元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十六部:領主になること

年末

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「特に何かをすることもないのか」
「せいぜい使用人を労って、少々贈り物をする程度です。わたくしの実家ではそうでした」
 夕食が終わるとそのままお茶やワインが用意され、二次会のような雰囲気になった。そこで普段なら年末年始をどう過ごすか、それをリュシエンヌに聞いていた。
 この国には創造神話はあるけど、それに関して記念日のようなものはない。建国記念日のようなものもなく、歴代国王の誕生日などが祝日となっている。ただ祝日=休日ではないのが残念なところだ。
 一週間は火水風土白黒の六日がある。ただどれが週末や休日というわけでもなく、単なる週の区切りというだけだった。だからうちの屋敷では有給休暇を取らせるように指導している。
 そして年末年始もクリスマスのようなイベントがあるわけでもなく、単なる年が変わるだけ。それでも年末から年始にかけては使用人を労って贈り物をしたり、少し高価な食材を与えたり、交代で休みを与えたり、まあ何もしないわけではない。コンビニがあるわけでもないので、誰かが料理を用意しなければ食べられないからだ。
 あらかじめ買っておいたパンにハムを挟み、それにワインを添える。使用人を休ませるためにそういう食事をする主人もいるらしいけど少数派らしい。ただし品数を減らしたり、手間は省くことが多いそうだ。
 今のこの屋敷にはシュザンヌとジゼルとアネットとオリエの家族が泊まりに来ている。結婚式に参列するためだ。上げ膳据え膳というのは慣れないらしいけど、こんな機会はそんなにないと思うので土産話にいいんじゃないかと言ってみた。
 他にはアズナヴール伯爵のブノワ殿も遊びに来ている。この屋敷で色々と決まったこともあるからだ。
「まさか娘を嫁に出せるとは思ってもみなかったことですので、感無量です」
「手間をかけさせてしまった気がするんだが」
「いやいや、お気になさらず」
 リュシエンヌとタイスのが俺に嫁ぐことになった。
 あれからリュシエンヌとタイスの間で話し合いがあり、タイスをリュシエンヌの妹とすることになった。さすがに侯爵家の生まれなのに平民として嫁ぐのは可哀想だろうと、ブノワ殿もそれに賛成したからだ。そこで問題になったのが、誰がタイスをエスコートするかだった。
 結婚式で花嫁をエスコートするのは父親の仕事になる。でもレアンドル侯爵のエミール殿を呼ぶわけにもいかない。そこで王都にあるレアンドル侯爵家の屋敷で執事ブティエをしているアドルフという男が務めることになっている。
「お嬢様たちがお元気にされていることは分かって思っておりましたが……」
 そのアドルフが目を潤ませている。タイスが生まれた時から知っているから、自分の子供のようなものだろう。
「次はミラベル様でございますね。それまで頑張らねばなりません」
「それは当分先だろう」
 タイスにはミラベルという妹がいる。だからミラベルもアズナヴール伯爵家の娘になっている。リュシエンヌが三女、タイスが四女、ミラベルが五女ということになる。
 そのミラベルはもう俺の妻になる気満々だけど、今年でもまだ八歳だ。
「数年のうちに姉様のように立派な胸になってシュウジ様を喜ばせたいと思います」
「胸があればいいというわけでもないからな」
「そうです。大切なのはシュウジ様に対する想い。胸よりもそちらの方が大切です」
 少々酒に酔ったリュシエンヌが自分の胸とタイスの胸を見比べながらそう言い切った。言い切らなければやっていられないという表情だ。
 タイスは出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。リュシエンヌは全体的になだらかだ。もちろん俺は山だけではなく丘も愛することができる。どちらが優れいているというわけでもない。
 侯爵家くらいになると自前で鳥を用意することもあるそうだ。それで領地にいるエミール殿とやり取りしてアドルフが出席する許可を取ったらしい。
 エミール殿はタイスを嫌っているわけじゃない。跡取りにはできないしルルーの家名を名乗らせることもできない。でもこれまで育ててきたという繋がりはある。
 複雑な思いがあるのは理解できる。娘と思っていたら娘ではなかった。ではそれまでの感情は嘘なのかと思えばそうではない。自分は出席することはないけど幸せに暮らしてほしいと手紙には書かれていた。
 ちなみにクローディーヌはあれからすぐに姿を眩ましたそうだ。屋敷にいてもいいことはなかっただろう。貯めていた金が相当あるはずだから野垂れ死にすることはないだろうというのがアドルフたちの考えだ。おそらく調べればどこにいるかは突き止められるとは思うけど、そんなことをしても誰も幸せにならない。世の中には知らなくてもいいことは多い。俺たちに迷惑をかけようとすれば排除するけど、そうでなければどこか遠くでそれなりに幸せになってくれればいいと思う。
 俺にだって欲はある。でも欲をかきすぎればロクなことにならないと分かっている。だからこそ過分な権力や地位から遠ざかりたかったというのもある。
 この国に限った話ではないだろうけど、力のある者はそれ相応の地位に就く。誰もが努力をしてその地位を得るわけだから。俺が就いたばかりの大臣を譲った時には欲がないと言われたけど、領地を受け取ったわけだから、それはまた話が別だろう。
 ただ正直なところ、あまり税収が見込めない領地なら王都で大臣をする方がいいらしい。領地経営で失敗する可能性がなくなるわけだから。滅多にないそうだけど、大雨で村が流されたり、干ばつで麦が枯れたり、そういう心配はなくなる。
 でも実際に向こうに行ってみたら領地経営もありだと思ってしまった。まあ王都から離れれば王都での貴族の付き合いも減る。嫌とまでは言わないけど気疲れするのは間違いない。
 当分の間は化身アバターや複体を使って、一応二重生活をするつもりだけど、俺もいずれは普通の貴族になるつもりだから、早めに王都の方を切り上げてもいいのかもな。
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