元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十五部:勇者の活躍

エコ王女

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 俺が領主をする件については話がまとまった。ただアドニス王が俺に向かって頭を下げて、俺が下げなくてもいいと言い、しばらくの間「申し訳ない」「気にしていない」「それでも」「もうそれくらいで」「だが」という言い合いが続いた。普段相談に乗るとそうなることが多い。そのうちにどちらからともなくその話題から離れるのはいつものことだ。でも今日はそれから家族の話になった。俺の結婚もそう遠くないからだ。
 俺の結婚式は王宮の横にある大聖堂で行われることになっている。いつの間にかそうなっていたという感じだ。ただ誰を正室にするかで少々揉めることになって、まだ収まっていない。
 最初こちらに来た時には何も考えずにミレーヌを正室にしようと思って、少し前まではそのつもりだった。ただミレーヌとの間の子供は神になることが間違いないので、ステータスを見られると少々マズいと思うようになった。人間(のはず)の俺と守護天使(という建前)のミレーヌから神が生まれるという謎の展開になるからだ。
 子供の種族を知られたくないなら見せなければいい。それができれば何の問題もないけど、なかなかそういうわけにもいかない。それならミレーヌ以外の誰かを正室にした方がいい。ミレーヌ自身の提案でそういうことになった。ミレーヌは何番でも気にしないと言っているし、そもそも俺は順番なんて付けたくない。あくまで対外的なものだ。
 貴族の結婚事情については狭いところで婚姻政策を繰り広げている感じになっている。王族はどうかというと、目の前のアドニス王には妻が五人いる。愛人の人数は知らない。二人の王子がいて、正室との間にできた第一王子が王太子で、側室との間の第二王子は政治に関心がなく、魔法の研究にのめり込んでいる。王女は全部で五人いて母親はバラバラ。一番上のエコ王女が今年で一五歳になったそうだ。
 国王は世継ぎを作るのが最大の仕事だ。子供ができなければ権力争いが起きる。権力者はお盛んだと日本時代は思っていたけど、子供ができないことで後継者候補同士が戦争を起こして国が荒れる羽目になるなら頑張って子供くらいは作るよなあ。どっちの方が被害が少ないかって話だ。
「シュウジ殿にはあまり子供たちは会わせていなかったな」
「そうだな。最初くらいだったか。挨拶の際に一言二言くらい言葉を交わしたくらいだろう」
 俺は王宮にいても仕事で来ることがほとんどだった。式典などには関わらない。だから立場上、最初のパーティーでは挨拶したけど、それ以外にアドニス王以外の王族と接する機会はなかった。王宮と一口に言っても、王族の暮らす建物は俺が仕事をしていた場所とは離れていたからだ。
「実は今日話をしたかったのには、その、もう一つ理由があってな」
「その言いにくそうな顔は気になるぞ」
 アドニス王は言っていいのかどうなのか、女に別れを切り出す男のような表情をしていた。
「娘が……一番上の娘のエコだが、シュウジ殿にもう一度会いたいと言って聞かんのだ」
「会うくらいならいつでも問題ないだろう」
「それだけで済むかどうか……」
 ふむ。その表情から察するに何かあるんだろう。父親として複雑なのか、それとも俺に迷惑がかかると思っているのか。しかし接点がないからな。長々と話をすれば何かの間違いで落としてしまうこともあるかもしれないけど、接点がなければどうしようもない。日報紙を読んで惚れたって可能性もなくはないけど、それならもっととんでもないことになっているだろう。
「隣の部屋で待たせている。実際に会ってもらった方が早いだろう」
 そう言うと従者が外に出た。そうか、準備万端だったのか。会わないと言っても無理やり会いにきたかもしれないな。
「おそらくシュウジ殿でも驚くと思う」
「何に驚くかは言わないんだな」
「娘には言うなと言われているからな」
「それは何かがあると言っているのと同じだと思うんだが……」
 何が起きるのかと身構えていると、すぐにエコ王女が従者に連れられて部屋に入ってきた。若いながらも王族の女性に相応しい穏やかな笑みを浮かべていた。内心はどうなのか分からないけどな。王族は内面を顔に出さない。アドニス王も滅多に表情を変えない。でも俺と一対一の時にはそれなりに表情豊かだ。ルブラン侯爵と話をする時もそうなんだろう。ギャエルとファーストネームで呼んでいるくらいだ。
「シュウジ様、お久しぶりでございます」
「久しぶりだ、エコ殿下」
 今のところ俺だけに許されているはずの王族に対する親しい呼びかけ。いずれはこの言葉遣いも直さないといけないだろう。俺は公爵だけど勇者でもある。公爵は国王よりも下で、勇者は国王よりも上。でも俺に子供ができれば当然その子は勇者じゃなくて普通の貴族だ。俺の子供が社交を始める頃にはもう少し状況も変わっているだろう。
 そんなことを考えていたらエコ王女が眉をひそめた。
「シュウジ様、まだお気づきになりませんか?」
「何にだ?」
 エコ王女の質問が引っかかった。何に気づけと? もう一度振り返る。最初の挨拶以降、見かけたことはあったかもしれないけど話をしたことはない。間違っても手を出したことはない。そんなことをすれば大問題になる。
 もし俺が王女を求めればアドニス王はその要求を受け入れるだろう。王女もそうだろう。ただやり過ぎれば他の貴族たちから反発を食らう。かつてのラヴァル公爵のように。気がつけば周囲は敵だらけという状況だけは避けなければいけない。俺は空気が読めないわけじゃない。
 さらに俺が中心になってダンジョンの暴走スタンピードを何度も食い止めた。さらにドラゴンのトゥーリアが屋敷にいる。俺の存在は場合によっては危険視されるだろう。味方から恐れられて討伐されたという人物は歴史上でも多い。可能だからといって何をしてもいいわけじゃない。俺が能ある鷹かどうかは分からないけど、爪は隠す必要がある。最初から出すつもりはないんだけどな。この国とは仲良くしたいし。
「私の名前はこのように書きます」
 王女は取り出した紙に綺麗な字でサラサラと名前を書いた。エコ Aicoだ。フランス語っぽいからAiはエと読む……え⁉
「やはり驚かれましたか?」
 これまであまり気にしたことなかったけど、綴りを見たらまさかな。そう思って王女を見るとニコニコとこっちを見ていた。
「本人か?」
「はい。かつてシュウさんの寵愛を受けていたアイコの生まれ変わりです」
「……」
「ということだ、シュウジ殿」
 驚くってこのことか。そろそろ知り合いも打ち止めかと思っていたら、まさかこのタイミングで来るとは思わなかった。ていうか、それなら前にあった時に言ってくれたらよかったのに。それよりも俺の知り合いが現れ過ぎだろう。
「貴殿の周りには元の世界の知り合いが多いと聞く。これも何かの縁ではないのか?」
「縁があるのは間違いないだろうな」
 ワンコ、オリエ、そしてアイコ。三人それぞれ俺のそれほど長くなかった人生で縁があった。母さんもか。もし運命の神というのがいるなら、俺の運命をいじり過ぎじゃないこ?
「それで、エコはどうしたいんだ?」
 何となく答えは分かるけど、こちらから口にするのもどうかと思う。
「あら、私の口からそれを言わせるのはひどくありませんか?」
「俺の方から言うのも自意識過剰に思えると思うぞ」
「殿方はある程度自意識が強い方が女性からすると頼もしく思えますよ」
 アイコは俺よりも年上だった。生活能力はなかったけど頭は良かった。だから言葉尻を捕らえて言い合うことも多かった。
「そうだな……。俺の妻になるのは決めてるんだな?」
「はい。シュウさんが貰ってくれなければ修道院に入ります」
「そう言って聞かないのだ。余としてもシュウジ殿なら安心して娘を任せられる。どうだろうか?」
「ここでノーと言えるほど神経が図太くないんだよな」
 俺は頭を掻くしかなかった。
「それではシュウさん、午後に父と臨時の謁見をしてもらえますか?」
「……今聞いて今日の午後にか?」
 さすがに早すぎないか? もしかして最初からそのつもりだったのか?
「シュウジ殿、申し訳ないが、余は娘には弱いのだ」
「弱いって言っても……はあ……」
 俺の知らないところで俺が領主になってエコを妻にすることは決まっていたようだ。
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