異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第3話:魔物狩りデビュー

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「手続きをお願いします」
「ちょっと待ってな」

 レイとサラは三日ほど薬草を集めるために町の外に出るということを繰り返しました。毎日同じ道を通るうちに、レイには冒険者をしているという実感が湧き始めました。
 通りを歩いているレイを見て領主の息子だと気づく住民はほとんどいません。レイとしても、やたらと頭を下げられれば気になるでしょう。
 冒険者ギルドのシーヴがレイのことを領主の息子だとわかったのはステータスカードを見たからで、なんでも屋のダニールは今でも気づいていないでしょう。一緒に聖別式を受けた新成人なら彼の顔を覚えているので、気づくこともあるかもしれませんね。

「それでレイ、いつ出発するつもり?」
「うーん、資金的に余裕ができてからだなあ。最初にある程度もらったけど、あれに頼り切ったら困るし」
「でもさあ、あれがあると思うだけでも楽だよね」
「無一文から始めると大変だろうな」

 レイは父親からマジックバッグと少なくない独立資金を渡されました。サラもルーサー司教が用意してくれたマジックバッグにこれまでの給料や退職金を入れています。
 二人の所持金を合わせるとかなりの額になりますが、それは生活費としてはできる限り使わないようにと二人は考えています。貯金は一度崩し始めればいずれはなくなるからです。そうなる前に稼がなければなりません。
 二人は日本人的な感覚身に付いているので、いざというときに備えてタンス貯金ならぬマジックバッグ貯金をしておくつもりです。この世界には社会保障制度はありません。生きるも死ぬも自分次第。だから金を、食料を、飲み水を、可能な範囲で準備しておくのです。
 一般的な冒険者はあまり貯金をしませんが、それにはいくつもの理由があります。
 まず、最初のうちは貯金をする余裕がありません。武具の購入や買い替えにもそれなりの金額がかかりますので、生活はギリギリになりやすいのです。
 しばらくすると余裕が出始めますが、そのころには日々の仕事でそれなりに食べていけることがわかってしまいます。そうすると無理をしない範囲で仕事をしがちで、なかなかランクが上がりません。要するに〝C止まり〟という状態に陥ります。
 そろそろ冒険者を続けるのが難しいと思うようになると貯金を始めますが、実際には遅すぎることがよくあります。人は自分の衰えに気づきにくいですからね。
 怪我や重病で治療費がかかれば、武具を売り払わなければならないこともあり、そうすれば冒険者としての人生が詰んでしまいます。レイはそんな人生を送りたくはなかったので、できる限り入念な準備をしておくことに決めています。
 薬草もマジックバッグに入れておけば悪くならないので見つけたら採ります。こつこつと働いて稼いだお金で必要なものを買い揃え、それが終わったら遠出しよう。そうレイは考えていました。

「レベルを上げたいから、もう少し西に行って魔物の素材集めも入れたほうがいいだろうな。明日は魔物を狩ってみようか」
「まずはホーンラビットから?」
「お金になって訓練にもなるのはそのあたりだな。ワイルドエリンギは危険が少ないから初心者でも狩りやすいらしい。ブレードマンティスやヒュージキャタピラーはちょっとハードルが上がるそうだ」
「ヒュージキャタピラーはちょっと勘弁したいなあ」

 このあたりにはホーンラビットという魔物がいます。大型犬よりも大きい、角の生えたウサギです。肉は食材になり、毛皮はコートなどの素材として重宝されます。角や内臓の一部は薬の材料にもなります。
 そのホーンラビットを倒すのは意外に難しいのです。倒すだけなら時間をかければできますが、真っ二つにでもしようものなら毛皮の価値はぐっと下がってしまいます。肉も毛皮も一番高く売れるのは、すれ違いざまに首を切り落とすことです。
 他にも昆虫が巨大化した魔物もたくさんいます。ありがたいことに、どれもこれも食用になるので、冒険者ギルドで買い取ってもらえます。酒場のメニューで何の肉か明記されていなければ昆虫肉でしょう。

「ゴブリンは訓練にはなるけど、魔石を取り出すのが面倒そうだからなあ」

 魔物の頭の中には魔石という物体があります。これは魔力の塊なので、魔力切れの場合にこれから魔力を取り出して使うこともできるという代物しろものです。魔道具の動力源にすることもできます。
 ゴブリンの魔石なら容量が小さいので大した金額にはなりませんが、それでも他の部位がまったくお金にならないので、倒したら魔石を取り出すしか稼ぐ方法はありません。

「肥料にもならないんだよね~」
「堆肥にならできるかもしれないけど、そこまでしてもな」

 村では生ごみや落ち葉を発酵させて堆肥を作ることは行われていますが、わざわざそこにゴブリンを放り込む必要はありません。もしゴブリンの画期的な利用方法が見つかれば一気に人気素材になるかもしれませんが、今のところはそのような気配はなさそうです。

 ◆◆◆

 魔物を狩ると決めた翌日、二人は予定どおりに魔物狩りに出かけていました。これでは安全だと分かっている場所での薬草集めばかりでしたが、魔物を狩るとなると気を引き締めなければなりません。
 ここは剣と魔法の世界なのでところが多いのですが、もちろんゲームの世界そのものではありません。死ぬと所持金が半分になってセーブした場所に戻ることはないのです。死ねばそこで終わりです。死者を蘇らせる魔法もあることはありますが、今のレイに使えるのは初歩の【治療】のみ。これでは浅い傷しか治りません。

「レイ、そっち行った!」
「よし!」

 ホーンラビットがレイに向かいます。真正面を避けることさえ気をつければそれほど恐ろしい魔物ではありませんが、毛皮に傷を付けないように倒すのはなかなか大変です。
 レイはホーンラビットの進路を読んで一歩下がると、横を通り過ぎる瞬間に剣を振り下ろしました。ホーンラビットの頭が地面を転がります。地面に落ちた胴体をつかんで持ち上げると簡単に血抜きをし、それから頭と一緒にマジックバッグに入れます。
 森の近くを探すこと二時間、合計七匹のホーンラビットを狩ることができました。いつものようにギルドの食堂でテイクアウトした料理で昼食を済ませると、ホーンラビットの頭から魔石を取り出そうという話になりました。

「楽しくないなあ」

 レイは素直な気持ちを口にします。これからこの頭を割って魔石を取り出すのです。魔石も売れるとはいえ、気分はよくない。ただし、人型のゴブリンよりはマシでしょう。

「私がやろうか?」
「いや、俺がやる」

 ナタを取り出して頭を割り、中から魔石を取り出します。血が固まらないうちに剣と鉈の汚れを拭き取ろうと思いましたが、使える魔法に【浄化】があることをレイは思い出しました。剣とナイフにかけると血のりが消え去ります。

「でも私もできるようになったほうがいいから、次は私ね」
「無理はするなよ」

 日本人時代のサラは動物が好きでした。そのサラがホーンラビットの頭を叩き割れるのでしょうか。

「大丈夫。これはもう動物じゃないよ」
「首を切り落としたし、今さらか」

 サラは頭をつかんで叩き割ります。魔石を取り出すと、今度は角を頭から切り離します。この角も薬の素材として売れるので大切にしまいます。

「もう少し可愛げがあれば、ちょっとくらいはためらったかもしれないけど」
「顔は凶暴だよな。首から下はウサギだけど」

 マリオン周辺に限らず、ホーンラビットによって胸を貫かれて死ぬ冒険者は意外に多いんです。ゲームとは違い、どこに死ぬ原因があるかわかりません。それが現実です。

「これを何匹も持ち帰ろうとすると大変だな」

 レイたちにはマジックバッグがあるのでそのまま放り込めばいいんですが、マジックバッグや収納スキルがない場合は大変な労力が必要になります。それでもマジックバッグの容量には限度があります。

 ◆◆◆

 暗くなる前にレイとサラ人は町に戻りました。その足で冒険者ギルドに向かいます。ホーンラビットは常時依頼なので手続きは必要ありません。ギルドに入るとそのまま受け渡しの窓口に向かいます。

「合計で七匹だな。ステータスカードを出して少し待ってくれ」

 窓口でホーンラビットを渡すと、男性職員が後ろに運んでいきました。

「ほい、問題なしだ。一匹が四〇〇キールかける七の二八〇〇キール。ついでにランクも上がったぞ」
「ありがとうございます」

 代金を受け取ると、次に二人は薬剤師ギルドに向かうために外へ出ます。

「急に儲かった気になるよな」
「日本円だと二、三万円くらいかな?」
「いや、五〇〇〇円から一〇万円くらいまで幅があると思うぞ。もっと安いかもしれないし、もっと高いかもしれない。もう円で換算するのは無理だろう」

 レイは冒険者になってから街中の商店、あるいは冒険者ギルドや薬剤師ギルドなどでお金のやり取りをしました。そこでわかったのは、どうやっても日本円に置き換えることができないということです。
 大型犬より大きいホーンラビットの胴体が丸ごとで四〇〇キール。もちろん全部が食材や素材として使えるわけではありませんが、それでも肉だけで二〇キロはとれるでしょう。それでこの値段なので、いかに魔物の肉が安いかということになります。
 生活に必要なものは安いので、生きていくだけならそれほどお金はかかりません。ところが、それなりに楽しもうとすると急にお金がかかります。嗜好品や娯楽品は購入者が限られるので、受注生産が多いからです。
 そもそも娯楽が非常に少ないのです。たまに大道芸人や吟遊詩人がやってきて、広場で自慢の技や楽器や歌声を披露するくらいです。
 それ以外となると、いわゆる〝飲む・打つ・買う〟の三つになります。仲間で集まって賭け事をするか、そうでなければ酒場で飲みます。酒場の女給は娼婦を兼ねていることが多いので、気に入った女給がいれば声をかけ、話がまとまれば二階に上がります。
 飲むのが娯楽の一つなので、酒の値段はかなり安くなっています。二人はこれまでにいくつかの酒場に入りましたが、エールとミードはジョッキ一杯で一〇キールから一五キール。自販機で缶ジュースを買う感覚です。しかし、ワインはショットグラスでミードの一〇倍以上します。ブランデーは酒場では見かけたことすらありません。
 これまで分かっただけでも、魔物の肉はかなり安く、牛肉や豚肉はかなり高価です。砂糖や塩もかなり高いですが、香辛料やハーブ類は野菜と変わらない値段です。
 安いものはもちろんこのあたりで手に入るものに限りますが。武器は使っている鋼の量に応じて値段が上がり、同じ量の鋼を使っても、がなくてもいいメイスは剣よりも安くなっています。

「レートは気にしないとして、これがコンスタントに稼げればいいんだけどな」
「そこが難しいところだよね。やっぱり解体する?」
「そうだな。そっちのほうが明らかに高くなるからな」

 彼らに【解体】スキルがあればもっと高く売ることができますが、今はまだありません。魔石を取り出すのに頭を割ったり、角を頭から切り離したりしていれば、いずれは【解体】が付くと聞いているので、しばらくは今のままでいく予定です。
 話しながら歩いていると薬剤師ギルドが見えました。ホーンラビットの角はこちらで売ります。他の利用者はいなさそうなので、二人はそのまま窓口に向かいました。

「四本で一二〇〇キールです」
「ありがとうございました」

 こちらも常時依頼なので、角とステータスカードを出すだけ。あっという間に終わります。
 冒険者ギルドでは一本が二〇〇キール。薬剤師ギルドでは三〇〇キール。これなら薬剤師ギルドで売った方が得です。四本で差額が四〇〇キールもあれば、食事三回分くらいにはなります。

「お二人ともランクが上がりましたよ」
「こっちもだね」

 ステータスカードを確認すると、二人は建物を出ました。

「やっぱり薬剤師ギルドの方が高くなるな」
「スーパーをハシゴするような気分だね」
「一〇円二〇円なら無視するけどな」
「私も卵半額くらいじゃないとその気になれなかったね」

 ハシゴをするにしても、車を使うならガソリン代がかかります。徒歩や自転車なら時間も労力も必要でしょう。いくらでも時間があるならそれもいいでしょうが、時間に限りがある会社員では、なかなかそこまで時間がとれません。

「たいした手間でもないけど、ギルドがくっついてくれたら楽なのにな」
「利権だの派閥だのがあるんじゃないのかな。もしくは天下り先を増やすためとか」
「どこでも同じか」

 本当に利権や派閥の問題があるのかはレイにはわかりませんが、別々になっているのなら何か理由でもあるのだろうと、それ以上は考えないことにしました。
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