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第十部:家族を持つこと
コワレ商会ベック支店
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「本日より開店します。この一週間は開店記念として、販売価格を一割引き、購入価格を一割増しにします」
ここはフレージュ王国の北西部にあるベックの村。ここに初めて正式な商店ができた瞬間だった。
「そりゃ助かる」
「ああ、頑張らないとな」
この商店で扱う商品にはこれまで行商人たちが運んでいたものが多い。この村で日常的に使われるものばかりで、目新しいものは多くはない。値段もほぼ同じになるが、これまでと違うのはいつでも手に入るということだった。
例えば砂糖は庶民にとっては贅沢品で、しかも王都から離れれば離れるほど価格が上がる。これはフレージュ王国ではサトウキビではなくテンサイから砂糖が作られているからだ。
砂糖の生産が多いのは南のクロド王国で、こちらはテンサイだけでなくサトウキビもあり、全部でフレージュ王国の五倍ほどの生産量がある。生産量が少なければそれだけ高くなる。ただでさえ高価な砂糖がベックに到着する時にはさらに高くなった。この砂糖が王都と同じ価格かほんの少し安い値段で手に入るようになった。
塩も同じだ。塩もこの大陸の南部が生産の中心地になる。フレージュ王国は大陸の北部にあり、塩田を積極的に作る環境にはない。雨が少なく晴天が多い場所となるとフレージュ王国にはないからだ。
そういうわけでフレージュ王国は他の三か国とほぼ同じ面積を持ちながらも、経済的には輸入に頼るしかないことが多かった。経済は中央の都市国家群の方が強いからだ。
行商人はこのベックにも来ていたが、必ずしも来たいわけではなかった。ベックの東にあるカーラスに店を持つ者はこの村まで物を売りに行くことを求められた。それがカーラスに店を持つ条件だったからだ。
商売はしたいけどベックまで行くのは手間がかかる上に儲けはそれほど多くはない。これは商人たちには長年不満だった。だが先代の先代の先代のさらに先代もずっと同じようにしていたのでそうせざるを得なかった。だからベックにラヴァル公爵が所有するコワレ商会の支店ができることは歓迎された。その手間がなくなるからだ。
さらに商人たちに歓迎されたことがある。それはベックに行けば仕入れができるかもしれないからだ。実際に日常的に使われるようなものは何でもこの支店で販売されることになる。
しかも村人を相手にした商売だが、一部は買い取りもしていた。それも貴重なものではなく、これまで見向きもされなかったものが。
まずは魚介類。ベックで水揚げされた魚介類はこれまでと同様に買い取られた。
次に海藻類。このあたりの海では海藻は放っておけばしばらくするとまた生える。船の通行の邪魔と見なされるようなものだ。それが買い取ってもらえるなら定期的な収入源になるとして村に歓迎された。
そして商品にならないような魚、他には貝殻なども買い取られた。これらはキレイにしてから薬の材料になると村人たちには説明された。
「これまで捨ててたもんがなあ」
「あのビラビラなんて船を漕ぐのに邪魔で仕方ねえからな」
「貝殻もいくらでも出るからなあ」
流通網が発達していないこの国では、魚介類を新鮮なまま運ぶのは難しい。例え【浄化】や【殺菌】があっても、傷んだ食品は新鮮な状態には戻らない。マジックバッグがなければ運搬は無理だった。
そして一般的に、肉に比べれば魚介類というのは好き嫌いが多い。特に小骨が多い魚を好きな子供はいないだろう。だからある程度の大きさの魚を干物にしたものが運ばれることが多かった。
一方でコワレ商会はマジックバッグがあるので、干物ももちろん購入はするが、名前のままの魚も購入していた。村としては魚が傷む前に買ってもらえるので損失が減ることになる。干物を作る際にも傷んでしまうことはあるからだ。
「そういや、店長さんは独身だったか?」
「らしいな。姪っ子が頑張るって言ってたな」
「でもあの受付たちが手強いだろうなあ」
「ああ、ジローのとことマルクのとこの娘だな。あの子たちは読み書きができるからなあ」
「うちの娘も今頃になって勉強するって言ってたけど、今からじゃな」
「でも何もしないよりはいいだろ。また募集があるかもしれないし」
店長は王都のコワレ商会本店から派遣されていたが、受付などの一部の店員はこの村で募集された。その条件はたった一つ。読み書き計算ができること。ジローの娘のアリアとマルクの娘のマガリはシュウジの元にいるジゼルと一緒に村長のマケールから読み書き計算を教わっていた。ジゼルが公爵の寵愛を受けているなら私たちも、というように二人は店員の募集を見て応募し、店長のフェルナンに絶賛アタック中。すでにオープン時点で半攻略済みだった。
「二人が結婚して子供ができればそうなるかもな。そしたら空くぞ」
「いや、仕事はあるかもしれないけど、店長の隣は空かないだろう。あの子たちが狙ってるのはそこだからな」
二人の視線の先には楽しそうに店を切り盛りする三人がいた。いずれこのベックを北部の金融の中心地にするフェルナン、アリア、マガリの三人だった。
◆◆◆
「私が支店長ですか?」
「ええ、そうです。フェルナン、あなたはまだ若いですが、十分務まるでしょう」
「ありがとうございます。精一杯尽くします」
「頼みますよ。ですが注意するのは稼ぐことだけではありません。それはあくまで業務の一つです。ベックの村と良好な関係を作ることです。一方的に搾取しても、一方的に与えるだけでもいけません。与えるからこそ受け取るものがある。それを忘れては幹部としては失格です」
「肝に銘じます」
フェルナンは真面目な顔で答えた。実際に彼は真面目だった。元々はエミリアの実家であるクレマン商会で、一〇代ながらも将来の幹部候補だった。いずれは独立も視野に入れてそのための勉強をしていた。
「公爵様からも言われていますが、村の一員になるつもりで向かいなさい。立場としては支店長ですが、村と商会との繋ぎ役であることを公爵様はあなたに期待しています」
それから数日してフェルナンは二人の同僚と一緒にベックに向かった。
ここはフレージュ王国の北西部にあるベックの村。ここに初めて正式な商店ができた瞬間だった。
「そりゃ助かる」
「ああ、頑張らないとな」
この商店で扱う商品にはこれまで行商人たちが運んでいたものが多い。この村で日常的に使われるものばかりで、目新しいものは多くはない。値段もほぼ同じになるが、これまでと違うのはいつでも手に入るということだった。
例えば砂糖は庶民にとっては贅沢品で、しかも王都から離れれば離れるほど価格が上がる。これはフレージュ王国ではサトウキビではなくテンサイから砂糖が作られているからだ。
砂糖の生産が多いのは南のクロド王国で、こちらはテンサイだけでなくサトウキビもあり、全部でフレージュ王国の五倍ほどの生産量がある。生産量が少なければそれだけ高くなる。ただでさえ高価な砂糖がベックに到着する時にはさらに高くなった。この砂糖が王都と同じ価格かほんの少し安い値段で手に入るようになった。
塩も同じだ。塩もこの大陸の南部が生産の中心地になる。フレージュ王国は大陸の北部にあり、塩田を積極的に作る環境にはない。雨が少なく晴天が多い場所となるとフレージュ王国にはないからだ。
そういうわけでフレージュ王国は他の三か国とほぼ同じ面積を持ちながらも、経済的には輸入に頼るしかないことが多かった。経済は中央の都市国家群の方が強いからだ。
行商人はこのベックにも来ていたが、必ずしも来たいわけではなかった。ベックの東にあるカーラスに店を持つ者はこの村まで物を売りに行くことを求められた。それがカーラスに店を持つ条件だったからだ。
商売はしたいけどベックまで行くのは手間がかかる上に儲けはそれほど多くはない。これは商人たちには長年不満だった。だが先代の先代の先代のさらに先代もずっと同じようにしていたのでそうせざるを得なかった。だからベックにラヴァル公爵が所有するコワレ商会の支店ができることは歓迎された。その手間がなくなるからだ。
さらに商人たちに歓迎されたことがある。それはベックに行けば仕入れができるかもしれないからだ。実際に日常的に使われるようなものは何でもこの支店で販売されることになる。
しかも村人を相手にした商売だが、一部は買い取りもしていた。それも貴重なものではなく、これまで見向きもされなかったものが。
まずは魚介類。ベックで水揚げされた魚介類はこれまでと同様に買い取られた。
次に海藻類。このあたりの海では海藻は放っておけばしばらくするとまた生える。船の通行の邪魔と見なされるようなものだ。それが買い取ってもらえるなら定期的な収入源になるとして村に歓迎された。
そして商品にならないような魚、他には貝殻なども買い取られた。これらはキレイにしてから薬の材料になると村人たちには説明された。
「これまで捨ててたもんがなあ」
「あのビラビラなんて船を漕ぐのに邪魔で仕方ねえからな」
「貝殻もいくらでも出るからなあ」
流通網が発達していないこの国では、魚介類を新鮮なまま運ぶのは難しい。例え【浄化】や【殺菌】があっても、傷んだ食品は新鮮な状態には戻らない。マジックバッグがなければ運搬は無理だった。
そして一般的に、肉に比べれば魚介類というのは好き嫌いが多い。特に小骨が多い魚を好きな子供はいないだろう。だからある程度の大きさの魚を干物にしたものが運ばれることが多かった。
一方でコワレ商会はマジックバッグがあるので、干物ももちろん購入はするが、名前のままの魚も購入していた。村としては魚が傷む前に買ってもらえるので損失が減ることになる。干物を作る際にも傷んでしまうことはあるからだ。
「そういや、店長さんは独身だったか?」
「らしいな。姪っ子が頑張るって言ってたな」
「でもあの受付たちが手強いだろうなあ」
「ああ、ジローのとことマルクのとこの娘だな。あの子たちは読み書きができるからなあ」
「うちの娘も今頃になって勉強するって言ってたけど、今からじゃな」
「でも何もしないよりはいいだろ。また募集があるかもしれないし」
店長は王都のコワレ商会本店から派遣されていたが、受付などの一部の店員はこの村で募集された。その条件はたった一つ。読み書き計算ができること。ジローの娘のアリアとマルクの娘のマガリはシュウジの元にいるジゼルと一緒に村長のマケールから読み書き計算を教わっていた。ジゼルが公爵の寵愛を受けているなら私たちも、というように二人は店員の募集を見て応募し、店長のフェルナンに絶賛アタック中。すでにオープン時点で半攻略済みだった。
「二人が結婚して子供ができればそうなるかもな。そしたら空くぞ」
「いや、仕事はあるかもしれないけど、店長の隣は空かないだろう。あの子たちが狙ってるのはそこだからな」
二人の視線の先には楽しそうに店を切り盛りする三人がいた。いずれこのベックを北部の金融の中心地にするフェルナン、アリア、マガリの三人だった。
◆◆◆
「私が支店長ですか?」
「ええ、そうです。フェルナン、あなたはまだ若いですが、十分務まるでしょう」
「ありがとうございます。精一杯尽くします」
「頼みますよ。ですが注意するのは稼ぐことだけではありません。それはあくまで業務の一つです。ベックの村と良好な関係を作ることです。一方的に搾取しても、一方的に与えるだけでもいけません。与えるからこそ受け取るものがある。それを忘れては幹部としては失格です」
「肝に銘じます」
フェルナンは真面目な顔で答えた。実際に彼は真面目だった。元々はエミリアの実家であるクレマン商会で、一〇代ながらも将来の幹部候補だった。いずれは独立も視野に入れてそのための勉強をしていた。
「公爵様からも言われていますが、村の一員になるつもりで向かいなさい。立場としては支店長ですが、村と商会との繋ぎ役であることを公爵様はあなたに期待しています」
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