元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十五部:勇者の活躍

セレンの代官

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「さあて、ギリギリ気づかれるかどうか、微妙な距離だな」
 前回と同じく、町を見下ろせる丘の上から攻撃する。
「アルベルティーヌ、ブランディーヌ、クレマンティーヌ、デルフィーヌ、エグランティーヌ」
「「「はい」」」
「俺が【石の玉】をばら撒く。お前たちもできそうなら同じように援護してくれ」
「「「分かりました」」」
 俺は複体を二体出して攻撃力を三倍にする。それから前と同じように角度を決めて【石の玉】を放つ。遠くばっかり見ていたからか【遠見】というスキルが付いたようで、双眼鏡を使わなくてもそれなりに見える。よし、当たったな。前と同じように干し肉(魔素マナ製)を取り出してスキュラたちにも配る。一つ口に咥えるとセレンの町の方に向かって連射した。
 次々と拳くらいのサイズの石の玉が飛んでいっては向こうで魔物に当たる。【石の玉】のレベルも上がっているから、消費魔力量が少なくなった。結果として一度に撃てる数が増える。そういう魔法じゃないかもしれないけど、これが俺の使い方だ。途中で玉を小さく重くできるんじゃないかと思ったけど、素材を穴だらけにしてしまう可能性があるからやめておいた。
「さすがマスターの魔法ですね」
「はい、威力といい数といい申し分ないです」
「バンバン撃ち込んでもらいたいですね。こう体重をかけて」
「種付けプレスが一番ですね」
「それで私たちのお腹の中もいっぱいです」
「もう少し緊張感を持てよ」
 最近はこのパターンが増えたな。さすがに俺も飽きるぞ。ていうか大体クレマンティーヌが原因で話がズレるな。
「どうもこの広い場所を見ていたら心が沸き立つと言いますか」
「野生に戻った感じがします」
「お屋敷の中にいるのもいいですが、自然の中もいいですね」
「アネットさんが外でしたがる理由が分かります」
「マスター、今日は外でしませんか?」
「しないぞ」
 干し肉(魔素マナ製)を食べつつ【石の玉】を使い続ける。そろそろ飽きてきたな。そう思った時にトゥーリアがこっちに向かって歩いてきた。
《シュウジ、我も魔法を使ってもよいかの?》
「いいぞ。でも素材はできる限り残したいから、【石の玉】とか【氷の矢】とか、素材を痛めにくい魔法を使ってくれるか?」
《もちろん分かっておる。では披露するかのう》
 トゥーリアが上体を起こすと、体の前に魔法陣が現れた。その数……いくつあるんだ? 無詠唱じゃないから魔法陣が出るか。次の瞬間に魔法陣から一斉に何かが飛び出していった。俺よりも多いんじゃないか? 俺は連続して撃つけど、トゥーリアは全部同時に撃った。
「何を撃ったんだ?」
《【氷の玉】じゃ。あれも当たれば痛いじゃろ》
「痛いな。石ほどじゃないけど。ところでトゥーリアの属性は水なのか?」
 魔法の属性には火・水・風・土・光・闇がある。
《我のか? 我の属性は風じゃ》
「土でもないのか」
 巣穴掘りが好きみたいだからな。
《どうも土属性の魔法やスキルとは相性が悪くてのう。どうやっても身に付かんのじゃ。それができればダンジョンから出ることもできたんじゃが。そういうわけで訓練中じゃ》
「それで穴を掘ってたのか」
 あれは練習だったんだな。

 そんな話をしているうちに魔物は大半が倒れ、その段階になってようやく残ったやつらがこちらに向かってくる。さて、俺の仕事は終わりだ。ここからは回復役に専念しよう。

 ◆◆◆

「それじゃタイメイユに戻る」
「ああ、頼んだ」
 粗方片付いたようなので、複体を一体だけにして、それをタイメイユに移動させる。そこでディディエたち役人とタイメイユの守備兵の一部を異空間に入れたらこっちで異空間を開く。これは前もってディディエたちと話し合って決めたことだ。どれだけ離れていようが移動は一瞬だからな。そして複体には兵士たちが戻ってくるまでそのままタイメイユに残ってもらう。
 俺でも複体でも全力で走るとメチャクチャ速い。走るというか弾む感じだ。タイメイユまであっという間だった。それから役人と兵士がこちらに来たのに合わせて移動を開始する。
「それではこれからセレンに向かう」
 俺を先頭にして増援部隊がセレンの町に向かう。町が近づくと城壁の上からも手が振られるので俺もそれに応える。慣れたものだ。俺の後ろを歩くスキュラたちも手を振っている。
 住民たちの勇者様コールに手を振って応えつつ、城門を通って町の中心に向かう。これから代官に会って町の接収を伝えなければならない。代官個人に恨みはないけど、アドニス王の指示だからな。そう思っていたら先の方で騒ぎが起きて砂埃が上がった。
「邪魔だ、どけっ!」
 そんな声が聞こえたと思ったら、人垣の向こうから二〇人ほどの集団が人を押し退けながらやって来た。
「代官のオラース・デュビと申します。お見知りおきを」
 揉み手しながら近づいてきたのは代官のオラースだった。見た目は三〇過ぎの好青年だ。こんなこと言えた義理じゃないけど、おそらく腹の中は真っ黒なんだろうな。ステータスを見るまでもなくイヤ~な雰囲気が漂っている。念のためにチェックしてみると、所有スキルに【詐欺:Lv五】があった。隠しても俺には見える。
「ああ、よろしく頼む。これで挨拶は終わったな。それじゃオラース殿をお連れしてくれ。礼は欠かないように」
「「「はっ!」」」
「え? ちょっ——」
 オラースは兵士たちに左右を挟まれて連れていかれた。向こうから「離せ」なんて叫び声が聞こえているけど、国の兵士たちだからな。彼はこれからタイメイユに移送され、そこから転移門を使って王都へ連れていかれる。その後のことは俺は知らない。
 オラースが連れてきた役人たちがいきなりのことにどうしたらいいのか戸惑っている。周りに野次馬も多いから、後々のためにここでハッキリと言っておくか。
「アドニス陛下からのお言葉を伝える。ルニエ子爵は領地管理を怠ったとして、領地は国が接収することになった。子爵も今頃は捕まっているだろう。これより当分の間、ここにいるディディエがセレンの代官代行をする。
 最後の一言をあえて少し強めの語調で口にした。それで反応を見るためだ。国が変わろうが立場が変わろうが大きな違いはない。後ろ暗いところがあるやつはそれが顔に出る。真面目にやってるやつは安心するだろう。そうやって顔を見ると、半数ほどが後ろを向いて逃げ出した。そいつらを兵士たちが追いかけていく。向こうで「どけ」とか「離せ」と聞こえてくる。俺は「逃げるなら今だ」とは言ったけど、「逃げても捕まえない」とは言っていない。国としては徹底的に叩き、一度膿を全部出すつもりだ。
 そうしていると残った役人たちの中でおそらく最年長の男が一歩前に出た。
「我々は勇者様の指示に従います」
 彼がそう口にすると、並んでいた者たちが揃って頭を下げた。
「これからどうすればよろしいでしょうか?」
「これまで子爵に媚び諂うことなく真面目にやってきた者たちを陛下は処罰することはない。これまでと同じ仕事をしてくれればいい。そうでなければ町の運営ができない。代官代行のディディエには五人の部下が付いている。彼らにこの町のことを教えてやってほしい。俺は今からダンジョンに潜る」
 俺がそう言うと、彼らは子供が見てもハッキリと分かるくらいに肩の力を抜いた。彼ら自身が何かしたことはなくても、代官と一緒に何かよからぬことをしていたと決めつけられればそれで終わりだ。この国は共和制じゃない。君主制だ。上がアウトと言えばアウトだ。
「承知いたしました。それではディディエ殿、こちらへ」
「ではシュウジ様、代官代行として各所に通達をしておきます。ダンジョンについては全てお任せします」
「ああ、任された」
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