のように思っていたわけですね?」
「ええ、よくできた娘ですよ」
挨拶を終えた二人は教会の裏手に回ります。サラの両親が眠る墓地に向かって手を合わせ、それから静かに教会をあとにしました。
◆◆◆
「そうか、気をつけてな」
「元気で過ごしてくださいね」
「はい。お世話になりました」
「ありがとうございました」
ギルド以外となると、レイたちが一番お世話になったのがダニールのなんでも屋です。武器や防具だけでなく、鍋やテーブルなども買っています。
「試しにあのテーブルを店先に置いたらかなり注文が入ってな。今じゃ何屋かわからねえくらいになったなあ」
テーブルを持ち運ぶという発想が誰にもありませんでした。ところが、持ち運べるテーブルがあるなら使いたいと思う人は多かったのです。
「最初は武器屋だと思ったよね」
「まあ武器が一番多いけどな」
旅で必要になりそうなものを購入すると、レイはダニールと握手をしてから別れました。
◆◆◆
「定期的に持ってきてもらえたので助かっていたのですが、仕方ないですね」
「すみませんね。これが最後の納品ということになります」
薬剤師ギルドでレイとサラはホーンラビットの角、ピッチフォークスネークの頭、その他いろいろな素材を、手持ちの半分ほど売り払いましいた。
「まだこれだけ隠されていたとは」
「隠してたつもりじゃないんですけど」
レイがマジックバッグから取り出した山盛りの素材を見てチェルシーが驚いています。レイはこれまで、一気に持ち込むよりも少しずつ継続的に売ったほうがいいのではないかと思い、勝手に小出しにしていました。
「というか、もっと冒険者にアピールしたほうがいいですよ。うちに売ったらお得ですよと」
「していますよ。ですが、そもそも冒険者の方が来てくれませんからね」
「数少ない知り合いには勧めておきましたが」
「『天使の微笑み』のお二人ですね。こちらにも登録してくれました」
レイとしても冒険者仲間が儲かるほうがいいので、だからたまに会う『天使の微笑み』には話をしました。
一日は挨拶回り、その次の日は荷物の確認と最後の料理作り。このように二日が過ぎていきました。
◆◆◆
「この部屋ともお別れか」
旅立ちの前の夜、夜更かしをしながら、レイはこれまで過ごした部屋を見ながらつぶやきました。
「長かったのか短かったのか分からないね」
「俺にとっては一か月半しか使ってないからなあ」
レイは二歳から、サラは八歳からここを使ってきましたが、レイが日本人時代の記憶を取り戻したのは一か月半ほど前のこと。
もちろん貴族の息子として暮らしていた記憶は残っていますが、それは日本人としてのレイの記憶に吸収されるような形で消えてしまいました。今の自分は日本人だった自分にここでの一五年間の記憶がある、そうレイは感じています。
「この部屋はジェラルドが大きくなったら使うんだろうな」
「サイモンがここに移るかもしれないね。『にいさまの部屋がいい』って言って」
「よく懐いてくれてたからなあ……ふわあ」
レイの口からあくびが出ました。
「ちょっと疲れたね」
明日からはまったく違った生活が始まります。その高揚感もあったのかもしれませんが、二人は珍しく夜更かしをしています。
前世のこと、こちらで知り合った人たちのこと、これからのこと。ベッドに座りながら話をしているうちに、二人ともそのまま後ろに倒れて寝てしまいました。
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