元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十六部:領主になること

領地の視察へ

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「とりあえず二、三日だけ向こうに行ってくる」
「畏まりました」
 俺はダヴィドに後を任せると、領都エウロードに向かうことにした。とりあえず向こうがどうなっているかを確認するためだ。
 アドニス王によると、すでにルニエ子爵とその一族、そして甘い汁を吸っていた者たちはいないはずだけど、屋敷の中がどうとか、使用人がどれだけ残っているかとか、そういうことが分からないからだ。ザックリとした情報はあることはあるけど、自分の目で見る方が確実だ。
 ついでにララとロラを向こうに連れて行くことにした。前に言っていた情報集めをしてもらうためだ。大切な情婦だから、危険なことをさせるつもりはない。領主が変わったことがどう思われているかなど、実際に領民たちに混じってみなければ分からない雰囲気などを肌で感じてもらうためだ。
「ララとロラは向こうで好きに活動してくれていい。南部はあまり行ったことはないって話だよな?」
「はい。カロシュ王国には行ったことがありますので、東の方はあります」
「西と南の方はなかなか行く機会がありませんでした」
「それならまずはエウロードの屋敷に行くから向こうの使用人たちに紹介する。明日以降は自由にしてくれてかまわない。領内を好きに回ってくれ」
「ありがとうございます」
「お役に立てる情報を集めます」
 二人は身軽で話が上手なので、酒場や街角などで歌や演奏を披露しつつ噂話を集めるつもりのようだ。

 ◆◆◆

「トゥーリア、ひとっ飛び頼む」
《うむ、腹ごなしに出かけるとするかの》
 トゥーリアはあまり食事は必要としない。ドラゴンという生き物は不思議なもので、鱗が魔力の元になる魔素マナを集める。だからそこにいるだけで自然と魔素マナを吸収するので空腹はそれほど感じないらしい。頭の先から尻尾の先まで三〇メートルほどあるのに思ったよりも小食だった。
 ただ食事ができないわけではない。前に牛か何かを丸焼きにして食べていたこともあったので聞いてみたら、食事は嗜好品に近いものだった。
 他には干し肉(魔素マナ製)だろうか。あれはかなり高純度な魔素マナでできているので、トゥーリアに食べさせてみたらたまにでいいから欲しいと言われた。まだまだあるから、こうやって乗せてもらった後にでも渡そうと思っている。

 トゥーリアの背に乗って移動する。乗ればあっという間だ。トゥーリアがその体を一度体を沈めてからグッと力を入れたかと思うともう空にいる。
「本当に空を飛んでいます……」
「これはどう表現すべきか……」
 二人は初めて空を飛んだことをどう受け止めていいのか困っているようだった。俺は日本で東京タワーとかスカイツリーとか、ああいう高い場所から見下ろしたことはある。飛行機の窓から地上を見下ろしたこともある。でもこの世界で生まれればそういう機会はない。ほとんどの人間は足の裏を地面から離す機会はないはずだ。
「怖くはないか?」
「それは大丈夫です」
「身を乗り出すのは無理ですが」
「俺に捕まっていれば大丈夫だ」
 二人はさっきから俺の腕を掴んでいる。表情はあまり変わらない二人だけど、いつもに比べるとやや硬くなっていた。

 しばらくすると視線の先には新しいラヴァル公爵領が見えた。この国でほぼ一番南にある領地。一番南になるのがラヴァル公爵領の一つ東にあるマラン伯爵領。若干だけどそっちの方が南だ。
「トゥーリア、あの真ん中にある大きな町がエウロードだ。その中でおそらく一番大きな建物が俺の屋敷だろう。その庭に降りてくれ」
《了解。少し頭を下げるぞ》
 俺にではなくララとロラに向かってトゥーリアはそう言った。飛行機と違って、高度を下げる時にはトゥーリアの頭は下を向く。ジェットコースターの一番前に乗っているようなものだ。コースの頂点を越えれば次は下を向く。当然俺たちの目線の先が前から下に移動する。
「「キャッ——」」
「大丈夫だ」
 二人は片手で俺の腕を掴んでいるから、俺が落ちない限りは落ちることはない。それにトゥーリアは結界を張っているから、背中に乗せた者が簡単には落ちないようになっている。だから空いた方の手で支えなくても転げ落ちるようなことはないのに、何となくそうしてしまっている。

 ◆◆◆

 トゥーリアが屋敷の庭に降り立った。その背中から俺とララとロラが降りる。俺は大丈夫だけど二人は少しヨロヨロしている。
「気分は悪くないか?」
「体調は問題ありません」
「脚が少し震えていますが」
「そればっかりは仕方がない。何回か乗れば慣れるはずだ」
 二人が落ち着くのを待って屋敷に向かおうとすると、窓の向こうで使用人たちが右往左往しているのが分かった。話には聞いていると思うけど、いきなり庭にドラゴンが現れればなあ。
 正門の方にも門衛たちがいたけど腰が引けているな。それを責めるつもりはない。普通の人間として生まれ育って、職場にドラゴンが飛んできたら逃げるだろう。門衛たちは逃げなかっただけ立派だ。
 俺たちは別に急いでいるわけじゃないから、屋敷の方が準備できたら出いいだろう。だからもう少し待つことにした。

 しばらくすると玄関の扉が開いて使用人たちが現れた。数は一〇人か。全員じゃないだろうな。
「公爵様でございますね?」
 そう声をかけてきたのはまだ四〇代だろうか、髪を綺麗になでつけた男だった。
「ああ、シュウジ・コワレ・ラヴァル公爵だ。今後は世話になる」
「私は執事ブティエ代行を任されておりますエルネストと申します。お見知りおきください」
「代行ということは、前の執事ブティエはいなくなったということでいいのか?」
「はい。それで私がこちらに派遣されることになりました。私以外にもこの領地の各所に派遣されております。全員がルブラン侯爵閣下からの指示で動いております」
 なるほど、排除するだけではなく、その穴埋めまでしてくれたのか。そこまでされたら手を抜くわけにはいかないな。
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