元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十五部:勇者の活躍

二度あることは三度ある。五度あることなら……

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 地下一〇階に到着した。そこにはやはり扉のあるボス部屋っぽいものがあった。入らないなんてことない。ただどんなボスがいるのか、スキュラたちが勝てる相手なのかそうでないのか、仲間にできそうなのかそうでないのか、そのあたりは顔を合わせるまでは分からない。だから慎重に扉を開ける。
 目の前にはクモの下半身を持つ女性。俺は別にクモは嫌いじゃない。ハチの方が嫌いだな。特にスズメバチ。好きなやつはいないだろう。ミツバチやマルハナバチは可愛いのに、どうしてスズメバチってあんなに凶悪な顔をしてるんだろうな?

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【名前:アラクネA】
【種族:アラクネ】
【年齢:二七】

 美しい女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つキメラの一種。蜘蛛の腹からは糸を出すことができる。この糸は蜘蛛と同じように出し分けることができる。その糸を使い、紙よりも軽く、鉄よりも強く、かつ絹のように艶やかな布を織ることを得意としている。かなり家庭的な性格。

【固有スキル:人化】
 これを使用することで下半身が人間と同じになる。他種族との性行為によって妊娠と出産が可能になる。妊娠は任意のタイミングで可能。出産は妊娠からおよそ一〇か月で、妊娠中は下半身を蜘蛛に戻すことはできない。子供の種族は父親の種族かアラクネのどちらかになる。

【固有スキル:製糸】
 腹から自由自在に糸を出すことができる。糸の太さや強度、色などはその都度変えることができる。

【固有スキル:収納(針仕事)】
 糸を作り、そこから衣類などを仕立てるまでに使われる糸や道具類を収納できる。糸に限れば容量に上限はない。休憩時間に口にする軽食なども収納できる。本人が必要だと思えば何でもそこに含まれるわけだ。

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 何でもそこに含まれるわけだって、俺っぽい言い方だな。それはいいか。とりあえずここにいるのはアラクネで、名前がアラクネAだ。するとこのパターンはスキュラたちと同じ可能性がある。五人になることは覚悟をしておこう。しかし家庭的か……。スキュラは天真爛漫って感じだけど、アラクネは家庭的。よく分からないな。
「あらあら、みなさんお揃いで」
 話し方がいいところのお嬢様って感じだった。もしくは若女将か。
「あ、アラクネのAさんですね」
「久しぶりね、スキュラのAさん」
「お久しぶりです。今はマスターにアルベルティーヌという名前を頂いています」
 スキュラたちがアラクネと親しそうに話している。そういえば姿が似てるから仲がいいとか言ってたな。上半身が人間で下半身が別の生き物ならマーマンやマーメイドもそうか。そっちは亜人だけど。

「あの、スキュラたちのマスターさん。私もお仲間に入れてもらってもよろしいですか?」
 しばらくして話が終わったのか、アラクネAがこっちに来て深々と頭を下げた。
「ああ、いいぞ。もう覚悟はできた。それよりもどうしてここにいたんだ? いきなり転移させられたのか?」
「私にもよく分かりませんが、少し前にいきなりここに現れてしまいました」
 スキュラたちは気づいたらダンジョンにいたと言っていた。それと同じか。
「それとこの部屋を通らないと上下の移動ができないけど、他の魔物は通ったか?」
「いえ、一匹も見ていません」
 これも同じか。どういうわけか暴走スタンピードが始まる前には魔物は上層階に移動し、ボス部屋にボスが召喚されて扉が閉じられる。だから魔物はほとんどが上に行って、おそらくこの階よりも下にはあまりいないはずだ。スキュラの時と同じだな。
 やっぱりシステムがおかしくないか? ボス部屋があると魔物の移動ができない。それならボスが召喚される前に移動させてしまおう。そんな気がする。でもそうするとボスがいる意味がないんだよな。俺みたいに暴走スタンピード中のダンジョンに潜ろうって奇特なやつはいないはずだから。
「それとアラクネの仲間にもBCDEがいるのか?」
「はい、います。ご存知ですか?」
「さすがに会ったことはないけど、スキュラたちと同じだと思ってな。四人ともおそらく下の階にいると思うぞ」
 俺はスキュラたちと出会った時のことを教えた。今回も何となく同じような気がする。
「なるほど。では全員揃いましたら名前を付けてください」
「ああ、それまでに考えておく」
 おそらくアルファベット順になるけどな。スキュラたちはみんな同じ顔だし、アラクネたちも同じ顔だったら、ますますややこしくなりそうだ。コピーして増やしましたみたいなことはホントにやめてほしい。一応アクセサリーで分かるようにしてるけど、裸になれば見分けが付かない。ホクロの場所まで一緒だった。そのホクロがどこにあったかは内緒だ。
「それよりも、そこにある塊の中には何か入ってるのか?」
 俺が気になったのは、この部屋の壁際に並べられた巨大な丸い塊だ。大きさは直径一メートルくらいか。バランスボールよりも大きい。クモなら捕まえたエサでも入れてそうなものだけど、このアラクネからはそんな雰囲気は感じ取れない。
「これは内まで全て糸です。することがありませんでしたので糸を出しておりました。どうぞお受け取りください」
「アラクネの糸か」
「はい。里ではこれで日々の糧を得ておりました」
 スキュラたちの話と合わせると、彼女たちが暮らしていた集落では基本的に生活は物々交換で、食料は森で獣を狩るか果物や山菜などを集めるか、川や湖で魚を捕るかしていたそうだ。海はあったけど遠かったので行ったことはなかったらしい。もちろん泳げる種族は川を使って海の方まで行くこともあったそうだ。
「俺には収納のスキルがあるけど、もしなかったらどうしたんだ?」
「私も編み物や裁縫をする道具を入れておく収納のスキルを持っています。そこになら糸はいくらでも入れられます。そこに転がっている糸玉は一番新しく作ったものです」
「そうか、【収納(針仕事)】ってのがあったな。それならいくつか貰っておく。手が空いたら何か作ってみよう」
 さすがに全部受け取るのもどうかと思って三つほど貰うことに——⁉
「軽いな」
 思わず口に出た。毛糸でもこんな感じにしっかり巻いて玉にするとそこそこ重いよな? これはけっこう硬いぞ。どれだけの長さがあるのか分からないけど、五〇〇ミリリットルのペットボトルよりは……重いけど、片手で持てるっていうか投げられる。新しい球技でも作れるかもしれない。まあ細かいことはダンジョンを出てからにするか。
「それじゃこのまま下に向かうぞ。まずは二〇階でアラクネBがいるのを確認したら休憩するか」
「「「はい」」」
 俺たちはボス部屋を後にすると階段へと向かった。
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