元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十六部:領主になること

来客

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 先日エウロードの使用人たちがやって来てここの使用人たちと交流していた。年が明けて向こうでの生活が中心になると、ある程度の人数をこちらから連れて行くことになる。でもそれだと全体的に足りなくなる可能性もある。
 まずエウロードには御者がいない。馬番はいたから馬の面倒は問題なかったけど、出かけるなら御者は必要だ。領主が歩いて出かけるのは体裁として良くない。領主は領主らしく、だそうだ。そうでないと領民が恥ずかしい思いをすると。気さくで親しみやすいのと軽いのとは違うようだ。
 御者に限った話ではないけど、一度全体を見て、場合によっては仕事を変え、それでも足りなければ追加で雇うことも考えている。
 俺の場合は王都の屋敷の方が大きいというややこしい状態だから、必要な時に連れて行くというのとはまた違う。
 王都をメインにして領地にたまに帰るのでもいいのかもしれないけど、これまでのダメな領主とは違うということをアピールする必要もある。できる限りエウロードにいるのが望ましい。そういう話になっている。
 俺の場合は完全な二重生活ができるだろうし、おそらくそうするのが気分的にも楽だ。だからどちらの屋敷もそれなりに使うことになる。瞬間移動ができるからな。そのせいで忙しくなるだろうけど。
 あれからこっちのメイドたちが向こうに行き、屋敷がどうなっているかを確認していた。その時に気にしていたのが使用人たちの暮らす建物。
 エウロードの屋敷の裏には使用人用の建物もあったけど古かった。あれは新しくすべきだろう。そう思って隣に新しく建てるようにとエルネストに言っておいた。魔道具も設置していいので、贅沢でなくてもいいけど快適に暮らせるレベルにするようにと。彼なら上手くやってくれるはずだ。

 ◆◆◆

 年末も近づき、屋敷がバタバタしている。別にクリスマスがあるわけでもないので、モミの木に飾り付けをするとか、そういうのではない。俺は年が明けたら結婚式があるから、そのために訪ねてくる客が多い。簡単に言うと新婦の家族だ。一部には宿泊してもらっている。
 宮中伯をしているからいつでも王都にいるアズナヴール伯爵リュシエンヌの父親はいつでも会えるとして、モナンジュ男爵オレリーの父親ロジエ男爵ベラの父親は社交の時期でないとなかなか会えない。
 王都やその周辺にいるエミリアやワンコの両親はすぐに来れるけど、シュザンヌやジゼル、オリエ、アネットたちの両親は遠方にいるので、早めに王都に来てもらってこの屋敷で滞在中だ。最初はみんなガチガチに緊張していたけど、屋敷の中の雰囲気が軽めだからすぐに慣れてくれた。今は結婚式用の服を仕立てたりしている。
 もちろん新婦たちのドレスはすでにできている。俺の分も完成している。父親は娘のエスコートがあるから、そのために採寸したり、まあそれなりに屋敷の中が忙しい。
 ところがある日、それとは別に来客があった。こんな時期に普通に訪ねてくるとは珍しいと言えば珍しい。社交の時期ではあるけど、さすがに年末はあまり出歩かない。
「旦那様、ヴィクトリーヌ醸造所のオーギュスト殿が連絡したいことがあると」
「連絡か……。分かった、会おう」
 俺はそのまま応接室に向かった。

「ご無沙汰しております」
「ああ、あれからどうだ?」
「おかげさまで、来年はかなりのワインが期待できると思われます」
「それは楽しみだ」
 俺の知っている樽を使い、オーギュストのやり方でワインを仕込めばかなりの質になるだろう。
「それで今日は?」
「はい、実はお願いがございまして……」
 オーギュストが俺に頼んだのは、ラヴァル公爵領でワインを作らせてもらえないかということだった。もちろん今のヴィクトリーヌ醸造所を閉じるわけではなく、事業拡大の一環として、この国の南部で作ってみたいということだった。ヴィクトリーヌ醸造所はより質の高いワインを作るというのが目標だからだ。
 ヴィクトリーヌ醸造所があるショムニーの町は、王都の東にあるボンの町などと同じく貴族の領地じゃない。いわゆる直轄領になっている。だから俺がワイン造りについてアドバイスをして、その代わりに優先的に作ってもらえることになった。
 オーギュストと樽職人のアンドレはブドウ作りをやめようとしている農家と話をして、その土地を譲り受けて事業を拡大しようとしていた。それは問題ない。いざとなれば資金提供してもいいと思っているくらいだ。ブドウ作りは大変らしいからな。
 ワインのためのブドウは地球のものと同じとは限らないけど、適した地域というのはおそらく同じだろう。雨が多すぎない、日照時間が長い、昼と夜の寒暖差がある。
 ショムニーは丘陵地にあって、この三つの条件は満たしているが、気温は全体的に低い。そもそもフレージュ王国が大陸の中央より北にあり、ショムニーはその国の中でも真ん中やや北側にあるからだ。王都は真夏でも三〇度を超えるかどうかというところだった。
 一方でラヴァル公爵領はこの国でもほぼ一番南にあり、大陸の中央に近い。雨はそれほど多くはないそうだけど、夏場は三五度くらいにはなるそうだ。それでも蒸し暑くはないのでまだ日本に比べれば過ごしやすい。
 領地の西から南にかけては山があり、ダンジョンがあるのはもちろんだけど、ブドウ畑もある。当然ワイン造りが行われているけど、この国のごく普通のワイン、つまり俺からするとスモーキーすぎるワインだった。
 そう考えるとヴィクトリーヌ醸造所が手を貸してくれるなら大助かりだ。実際のところ、いずれこちらから協力を求めようと思っていた。ヴィクトリーヌ醸造所と提携したいとエルネストに言ったくらいだ。
「実はワインについては俺の方から頼もうと思っていたところだ」
「そうでございましたか」
「ああ。つい先日向こうの領地を確認してきた」
 確認してきたと言っているが、今でも確認中だ。俺の複体はララとロラの二人と一緒にまずはエウロードの市街、それから周辺の町、さらにもっと離れた村と、順番に回ることになっている。俺の本体は王都にいて、結婚式の準備をしなければならない。年が変わればすぐだからだ。
「向こうの醸造組合とまだ話はしていないが、年が明けて向こうで暮らし始めれば話をしようと思う。その時に同行してほしい」
「もちろんでございます」
「移動についてはドラゴンのトゥーリアに乗っていくか、それとも異空間を利用して一瞬で移動するか、どちらかになる。馬車で長々と移動する必要はない」
「それは……貴重な体験ですね」

 とりあえず俺とオーギュストで話はついた。向こうの組合と話をする際には実際に俺が説明したやり方でやっているオーギュストが話をしてくれる方が話を通しやすいだろう。その時に熟成中の樽を向こうへ持っていってもらうことになった。
 熟成期間としては十分ではないけど、ボジョレー・ヌーヴォーのように六週間ほどで出荷されるものもあるから、年明けまで待って三か月ほど熟成したものを確認するついでらしい。醸造家であればその時点でどのような味になるかは想像できるということだ。俺にはそこまでは分からない。餅は餅屋、ワインは醸造家。俺としては美味いワインができるのを待つだけだ。
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