元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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最終部:領主であること

妊娠発覚

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「月のものがありません」
 エコからそういう報告を受けた。するとララとロラも近づいてきた。
「旦那様、実は私もありません」
「私もです。遅れているだけかもしれませんが」
「そうか。しばらく様子を見てくれ。それと無理はしないようにな。特に二人は無理をしがちだから、しばらくは遠出はやめてくれ」
「はい。さすがに大人しくしています」
「歌や物語をまとめることにします」
 ……子供ができたか? できたんだよな? そうだよな? 俺の子供だよな? いや、正直なところ、自分に子供ができることは想像できなかった。男女でかなり違うらしいな。男の場合、自分の体の中にできるわけじゃない。だから子供ができたと聞いても半信半疑なんだそうだ。これは信じていないわけじゃなくて、実感がないからだろう。あくまで女性側の申告があって初めて分かるからだ。
 そうか、俺も父親か。父親不在で母親に育てられ、それで小学校の途中で母親が蒸発して一人で暮らして、二〇代前半に死んでしまってこの世界に召喚された。その俺が父親か。父親って何をしていいのか分からないな。話には聞いていたけどピンときていない。
 仕事が仕事だったから、生でヤッて孕ませておいて消えた男の子供を育てるシングルマザーを何人も見てきた。そういう女性の場合、相手の男についてはボロクソに言っていたけど、産んだ子供にはとにかく愛情を注ぐ。でもそれは大変なことで、心のバランスを崩してしまうこともあった。その結果がニュースでもよく流れていた、子供を放ったらかしにして男と遊び歩いて子供を死なせたというあれのことだ。
 どうしてそんなことをするのかと普通に働いている人は思うだろう。でもギリギリの暮らしをしているとどこかで心が壊れる瞬間がある。いや、その瞬間があったことを周りのみんなは知ってしまう。相談できるならしているはずだ。相談もできないほど心が壊れていたんだろう。
 俺はそのあたりに関しては慎重だった。自分の体が壊れかけていることは分かっていた。子供を作って先に死ぬ、そんなことはしたくなかった。
「シュウさん、別に誰が先とか言いませんけど、あの二人が私の次だったのですか?」
 ララとロラが下がると、エコが俺に抱き付きながら聞いてきた。
「お前とした時に【避妊】を使わなかっただろう」
「はい」
「あれで使うのを忘れてしまった」
 エコを連れて屋敷に戻ったら、ちょうどその日があの二人が旅から戻った日で、それで俺に抱いてほしいと言ったから抱いて、その時にも使うのを忘れた。それでしばらく二人を連れてこっちに来て、あれから一緒に領地を回ったりしたから、その間もずっと抱いていた。そのどこかだろう。あれからは誰にも一度も使っていない。領地持ちになったから気にしなくてもいいと思うようになったのも大きいか。
「それでしたら順次妊娠が発覚するかもしれませんね」
「あまりに多いと大変だけどな」
 できるかできないかは神のみぞ知る。俺は神だけど妊娠には関係していない。愛の神は愛を囁いて愛を教えるだけで、その直後のことについては別の神の担当だ。丸投げだけど。
 俺は早死にしたけど、この世界では運がいいみたいだから、おそらく子供はできるだろう。それに貴族は子供を作るのが仕事の一つだ。跡取りができなければ困る。それに政略結婚とか婚姻政策とかは考えたくはないけど、そういうことも必要だ。

 ◆◆◆

 三人の妊娠発覚が引き金となったように、次々と妊娠の報告が入った。エルシー以外の全員だ。エルシーもそのうちだろうと思うけど。
 とにかくだ、生まれてくるのが早いか遅いかという違いはあるだろうけど、今年の年末から来年初めごろには出産ラッシュだな。
 ミレーヌとフランの二人の妊娠がやや遅いのは助かった。子供が産まれて詳しく調べられれば、明らかに人間ではないと分かってしまうからだ。
「シュウジさん、どのタイミングでここを離れますか?」
「それなんだよな。俺としても思った以上に入れ込んでしまった」
 俺は勇者としてこの世界に呼ばれた。勇者というのはすべての人の上に立つ存在だと。でも俺は人の上に立つつもりはなかった。公爵として領地をもらい、それでいいと思っていたし、今でもそう思っている。
 それでも人は生きていれば欲も出る。最初はエミリアの尻だった。あの尻は素晴らしい。ミレーヌでも一歩及ばないだろう。エミリアを抱いていられるならどんな面倒な立場でも引き受けよう、そう思えた。
 そんな好き勝手生きている俺でも問題になることがある。それは年をとらないことだ。俺と俺が抱いた女性にはステータスに〔不老化〕という項目がある。これをオフにすれば年をとらなくなる。女性としては年はとりたくないのは当然だから仕方がない。だからこそ別の方法を探す必要がある。
「シュウジさん、そろそろ神域のほうが使えると思います」
「俺は大丈夫だとして、みんなはどうなんだ?」
 俺とミレーヌとフランだけが大丈夫でも他が死んでは困る。生身の人間が生きていける場所ではないそうだからだ。
「そのあたりは問題ありません。みんなシュウジさんに抱かれていますし、一度身ごもれば間違いなく高い神格を得ます。問題なく神域で暮らせますよ」
「最初のうちは息苦しさを感じることもあるかもしれませんが、すぐに慣れますわ」
「そうか。それなら……跡取りが成人するあたりで隠居するか。それまでに領地を豊かにしておこう」

 その時はそんな風に呑気のんきに考えていた。それから一年も経たないうちに、そうも言っていられない状況になるとは誰も想像できなかった。
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