元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第九部:教えることと教わること

税の徴収方法

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「今さらだが、俺がこの国に来て気になったのが税の徴収方法だ」
「そんなに気になるところがありますか?」
 シプリアンが首をかしげた。おそらく裕福な者は気づかない。あるいは気づいても気にしない。
「ある。麦の耕作地に対して税を取るわけだろう」
「はい。広ければ多く、狭ければ少なく」
「それはある意味では平等に思えるが、金のない地方では税が払えないから農地を増やせない」
「農地が増えても収穫量が増えればいいのではありませんか?」
 その質問は正しい。
「たしかに麦畑を増やそうと思えば増やせる。だが子供を外に出したくないのは同じだろう。増やした農地を家ごとで割れば大した面積は増えない。それなら一気に畑を広げるしかないが、それは現実的ではない」
 地方の場合、ほとんどの家が長男に跡を継がせ、次男は畑を分けてもらえる。三男以降は外に出る。もし全ての家で三男にも麦畑を持たせたいなら、新しくそれだけの広さを麦畑を用意しなければならない。
「たしかにそうです。三男以降は町を出ます。私もそうでした。ジャガイモを育てれば食べていくことはできますが、稼ぐことができません。やはり麦でないと」
 コールという役人が頷いて答えた。彼が言ったように、生きるだけなら何とでもなる。ジャガイモと野菜だけでもあれば。でも余裕はない。
「そうだろう。生まれ故郷で働けないとなるとどこに行く?」
「私は伝手がありましたが、もしなければ王都に来てから職探しでしょうか」
「そうだな。だがそこに落とし穴がある」
 コールは平民だが、それでも恵まれた環境にあったんだろう。役人として働ける伝手があったと。
「村は税を増やされたくないから麦畑を広げない。麦畑を広げないと若者に働く場所がない。そうすると村を出るしかない。村を出てどこに行くか。一番仕事がありそうなのは王都だろう。だから誰もが王都に集まってくる」
 これは説明ですらない。単なる現状を話してるだけだ。
「王都でなくて大きな町ならどこでもいいだろう。とりあえずどこか人の多いところに行けば何かしらの仕事があると思って出てくるわけだ。だが仕事は簡単に見つからない。仕事を探している者は多い。それに口入れ屋も信用が大切だ。信用のない者には大した仕事は紹介できない。簡単な日雇い労働か、せいぜい冒険者になるのを勧めるくらいだ。冒険者になれば最低限の仕事にはありつけるだろう」
 荷運び、ゴミ捨て、工事現場の手伝いなど、冒険者と思えないような仕事も冒険者ギルドに来る。体の丈夫な男たちが集まるからだ。
「だが田舎から出てきたばかりの若者が冒険者になっても、簡単に成功できるものじゃない。武器も防具もロクなものを持っていない。だからすぐに挫折を経験する。挫折ならまだマシで、大怪我をして働けなくなればもう先がない。そうして行き場をなくした者たちが集まる場所がある。それがどこか分かるか?」
「スラムですね」
「そうだ。俺はこの世界に来てから、身分を隠して何度もスラムに入って彼らと接触した。そして話を聞いて彼らの本心を知った。彼らは王都にいたいわけじゃない。できれば生まれ故郷に帰りたい。だが王都にしかいられない。帰るための金がないし、金を作る手段もない。それに帰っても居場所はない」
「……」
「そこが一番大きな問題だと俺は思う」
 彼らは生まれ故郷を離れた時点で。貴族の子女なら実家を離れても援助は受けられる。でも地方の、それこそ小さな村の三男四男が外へでも、伝手がないから簡単には仕事は見つからない。金がないから帰ることもできない。帰ったとしても居場所がない。
 麦畑は広げられない。だから作るとしたらジャガイモや野菜だろう。頑張って土を起こそう。石を取り除こう。そしてジャガイモを作れば生きていくだけならできる。でも金にはならない。ジャガイモは高値では売れないからだ。
 小麦には白いパンを作るために使われるパン小麦とパスタの材料になる黄色っぽいデュラム小麦がある。そしてライ麦もスーパーフードの黒パンを作る材料になる。大麦はパン以外にもエールや蒸留酒の材料になる。商品作物として高値で取引される。でもジャガイモは安い。
 ジャガイモ畑は作れたとしても家はどうする? しばらくは実家にいるかもしれない。でもそのうちに邪魔者扱いされるだろう。いや、戻ってきた時点で邪魔者扱いかもしれない。家を建てるような金はない。それなら適当に木を切ってきて掘っ立て小屋のようなものを建てるしかない。そこまでしても居づらいわけだ。あいつは町に出て行ったけど戻ってきたぞと言われるからだ。
 つまり彼らは。レールに戻るためにはよっぽど上手く仕事を見つけるか、あるいは冒険者として大成功するか、あるいは宝くじに当たるような幸運を得て
 先日俺はまだ一〇代前半の少年二人組を拾った。ジャンとポールという名前で、東の方のサンブルという村の出身だ。二人は幼なじみで、一旗揚げようと町に出て仕事を探したけど見つからなかった。そして王都まで来てもやはり仕事がなくてスラムにいた。
 スラムやその周辺では金になりそうなゴミを拾って売る仕事をしてなんとか暮らし始めたけど、スラムにも縄張りというものがある。売れるようなゴミならスラムでは金に等しい。それを新入りが勝手に拾ったらどうなるか。袋だたきだ。怪我をしてたところを見つけたから、囲んでいた男たちには金を渡して引き下がってもらった。俺が庇う理由なんてこれっぽっちもないし、こんな話はどこにでもあるんだろうけど、さすがに目の前で起きたことを無視するのはできなかったな。
 拾ったからどうしたかということだけど、彼らは村には帰っても居場所はない。というわけで賃金は安いけど商会で荷運びの仕事をさせることにした。読み書きができれば別なんだろうけど無理だからな。とりあえず寮の大部屋に突っ込んだ。
 商会に馬車が到着すれば荷物を下ろし、それから新しい荷物を積む仕事をしている。その間に読み書きの勉強もさせることにした。今はなかなか大変だろうけど、いずれ必ず役に立つだろう。今は家賃が天引きだからほとんど残らないけど、読み書き計算さえ覚えれば賃金は上がる。それまで逃げ出さずに頑張れば先がある。
 ああ、俺は素性は明かしてないぞ。あくまで変装して近づいて、商会にコネがあると言って二人を押し込んだというていだ。
「今年に関してはもう無理だろう。でも来年以降なら変えられるはずだ。もし自分の子供がその立場になってしまったらどうするか、それくらいの切実さを持って考えてほしい」
「「「はい」」」
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