元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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最終部:領主であること

醸造所のテコ入れ

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「この領地のワインはたしかに美味い。だがまだまだ上には上がある。皆にもこだわりがあるのは分かる。だからいきなり全てを変えろとは言わない。だが同じ材料、同じ道具でこれほど変わるならやってみる価値はあるだろう。もう一段上を目指してみないか?」
 俺はミレーにあるワイン醸造ギルドにこの町の醸造家たちを集めて説明していた。
 樽を作るためには木の板を曲げる必要がある。そのためには水をかけて燃えにくくした上で火で炙る。でもかなり熱を加えるから自然と樽の内側が焼けていた。軽く炙る程度じゃなくて焼けている。要するに燃えていなければいいという感じだ。だから新しい樽はかなりスモーキーになる。それはそれで味があるんだけど、ワインにはキツ過ぎるんだよな。ワイルドすぎる。もう少しマイルドでいい。
 ヴィクトリーヌ醸造所のオーギュストも日本のワインの方が美味いと言った。だからワインに関する味覚は地球でもここでも同じはずだ。だから少しずつ焼きすぎていない樽に変更をさせたいと思っている。でもいきなり全部を新しいワインに変えろなんて言わない。でもいずれは俺の知っているワインの味に変えていきたい。
 そのためには関わっている者たちに味を知ってもらう必要がある。目の前にはヴィクトリーヌ醸造所が一昨年仕込んだワイン、そして俺がアドバイスして去年仕込んだワイン、そして日本のワイン。三つを並べてテイスティングをしてもらった。去年のワインはまだ熟成されきっていないから中途半端だけど、方向性は分かる。
「この新しいワインはいずれ王都を中心に広まる。そうすればどこでも真似をするだろう。その時にこのギルドはどうする? 同じことを続けるか、それともさらに上を目指すのか。停滞は何も生み出さない。常に新しく何かを試すことが職人には必要だと俺は思う」
 今日明日で考え方を変えるのは難しいだろうけど、今のままでは売れ行きは変わらない。むしろ徐々に落ちていくだろう。そうなってからもう一度売り上げを伸ばそうと思ってもなかなか難しい。
「実は頼りになる助っ人がいる。これを作ったヴィクトリーヌ醸造所のオーギュストだ」
 俺は同行させていたオーギュストを紹介する。
「みなさん初めまして。王都シャンメリエの北西にあるショムニーの町、そこのヴィクトリーヌ醸造所で醸造家をしているオーギュストです。この度はより良いワインを作るためにこちらにやって来ました」
 これは本当だ。年末にやって来て領地の方で作らせてもらえないかと頼まれた。もちろん俺としても渡りに船で、その場で了承した。
 オーギュストたちはブドウ栽培をやめると言っていた農家から土地を譲り受けて生産量を増やそうとした。それは問題ない。でもショムニーは王都よりも北にある。この国の一番南に近いラヴァル公爵領ならどのようなワインが作れるだろうかと考えたそうだ。
 この国は北部では夏でもかなり涼しく、南部はかなり暖かい。王都周辺から南部まで、どこでもワイン用のブドウが栽培できる。でも暖かい土地の方がいいブドウが育つのは間違いない。暖かくてかつ寒暖差があるのが条件としては望ましい。
「ワイン用のブドウ自体はおそらく変わらないでしょう。ですがそのために使う樽の作り方、その使い方、そして熟成方法をお伝えしたいと思います」
「言っておくが、オーギュストが皆の上に立つわけではない。彼にはショムニーの醸造所がある。そしてこの領地のどこかにも醸造所を作る。二か所で同じ手法でワインを作って比較し、気候によってどれくらい違いが出るのかを知り、それで上を目指したいと言っている。その過程で皆に伝えられる技術は伝えたい、そういうことだ」
 オーギュストが話をしている間、いきなりやって来た彼がワイン醸造ギルドを牛耳るのではないかと思った者もいたようだけど、俺の説明で表情の険しさが取れたようだ。
 どの世界のどの分野にも利権はあるだろう。これまで得られていた利益が減るとなれば誰でも不満になる。でも利益が減らず、むしろ増える可能性があるとなれば話は別だ。誰でも喜ぶ。ただし『濡れ手に粟』ではありがたみを感じられなくなるのも事実だな。
「皆に言っておく。この樽の作り方は俺がオーギュストとその再従弟はとこのアンドレに教えたが、二人は俺が教える前から近いことはしていた。醸造家として上を目指すということはそういうことじゃないか? 俺が教えたやり方の方が優れているからその方法を採用する、それは問題ない。だが自分たちで常に試行錯誤して上を目指すことを忘れていないか?」
「「「……」」」
 伝統というものはたしかに大切だ。だがこだわりすぎては前に進まない。捨て去るべき部分は捨て、新しく受け入れるべきものは受け入れる。
「領主様、このワインの製法を教えてくださるのは間違いないのですな?」
 そう聞いてきたのはギルド長だ。
「もちろんだ。だがそこにあるワインは一つの到達点だとしても、そこに向かう道はいくつあってもいいはずだ。俺は元の世界のワインについてある程度は知っているが、この世界のブドウを使って作るのに樽にはどの木を使えばいいか、どれくらいの樹齢がいいか、そんなことは分からない。だからこそ細かな部分はオーギュストたちに任せた。醸造所が違えばやり方も変わる」
 この建物の中で海を見たことがある者は少ないだろうから例には出さなかったけど、俺が出した日本のワインは孤島にある灯台だ。彼らはそれを目指して様々な場所から海を越えていく。でもマストを張り、操舵しなければ目的地には到着できない。その試行錯誤がどう出るか。成功もあれば失敗もあるだろう。でも失敗は後退ではないはずだ。

 ◆◆◆

「旦那様、ワイン醸造ギルドから手紙です」
「どれ……なるほど……」
 ワインの醸造所を経営するのも楽ではない。ショムニーと同じように、オーギュストに醸造所を譲りたいという申し出もあった。オーギュストはそれを引き受けることにしたと。一からやるよりはずいぶん楽だろう。
 それでワインのほうだけど、いきなり全部新しい作り方にしてしまうと前のワインと違いすぎるので驚く客も出る。だから今年は三分の一程度にして、来年以降は少しずつ増やしていく。その判断は各醸造所に任せる。そのようなことになったようだ。二、三年後が楽しみだな。
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