元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十部:家族を持つこと

ワンコとリュシエンヌ

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 馬車が貴族街に入り、屋敷が見えてくる。門を通ってしばらく走ると玄関で馬車が止まる。
「さて、とりあえず中に入って落ち着こうか」
「ありがとうございますぅ」
 荷物は衣類などが少々あっただけで、他にはあまりなかった。とりあえずコフルが一つのみ。
「コランとディオはコフルを三階に上がったところに置いておいてくれ。置くだけでいい」
「「はい」」
 まだ部屋が決まっていないので、雑役夫の二人に三階に上がったところに置くように指示を出した。俺がストレージに入れればそれで済む話なんだけど、使用人の仕事を作らなければいけない。面倒だけどこれも仕事の一つだ。

「旦那様、お帰りなさいませ」
 今日はダヴィドが出迎えてくれた。
「ああ、あとで正式に紹介するとして、これが新しい家族のマルティーヌだ。ワンコ、これが執事ブティエのダヴィド・プレヴァンだ」
「マルティーヌ様、執事ブティエを任せていただいているダヴィドと申します」
「マルティーヌですぅ。よろしくお願いしますぅ」
 教えておいた通り、ワンコはほんの少し頭を傾けるだけの目礼で挨拶をした。頭を下げすぎないのがポイントだ。スカートを摘まんで膝を折るレヴェランスカーツィーは普段はしない。あれは舞踏会ではよく見かけるけど一般的じゃなく、派手に敬意を表すなら両膝を地面についてお辞儀をする。
「ワンコ、こっちだ。妻たちを紹介しよう」
「はいぃ」
 この時間なら居間の方にいるだろう。そう思って居間に入ったら、そこにはジゼルと着物姿のリュシエンヌがいた。
「旦那様、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ。お待ちしておりました」
 ジゼルはいつもの変形メイド服、リュシエンヌは最近は和装がほとんどだ。いつでもどこでも帯回しをするためじゃないぞ。これはちゃんとした着物と帯だ。
「わー、大和撫子ですねぇ。可愛いですねぇ」
 リュシエンヌを見たワンコが大きくなった目をさらに大きくした。
「メチャクチャ似合うだろ?」
「ピッタリですぅ」
 ワンコから見てもリュシエンヌの和装はよく似合うらしい。褒められたリュシエンヌはニコニコしている。ジゼルはそんなリュシエンヌをチラッと横目で見た。
「でもぉ、こんな七五三みたいな子にぃ手を出したんですねぇ」
「七五三……」
「せめて十三参りと言ってやってくれ」
「十三参り……」
 俺たちの言葉を聞いてリュシエンヌが微妙な表情になった。でも成人式とは言いづらいよなあ。絶対にそうは見えないからな。
 アジア系の顔は年齢以上に若く見える。リュシエンヌは実際にエミリアより若いけど、さらに顔立ちのせいで若く見える。以前の俺なら間違いなく手は出さなかったけど、こっちに来てからストライクゾーンが広がった。今はジゼルが一番下だ。
「まあ瑞々しいってことだ。悪いことじゃないぞ」
「それはそうかもしれませんが……」
 リュシエンヌの頭を撫でる。サラサラの髪が気持ちいい。ワンコが寄ってきたので一緒に撫でる。ついでにジゼルも側に来た。でも俺の腕は二本しかないぞ。無茶なことを要求するな。急ぐとドラムを叩いてるみたいになるぞ。
「ところでシュウジ様、この方が新しい方ですね?」
 一緒に頭を撫でてもらっておいて今さらそれか?
「ああ、マルティーヌという名前だ。ワンコでもいい」
「ワンコ……。たしかに犬人でいらっしゃいますが……」
「いや、前世でのあだ名だ」
「そんな呼び方はぁシュウジくんだけでしたよぉ」
 ワンコは俺にいじられるのが好きだ。家庭環境のせいだと言えばそれまでだけど、やや構ってちゃんだ。俺もそれが分かってたから、バイトのない時なんかはできる限りいじり倒した。物理的に色々な場所を。
 こいつはあの頃からかなりMっ気があった。もしかしたら俺のSっ気はこいつに鍛えられたのかもしれない。
「昨日も言った俺の昔なじみだ。今日からこちらで暮らす」
「はい、分かりました。ところでマルティーヌさんはどのようなプレイがお好きな方ですか?」
 しれっと聞くけどまだ昼だからな。昼からこういう話が出るくらい、リュシエンヌは節操がなくなった。俺と妻たちの間でだけな。
「そうだな。一通り何でもしたよな?」
「はいぃ。縛りもぉ、屋外もぉ、一通りこなしましたねぇ。スカトロ以外ぃ?」
 それを聞いたリュシエンヌが目を輝かせてワンコの方を向いた。
「マルティーヌ先輩!」
「はいぃ?」
 リュシエンヌがワンコに向かって両膝をついて頭を下げた。ワンコとの間で上下関係ができたらしい。まあ二人とも元日本人で、しかも夜の生活がわりとおかしい。

 ジゼルが淹れてくれた紅茶を飲みながらロクでもない話をする。本当にロクでもない。でも世の中に必要なものしか存在しなければ非常につまらない人生になるだろう。だからロクでもないものはだ。俺は妻たちにロクでもない彩りを添えたい。
「ワンコ、こういうのもあるぞ」
「おおぉ、これはぁ!」
 赤青白の三色組。SM用の低温ロウソクだ。
「シュウジ様、それはロウソクですか?」
「ああ、SM用の低温ロウソクだ」
「SM用のロウソク……それを垂らすのですか?」
「ああ、肌の上にポタポタってな」
「⁉」
 リュシエンヌがブルッと身震いした。想像したんだろう。そしてそれだけで軽くイッたに違いない。モジモジと膝を擦り合わせている。
 低温ロウソクっていうのは文字通り低温で溶ける。普通のロウソクは溶けたロウが六〇度や七〇度になってしまうから、そのまま皮膚に落とすと十中八九火傷になる。ヘタをすると跡が残る。
 パラフィンを使った低温ロウソクなら四五度くらいの低温のものもある。それくらいなら火傷にはならない。しかもローションを塗っておけば後処理も楽だ。
 でも当たり前だけどこの世界には石油はない。地面の下にはあるのかもしれないけど使われてはいない。それに見つかっても俺にはどうやって精製するのかは分からないから使い道がない。照明は金があるなら魔道具、一般的には蜜蝋や獣脂を原材料にしたロウソクだ。獣脂を使ったものはかなり強い臭いがする。
 それでどうしてこんなところに低温ロウソクがあるかだけど、こんなのを作れるのは俺の知る限り一人しかいない。イネスだ。
 ケントさんは低温ロウソクまでは作ったことがないんだろう。あの店には置いてなかった。だからこの世界にはSMはあるけど専用のロウソクがなかった。それで俺が作らせた……わけじゃない。
 元々俺はこの世界のロウソクをもう少し何とかしたかった。臭いはするし、煙も出るからだ。だから臭いが少ないロウソクが作れないかとイネスに聞いてみた。そしたら腸内清掃薬と同じようにハーブなどを使って無臭にしたロウソクや、ミントの香りがするロウソクなどができた。要するにアロマキャンドルだ。
 そこでついでに低温にできないかと聞いてみたら、「これとこれかな? いや、あれかな?」などと言いながら何種類も作り、気がつけばこれができていた。どういう理屈かは分からないけど温度が低い。
「ワンコ、今日から使ってみるか?」
「はいぃ。リュシエンヌさんも興味津々のようですしねぇ」
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
「ご鞭撻ってぇ、元々は鞭を打つことでぇ、そこから厳しい指導のことを表すんですよねぇ。鞭もありますよねぇ?」
「あるぞ。器具も一通りな。それなら食後はここにいる四人でやるか。久しぶりに可愛がってやろう」
「シュウジくんにぃ、二度目の初めてを貰ってもらえますねぇ」
「そうだな。こんなことはまずあり得ないよなあ」
 運良く同じ世界ってなあ。
「シュウジ様、わたくしも二度目を奪っていただきたいのですが」
「無茶言うなよ。さすがに破った後だろう」
 スポーツ選手なら自然に敗れることがあるって聞いたけど、自然に戻るってことはないよな?
「膜を張り直す魔法はございませんか?」
「誰得だ?」
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