元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十一部:家族がいるということ

母の希望

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「シュウジ、それでここに来たついでに一つ聞きたいんだけど」
 母さんが真面目な顔になった。
「修道院への寄付ならいくらでもするぞ」
「いや、そうじゃなくてね。若返りの魔法ってないかなって思って」
「若返りねえ……」
 前はなかった。新しく生えてないかをチェックする。
「俺にはないな」
「ないかー。残っ念っ!」
 ガックリと項垂れる母さん。そういえばこんな感じでわりと反応が極端だった気がする。
「そんなに若返りたいのか?」
「そりゃそうでしょ。こんなに立派な美形になった息子に抱かれたいって思うのは当然でしょ? ねえ、エミリア?」
「えェエッ⁉ でも院長はシュウジ様とは親子ですヨネ?」
 エミリアもいきなり話を振られて声がひっくり返る。俺も母さんの発言にビックリだけど。
「さっきから時々不穏な言葉が聞こえてたけど、なんで当然なんだ? 俺は母さんを抱きたいとか全然思わないぞ」
「でもこっちでは血は繋がってないでしょ? 問題ナッシング」
「いや、ナッシングじゃないだろ、大アリだろ。世間体を考えろよ、ってこっちじゃ家族でも何でもないのか」
「そうそう」
 普通に俺が修道院長に手を出したって思われるだけだな。俺はストライクゾーンが広いと思われそうだ。年齢も職業も。
「そういえば、あんた年上でもイケる?」
「まあ……六〇を超えてても抱いたな」
「さすが我が息子ね。ストライクゾーンの広いこと広いこと」
 上は六〇代までだな。もちろんそこまでいくとさすがの俺でも相手を選んだ。限定だ。女なら誰でもいいわけじゃない。金のあるなしも関係ない。女であることを捨てた女には女じゃない。
「あんた初体験は?」
「母さんがいなくなった前後……くらいだったかな?」
「上から下までOKね」
「いや、あの時に五〇代とかはさすがに無理だろうし、それにこの年になると下は無理だ」
「でもそのメイドは? あんたのコレでしょ?」
「小指を立てるなよ。そこはノーコメントで」
 俺の側でジゼルが嬉しそうに微笑んでいた。

 ◆◆◆

「それなら一つだけ」
 俺を狙うのは諦めてもらったらお願いをされることになった。
「いいけど、俺にできることか?」
「前にもしてもらってたこと」
「前に?」
「そう。今度ご飯作って」
「ご飯って……中華とかイタリアンとか、そのあたりか?」
「そうそう。いつの間にか作ってくれたでしょ?」
 あの頃ならチャーハンとかギョウザとか、たまにスパゲティーとかか。
 母さんが仕事を再開して忙しくなるとレストランで食べることも増えた。それで自分で作れるようにと自炊を始めて、頑張ってレパートリーを増やしたなあ。それからバイトを始めて、ホールがメインだったけど、たまには厨房にも入った。物覚えは悪くなかったから、コツさえ掴めば一通り作れるようになった。背が高くて手が長いというのは便利だった。
「分かった。この屋敷でいいのか?」
「修道院の方で頼める?」
「入っていいなら行くけどな」
 前にも一度入ったことがある。シスターたちにキャーキャー言われた。
「実はそろそろ院長を辞める時期なのよね」
「えっ? 辞めるのですか?」
 俺の代わりにエミリアが声を上げた。
「まあ召喚も上手くいったからね。一応長くてエミリアの召喚くらいって言われてたから、今年のうちに後任が来るのよ。もうそろそろかな。大体一〇年から一五年くらいみたいね。それにもう一つ先の聖女も多分来るだろうし。でも召喚するのが聖女じゃなくてもいいのなら、聖女は来ないかもしれないけどね」
 エミリアは五歳の時に聖別の儀で【職業:聖女】と出たから教会に入った。その時に院長もやって来た。召喚が終わったからエミリアはお役御免、院長もキリのいいところで交代になる。おかしなことじゃない。
 今はエミリアの後任としてメラニーという聖女がいるらしい。彼女が五年後の召喚をすることになるんだろう。その次の聖女はまた来ることになるのか、それとももう呼ばないのか、という話だ。これまでは五年ごとの召喚に間に合うように早め早めに聖女を探していたけど、必ずしも召喚には聖女が必要なわけじゃないと俺たちが伝えたからだ。
「勤め上げたということか。それならその後はどうするんだ?」
「ここに来てもいい?」
「『来てもいい?』って、親子だと公表してか?」
「公表しなくてもいいけど、それだと私があんたの女になったって思われるよ?」
「それは困るな。王都の修道院のトップに手を出したって問題になりそうだ」
 アドニス王が驚くだろう。まあ母親だと分かったって言ったらもっと驚くだろうけど。
「それで話がズレたけど、辞めることは決まってるから、一応お別れ会をしてもらうことになっててね、そこで料理を作ってくれないかな?」
 あそこって四〇〇人くらいいるって言ってなかったか?
「どれだけ作らせる気だ?」
「いやいや、全部じゃないって。普段から交代で料理は作ってるし、その日はみんなで作ることになるから、そこに加わってもらえばいいだけだから」
 四〇〇人いてもさすがに全員で作ることはないだろう。多くて一〇人くらいか? まあパーティーの時のことを考えればできそうだな。
「分かった。それなら作りに行くよ」
「約束ね」
 俺の返事を聞くと母さんは鼻歌を歌いながら帰っていった。
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