元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
109 / 273
第九部:教えることと教わること

希望者は多かった

しおりを挟む
 家名を持つのは貴族とその子供のみ。ある意味では貴族の子女の特権になる。平民が家名を持つことを貴族と平民はそれぞれどう考えているかを社会政策省のメンバーに調べてもらった。
 今回俺は調査には参加していない。やろうと思えばいくらでも変装して聞いて回るけど、俺以外の一九人に任せることにした。
 そしてその発表が今ここで行われていた。行われていたけど、始まる前からこの会議室はずっと微妙な雰囲気だった。今は俺の隣にいるべランジェールが総括を行なっているけど、彼女を見ながら俺も周りもどうしても微妙な顔にならざるを得なかった。彼女はキリッとしは表情をているかと思えば急にヘラッとし、我に返ったかのように真面目な顔をしてはまただらしない表情になるからだ。思い出しているんだろう、昨日の夜のことを。

「意外に希望者は多かったんだな」
「最初家名は貴族の子女の特権だと思っていた者が多かったのですが、閣下が仰ったように『孫や曾孫、あるいはその先が自分の血筋を説明する方法にもなる』と説明すると、家名はあってもいいと言い直す者が多かったですね」
 俺の感想にそう返したのはべランジェール・ゴダン。愛称ベラ。この数日の間にハーフエルフの三七歳。ハーフエルフだから見た目はミレーヌやエミリアと同じくらいに見えるけどな。
 この件で俺が少し困ったのは、ロジエ男爵家から多額の持参金を受け取ったことだ。実はエミリアの実家からもリュシエンヌの実家からも銅貨一枚すら受け取っていない。その代わりに両家には助力をお願いした。エミリアの方は商会の立ち上げ、リュシエンヌの方はパーティーのために使用人を借りた。それくらいだ。
 そもそもべラを妻にする気はなかった。そういう話をしたつもりは一切ない。それなのにいきなり持参金ごとやって来てしまった。突き返すに突き返せなくなり、その場で受け取ることが決まった。甘いんだろうな。
「俺としてはどうして今まで誰も何も言わなかったのかということが気になるな」
「おそらく社会制度は閣下の暮らしていた国の方が二歩も三歩も進んでいたということでしょう。この国とは違って女性と平民の暮らしやすさは相当高いのではないでしょうか」
 そう遠慮なくハッキリと言った。ある意味では国に対する批判を口にしたわけだ。ヘタすれば消されるけど、俺の部下なら問題ない。ここはそう言う場所だ。それに俺の女だからな。
「女性や平民はそうだとしても、家を出ることになった貴族の子女なら何かを言ってもおかしくないと思ったんだけだ。そういうものだと思い込んでいたらなかなか思いつかないだろうが」
 べラは貴族の生まれだけど偉そうなところはない。偉そうではないけどハッキリと発言するのは生まれつきらしい。ハッキリ口にするわりにはテンションが低く面白みが少ない。そのせいで前にいた部署ではやや煙たがられていたようだ。それに年齢のこともあってと陰口を叩かれていたそうだ。それが俺の部下になった途端に俺の妻になった。そりゃ男爵も大喜びだ。金銀財宝の詰まったコフルを持ち込むわけだ。
「とりあえず俺の生まれ育った国には貴族も平民もなく、男女平等ということになっていた。ただし実際には貧富の差はあったし、女性の方が地位も上がりにくいし賃金も安かった」
「それでも建前があるだけいいのではないでしょうか。公然と批判ができますので」
 たしかに建前があればそれを盾にして意見は言える。言ったから変わるかどうかは別として、言うことは可能なわけだ。
「それはそうだが、公然と批判すれば閑職に回されるかクビになるぞ。本音と建前が別の国だったからな」
「……それならその建前はない方がいいのでは?」
「時代の流れというものがあるからな。他の国からそうするように圧力をかけられれば断れないだろう。同調圧力というものだ」
「たしかにそれは考えられますね」
 世界的な男女平等の流れだ。特に日本という国は黒船が来ないと変われない国だと言われた。そうだろうなあ。
「シュウジ様、いずれ家名を導入するのはいいとして、どのように付けますか?」
 この質問はベルトという平民出身の役人だ。顔が広く、今回の調査でも幅広い場所から意見を集めてくれた。
「それは家名をどう選ぶかということでいいのか?」
「はい。制度の方は時間がかかるでしょう」
「制度はいずれ考えるとして、まず家名そのものだが、これは国によって言語が違うから、みんなにも意見を出してほしい」
 そう言うとみんなが頷いた。
「この国の言葉に近い国が俺のいた世界にもあったが、信仰する神の名前を付けることも多かった。他には職業を家名にすることもあったな。鍛冶屋だからルフェーヴルとか、パン屋だからブーランジェとか肉屋だからブーシェとか。家にリンゴの木があるからポミエでもいいと思う」
「「「なるほど」」」
 一斉に感心の声が上がったけど、そんなに感心することか? あ、でもそもそも家名がないならそういうものか。
 周知だけでもかなり時間がかかるだろう。一斉にに家名が付けられるわけじゃない。
「閣下、家名を付ける際に何か注意事項はありますか?」
「そうだなあ……。今の貴族の家名は使えないようにするとか、ある程度の配慮は必要だと思う。誰でも揉め事は嫌だろうからな」
 貴族は俺を入れて一三七人。国王を入れても一三八。その家名だけは除外して、自分で好きな家名を付ければいいと思う。ちなみに王家の家名はシャンメリエだ。王都が家だということらしい。
「たしかに。貴族と繋がりがあると見せかける者もいるかもしれませんね」
「そういう詐欺もあり得るだろう」
 ベラは俺の隣で真面目な話をしながら口元は弛んでいた。来年には自分の家名が変わることを考えたんだろう。来年にはベランジェール・ゴダンからベランジェール・コワレに変わるからな。
 それについてはまだ発表はしてないけど、そういう話は漏れるものだ。そもそも今日俺とベラは同じ馬車で王宮に来たから、その時点ですでにバレていた。最初は顔が弛んでたからな。みんなが驚いて、気づいたベラは表情を引き締めたけどすぐに戻ってしまう。
 結局会議の間ずっと普段は冷静なベラは表情を弛ませては引き締め弛ませては引き締め、まあ顔に落ち着きがなかった。そういうこともあって、今日は話は進んだけど、何とも微妙な雰囲気のまま始まってそのまま終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

処理中です...