元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十三部:勇者とダンジョンと魔物(二)

謎の記者

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 写真の出所を探して王立日報紙印刷所に来た。ていうか出所はここだ。俺には細かなことは分からないけど、取材した内容を印刷して売るなら、流れは新聞社と同じようなものだろう。まず取材で写真を撮って記事を書き、原稿のチェックをしてから版を組んで印刷。その取材の写真を誰が撮ったのかということだ。

「これはこれは公爵様。本日はどのようなご用件でございましょうか?」
 印刷所に入って話を聞きたいということを伝えたら所長が対応してくれることになった。
「俺はわりと被写体になっていることが多いが、どのようにして日報紙が作られているのか、一度聞いてみたいと思ってな」
「ひょっとしてご不快に思われたでしょうか?」
 所長は顔を強ばらせたけど、そんなことはないからな。
「いや、純粋に興味だ。俺自身が記事になるのは嫌ではない」
 そう答えると所長は大きく息を吐いた。そんなに怖いか? でも怖いんだろうなあ。とりあえず不満があるわけではなく話が聞きたいだけだともう一度説明して、仕事の流れや必要な手続きについて教えてもらった。
 王宮の内部での取材には宮内省の許可が必要らしい。王宮以外であればその場所の所有者の許可があればいいそうだ。もしうちの屋敷の内部で取材をしたければ俺の許可がいると。屋敷の披露パーティーの時は玄関から大ホールまでの間、そして庭は撮影の許可を得たらしい。俺はノータッチだったからダヴィドがやってくれたんだろう。
 敷地外、要するに町中で取材する分には特に許可は必要ないけど、あまりにも迷惑な取材をしたり、事実とかけ離れた内容を記事にすれば処罰されるらしい。それは王立であろうがなかろうが同じだと。
 そこまで説明を受けた上で、俺はサン=フォアで撮影された写真について聞くことにした。
「この写真は誰が撮影したんだ?」
「それはシーヌが撮影した写真でございます。彼女はこの印刷所のエース記者です」
「この謁見の間やパーティー会場での写真も彼女が?」
「いえ、パーティー会場は別の者でございます。公爵様のお屋敷にはシーヌが行っております」
 全部じゃないのか。
「謁見の場に記者などはいなかったと記憶しているが、スキルで身を隠していたのか?」
「はい、そうでございます。謁見の間で記者がウロウロすれば興が削がれるでしょう。できる限り気配を消して記録をするのが腕の見せ所です」
 ある意味では許可を得たストーキングか。俺も屋敷を出る際には見た目を誤魔化してたけど、そのままだったら付きまとわれた可能性もあるから変装している。そのおかげか今のところプライベートなことは記事にはなっていない。
「そのシーヌという記者は、その写真を撮る前にサン=フォアのあたりにいたのか?」
「いえ、前日までこちらにおりました」
 前日まで王都か。
「実は彼女に関しては、腕が確かなのは間違いありませんが、少々謎なところがありまして」
 なるほど。謎の多い記者だと。
「詳しいことは聞かないようにという契約になっておりますので、我々といたしましても極めて優秀な記者という程度しか分かっておりません。ただし問題行動などはなく、仕事は確かです」
「ちなみに日報紙は毎日出ていたようだが、これも彼女が?」
「はい。毎日こちらに持ち込んでおりました」
 俺は転移門を使ってサン=フォアへ移動した。あれは勝手には使えない。だからあれを使って一緒に移動したとすれば、兵士たちに紛れていた可能性がある。でも毎日写真を持ち込んでいたとすれば、王都からサン=フォアまで移動できるようなスキルがあるんだろう。
「そのシーヌに会うことはできるか? 素晴らしい写真ばかりだったから、できれば一度ゆっくり話が聞きたい。屋敷でインタビューを受けてもいいのだが」
「インタビューならぜひ」
 よし。これで面と向かって話をする口実ができる。シーヌ次第だけどな。
「向こうに時間があるなら今から顔だけ見てもいいか?」
「もちろんでございます。今日は奥におりますので。ではこちらへどうぞ」
 そのまま印刷所の奥の方へと案内されることになった。
「記者が集めた写真や情報を記事に起こすのがこちらの部屋でございます」
 そこの扉には『編集室』と書かれていた。
「シーヌ、少しこちらへ」
「は、はい……え⁉」
 驚いた顔をした直後に一瞬だけ嬉しそうな表情を見せた。それからすぐに落ち着いた表情に戻したけど、俺の動体視力は誤魔化せない。
 目の前にいるシーヌはおそらく俺と同世代だろう。金髪の……縦ロールか。お嬢様だな。服は仕事中なのにドレスだ。動きにくくないか?

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【名前:シーヌ】
【種族:人間ヒューマン
【職業:記者】
【身長:乙女の秘密でございます】
【体重:乙女の秘密でございます】
【BWH:乙女の秘密でございます】

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 見られるのを前提に弄ってるな。俺が見てもこれ以上は見えない。スキルのレベルが俺と同等なのか、それとも特殊なスキルでもあるのか。
「シーヌ、公爵様が少し話があるそうだ」
「わ、分かりました」
 シーヌは手を休めて編集室から出てきた。所長の案内で俺とシーヌは応接室に入り、少し話をすることになった。
「仕事中に呼び出してすまない」
「いえ、これも仕事だと思っておりますのでお気になさいませぬよう」
 丁寧な言葉遣いだな。言葉の端々に品がある。
「先日のサン=フォアでの写真が非常によく撮れていたので、少し屋敷で話を聞きたいと思った。インタビューに応じるからうちに来てほしい」
「それは勇者様のお屋敷で撮影をしても構わないということですの?」
「そうだ。個人的な空間は勘弁してもらいたいが、応接室や俺の執務室などには入ってもらってもかまわない。他に入りたい場所があればその都度その場で許可を出そう」
「分かりましたわ。それでは早速ですが、明日の午前中でもよろしいでしょうか?」
「早くても問題ない。明日を楽しみにしている」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 俺は彼女と握手をすると所長に礼を言って印刷所を出た。
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