元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第九部:教えることと教わること

セミナー(怪しくはない)

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 教師をすることになった。俺が教師ってどうなんだ? 保健体育ならバッチリだけどな。女相手なら実技指導も……ってあまり調子に乗るとマズいから、ほどほどにする。
 こんなことをすることになったのは屋敷でのパーティーで俺が色々と披露したからだ。
 俺はレストランのホールや夜の仕事をしていた関係で、もてなすことにかけては上から色々と教わって実践していた。それをパーティーでちょっとやってみただけなんだけど、それが新鮮だったらしい。
 一〇人から二〇人程度の晩餐会を例にすると、普通は執事ブティエがワゴンに乗せて運んでくる。そして大皿料理があると主人か執事ブティエが切り分けることが一般的だ。
 お披露目パーティーはシッティング・ビュッフェ形式だったから少し勝手が違うけど、大皿料理は俺が【ストレージ】からマジックのように取り出し、それを切り分けて皿に乗せ、ゲストに配った。
 俺は切り分けるだけじゃなくて配ることまでやった。そこが貴族らしくないと言われればそうかもしれないけど、そもそも貴族だけの集まりだからアリだろうと思ってやってみた。そして思った以上にウケた。どうやったのかと聞かれたくらいだ。
 そして俺があの時にやった四枚持ちっていう皿の持ち方は、左手に三枚と右手に一枚持つやり方で、この国には伝わっていなかった。ちなみち格好をつけてやるにはいいけど、少々バランスが難しい。ソースが偏ると見た目が悪いからな。
 そもそも貴族の屋敷なら料理が冷めないようにする魔道具に入れて、それをワゴンに乗せて運んでくるから、わざわざ皿を四枚持つ意味はない。
 もしかしたら庶民街にある忙しい酒場の店員ならそうやって運ぶ技術を身に付けてるかもしれない。でも皿の形によってできる場合とできない場合がある。木でできたぶ厚い皿なら無理だろう。
 これはレストランでのバイト時代にオーナーから教わったもので、覚えておくと楽ができると言われて頑張って覚えた。二回行くよりも一回の方が楽なのは間違いない。でも持つのに手間取ると二回に分けた方が楽になる。

 そしてもう一つ、俺がアドニス王を相手にやった立て膝だ。俗にホスト座りと言われることもある。女性のタバコに火をつける時にあの姿勢になる。
 この国では離れた場所からの挨拶は、男なら胸に右手を当てて会釈、女なら両手を体の前で重ねて会釈をして済ませるけど、自分より身分が高い相手に面と向かって挨拶する際には、男女共に両膝をついて正座とお辞儀の間の姿勢で敬意を示す。片膝をつくのは武人が主君に敬意を示す時だ。
 謁見の時にアドニス王が俺に向かって両膝をつき、俺がアドニス王に向かって片膝をついたのは、お互いの立場で相手に対して最大の敬意を示したという意味に解釈された。それはリュシエンヌに教えられた。
 俺としてはミレーヌから教えられた通りにやったまでだ。あんまり上から見ても具合が悪いしへりくだりすぎるのもよくないと考えたからだった。
 本来片膝をつく姿勢は、膝の上に腕を乗せ、もう一方の手を地面に付ける。武器を持っていないことを見せて忠誠を示すポーズらしいけど、俺の場合は膝だけを床について両手でアドニス王の手を取った。これもウケた。
 あれからの社交で、貴族たちがお互いに片膝をついて敬意を示し、上の者が下の者の手を取るのが流行ってるそうだ。
 平民が貴族に挨拶する、貴族が国王に挨拶する、そんな場合なら両膝をつけばいい。でも貴族同士なら俺がやった片膝でもいいんじゃないかということになったそうだ。サッと座るのが風情があるように思えるそうだ。
 ここしばらくジゼルの実家の件があって王都にいなかったけど、その間に流行ったそうだ。貴族の総ホスト化だな。害があるわけじゃないけど、いいのかって正直なところ悩む。

 そういうわけで、異世界風の振る舞いを教えてくれないかという何人かの貴族からの依頼があった。自分もそうだし、使用人にも教えてほしいと言われた。本人はいいけど、その使用人はホントに教わりたいのか?
 すでに社交のシーズンは終わりだけど、今年は王都に少し遅くまで残る貴族が多いそうだ。俺がやって来たから縁を持ちたいという貴族は多いらしい。
 もちろん頼まれれば断らない。でもああいうのは最初に説明をしたら後は見て学ぶものだろう。そして人に物を教えるのは実演が一番で、しかも説明をきちんとするなら少人数の方がやりやすい。だから王宮の一室を使い、何回かに分けてセミナーのようなことをやってみることにした。

 ◆◆◆

「今日はいくつかポイントを絞ってコツを教えたい」
 俺はそう切り出した。
「まず膝のつき方だが、勢いよく下ろすと膝の皿を床に打ち付ける。痛みでのたうち回りたくなかったら膝の裏に衝撃吸収効果のある魔獣の毛皮を仕込んだ方がいいぞ」
「「「おおっ⁉」」」
 そう言いながらあらかじめ用意しておいたズボンを【ストレージ】から取り出すと歓声が上がった。裏返すと膝の所に熊の毛皮が貼り付けてあるのが見える。
「職人たちが穿くズボンなら最初から外側に補強がされている。あれを内側にするような感じだ。外から見えないように縫うのが職人の腕の見せ所だろう」
 糸が表にハッキリと見えたら興ざめだ。デザインに見えるように縫ったり、ある程度は技術が必要だろう。
「ちなみに外に貼り付ける場合、うちの商会ではこのように洒落たデザインのものも用意している。これならここにいる誰のズボンに縫い付けてもおかしくないだろう」
 貴族の正装のジャケットにはゴテゴテとした飾りがあるけど、ズボンの方はそこまでじゃない。そこに見た目がうるさくなりすぎない程度に模様を入れた。これも魔獣の素材で、ある程度は衝撃を吸収できる。細く切ったものを使ってるから、実は素材の使用量は大したことはない。だから値段も下げられる。手間はかかるけどな。でもそのための人を雇うことで雇用を確保している。今はほとんど利益は出ていない。むしろ赤字だけどそれは気にしない。
「ラヴァル公爵、私はこのポーズをしたときに膝をかなり強く打ちましたが、公爵もそのような経験はあるのですか?」
「ああ、何度もあるぞ。召喚直後に大ホールで開いてもらったパーティーだが、あの時は時間の都合で急いで膝をついたから一〇〇回も二〇〇回どころじゃなかった」
「そのわりには顔色一つ変えずにテーブルを回られていたようですが?」
「俺だって見栄を張るぞ。ここにいるみんなもそうだろう。恥ずかしくなりたくないなら全力で笑顔だ」
 俺が冗談っぽく言うと笑い声が聞こえた。いや、あの時はホントに痛かったんだよ。【鎮痛】や【治療】は患部を触らないといけないけど、俺はあの時ワインボトルとグラスを持って回ってたから膝に手を当てることすらできなかったんだよ。いや、あれは辛かった。

 その後は使用人たちを中心に四枚持ちのやり方を教えた。彼らは器用だからすぐに覚えた。コツは恐る恐る持たないことだ。しっかりと皿と皿をくっつける。それさえすれば問題ない。そう教えたらすんなりできた。目から鱗らしい。たしかに、カチャカチャ言わせないためには恐る恐る持ってしまうからな。
 数日間同じことを繰り返し、話を聞きたいという貴族とは全員話せただろう。でもな、アドニス王はなんで四枚持ち講座に混じってたんだ? 言ってくれればいつでも教えたのに。
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