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最終部:領主であること
レストランとビストロ
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エウロードの街角にできた領主直営の二つの飲食店、レストラン「ル・リ」とビストロの「ル・ビストロ」。「ル・リ」は日本語なら「米」という意味になる。レストランはそこそこ高級に、ビストロは安価になっている。俺が客を連れて行くとすれば前者だろう。
総支配人はサンドラになっていて、レストランの店長がアリエル、ビストロの店長がローズ。サンドラは二店を行ったり来たりしながら指導をしている。人に混じってセイレーンたちも交代で店員をしている。
「オーナー、いかがですか?」
アリエルが心配そうに俺の顔を見る。
「ふむ……問題なし」
「よかった~」
パエリアだけではバリエーションがない。いや、食材を変えれば種類は増やせるけど、「〇〇のパエリア」だけではレストランとは呼べない。だから同じような調理法でできそうな米料理を順番に教えている。すべてメインは米で、米を楽しむためのレストランだ。さすがにフランス料理と同じにはできないので、野菜を中心にした前菜、スープ、肉か魚の料理、そしてメインの米料理、デザートと飲み物という構成になっている。
パエリアを売りにしているけど、それ以外にもビリヤニ、カオマンガイ、リゾット、親子丼、牛丼など、全部で二〇種類ほどある。コースに親子丼や牛丼ってありなのかと思うかもしれないけど、これまでになかった料理だから、とりあえず一度食べてみようという客は多い。しばらくしたらオーダーの傾向を精査して、人気がないものは外してしまえばいい。
最近教えた中の一つはアロス・ア・ラ・メヒカーナ。英語にすればメキシカン・ライス。米を炒め、チキンブイヨンを加える。そこにトマト、タマネギ、ニンジン、にんにく、チリパウダーなどを入れて炊く。要するにスパイスの利いたピラフだ。
もう一つはジョロフ。これは西アフリカ風の炊き込みご飯。トマトを使うのは同じだけど、ナスやパプリカ、鶏肉などを使い、こちらのほうが味が深い。鶏肉や野菜を炒めてからトマトとスパイスを加えて水分を飛ばす。そこに米を入れて炒めたら水を加え、蓋をしてから弱火で炊く。
どちらも米を洗うやり方と洗わないやり方がある。パエリアでもそうだけど、米を水で洗ってしまうとそれ以上水分を吸わなくなる。生のまま炒めたところにブイヨンを入れるほうが味がしっかりと付く。日本人は米を研がずに使うのは抵抗があると思うけど、海外では意外とそのままだ。どちらが正しいというものでもない。
ジャンバラヤも候補に上がったけど、そっちはアロス・ア・ラ・メヒカーナと見た目が似すぎてしまうので様子見とした。トマトケチャップを使うから味は全然違うけどな。
「オーナー、お時間はありますか?」
「俺よりもお前のほうはどうなんだ?」
「料理人たちの成長が著しいですので、ほぼ任せっぱなしで大丈夫です。今日はこれで上がっても大丈夫です」
「そうか。それなら外へ出るか」
「はい!」
俺は分身を店に残すと、アリエルを連れて店を出た。
◆◆◆
米料理というのは奥が深い。この国でそこそこ質の高い店なら煮込み料理があるけどバリエーションが少ない。一つの店で何種類もの違った料理を出すというのは高級店だけだ。
薪だってただじゃない。拾う場所がなければ買うしかない。そしてパンを焼いたり肉を煮込んだりするには薪を大量に消費する。だから庶民向けの店は作り置きの料理を出す。
店を開ける前に火を入れて鍋を温め、そこそこの時間になれば火を落とす。だから閉店間際に行くとスープは冷めかけていることもある。
安酒場にあるのは簡単な煮込み、スープ、パン、チーズ、ハムやソーセージくらいだ。パンは謎の黒パンが多い。硬いからスープに浸して食べる。だからパンとスープはセットなことが多い。
時間がかかって高いけど美味い店か、すぐに出てくるけど安くて味は二の次という店か。そんな両極端だったところに、俺がその中間の店を開いた。それが「ル・ビストロ」だ。
「マクルーバをチキンで」
「俺はカレーをポークで」
「かしこまりました」
庶民向けとしてはやや高めな値段帯だけど、客の入りは上々だ。ここはメインとなる料理を用意し、そこにトッピングを選ぶという方式を採用している。ココ〇チのようだと思うかもしれないけど、会計をシンプルにするために単一価格。どれでも同じ。ただしトッピングは一つのみ。
「シナモンの匂いがたまんねえよな」
「そうか? 俺はカレーなら毎日でも食べられるぞ。このために稼いでる感じだな」
客たちが自分の注文したものについて意見を交換している。
マクルーバは中東の米料理で、「ひっくり返した」という意味のアラビア語だ。最後に鍋で炊き込んだものを大皿に「ひっくり返す」からそのような名前が付いたと言われている。
中東の料理なので豚や牛は使わず、鶏や子羊が使われるけど、ここでは関係ない。魔物肉も入れて二〇種類ほどの肉や魚から選べるようになっている。
スパイスはシナモンを多めにして、それ以外にカルダモンとコショウが多く、一口食べると、「ああ、中東」と思うだろう。ひっくり返して皿に盛った上にトマトスライスやナッツを乗せる。
カレーはスパイスカレーで、コショウ、シナモン、カルダモン、ターメリック、コリアンダーシード、クミン、クローブ、ナツメグなどを使っている。飽きが来ないように週ごとに配合を変えているらしい。それはローサのアイデアだ。
ちなみに、ポークだのチキンだのと注文が入っているが、家畜や家禽の肉は高い。だから基本的には魔物肉だ。
ビーフと呼んでいるのは牛っぽい魔物のマッドブル。ポークはオーク。チキンは首を伸ばして振り回してくるハンマーチキンというダチョウサイズの鳥。山羊はピアッシング・ゴートという角の鋭い山羊だ。どれも美味いぞ。しかも一匹から採れる量が多いので単価は下がる。
他にも魚を揚げたものもトッピングにした。ダンジョンにはいろいろな魚がいたからな。そう、ここで使われている食材の多くはダンジョン産だ。米や野菜やスパイスは別だけど。
「オーナー、味見をお願いします」
「これは新作か?」
「はい」
この店はやや挑戦的な料理を出すことがある。俺が知っている米料理の中で、パパっと作れそうなものが選ばれる。その一つがここにあるロコモコ。もちろん本場ハワイのものとは違ってアレンジされている。
ご飯の上に生野菜を敷き、その上にビーフパティと目玉焼きを乗せてグレイビーソースをかける。パティは薄めにしてあるのですぐに火が通る。
ロコモコだけじゃないけど、一部にはトッピングを選べないものもある。これはトッピングが料理と完全にセットになったもので、それがなければ別料理になってしまうようなものだ。ナシゴレンやガパオのように、東南アジアの料理には目玉焼きを乗せることが多い。ただ卵はわりと高いので、それだけでトッピング代になってしまうというのが理由だ。
庶民向けとしてはやや高めの値段設定で、これ以上高くなると完全に高級店になってしまう。「ル・リ」の売上で「ル・ビストロ」の赤字を補うこともできるけど、店長としては微妙だろう。だから質を落とさずにどのように売上を上げるかを、メニューを検討しながら試行錯誤の毎日だ。
「卵は大丈夫か? けっこう使わ思わないか?」
「買い占めないように注意しています」
親子丼のように卵を溶きほぐすなら、ダチョウの卵くらいある魔物の卵でもかまわない。でも目玉焼きにするなら卵のサイズは鶏の卵くらいに限定される。そうなると鶏の卵しか使えない。
「養鶏場ができたら安心して使えるから、それ待ちだな」
「そうですね。よろしくお願いします」
卵の価格を下げるには量を増やさないといけない。そのためには鶏を増やす。
この世界には黒パンという、これさえ食べていれば死なないという謎物質がある。おかげであまり食事に関して積極的ではなかった。ただし、俺が領主になったんだから食事には力を入れる。贅沢をしろとは言わない。美味いものを食べたいと思えるような生活を送ってほしい。ただそれだけだ。
総支配人はサンドラになっていて、レストランの店長がアリエル、ビストロの店長がローズ。サンドラは二店を行ったり来たりしながら指導をしている。人に混じってセイレーンたちも交代で店員をしている。
「オーナー、いかがですか?」
アリエルが心配そうに俺の顔を見る。
「ふむ……問題なし」
「よかった~」
パエリアだけではバリエーションがない。いや、食材を変えれば種類は増やせるけど、「〇〇のパエリア」だけではレストランとは呼べない。だから同じような調理法でできそうな米料理を順番に教えている。すべてメインは米で、米を楽しむためのレストランだ。さすがにフランス料理と同じにはできないので、野菜を中心にした前菜、スープ、肉か魚の料理、そしてメインの米料理、デザートと飲み物という構成になっている。
パエリアを売りにしているけど、それ以外にもビリヤニ、カオマンガイ、リゾット、親子丼、牛丼など、全部で二〇種類ほどある。コースに親子丼や牛丼ってありなのかと思うかもしれないけど、これまでになかった料理だから、とりあえず一度食べてみようという客は多い。しばらくしたらオーダーの傾向を精査して、人気がないものは外してしまえばいい。
最近教えた中の一つはアロス・ア・ラ・メヒカーナ。英語にすればメキシカン・ライス。米を炒め、チキンブイヨンを加える。そこにトマト、タマネギ、ニンジン、にんにく、チリパウダーなどを入れて炊く。要するにスパイスの利いたピラフだ。
もう一つはジョロフ。これは西アフリカ風の炊き込みご飯。トマトを使うのは同じだけど、ナスやパプリカ、鶏肉などを使い、こちらのほうが味が深い。鶏肉や野菜を炒めてからトマトとスパイスを加えて水分を飛ばす。そこに米を入れて炒めたら水を加え、蓋をしてから弱火で炊く。
どちらも米を洗うやり方と洗わないやり方がある。パエリアでもそうだけど、米を水で洗ってしまうとそれ以上水分を吸わなくなる。生のまま炒めたところにブイヨンを入れるほうが味がしっかりと付く。日本人は米を研がずに使うのは抵抗があると思うけど、海外では意外とそのままだ。どちらが正しいというものでもない。
ジャンバラヤも候補に上がったけど、そっちはアロス・ア・ラ・メヒカーナと見た目が似すぎてしまうので様子見とした。トマトケチャップを使うから味は全然違うけどな。
「オーナー、お時間はありますか?」
「俺よりもお前のほうはどうなんだ?」
「料理人たちの成長が著しいですので、ほぼ任せっぱなしで大丈夫です。今日はこれで上がっても大丈夫です」
「そうか。それなら外へ出るか」
「はい!」
俺は分身を店に残すと、アリエルを連れて店を出た。
◆◆◆
米料理というのは奥が深い。この国でそこそこ質の高い店なら煮込み料理があるけどバリエーションが少ない。一つの店で何種類もの違った料理を出すというのは高級店だけだ。
薪だってただじゃない。拾う場所がなければ買うしかない。そしてパンを焼いたり肉を煮込んだりするには薪を大量に消費する。だから庶民向けの店は作り置きの料理を出す。
店を開ける前に火を入れて鍋を温め、そこそこの時間になれば火を落とす。だから閉店間際に行くとスープは冷めかけていることもある。
安酒場にあるのは簡単な煮込み、スープ、パン、チーズ、ハムやソーセージくらいだ。パンは謎の黒パンが多い。硬いからスープに浸して食べる。だからパンとスープはセットなことが多い。
時間がかかって高いけど美味い店か、すぐに出てくるけど安くて味は二の次という店か。そんな両極端だったところに、俺がその中間の店を開いた。それが「ル・ビストロ」だ。
「マクルーバをチキンで」
「俺はカレーをポークで」
「かしこまりました」
庶民向けとしてはやや高めな値段帯だけど、客の入りは上々だ。ここはメインとなる料理を用意し、そこにトッピングを選ぶという方式を採用している。ココ〇チのようだと思うかもしれないけど、会計をシンプルにするために単一価格。どれでも同じ。ただしトッピングは一つのみ。
「シナモンの匂いがたまんねえよな」
「そうか? 俺はカレーなら毎日でも食べられるぞ。このために稼いでる感じだな」
客たちが自分の注文したものについて意見を交換している。
マクルーバは中東の米料理で、「ひっくり返した」という意味のアラビア語だ。最後に鍋で炊き込んだものを大皿に「ひっくり返す」からそのような名前が付いたと言われている。
中東の料理なので豚や牛は使わず、鶏や子羊が使われるけど、ここでは関係ない。魔物肉も入れて二〇種類ほどの肉や魚から選べるようになっている。
スパイスはシナモンを多めにして、それ以外にカルダモンとコショウが多く、一口食べると、「ああ、中東」と思うだろう。ひっくり返して皿に盛った上にトマトスライスやナッツを乗せる。
カレーはスパイスカレーで、コショウ、シナモン、カルダモン、ターメリック、コリアンダーシード、クミン、クローブ、ナツメグなどを使っている。飽きが来ないように週ごとに配合を変えているらしい。それはローサのアイデアだ。
ちなみに、ポークだのチキンだのと注文が入っているが、家畜や家禽の肉は高い。だから基本的には魔物肉だ。
ビーフと呼んでいるのは牛っぽい魔物のマッドブル。ポークはオーク。チキンは首を伸ばして振り回してくるハンマーチキンというダチョウサイズの鳥。山羊はピアッシング・ゴートという角の鋭い山羊だ。どれも美味いぞ。しかも一匹から採れる量が多いので単価は下がる。
他にも魚を揚げたものもトッピングにした。ダンジョンにはいろいろな魚がいたからな。そう、ここで使われている食材の多くはダンジョン産だ。米や野菜やスパイスは別だけど。
「オーナー、味見をお願いします」
「これは新作か?」
「はい」
この店はやや挑戦的な料理を出すことがある。俺が知っている米料理の中で、パパっと作れそうなものが選ばれる。その一つがここにあるロコモコ。もちろん本場ハワイのものとは違ってアレンジされている。
ご飯の上に生野菜を敷き、その上にビーフパティと目玉焼きを乗せてグレイビーソースをかける。パティは薄めにしてあるのですぐに火が通る。
ロコモコだけじゃないけど、一部にはトッピングを選べないものもある。これはトッピングが料理と完全にセットになったもので、それがなければ別料理になってしまうようなものだ。ナシゴレンやガパオのように、東南アジアの料理には目玉焼きを乗せることが多い。ただ卵はわりと高いので、それだけでトッピング代になってしまうというのが理由だ。
庶民向けとしてはやや高めの値段設定で、これ以上高くなると完全に高級店になってしまう。「ル・リ」の売上で「ル・ビストロ」の赤字を補うこともできるけど、店長としては微妙だろう。だから質を落とさずにどのように売上を上げるかを、メニューを検討しながら試行錯誤の毎日だ。
「卵は大丈夫か? けっこう使わ思わないか?」
「買い占めないように注意しています」
親子丼のように卵を溶きほぐすなら、ダチョウの卵くらいある魔物の卵でもかまわない。でも目玉焼きにするなら卵のサイズは鶏の卵くらいに限定される。そうなると鶏の卵しか使えない。
「養鶏場ができたら安心して使えるから、それ待ちだな」
「そうですね。よろしくお願いします」
卵の価格を下げるには量を増やさないといけない。そのためには鶏を増やす。
この世界には黒パンという、これさえ食べていれば死なないという謎物質がある。おかげであまり食事に関して積極的ではなかった。ただし、俺が領主になったんだから食事には力を入れる。贅沢をしろとは言わない。美味いものを食べたいと思えるような生活を送ってほしい。ただそれだけだ。
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