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最終部:領主であること
名産品
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「もう少し名産品があってもいいよな。ワインの増産にも限界があるからな」
南部地域は王都周辺に比べれば温暖だ。だからエールよりもワイン作りが盛んなのは間違いないけどエールよりも高価だから庶民は手を出しにくい。つまり名物にはなりにくい。
チョークも同じだ。目新しいかも知れないが、材料の貝殻はベックから王都に運ばれている。このあたりで見つかるものじゃない。石灰石があればそれが使えるかも知れないけど、名物にはならないよな。
「そうでございますね。名産品というのは……ありませんね。強いて挙げるなら青茶でしょうか」
「青茶か……」
青茶。パッと聞くと意味が分からないかもしれないけど、文字通り青色の紅茶だ。見た目は真っ青で紅茶とは完全に別物だけど味は紅茶。厳密には茶葉じゃなくて花びらだ。このあたりで「青茶の花」と呼ばれている花の花びらを熟成させたものにお湯を注ぐハーブティーの一種と言ったらいいんだろうか。
紅茶の呼び方は「テ」だけでもいいけど、黒い茶を表す「テ・ノワール」や赤い茶という意味の「テ・ルージュ」という言い方もある。だから緑茶は緑の茶という意味の「テ・ヴェール」、紫茶は同じく紫の茶「テ・ヴィヨレ」になる。ちなみに青茶と紫茶はハーブティーだ。茶葉を使っていようがいなかろうが、茶という言葉が使われる。でも「ティー」でも通じる。わりと曖昧だ。
「お口に合いませんでしたか? 紅茶は庶民が口にするには高価ですので」
「いや、青茶も紫茶も飲んだことはある。味はともかく色がなあ……」
紅茶や緑茶はどこででも作られているけど、基本的には高級品扱いだ。貴族なら普段使いになるけど、平民なら贈答品として使われることもある。製造時に出る粉みたいな茶葉は安い値段で販売されている。それでもそれなりの値段がする。だから地方の庶民は青茶や紫茶を口にする。味は紅茶と緑茶に近いからだ。色の違いだけだな。
俺が王都の屋敷で生活を始めた頃、使用人たちは俺が飲んだ後の出涸らしで淹れて飲んでいた。それも俺の許可を取った後で。出涸らしですら俺の所有物だから勝手に使ってはいけないからだ。勝手に使うと窃盗扱いになるからクビにされてもおかしくないんだそうだ。
そういう話を聞いてからは紅茶はある程度の量を好きに使えるようにした。今では商会経由でまとめて買っているから制限なしで使えるようにしている。この屋敷でも同じだ。
俺はケチじゃない。それに美味い焼き菓子には美味い紅茶が合うだろう。せっかく美味いケーキを食べるのに飲むのが水じゃ台無しなのと同じだ。だから紅茶くらいは好きに飲めるようにした。むしろ飲めと言っている。
食事の時にお茶を飲むのはかなり理に適っている。中華でもイタリアンでもそうだけど、口の中が脂っこく感じたらお茶がいい。水じゃダメだ。お茶は脂を流してくれる。水は薄めるだけだ。生クリームなんかも同じで、口の中をサッパリさせたいなら水じゃなくて紅茶だ。
ただ世間的には紅茶は高い。だから青茶や紫茶が飲まれている。でも色が微妙だ。青って食欲がなくなる色だからな。紫茶は青と紫とグレーを足したような色だからまだ濁った野菜ジュースと思えば飲める。でも青はなかなかキツい。
ワンコの実家はカフェをしてたけど、あれは王都や大都市だからできる店だ。小さな町でやっても客は来ない。飲食は基本は酒場か屋台でするからだ。
「他の領地から買い付けに来るような名物となるとなかなかないでしょう」
「まあそれを作るのが俺の仕事なんだけどな」
王都の商会では新作の焼き菓子なども販売している……そうか、なにも新作でなくてもいいのか。
「王都で売っているものを売るのでもいいか。王都からは遠いからな」
「その考えもありますね。王都と同じものが買えるとなると喜ぶでしょう」
そうだな。その方向でもいいか。
俺がまだ店で元気に働いていたころ、年配の誰かが言っていた。昔はオシャレな普段着がなかったと。普段着にできそうなのはゴルフで着るようなポロシャツくらいだったと。ブランドのショップは田舎にはなかなかやって来ない。当時の流行の先端は東京の百貨店。だから東京までみんな買い物に行っていた。
それがユニク〇ができると都会でも田舎でも、全国どこでも同じ服を買うことができた。ユニ〇ロはどこにでもあるからな。ある意味ではファッションのあり方を変えたのがユ〇クロだ。その煽りを食って自分のブランドが潰れたと……ああ、あの客か。
「あまり高いものも売れないだろうから、王都と同じものを王都よりも安めの値段にして販売するか」
「王都と同じというだけで喜ぶ客は多いでしょうね。シュウジ様なら嘘でも現実味がありますので」
「俺は嘘は言わないぞ。本当のことを口にするとは限らないけど」
「失礼いたしました」
エルネストが頭を下げる。俺は嘘は言わない。ぼやかして言うことは多いけどな。
「いや、俺が知っているこの世界のことは限られているからな。周りの助言がなければ俺には何もできない。助言でもでも批判でもいいから言ってほしいというのが本心だ」
なかなか領主に対して批判は口にしにくいだろうけど、おべっかばっかりでは領地が滅ぶ。お互いにさじ加減が難しいな。
南部地域は王都周辺に比べれば温暖だ。だからエールよりもワイン作りが盛んなのは間違いないけどエールよりも高価だから庶民は手を出しにくい。つまり名物にはなりにくい。
チョークも同じだ。目新しいかも知れないが、材料の貝殻はベックから王都に運ばれている。このあたりで見つかるものじゃない。石灰石があればそれが使えるかも知れないけど、名物にはならないよな。
「そうでございますね。名産品というのは……ありませんね。強いて挙げるなら青茶でしょうか」
「青茶か……」
青茶。パッと聞くと意味が分からないかもしれないけど、文字通り青色の紅茶だ。見た目は真っ青で紅茶とは完全に別物だけど味は紅茶。厳密には茶葉じゃなくて花びらだ。このあたりで「青茶の花」と呼ばれている花の花びらを熟成させたものにお湯を注ぐハーブティーの一種と言ったらいいんだろうか。
紅茶の呼び方は「テ」だけでもいいけど、黒い茶を表す「テ・ノワール」や赤い茶という意味の「テ・ルージュ」という言い方もある。だから緑茶は緑の茶という意味の「テ・ヴェール」、紫茶は同じく紫の茶「テ・ヴィヨレ」になる。ちなみに青茶と紫茶はハーブティーだ。茶葉を使っていようがいなかろうが、茶という言葉が使われる。でも「ティー」でも通じる。わりと曖昧だ。
「お口に合いませんでしたか? 紅茶は庶民が口にするには高価ですので」
「いや、青茶も紫茶も飲んだことはある。味はともかく色がなあ……」
紅茶や緑茶はどこででも作られているけど、基本的には高級品扱いだ。貴族なら普段使いになるけど、平民なら贈答品として使われることもある。製造時に出る粉みたいな茶葉は安い値段で販売されている。それでもそれなりの値段がする。だから地方の庶民は青茶や紫茶を口にする。味は紅茶と緑茶に近いからだ。色の違いだけだな。
俺が王都の屋敷で生活を始めた頃、使用人たちは俺が飲んだ後の出涸らしで淹れて飲んでいた。それも俺の許可を取った後で。出涸らしですら俺の所有物だから勝手に使ってはいけないからだ。勝手に使うと窃盗扱いになるからクビにされてもおかしくないんだそうだ。
そういう話を聞いてからは紅茶はある程度の量を好きに使えるようにした。今では商会経由でまとめて買っているから制限なしで使えるようにしている。この屋敷でも同じだ。
俺はケチじゃない。それに美味い焼き菓子には美味い紅茶が合うだろう。せっかく美味いケーキを食べるのに飲むのが水じゃ台無しなのと同じだ。だから紅茶くらいは好きに飲めるようにした。むしろ飲めと言っている。
食事の時にお茶を飲むのはかなり理に適っている。中華でもイタリアンでもそうだけど、口の中が脂っこく感じたらお茶がいい。水じゃダメだ。お茶は脂を流してくれる。水は薄めるだけだ。生クリームなんかも同じで、口の中をサッパリさせたいなら水じゃなくて紅茶だ。
ただ世間的には紅茶は高い。だから青茶や紫茶が飲まれている。でも色が微妙だ。青って食欲がなくなる色だからな。紫茶は青と紫とグレーを足したような色だからまだ濁った野菜ジュースと思えば飲める。でも青はなかなかキツい。
ワンコの実家はカフェをしてたけど、あれは王都や大都市だからできる店だ。小さな町でやっても客は来ない。飲食は基本は酒場か屋台でするからだ。
「他の領地から買い付けに来るような名物となるとなかなかないでしょう」
「まあそれを作るのが俺の仕事なんだけどな」
王都の商会では新作の焼き菓子なども販売している……そうか、なにも新作でなくてもいいのか。
「王都で売っているものを売るのでもいいか。王都からは遠いからな」
「その考えもありますね。王都と同じものが買えるとなると喜ぶでしょう」
そうだな。その方向でもいいか。
俺がまだ店で元気に働いていたころ、年配の誰かが言っていた。昔はオシャレな普段着がなかったと。普段着にできそうなのはゴルフで着るようなポロシャツくらいだったと。ブランドのショップは田舎にはなかなかやって来ない。当時の流行の先端は東京の百貨店。だから東京までみんな買い物に行っていた。
それがユニク〇ができると都会でも田舎でも、全国どこでも同じ服を買うことができた。ユニ〇ロはどこにでもあるからな。ある意味ではファッションのあり方を変えたのがユ〇クロだ。その煽りを食って自分のブランドが潰れたと……ああ、あの客か。
「あまり高いものも売れないだろうから、王都と同じものを王都よりも安めの値段にして販売するか」
「王都と同じというだけで喜ぶ客は多いでしょうね。シュウジ様なら嘘でも現実味がありますので」
「俺は嘘は言わないぞ。本当のことを口にするとは限らないけど」
「失礼いたしました」
エルネストが頭を下げる。俺は嘘は言わない。ぼやかして言うことは多いけどな。
「いや、俺が知っているこの世界のことは限られているからな。周りの助言がなければ俺には何もできない。助言でもでも批判でもいいから言ってほしいというのが本心だ」
なかなか領主に対して批判は口にしにくいだろうけど、おべっかばっかりでは領地が滅ぶ。お互いにさじ加減が難しいな。
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