元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十六部:領主になること

妻たちへの報告

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「正妻として迎えることになった第一王女のエコだ」
 俺がそう紹介するとエコは頭を下げた。
「この度シュウさんの妻となることが決まりましたエコと申します。ここでは新参者になりますが、妻として精一杯お役に立てるように頑張ります」
 エコと会ったことがないのはワンコだけだろう。他は王宮と何らかの形で縁があったはずだ。貴族の生まれなら話くらいはしたことがあるだろうし、王宮で働いていれば顔を見ることもあっただろう。
「エコはワンコやオリエと同じく転生者だ。向こうで俺の最後の面倒を見てくれていた」
 そう言うとワンコが目を大きく開いた。ワンコと別れた後の話だ。死ぬ前に別の女のところに転がり込んでいたとこっちで再会してから伝えていた。まさかその女がこっちで王女になったとは思わないだろう。ワンコはエコの顔をジッと見ていた。
「そういうことで正室問題が片付いた」
 俺が言いたいのはこの一言だった。
「シュウジさん、落ち着くべきところに落ち着いたんですね」
「まあな。どうなるかと思ったけどな」
 ミレーヌでないと誰にするか。まあようやく先に進むことができる。ミレーヌ自身が正室になることにこだわりがなかったからややこしくもあり楽でもあった。代わりがいればいいわけだったから。
「それで、俺としては順番なんて付けたくはないけど、どうしても式の時には必要になる。それを今から言うぞ」
 別にもったいぶりたいわけじゃないけど、どうせ必要になるものだ。
「第一夫人がエコ、第二夫人がエミリア、第三夫人がワンコ、第四夫人がオリエ。ここまでは前世の俺と関わりがある相手とした」
「シュウジ様、私はお三方とは違うのですが」
 エミリアは完全にこっち生まれだから一人だけ違う。でも無関係でもない。
「エミリアは俺をここに召喚してくれただろう。あの召喚の際にミレーヌは俺を勇者にしてこの世界に送り込んだわけだ。それに最初の予定通りにミレーヌを第一夫人にしていたらお前が第二夫人だった。どっちにしても変わらないな」
「そうですか」
 社交で一番メインになるのが第一夫人、つまり正室だ。第二夫人は第一夫人が都合が悪い場合などに代わりに出かけてもらうことがある。第三夫人以降はお茶会には出るだろうけど、晩餐会に同行させることは少ないはずだ。だからエミリアにはそれなりに頑張ってもらう必要がある。でもオレリーのおかげで正しいマナーも身に付いたはずだ。
 正しいマナーと言ったけど、エミリアは行儀が悪いわけではなかった。むしろ礼儀正しすぎた。でも高い地位にある者が頭を下げ過ぎると下の者が気を使ってしまう。だから最初の頃はばかりをしていた。
「第五夫人がミレーヌ、第六夫人がフラン、第七夫人がリュシエンヌ、第八夫人がタイス、第九夫人がベラ、第一〇夫人がオレリー」
 ミレーヌとフランはこの位置にした。このあたりなら子供が生まれても表に出さなくても問題ない。そしてその後には元貴族出身者を入れた。
「私はもっと後ろでもよかったのですが」
「でもタイスさんは本来ならわたくしよりも前だったはずです」
「そうです。事情があるとは言ってもタイスさん侯爵家の生まれですから、私よりは前にいてもらいませんと」
 タイスとリュシエンヌとベラが話し合っている。オレリーがその輪に入っていないのは元が使用人だからだろうか。
「第一一夫人がシュザンヌ、第一二夫人がアネット、第一三夫人がジゼル。こんな感じだ」
 それから元使用人の三人。ここは年齢も考慮に入れた。
「シュウジ様、私は?」
 そんなことを聞いたのは、家族の中で一番年下のミラベルだ。
「ミラベル、これは結婚の話であって、家族の順位付けじゃないぞ」
「それはそうですが、私だけ仲間外れな気がします」
 ミラベルはねたように頬を膨らませた。さすがの俺でも七歳を妻とは呼びづらい。実際にそれくらいの年で婚約者がいるのはザラらしいし、結婚することもないわけじゃない。幼児趣味を持った貴族ならそれくらいの相手でも抱くそうだ。でも俺には無理だ。
「ミラベルちゃん、シュウジには私の方からよーーーくお願いしておくから大丈夫よ」
「ありがとうございます、テルミお母さん」
 ミラベルが母さんに抱きついた。最近の母さんはマリー=テレーズではなくテルミと日本時代の名前で呼ばれる方がいいらしい。ステータスでも【名前:テルミ(マリー=テレーズ)】になっていた。以前と逆だ。
 母さんはこっちに来てからは子供を作っていない。だから産んだのは俺だけだ。どうも話に聞けば俺の次娘も欲しかったそうだけど、夫が俺以上のロクデナシだったらしくて諦めたそうだ。こっちに来たら来たで娼婦をしていたから子供は作りにくかった。だからミラベルはその代わりと言っちゃなんだけど、母さんにとっては欲しかった娘らしい。ダダ甘やかし状態だ。
「結婚式のために順番は付けたけど、普段は順番を付けるつもりはないぞ。あくまで必要があったから付けただけだ。基本的にはみんな平等だ。差は付けない」
 差は付けないと言ったけど、俺の中ではどうしてもミレーヌが一番になる。それでも全員大切なのは間違いない。いきなりエコがやって来て正室になったから不満でも出るかと思ったら、特にはなかった。俺が日本で死ぬ前に世話になったと言ったのが大きいだろう。俺も世話をしていたからお互い様だけど。
 それとエコが偉そうに見えないのも大きいか。王女だからそういう態度を取ることもできるけど、元々は大人しい子だった。
「あ、そうだ。忘れないうちに言っておくと、領地を貰うことになった」
 エコのことがインパクトがありすぎて、領地のことを忘れかけていた。別に貰わなくてもよかったものだからな。
「どのあたりなんですか?」
「昨日まで出かけていたルニエ子爵領だ」
 ミレーヌの質問に地図を見せながら説明することにした。
「最初に行ったダンジョンがここだ。そして今回がここ。一番南にある領地三つのうちの一つだ」
 最南端のど真ん中にあるのがマラン伯爵領。その西がルニエ子爵領、東がティボー子爵領。マラン伯爵領にはダンジョンはないけど領地は広い。ティボー子爵領にはダンジョンがある。いずれはダンジョン経営について話がしたいな。

 ◆◆◆

 説明が一段落してエコと妻たちの話し合いも終わると、エコが側に寄ってきた。
「シュウさんって思った以上に真面目だったんですね」
「真面目か? どこがだ?」
 真面目ではないと思うなあ。
「順番を決めないあたりです」
「順番か……」
「序列がないということは全員を平等に扱うということではありませんか?」
 平等なあ。差はあることはあるんだけどな。エコには悪いけど、俺の中では最初からミレーヌとそれ以外で分かれてしまっている。ミレーヌ以外は同じになってしまうんだよな。ただみんな好きで大切にしたいと思う。そこに順番は必要ないだろうというだけだ。
 アーサー王の円卓の騎士でいえば、円卓だから上座と下座はないけど、アーサー王の左右はどうなるんだと。やはりそこは特別ではないかと。身分に関係なく発言できる場という象徴としては意味があるけど、実際には距離感の問題はあるよな。
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