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第2章:冬、活動開始と旅立ち
第1話:名は体を表す(間違ってはいない)
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今日から冒険者活動開始です。レイは通常依頼の掲示を確認しますが、特に目立ったものはありません。だれでもやりたがるような、楽で報酬の高い依頼は朝一番で持っていかれるものです。それでも問題はありません。
「予定どおり、常時依頼でいくか」
「そうだね」
レイとサラは無理して通常依頼は受けず、常時依頼をメインにすると決めています。そのほうが収入が安定するからです。ランクの指定もありませんからね。
常時依頼は薬草などの採集が中心です。ある程度の量が見つからなければ収入にはなりませんが、意外にも薬草はなくなりません。理由は簡単で、この時期はライバルが少ないからです。
冬の間は多くの冒険者が活動を休止します。活動中なのはやる気のあるパーティーや、新年に成人を迎えたばかりの新人たちです。
二人は今度は常時依頼の掲示板を眺めていましたが、レイはおかしな依頼票があるのに気づきました。
「サラ、同じのがあるよな?」
常時依頼だけではなく通常依頼のほうにも薬草の依頼票がいくつか貼ってあるのが見えました。隣の通常依頼のほうを確認すると、やはり中身は同じです。
「同じだね。報酬も同じだけど」
「ちょっと聞いてみるか」
時間的に利用者が少ないようで、全体的に窓口が空いていました。
「シーヴさん、すみません、少しいいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「薬草の常時依頼のことで確認がありまして。通常依頼のほうにも同じものがあるんですが」
「ああ、それはですね……」
同じ薬草採集の依頼が常時依頼だけではなくて通常依頼にもあります。それは優先して回してもらおうという依頼主がいるからです。
薬の素材に関する依頼は冒険者ギルドか薬剤師ギルドが扱っています。一度ギルドが買い取ってまとめてから販売するという形ですが、冒険者に依頼する都合上、どうしても集まる量が安定しません。
さらに冬場、雪は多くはありませんが、寒さが厳しい地域です。採集する冒険者が減ってしまいますので、入荷量がガクッと減って奪い合いになってしまうこともあります。
このような事情があり、必要な量を確実に手に入れたければ、依頼料を払って通常依頼で頼むことになります。
冒険者が受け取る報酬はほぼ同じですが、依頼主は依頼を出す手数料分だけ余分に支払うことになります。そこまでしてでも欲しいという場合はそのように依頼を出すのが一般的です。
「本当に急いで手に入れる必要があるのかどうかはこちらでは分かりませんので、このような形になっています」
「なるほど」
このシステムでは誰も損をしません。ギルドは依頼料が入ります。依頼主は依頼料を支払う代わりに、確実に素材が手に入ります。冒険者が受け取る依頼料には違いがありませんし、依頼の実績が一つ増えます。
「お戻りの際にまだ通常依頼のほうの依頼票が残っていればそちらで手続きしますから持ってきてください」
「それっていいんですか?」
「ええ、問題ありません。そういうものです」
冒険者ランクを上げるためには依頼をこなすのが早道ですが、実はどれだけ完了すれば上がるかは誰にもわかっていません。
依頼の完了数はステータスカードに記載されますが、規則性がないことはよく知られています。それでも数が多ければ上がりやすいのは間違いないようで、シーヴが言ったように、通常依頼の分を先に処理して、残った分を常時依頼のほうで処理すればいいのです。
結局レイとサラは常時依頼の薬草採集をいくつか選び、帰ってきた時に通常依頼が余っていればそちらにしてもらうことにしました。
常時依頼は手続きが必要ありません。二人はそのままギルドを出て、隣にある酒場に入りました。
◆◆◆
「容器はあります。持ち帰りはできますか?」
「できますよ」
二人は昼食をテイクアウトにしようと思っていました。容器があれば持ち帰りできると書いてあるのを昨日見たからです。いずれは自分たちで用意するとして、しばらくはギルドの酒場で作ってもらおうと考えたのでした。
「本日のスープと温サラダ、ヤキソーバをそれぞれ二人前」
「はい。では容器をお預かりします。お待ちください」
レイはスープ用の小鍋、それと大きめの皿を二枚、マジックバッグから取り出しました。それらを給仕に渡そうとすると、その手にそっと給仕の手が重ねられました。
「あの……」
「あ、すみません。つい……」
「いえ、お気になさらず」
よく見ると、前回レイがチップを渡したサンディーです。サラはその様子を見ながらうなずいています。
しばらくすると熱々の料理が用意されたので、すぐにマジックバッグに入れました。支払いを済ませると町の外へ向かうために酒場を出ました。
◆◆◆
寒さは厳しいですが、乾燥しているからか雪は多くありません。むしろ雪よりも乾燥のほうが体に悪そうです。レイは首元のマフラーを引き上げて口元を隠しました。
「寒いはずなのに寒くないのは不思議だな」
「耐寒が上がったんだろうね。表示はされてないけど。それよりもね……」
サラはレイを見ながらニヤッとしました。
「さっきの給仕さん、堕ちたね」
「あれは堕ちたのか?」
レイが皿を渡そうとしたところ、その手に彼女の手が重ねられました。今日はテイクアウトだったのでチップは渡していません。
「レイの魅力のレベルってどうなってんの?」
「えっと……B」
「たっかっ!」
サラの目がまん丸になりました。
「高いのか? そういや数値は教えたことなかったな」
レイはサラとジョブやスキルについての話はしましたが、ステータスの数値については伝えたことがなかいのを思い出しました。お互いにステータスカードを交換して確認します。その間にサラはレイに説明を続けます。
「体力と魔力は数値だから別枠ね。それ以外の項目は一般ジョブならレベルIかHが多くて、高くてもGになるかどうかだって。上級ジョブならF以上もありえるらしいよ」
レイはロードでサラはサムライ。どちらも上級ジョブになります。
サラは攻撃力も器用さもFです。ジョブをもらったばかりで、上級ジョブの中では強さは真ん中あたりです。
レイは攻撃力も器用さもDです。サラよりも高くなっているのは、サラのサムライにはまだハタモトやミフネという上のジョブあるからでしょう。
レイのロードの上にもジョブはあることはありますが、国王や皇帝など、その立場にならなければ転職できないジョブしかないので、実質的にロードは〝剣士+白魔法〟系統では一番上になります。
「でもね、魅力って簡単に上がらないから、上級ジョブでもGくらいからスタートってことが多いよ」
「それならいきなりBってのは……」
「昔懐かしい魅了チートレベル」
「……何が起きてるんだ?」
「愛想がいいからじゃない?」
最初のジョブは、それまでどのような生活をしていたかが反映されやすいと言われています。レイやサラの場合は、幼いころから頭がいい上に戦闘の訓練もしていたので、いきなり上級ジョブになることができたのです。
さらにレイは生まれつき愛想がよかったのです。レイと話をして感じが悪いと思う人は誰もいないでしょう。両親にも兄弟にも、そして使用人たちにも好かれていました。
「他に考えられるとすれば……ロードって言葉は封建領主って意味でしょ? 他人に慕われるようになるんじゃない?」
「慕われるのと好かれるのは違うと思うけどなあ」
「あとおかしいは幸運だね。これもなかなか上がらないらしいから。でも他は大丈夫だと思うよ。全体的に高めだけど」
「それならよかった」
レイとしては、どうせ異世界で生まれ変わったのなら、この世界でしかできないことを楽しもうと思い始めています。そのためには悪目立ちしないことが大切だとも。誰しも権力者から目をつけられたくはないのです。
二人は話しながら門を通ります。すると門の外に多くの屋台が見えました。
「あれは町の中に入らなくてもいいように店が並んでるんだよな?」
「らしいね。マリオンはあまり多くないそうだけど。当たり前だけど大都市のほうが多いらしいよ」
冒険者や行商人で、宿代を払いたくない場合、町の外で宿泊します。そういった人たちを相手にする商売もあります。それがここにある多くの屋台です。
外で寝泊まりすると体が冷えますので、体を温めるための酒を売る屋台が多くなっています。そして、体が温まれば次は何を求めるでしょうか。
「こんな寒空に突っ立ってなくてもいいだろうに。そもそもどこでするんだ?」
レイは思わず口にしました。いわゆる〝立ちんぼ〟が並んでいる屋台もあったからです。
「お金がもらえるなら吹雪いててもするんだって」
サラは記憶が戻ってから情報を集めていました。もちろん領主邸の使用人や守衛たちから聞く程度の情報ですが、それでも情報がないレイにとっては大助かりです。
「客だって吹雪いてる中は嫌だろ。相手をするつもりはないけど、他に働き口はないのか?」
周囲がみんな知り合いのような村でない限り、どうしてもそこからはじき出されてしまう人は存在します。そういう人たちが集まるのがスラムです。
人口一万二〇〇〇人に届かないマリオンですが、それでも小さなスラムがいくつか存在します。これが一〇万二〇万の大都市ならどれほどの規模になるでしょうか。
ちなみにマリオンはギルモア男爵領の領都で、かつ最大の町です。周辺にある大小三〇ほどの村を町の一部と考えれば、合計で三万人前後になります。典型的な地方の領都でしょう。
「ギルモア男爵領は田舎だからっていうこともあるけど、スラムは小さいんだって。それにあの人たちも体を売るのが嫌なら村に行って畑を耕せばいいんだし」
「村なら働き手はいくらでも欲しいだろうからなあ」
町は商工業、村は農業という役割分担があります。町の中では家庭菜園くらいはできるでしょうが、商売するほどの畑は持てません。逆に村では一定の税さえ納めれば、それ以外は好きな作物を育てられます。
娯楽が少ないという点を除けば、村での生活は悪くはありません。そもそも、村は町から二、三時間もあれば往復できるような場所に作られています。
村人たちは採れた野菜を町の市場に運んで売り、売り終わると自分たちが必要なものを購入して村に戻ります。
二人は町を出てしばらく街道沿いに歩き、それから少し外れて藪が多いほうへ向かいました。それほど探さなくても目の前に目的の薬草が見えます。
「その赤い筋の入った葉っぱだな」
「これだね」
「そう。それは根っこが必要らしい。赤い実は意味がないらしいな」
「トラップだよね」
薬の素材といっても種類はたくさんあります。葉を使うもの、根を使うもの、茎を使うもの、花を使うもの、実を使うもの。生のままで使うものもあれば乾燥させて使うものもあります。生のまま使うものを乾燥させてしまうと価値が下がるのは当然です。
「土を落とす水を出しておいてくれるか?」
「ほ~い。ꂰꌺꆌꄉꂷꀂꀑꄻꇉ【水球】」
サラは木の桶に大きめの石を入れると、そこにぶつけるようにして【水球】を使いました。バシャッと音がして水の塊が石の表面で弾けます。
「ꂰꌺꆌꄉꂷꀂꀑꄻꇉ【水球】、ꂰꌺꆌꄉꂷꀂꀑꄻꇉ【水球】」
水に関してはサラが【水球】を使えるのが大きいですね。まだレベルが低いのであまり威力はありませんが、逆に桶に水を溜めるのにちょうどいいでしょう。
魔法やスキルを使えば魔力は減りますが、使えば使うほど熟練度が上がります。結果として効率や効果が上がることになるのです。
「握る部分だけ残して茎を切り、周りの土に園芸ゴテを入れ、土ごと掘り起こすらしい。引き抜いたら切れるからダメだそうだ」
「こうかな」
サラはレイが説明したとおり、根元から掘り起こしました。
このアーカーベリーは赤い実を付ける薬草の一種です。ベリーという名前なのに実の部分は使われません。薬効は根にしかなく、この根が一〇本で常時依頼一つの扱いになります。
「バケツの水で土を落としたら軽く拭いて乾燥しないように気をつける」
「マジックバッグに入れておくね」
サラは自分のマジックバッグに根を入れました。
「実は薬にはならないらしいけど、どうする? もったいなくない?」
サラが切り落とした茎を持ってきたので、レイはそれを受け取って観察します。ブルーベリーよりも小さく、ナンテンよりも大きな実がたくさん付いています。
「薬効はないんだよなあ。毒もないそうだけど甘くもなんともないし。でも捨てるのももったいないよなあ」
レイがアーカーベリーの実を潰しながら確認します。口に入れると軽い弾力がありますが、植物の青臭さしかありません。そのまま吐き出します。
「染め物に使えたらいいのにね」
「使えないのか?」
「色止めしてもすぐに落ちるそうだよ。定着しないんだって。男の子が血のりみたいにして遊ぶくらいだって」
植物を染料に使うことはありますが、色止めをしても何度も洗ううちに色が抜けていきます。
「でもインクの代わりになら使えるんじゃない?」
「インクが必要になるかどうかは分からないけど、実だけマジックバッグに入れておくか」
レイは特にもったいない精神が豊かというわけではありませんが、実家を出て独り立ちを考えるなら使えるものは使いたいと思っています。
ちなみにアーカーベリーの実は地面に落ちるとまたそこから生えてきます。土地があれば栽培することも可能ですが、そこまで高価ではないので誰も栽培しようとは思いません。
ないと困る薬草ですが、自然に生えている分でどうにか足ります。ただし、時期によっては足りなくなってしまいます。今はちょうどその時期でした。
「お、こっちにもあった。誰も採らないのか?」
「寒いからじゃない?」
「そこまで寒くも感じないけどな」
「ステータスが上がったからじゃない?」
「そうだった」
二人はしゃべりながら採集を続けます。レイも同じように、まず茎を切ってから根の周りの土ごと掘り起こし、それから土を払います。無理やり引っ張ると根が途中で切れてしまうので慎重に土を払わなければなりません。
しばらく集中して掘っていると体が熱く感じられるようになりました。汗だくになると今度は体が冷えるので、注意しなければなりません。
「みんな寒いとお酒を飲んで休むらしいよ」
「それで金がなくなったらまた働くのか?」
「半分日雇い労働者みたいなものらしいからね」
一定ランク以上の冒険者には、ある程度の社会的地位があります。ランクがS、A、Bあたりなら大歓迎されるでしょう。
ただし、駆け出しのうちは単なるバイトやフリーターと同じで、まともな職業とは思われないこともあります。だから実力がないうちは真面目に働き、顔と名前を覚えてもらえるようにするのが一番なのです。
「これも素材だな」
もう一つレイが見つけたのはルーリーリーブズと呼ばれる花です。美しい瑠璃色の葉を持つ菊のような花ですが、薬効があるのは花の部分です。葉を潰すと鮮やかな瑠璃色が出ますが、アーカーベリーの実と同じく、あまり活用されていません。
「葉っぱもインクに使うか」
「インクばっかりにならない?」
「そうなったら画材屋でも開けばいいだろ。ほら、これも」
そこにあったのはサニーフラワーという花です。ミニヒマワリのような見た目で、薬に使われる種が採れます。五〇グラムで依頼一つ分になっていました。鮮やかな黄色の花には薬効はありません。
「特徴がある部分に意味がないってややこしいよね」
「でも他に名前の付けようがないんだよな。ちょっと考えてみたけど」
午前中、二人は談笑をしながら、ただし魔物が来ないかどうか気をつけつつ採集を続けました。
「予定どおり、常時依頼でいくか」
「そうだね」
レイとサラは無理して通常依頼は受けず、常時依頼をメインにすると決めています。そのほうが収入が安定するからです。ランクの指定もありませんからね。
常時依頼は薬草などの採集が中心です。ある程度の量が見つからなければ収入にはなりませんが、意外にも薬草はなくなりません。理由は簡単で、この時期はライバルが少ないからです。
冬の間は多くの冒険者が活動を休止します。活動中なのはやる気のあるパーティーや、新年に成人を迎えたばかりの新人たちです。
二人は今度は常時依頼の掲示板を眺めていましたが、レイはおかしな依頼票があるのに気づきました。
「サラ、同じのがあるよな?」
常時依頼だけではなく通常依頼のほうにも薬草の依頼票がいくつか貼ってあるのが見えました。隣の通常依頼のほうを確認すると、やはり中身は同じです。
「同じだね。報酬も同じだけど」
「ちょっと聞いてみるか」
時間的に利用者が少ないようで、全体的に窓口が空いていました。
「シーヴさん、すみません、少しいいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「薬草の常時依頼のことで確認がありまして。通常依頼のほうにも同じものがあるんですが」
「ああ、それはですね……」
同じ薬草採集の依頼が常時依頼だけではなくて通常依頼にもあります。それは優先して回してもらおうという依頼主がいるからです。
薬の素材に関する依頼は冒険者ギルドか薬剤師ギルドが扱っています。一度ギルドが買い取ってまとめてから販売するという形ですが、冒険者に依頼する都合上、どうしても集まる量が安定しません。
さらに冬場、雪は多くはありませんが、寒さが厳しい地域です。採集する冒険者が減ってしまいますので、入荷量がガクッと減って奪い合いになってしまうこともあります。
このような事情があり、必要な量を確実に手に入れたければ、依頼料を払って通常依頼で頼むことになります。
冒険者が受け取る報酬はほぼ同じですが、依頼主は依頼を出す手数料分だけ余分に支払うことになります。そこまでしてでも欲しいという場合はそのように依頼を出すのが一般的です。
「本当に急いで手に入れる必要があるのかどうかはこちらでは分かりませんので、このような形になっています」
「なるほど」
このシステムでは誰も損をしません。ギルドは依頼料が入ります。依頼主は依頼料を支払う代わりに、確実に素材が手に入ります。冒険者が受け取る依頼料には違いがありませんし、依頼の実績が一つ増えます。
「お戻りの際にまだ通常依頼のほうの依頼票が残っていればそちらで手続きしますから持ってきてください」
「それっていいんですか?」
「ええ、問題ありません。そういうものです」
冒険者ランクを上げるためには依頼をこなすのが早道ですが、実はどれだけ完了すれば上がるかは誰にもわかっていません。
依頼の完了数はステータスカードに記載されますが、規則性がないことはよく知られています。それでも数が多ければ上がりやすいのは間違いないようで、シーヴが言ったように、通常依頼の分を先に処理して、残った分を常時依頼のほうで処理すればいいのです。
結局レイとサラは常時依頼の薬草採集をいくつか選び、帰ってきた時に通常依頼が余っていればそちらにしてもらうことにしました。
常時依頼は手続きが必要ありません。二人はそのままギルドを出て、隣にある酒場に入りました。
◆◆◆
「容器はあります。持ち帰りはできますか?」
「できますよ」
二人は昼食をテイクアウトにしようと思っていました。容器があれば持ち帰りできると書いてあるのを昨日見たからです。いずれは自分たちで用意するとして、しばらくはギルドの酒場で作ってもらおうと考えたのでした。
「本日のスープと温サラダ、ヤキソーバをそれぞれ二人前」
「はい。では容器をお預かりします。お待ちください」
レイはスープ用の小鍋、それと大きめの皿を二枚、マジックバッグから取り出しました。それらを給仕に渡そうとすると、その手にそっと給仕の手が重ねられました。
「あの……」
「あ、すみません。つい……」
「いえ、お気になさらず」
よく見ると、前回レイがチップを渡したサンディーです。サラはその様子を見ながらうなずいています。
しばらくすると熱々の料理が用意されたので、すぐにマジックバッグに入れました。支払いを済ませると町の外へ向かうために酒場を出ました。
◆◆◆
寒さは厳しいですが、乾燥しているからか雪は多くありません。むしろ雪よりも乾燥のほうが体に悪そうです。レイは首元のマフラーを引き上げて口元を隠しました。
「寒いはずなのに寒くないのは不思議だな」
「耐寒が上がったんだろうね。表示はされてないけど。それよりもね……」
サラはレイを見ながらニヤッとしました。
「さっきの給仕さん、堕ちたね」
「あれは堕ちたのか?」
レイが皿を渡そうとしたところ、その手に彼女の手が重ねられました。今日はテイクアウトだったのでチップは渡していません。
「レイの魅力のレベルってどうなってんの?」
「えっと……B」
「たっかっ!」
サラの目がまん丸になりました。
「高いのか? そういや数値は教えたことなかったな」
レイはサラとジョブやスキルについての話はしましたが、ステータスの数値については伝えたことがなかいのを思い出しました。お互いにステータスカードを交換して確認します。その間にサラはレイに説明を続けます。
「体力と魔力は数値だから別枠ね。それ以外の項目は一般ジョブならレベルIかHが多くて、高くてもGになるかどうかだって。上級ジョブならF以上もありえるらしいよ」
レイはロードでサラはサムライ。どちらも上級ジョブになります。
サラは攻撃力も器用さもFです。ジョブをもらったばかりで、上級ジョブの中では強さは真ん中あたりです。
レイは攻撃力も器用さもDです。サラよりも高くなっているのは、サラのサムライにはまだハタモトやミフネという上のジョブあるからでしょう。
レイのロードの上にもジョブはあることはありますが、国王や皇帝など、その立場にならなければ転職できないジョブしかないので、実質的にロードは〝剣士+白魔法〟系統では一番上になります。
「でもね、魅力って簡単に上がらないから、上級ジョブでもGくらいからスタートってことが多いよ」
「それならいきなりBってのは……」
「昔懐かしい魅了チートレベル」
「……何が起きてるんだ?」
「愛想がいいからじゃない?」
最初のジョブは、それまでどのような生活をしていたかが反映されやすいと言われています。レイやサラの場合は、幼いころから頭がいい上に戦闘の訓練もしていたので、いきなり上級ジョブになることができたのです。
さらにレイは生まれつき愛想がよかったのです。レイと話をして感じが悪いと思う人は誰もいないでしょう。両親にも兄弟にも、そして使用人たちにも好かれていました。
「他に考えられるとすれば……ロードって言葉は封建領主って意味でしょ? 他人に慕われるようになるんじゃない?」
「慕われるのと好かれるのは違うと思うけどなあ」
「あとおかしいは幸運だね。これもなかなか上がらないらしいから。でも他は大丈夫だと思うよ。全体的に高めだけど」
「それならよかった」
レイとしては、どうせ異世界で生まれ変わったのなら、この世界でしかできないことを楽しもうと思い始めています。そのためには悪目立ちしないことが大切だとも。誰しも権力者から目をつけられたくはないのです。
二人は話しながら門を通ります。すると門の外に多くの屋台が見えました。
「あれは町の中に入らなくてもいいように店が並んでるんだよな?」
「らしいね。マリオンはあまり多くないそうだけど。当たり前だけど大都市のほうが多いらしいよ」
冒険者や行商人で、宿代を払いたくない場合、町の外で宿泊します。そういった人たちを相手にする商売もあります。それがここにある多くの屋台です。
外で寝泊まりすると体が冷えますので、体を温めるための酒を売る屋台が多くなっています。そして、体が温まれば次は何を求めるでしょうか。
「こんな寒空に突っ立ってなくてもいいだろうに。そもそもどこでするんだ?」
レイは思わず口にしました。いわゆる〝立ちんぼ〟が並んでいる屋台もあったからです。
「お金がもらえるなら吹雪いててもするんだって」
サラは記憶が戻ってから情報を集めていました。もちろん領主邸の使用人や守衛たちから聞く程度の情報ですが、それでも情報がないレイにとっては大助かりです。
「客だって吹雪いてる中は嫌だろ。相手をするつもりはないけど、他に働き口はないのか?」
周囲がみんな知り合いのような村でない限り、どうしてもそこからはじき出されてしまう人は存在します。そういう人たちが集まるのがスラムです。
人口一万二〇〇〇人に届かないマリオンですが、それでも小さなスラムがいくつか存在します。これが一〇万二〇万の大都市ならどれほどの規模になるでしょうか。
ちなみにマリオンはギルモア男爵領の領都で、かつ最大の町です。周辺にある大小三〇ほどの村を町の一部と考えれば、合計で三万人前後になります。典型的な地方の領都でしょう。
「ギルモア男爵領は田舎だからっていうこともあるけど、スラムは小さいんだって。それにあの人たちも体を売るのが嫌なら村に行って畑を耕せばいいんだし」
「村なら働き手はいくらでも欲しいだろうからなあ」
町は商工業、村は農業という役割分担があります。町の中では家庭菜園くらいはできるでしょうが、商売するほどの畑は持てません。逆に村では一定の税さえ納めれば、それ以外は好きな作物を育てられます。
娯楽が少ないという点を除けば、村での生活は悪くはありません。そもそも、村は町から二、三時間もあれば往復できるような場所に作られています。
村人たちは採れた野菜を町の市場に運んで売り、売り終わると自分たちが必要なものを購入して村に戻ります。
二人は町を出てしばらく街道沿いに歩き、それから少し外れて藪が多いほうへ向かいました。それほど探さなくても目の前に目的の薬草が見えます。
「その赤い筋の入った葉っぱだな」
「これだね」
「そう。それは根っこが必要らしい。赤い実は意味がないらしいな」
「トラップだよね」
薬の素材といっても種類はたくさんあります。葉を使うもの、根を使うもの、茎を使うもの、花を使うもの、実を使うもの。生のままで使うものもあれば乾燥させて使うものもあります。生のまま使うものを乾燥させてしまうと価値が下がるのは当然です。
「土を落とす水を出しておいてくれるか?」
「ほ~い。ꂰꌺꆌꄉꂷꀂꀑꄻꇉ【水球】」
サラは木の桶に大きめの石を入れると、そこにぶつけるようにして【水球】を使いました。バシャッと音がして水の塊が石の表面で弾けます。
「ꂰꌺꆌꄉꂷꀂꀑꄻꇉ【水球】、ꂰꌺꆌꄉꂷꀂꀑꄻꇉ【水球】」
水に関してはサラが【水球】を使えるのが大きいですね。まだレベルが低いのであまり威力はありませんが、逆に桶に水を溜めるのにちょうどいいでしょう。
魔法やスキルを使えば魔力は減りますが、使えば使うほど熟練度が上がります。結果として効率や効果が上がることになるのです。
「握る部分だけ残して茎を切り、周りの土に園芸ゴテを入れ、土ごと掘り起こすらしい。引き抜いたら切れるからダメだそうだ」
「こうかな」
サラはレイが説明したとおり、根元から掘り起こしました。
このアーカーベリーは赤い実を付ける薬草の一種です。ベリーという名前なのに実の部分は使われません。薬効は根にしかなく、この根が一〇本で常時依頼一つの扱いになります。
「バケツの水で土を落としたら軽く拭いて乾燥しないように気をつける」
「マジックバッグに入れておくね」
サラは自分のマジックバッグに根を入れました。
「実は薬にはならないらしいけど、どうする? もったいなくない?」
サラが切り落とした茎を持ってきたので、レイはそれを受け取って観察します。ブルーベリーよりも小さく、ナンテンよりも大きな実がたくさん付いています。
「薬効はないんだよなあ。毒もないそうだけど甘くもなんともないし。でも捨てるのももったいないよなあ」
レイがアーカーベリーの実を潰しながら確認します。口に入れると軽い弾力がありますが、植物の青臭さしかありません。そのまま吐き出します。
「染め物に使えたらいいのにね」
「使えないのか?」
「色止めしてもすぐに落ちるそうだよ。定着しないんだって。男の子が血のりみたいにして遊ぶくらいだって」
植物を染料に使うことはありますが、色止めをしても何度も洗ううちに色が抜けていきます。
「でもインクの代わりになら使えるんじゃない?」
「インクが必要になるかどうかは分からないけど、実だけマジックバッグに入れておくか」
レイは特にもったいない精神が豊かというわけではありませんが、実家を出て独り立ちを考えるなら使えるものは使いたいと思っています。
ちなみにアーカーベリーの実は地面に落ちるとまたそこから生えてきます。土地があれば栽培することも可能ですが、そこまで高価ではないので誰も栽培しようとは思いません。
ないと困る薬草ですが、自然に生えている分でどうにか足ります。ただし、時期によっては足りなくなってしまいます。今はちょうどその時期でした。
「お、こっちにもあった。誰も採らないのか?」
「寒いからじゃない?」
「そこまで寒くも感じないけどな」
「ステータスが上がったからじゃない?」
「そうだった」
二人はしゃべりながら採集を続けます。レイも同じように、まず茎を切ってから根の周りの土ごと掘り起こし、それから土を払います。無理やり引っ張ると根が途中で切れてしまうので慎重に土を払わなければなりません。
しばらく集中して掘っていると体が熱く感じられるようになりました。汗だくになると今度は体が冷えるので、注意しなければなりません。
「みんな寒いとお酒を飲んで休むらしいよ」
「それで金がなくなったらまた働くのか?」
「半分日雇い労働者みたいなものらしいからね」
一定ランク以上の冒険者には、ある程度の社会的地位があります。ランクがS、A、Bあたりなら大歓迎されるでしょう。
ただし、駆け出しのうちは単なるバイトやフリーターと同じで、まともな職業とは思われないこともあります。だから実力がないうちは真面目に働き、顔と名前を覚えてもらえるようにするのが一番なのです。
「これも素材だな」
もう一つレイが見つけたのはルーリーリーブズと呼ばれる花です。美しい瑠璃色の葉を持つ菊のような花ですが、薬効があるのは花の部分です。葉を潰すと鮮やかな瑠璃色が出ますが、アーカーベリーの実と同じく、あまり活用されていません。
「葉っぱもインクに使うか」
「インクばっかりにならない?」
「そうなったら画材屋でも開けばいいだろ。ほら、これも」
そこにあったのはサニーフラワーという花です。ミニヒマワリのような見た目で、薬に使われる種が採れます。五〇グラムで依頼一つ分になっていました。鮮やかな黄色の花には薬効はありません。
「特徴がある部分に意味がないってややこしいよね」
「でも他に名前の付けようがないんだよな。ちょっと考えてみたけど」
午前中、二人は談笑をしながら、ただし魔物が来ないかどうか気をつけつつ採集を続けました。
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とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
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伯爵家の三男は冒険者を目指す!
おとうふ
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2024年8月、更新再開しました!
佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。
彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった...
(...伶奈、ごめん...)
異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。
初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。
誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。
1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。
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貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
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貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
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チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
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うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
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辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
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少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
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辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
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